Chapter.26[白いSeeDの船]
第26章part2
甲板に出てじっと前方を見つめる。
昼間はあんなに美しかった海が、今は空との区別も付かない程真っ暗で吸い込まれそうになってしまう。
それでもサイファーは目を逸らすことなく見つめ続けた。
魔女を崇拝する“魔女派”の存在は当然サイファーも知っていた。
そこにきちんと加入した訳でも、自ら名乗った訳でもない。
だが、10年前の自分の姿を見れば、そう名乗らなくても誰もが思うことだろう。
こいつは魔女派なんだ、と。
魔女を敵視する者、崇拝する者、守護する者、それはこの世に魔女が現れた遥か昔から脈々と受け継がれてきた存在なのだろう。
力を継承し、決して絶えることの無い魔女という存在。
それと同時に派生する魔女という力に集められる人間達の集団。
なぜ人間は、魔女を特別視するのか、そもそも魔女とは何なのか、なぜどの時代にもたった1人だけの魔女が存在しなければならないか、疑問は尽きない。
数百年、数千年の歴史が刻まれ、それと同時に確認される多くの魔女たち。
これだけ長い年月が過ぎ、数え切れないほどの魔女が誕生し、それでも今尚その秘密を解き明かすことなどできないでいる。
人と魔女との違いとは何なのだろう?
魔法が使えること?
特別な力を持っていること?
死ねないこと…?
力を継承することで、初めて魔女となる。
魔女となった人間はその力を別の誰かに継承しなければ死ぬことさえ叶わない。
魔女は、この世に必要な存在なのだろうか…?
ふいに背中に気配を感じる。
振り返ると同時に、ガンブレードを突き立てた。
それは背後に近づいてきた者の首筋に添えられる。
「ひっ!」
おかしな悲鳴とも取れないような声を上げて動けなくなった者の正体。
SeeDの制服ではない、普段着のままのオルティがそこにいた。
でかい目を更に大きく見開いて、アホな顔で歯をカチカチ震わせている。
「今の俺に足音も立てずに近づくんじゃねぇ」
武器を下ろして言い捨てる。
安堵の溜息と共に、止まっていた呼吸を大きく繰り返している。
普段きっちり着込んでいる制服のせいで隠れてしまっている白い首根が、暗い夜の闇に浮かび上がるように見える。
呼吸が落ち着くと、顔を上げてじっと見つめられる。
「あ、あの…」
「…?」
「この前は、すいませんでした。話の途中で逃げ出してしまって…」
休む部屋を求めたときに、案内してくれたのもこいつだ。その時、自分からした質問に顔を真っ赤にして走り去ったこの女。
「そんなことをわざわざ言いに来たのか」
「あ、それと、ありがとうございます。船に乗ってくれて…。それに…」
「…それに?」
急に欲が出る。
抑えられなくなりそうだ…
「船長の、したこと……」
1歩近づく。女は焦りだす。
「…ガルバディアの……」
さらに1歩近づく。
「…えーと、あ、暗殺の……あ、あの…」
すぐ目の前に立つ。
こちらは見下ろし、女は見上げている。
思わず口元が緩む感覚を覚える。
このままこの女の唇を奪ったら、こいつはどんな反応を示すのか、試してみたくなる。
俺が何をしようとしているのか、女にもわかったのか、動揺を隠せないでいるようだ。
しかし、蛇に睨まれた蛙の如し女は動けない。
ゆっくりと身を屈めていく。
顔を近づけていく。
女はもうパニック寸前のようだ。
おかしなものだと、この短い瞬間に思い浮かぶ。
このどうしようもない、やり切れないイラついた気持ちをぶつける相手を探していたんだろうか?
それは本来、欲とは違うものであるにも関わらず、それを勝手に欲へと変換させてしまうのは、男の性なのか…
船室のドアが開く。
「おるてぃー、おしっこ…」
目を擦りながら、片手にあの時の水色のぬいぐるみを抱きしめたラフテルが出てきた。
途端に現実に引き戻された2人は、互いに背を向け合う。
「あ、あの、失礼します…」
恐らく彼女の顔は真っ赤に染まっているだろう。
あの時、俺の質問にそうなった時のように。
真っ暗な海を眺め続けて、自らの胸の中もこの海と同じ様に静まるのをじっと待った。
眩しい光と賑やかな音で目が覚めた。
「(…うるせぇ…)」
眩しさをこらえながら窓の外を見る。
決して大きいとは言えないが、賑わいだけはF.H.にも引けを取らない。
港に到着したようだ。
小さな手に荷物を持って、子供達が次々と船を降りていく姿が見えた。
港の小さな建物の奥に、一際大きな建物のような影が見える。
あちこちに脱ぎ散らかしたままの自分の服を拾い集め、身に着けていく。
けだるそうに大口を開けて欠伸をしながら、甲板へと向かう。
いつのまに、こんな港ができたのだろうか、どこからこれだけたくさんの人間が集まって来たのだろうか?
ここセントラは、100年以上も前に起こった“月の涙”でその文明は滅び、今は遺跡となって当時の名残を僅かに残すのみとなったはずだった。
月の涙の影響か、海の生態系は様変わりし土地は荒れ、僅かに生き残った人々も他の国へと移住していき人が住むには適さない捨てられた国となっていた。
しかし、その面影は一体どこへ行ってしまったのか、この賑わう港で忙しく働く人々の活気の溢れること。
言われなければ、ここがかつてのセントラなどとは誰にも分かるまい。
「サイファー!」
掛けられた声に反応する。
既に一仕事終えた様子の風神と雷神が駆け寄ってきた。
「どこ行ってたもんよ?探しちまったもんよ」
「どこだっていいだろうが…。船長は?」
「下船」
「あそこだもんよ。誰かと話してるもんよ」
雷神が指差したところに、ゴーシュを含めた数人が何やら話し合っているのが見えた。
「………」
「サイファー、何か考えてるもんよ」
「…お前ら …この先俺が何をしようと、俺に付いてこれるか?」
「勿論だもんよ!付いていくもんよ!」
「…御意」
風神には、少し思うところがあった。
かつて、同じ様に彼の後を付いて走った。
彼が望むままに、思うままに。
前だけしか見えない彼の足元にあったたくさんの別れ道を見ることも無く。
そして、とうとうその道を誤った。
彼に伝えたかった。分かって欲しかった。
自分の力に溺れていく彼を見ていられなかった。
また、そんなことになってしまうのではないだろうか、と…
また同じ様なことが起こったら、もう自分たちだけでは彼を止めることなんて、できない。
その時彼はどうするのだろうか?
…どうなってしまうのだろうか?
そんな消すことのできない不安が募っていく。
だが、もう決めたのだ。
彼に付いていく。
走った道の先がどうなっているのかなんてわからない。
だから、走るのだ。
こちらに近づいてくる人影に挨拶をする。
「おはようございます、ナイト」
その言葉に反応したのは、当人ではなく、一緒にいた者たち。
「ナイト!?」
「…では、彼が…」
ゴーシュと共にそこにいた人物の中の1人が、サイファーの顔にはっとして隣にいた人物に隠れるように身じろぎしたのがサイファーにもわかった。
「(…あいつ…!)」
「どうかなさいましたか?マスタードドンナ」
「…?彼をご存知なので?」
その声はサイファーにも届いていた。
だが知らない振りを決め込んだのか、何も言わずに黙っている。
「こ、こ、こいつは、事あるごとに私のもとへ現れ、そして私を追い出す。ガルバディアガーデンでも、F.H.でも、そしてここにも…!」
「嫌なら出てけよ」
ギロリと鋭い視線を送ったサイファーにドドンナは青ざめた。
困ったような顔をしたのはゴーシュだ。
「ナイト、ドドンナ氏はガーデン建設の際、多額の費用を負担して下った方です。
そしてセントラガーデンのマスターとして君臨されているお方です。どうか誠意ある対応をお願いします。」
「…フン」
「では、改めてご紹介しましょう。…こちらの方は、ドールで孤児院を開設されてましたが、ガルバディア軍が侵攻してきた際に我々に保護を求めて来られました。
長老と呼んでいます。」
白髪に髭を蓄えた小柄な老人が軽く杖を持ち上げて返事を返した。
「そしてこちらのお2方は、私の友であり、同じ孤児院の仲間だったシリル夫妻。寮長をやっておられます。」
「こんにちは、ナイト」
「お会いできて光栄です」
どちらも穏やかな笑顔で人当たりの良さそうな夫婦が挨拶する。
「それから彼は…」
「私はシルベストリ。シルバーと呼んでくれ」
ゴーシュの言葉を遮って自己紹介した若い男。
いい体つきをしている。
「彼はコック長だ。皆の食事の世話をしてくれる」
「今度、自慢のパスタをごちそうするよ」
「そして皆さん、彼がサイファー。彼には、教官長の座に就いてもらおうと思ってます」
「…ちょっと待て! 何をやらせる、だと?」
「教官長です。教官として、子供たちに様々なことを指導して欲しいのです」
「んな話聞いてねぇぞ!」
「でしょうね。私も今話しましたから」
「……ざけんな」
サイファーはいかにも面倒臭そうに顔を歪めたが、拒否しないところを見ると了承したと取っていいかと、ゴーシュは思った。
その後、実際にガーデンに行って直接その目で見てもらうようにと、迎えの車に乗り込んだ。
「あと、どれぐらいです?」
「施設・設備そのものはもう完成してます。今、作業員達が計器類の最終チェックをしているところです。後は備品を運び込むだけなんですが、大きいものは纏めて運び込めますが、実際のところ手が足りないんです。それこそペン1本から始めなくてはならないものですから…」
「どうでしょう、今回私と共に来てくれた子供たちに、新しいガーデンを見せる意味でもお手伝いをさせてみては…」
「あぁ、いい考えですな。助かります。早速連絡しておきます」
港から既に見えていた大きな建物に到着するまで、そう時間は掛からない。
短い会話を繰り返しているうちにあっという間に正面玄関前に到着した。
ゲートを潜り抜けて並木の続く手入れのされた庭を横目で見送り、大きな出屋根のかけられた広い玄関ホールに停車した車からは先程港で紹介された人物が降りてきたところだ。
今通り過ぎた庭のほうから、叫び声のような、悲鳴のような声が声が聞こえた。
何事かと皆顔を見合わせてから走り始める。
庭の奥のきれいに植えられたばかりの並木の間から、大きなモンスターが入り込んでいた。
驚き慌てる人々を尻目に、咄嗟に飛び出したサイファーは一太刀で息の根を止めてしまう。
「おい、どうなってんだ、このガーデンはモンスターにも授業受けさせんのか!?」
感心したようにシルバーが口笛を吹き、責任者らしき人物が逃げてきた作業員に事情を聞いている。
「す、すいません、“A.C.B.S.”の最終点検中でして、電源を切って作業をしていたものですから…」
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甲板に出てじっと前方を見つめる。
昼間はあんなに美しかった海が、今は空との区別も付かない程真っ暗で吸い込まれそうになってしまう。
それでもサイファーは目を逸らすことなく見つめ続けた。
魔女を崇拝する“魔女派”の存在は当然サイファーも知っていた。
そこにきちんと加入した訳でも、自ら名乗った訳でもない。
だが、10年前の自分の姿を見れば、そう名乗らなくても誰もが思うことだろう。
こいつは魔女派なんだ、と。
魔女を敵視する者、崇拝する者、守護する者、それはこの世に魔女が現れた遥か昔から脈々と受け継がれてきた存在なのだろう。
力を継承し、決して絶えることの無い魔女という存在。
それと同時に派生する魔女という力に集められる人間達の集団。
なぜ人間は、魔女を特別視するのか、そもそも魔女とは何なのか、なぜどの時代にもたった1人だけの魔女が存在しなければならないか、疑問は尽きない。
数百年、数千年の歴史が刻まれ、それと同時に確認される多くの魔女たち。
これだけ長い年月が過ぎ、数え切れないほどの魔女が誕生し、それでも今尚その秘密を解き明かすことなどできないでいる。
人と魔女との違いとは何なのだろう?
魔法が使えること?
特別な力を持っていること?
死ねないこと…?
力を継承することで、初めて魔女となる。
魔女となった人間はその力を別の誰かに継承しなければ死ぬことさえ叶わない。
魔女は、この世に必要な存在なのだろうか…?
ふいに背中に気配を感じる。
振り返ると同時に、ガンブレードを突き立てた。
それは背後に近づいてきた者の首筋に添えられる。
「ひっ!」
おかしな悲鳴とも取れないような声を上げて動けなくなった者の正体。
SeeDの制服ではない、普段着のままのオルティがそこにいた。
でかい目を更に大きく見開いて、アホな顔で歯をカチカチ震わせている。
「今の俺に足音も立てずに近づくんじゃねぇ」
武器を下ろして言い捨てる。
安堵の溜息と共に、止まっていた呼吸を大きく繰り返している。
普段きっちり着込んでいる制服のせいで隠れてしまっている白い首根が、暗い夜の闇に浮かび上がるように見える。
呼吸が落ち着くと、顔を上げてじっと見つめられる。
「あ、あの…」
「…?」
「この前は、すいませんでした。話の途中で逃げ出してしまって…」
休む部屋を求めたときに、案内してくれたのもこいつだ。その時、自分からした質問に顔を真っ赤にして走り去ったこの女。
「そんなことをわざわざ言いに来たのか」
「あ、それと、ありがとうございます。船に乗ってくれて…。それに…」
「…それに?」
急に欲が出る。
抑えられなくなりそうだ…
「船長の、したこと……」
1歩近づく。女は焦りだす。
「…ガルバディアの……」
さらに1歩近づく。
「…えーと、あ、暗殺の……あ、あの…」
すぐ目の前に立つ。
こちらは見下ろし、女は見上げている。
思わず口元が緩む感覚を覚える。
このままこの女の唇を奪ったら、こいつはどんな反応を示すのか、試してみたくなる。
俺が何をしようとしているのか、女にもわかったのか、動揺を隠せないでいるようだ。
しかし、蛇に睨まれた蛙の如し女は動けない。
ゆっくりと身を屈めていく。
顔を近づけていく。
女はもうパニック寸前のようだ。
おかしなものだと、この短い瞬間に思い浮かぶ。
このどうしようもない、やり切れないイラついた気持ちをぶつける相手を探していたんだろうか?
それは本来、欲とは違うものであるにも関わらず、それを勝手に欲へと変換させてしまうのは、男の性なのか…
船室のドアが開く。
「おるてぃー、おしっこ…」
目を擦りながら、片手にあの時の水色のぬいぐるみを抱きしめたラフテルが出てきた。
途端に現実に引き戻された2人は、互いに背を向け合う。
「あ、あの、失礼します…」
恐らく彼女の顔は真っ赤に染まっているだろう。
あの時、俺の質問にそうなった時のように。
真っ暗な海を眺め続けて、自らの胸の中もこの海と同じ様に静まるのをじっと待った。
眩しい光と賑やかな音で目が覚めた。
「(…うるせぇ…)」
眩しさをこらえながら窓の外を見る。
決して大きいとは言えないが、賑わいだけはF.H.にも引けを取らない。
港に到着したようだ。
小さな手に荷物を持って、子供達が次々と船を降りていく姿が見えた。
港の小さな建物の奥に、一際大きな建物のような影が見える。
あちこちに脱ぎ散らかしたままの自分の服を拾い集め、身に着けていく。
けだるそうに大口を開けて欠伸をしながら、甲板へと向かう。
いつのまに、こんな港ができたのだろうか、どこからこれだけたくさんの人間が集まって来たのだろうか?
ここセントラは、100年以上も前に起こった“月の涙”でその文明は滅び、今は遺跡となって当時の名残を僅かに残すのみとなったはずだった。
月の涙の影響か、海の生態系は様変わりし土地は荒れ、僅かに生き残った人々も他の国へと移住していき人が住むには適さない捨てられた国となっていた。
しかし、その面影は一体どこへ行ってしまったのか、この賑わう港で忙しく働く人々の活気の溢れること。
言われなければ、ここがかつてのセントラなどとは誰にも分かるまい。
「サイファー!」
掛けられた声に反応する。
既に一仕事終えた様子の風神と雷神が駆け寄ってきた。
「どこ行ってたもんよ?探しちまったもんよ」
「どこだっていいだろうが…。船長は?」
「下船」
「あそこだもんよ。誰かと話してるもんよ」
雷神が指差したところに、ゴーシュを含めた数人が何やら話し合っているのが見えた。
「………」
「サイファー、何か考えてるもんよ」
「…お前ら …この先俺が何をしようと、俺に付いてこれるか?」
「勿論だもんよ!付いていくもんよ!」
「…御意」
風神には、少し思うところがあった。
かつて、同じ様に彼の後を付いて走った。
彼が望むままに、思うままに。
前だけしか見えない彼の足元にあったたくさんの別れ道を見ることも無く。
そして、とうとうその道を誤った。
彼に伝えたかった。分かって欲しかった。
自分の力に溺れていく彼を見ていられなかった。
また、そんなことになってしまうのではないだろうか、と…
また同じ様なことが起こったら、もう自分たちだけでは彼を止めることなんて、できない。
その時彼はどうするのだろうか?
…どうなってしまうのだろうか?
そんな消すことのできない不安が募っていく。
だが、もう決めたのだ。
彼に付いていく。
走った道の先がどうなっているのかなんてわからない。
だから、走るのだ。
こちらに近づいてくる人影に挨拶をする。
「おはようございます、ナイト」
その言葉に反応したのは、当人ではなく、一緒にいた者たち。
「ナイト!?」
「…では、彼が…」
ゴーシュと共にそこにいた人物の中の1人が、サイファーの顔にはっとして隣にいた人物に隠れるように身じろぎしたのがサイファーにもわかった。
「(…あいつ…!)」
「どうかなさいましたか?マスタードドンナ」
「…?彼をご存知なので?」
その声はサイファーにも届いていた。
だが知らない振りを決め込んだのか、何も言わずに黙っている。
「こ、こ、こいつは、事あるごとに私のもとへ現れ、そして私を追い出す。ガルバディアガーデンでも、F.H.でも、そしてここにも…!」
「嫌なら出てけよ」
ギロリと鋭い視線を送ったサイファーにドドンナは青ざめた。
困ったような顔をしたのはゴーシュだ。
「ナイト、ドドンナ氏はガーデン建設の際、多額の費用を負担して下った方です。
そしてセントラガーデンのマスターとして君臨されているお方です。どうか誠意ある対応をお願いします。」
「…フン」
「では、改めてご紹介しましょう。…こちらの方は、ドールで孤児院を開設されてましたが、ガルバディア軍が侵攻してきた際に我々に保護を求めて来られました。
長老と呼んでいます。」
白髪に髭を蓄えた小柄な老人が軽く杖を持ち上げて返事を返した。
「そしてこちらのお2方は、私の友であり、同じ孤児院の仲間だったシリル夫妻。寮長をやっておられます。」
「こんにちは、ナイト」
「お会いできて光栄です」
どちらも穏やかな笑顔で人当たりの良さそうな夫婦が挨拶する。
「それから彼は…」
「私はシルベストリ。シルバーと呼んでくれ」
ゴーシュの言葉を遮って自己紹介した若い男。
いい体つきをしている。
「彼はコック長だ。皆の食事の世話をしてくれる」
「今度、自慢のパスタをごちそうするよ」
「そして皆さん、彼がサイファー。彼には、教官長の座に就いてもらおうと思ってます」
「…ちょっと待て! 何をやらせる、だと?」
「教官長です。教官として、子供たちに様々なことを指導して欲しいのです」
「んな話聞いてねぇぞ!」
「でしょうね。私も今話しましたから」
「……ざけんな」
サイファーはいかにも面倒臭そうに顔を歪めたが、拒否しないところを見ると了承したと取っていいかと、ゴーシュは思った。
その後、実際にガーデンに行って直接その目で見てもらうようにと、迎えの車に乗り込んだ。
「あと、どれぐらいです?」
「施設・設備そのものはもう完成してます。今、作業員達が計器類の最終チェックをしているところです。後は備品を運び込むだけなんですが、大きいものは纏めて運び込めますが、実際のところ手が足りないんです。それこそペン1本から始めなくてはならないものですから…」
「どうでしょう、今回私と共に来てくれた子供たちに、新しいガーデンを見せる意味でもお手伝いをさせてみては…」
「あぁ、いい考えですな。助かります。早速連絡しておきます」
港から既に見えていた大きな建物に到着するまで、そう時間は掛からない。
短い会話を繰り返しているうちにあっという間に正面玄関前に到着した。
ゲートを潜り抜けて並木の続く手入れのされた庭を横目で見送り、大きな出屋根のかけられた広い玄関ホールに停車した車からは先程港で紹介された人物が降りてきたところだ。
今通り過ぎた庭のほうから、叫び声のような、悲鳴のような声が声が聞こえた。
何事かと皆顔を見合わせてから走り始める。
庭の奥のきれいに植えられたばかりの並木の間から、大きなモンスターが入り込んでいた。
驚き慌てる人々を尻目に、咄嗟に飛び出したサイファーは一太刀で息の根を止めてしまう。
「おい、どうなってんだ、このガーデンはモンスターにも授業受けさせんのか!?」
感心したようにシルバーが口笛を吹き、責任者らしき人物が逃げてきた作業員に事情を聞いている。
「す、すいません、“A.C.B.S.”の最終点検中でして、電源を切って作業をしていたものですから…」
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