Chapter.25[トラビア]
第25章part1
『コンコン』
ドアをノックする音がする。…目が覚めた。
『コンコン…』
もう一度音がした。そしてそっとドアが開かれる。
「失礼します」
静かな声が聞こえた。女性だ。
「リノアさん、起きてはる?」
「ええ…」
心配そうな女性の顔は、優しい笑顔に変わった。
「昨日運ばれてきてからずっと一緒やったんやけど、寝てたみたいやったし、改めて挨拶。初めまして、私サリー。宜しくな」
クスリと小さな笑みを零しながら、リノアも挨拶を返した。
セルフィの友人だと名乗るこの女性も、そのセルフィに性格や意識がとてもよく似ていると感じた。
元気が良くて、明るくて、ハキハキしていて、一緒に話していて気持ちが良かった。
サリーに、セルフィのことを尋ねた。
驚くことに、彼女は今、アーヴァインと共に任務に就いているという。
教官でありながら依頼を受け、任務に就くことは通常では中々ないことだ。
キスティスも然り。
もしかして…
昨日、ここで眠る前にセルフィと話したことを思い出す。
“スコールのことも、ティンバーのことも、そんなに気になるんやったら、調べたる”
確かに彼女はそう言った。
「…わ、たしの、せい…?」
「?」
「私が、いるから、みんなは、動く…。私が、魔女だから、みんな任務に行く。…命をかけてまで。わたしのせいで…」
「…アホやな~。」
「!?」
「魔女の為にガーデンが動くのは当然のことやろ? …それに、みんなが動いてくれるんは、その魔女がリノアだからやで!」
「!!」
「みんな、リノアが好っきなんや! リノアの為に動きたい~思てんのや!」
「…だったら私、なおさら…」
「ちゃうちゃう! えっとな、ここからはセルフィの受け売りなんやけど、リノアは自分が魔女だってことに負い目を感じてる。自分を押し殺してしまってる。
ずっと世間から逃げて隠れて絶対に表に出てこようとしない。10年もの長い時間、存在そのものをひた隠しに隠して、そんなの寂し過ぎる。
もっと私達を頼って欲しい。もっと甘えていいんだよ。魔女だから何?リノアは、リノアだよって。みんな、仲間だよって…」
10年。長いようで、短い、短いようで、長い年月。
サリーが伝えたセルフィの言葉は、きっと仲間達みんなの声。
自分が過ごしてきた10年が、物凄く無駄だったように思えてくる。
みんなを信じていなかったわけじゃない。
会いたくなかったわけじゃない。
…でも、心の奥底で何かが拒絶するように、自分自身を追い込んで隠れた。
何がそんなに怖かったんだろう?
今だ根強く残る人々の魔女という存在への畏怖の念か?
…それとも、愛するたった1人の男性の存在が無くなることへの不安か?
今のこの力を持ってすれば、ティンバーの独立なんてとうの昔に成就されていたことだろう。
そうすれば、彼との契約は終了してしまう。
クライアントではなくなってしまう。
彼が自分のそばにいてくれる理由がなくなってしまう。
だから、魔女の力を押さえ込んでまで、表舞台に立つことを拒んだ。 …個人的な理由だけで…
自分はなんて嫌な人間、いや、魔女なんだろう…
ずっと俯いたまま何か考え込んでしまったリノアに、サリーは少々焦った。
もしかして、自分はとんでもない、余計なことを話してしまったのではないか、それによって彼女が深くキズついてしまったのではないかと…
「あ、あの、リノア、あんま、深く考え込まんと、な。…あ、それから、セルフィこんなことも言うてた。この10年の間に、自分がこなした任務よりリノアに会った回数のほうが遥かに少ない。片手で足りる。せめて、両手両足分くらいは会いたいのに…って。セルフィだけやないと思うで。きっとみんな、もっとリノアに会いたがってる。だから、もっと表に出てきてもええんやないかな?守ってくれる人もおるんやろ?」
「…あ、うん、そうだね。ありがと、サリー」
「そりゃ、セルフィみたいに一緒に戦ったりはしなかったけど、それでも、こうして知り合えて良かったて思うてる。…仲間は無理でも、友達にならなれるかな?」
「わぁ、嬉しいな。…でも……」
「…魔女だからダメとか言われても、勝手に友達だ!って言いはってしまうから!」
「!! …アハハハ…ありがと」
「うん。 あんな、ここじゃ寂しいだろうから、セルフィ達が戻るまでセルフィの部屋、使うてええて言ってたで。案内するから、行ってみよ。…立てる?車椅子持ってこようか?」
彼女の申し出を断って、ゆっくりと立ち上がる。
心なしか、いつもよりは気分がいいようだった。
先程、彼女が言ってくれた言葉のお陰なのだろうか?
少しだけ、心が軽くなったような気がした。
教官寮までは思ってたよりも近かった。
ガーデンの内部なんて、ガルバディアのは広すぎて何が何だか分からなかったし、バラムのところしか覚えていない。
ここトラビアガーデンも、ミサイル攻撃によって壊滅した姿しか見ていないのだ。
この国の人は本当に明るくて、前向きで逞しいと心から思った。
ちょっと羨ましかった。
部屋の鍵を手渡し、朝食を取りに戻ったサリーの姿を見送ってから、部屋のドアを開く。
「お、お邪魔しま~す…」
寮というから、もっと殺風景な部屋を想像していたリノアは、広く温かみ溢れる部屋の内装に驚いた。
豪華とまでは言えないにしろ、生活感に溢れている。
リノアが過ごしてきたティンバーのアジトはもっと寒々しかった。
生まれ育ったデリングシティの我が家を思い出した。
…自分が魔女であることすら伝えたことのない、もう10年も会っていない父を思い出した。
風の噂で、ガルバディアガーデンの教官になったと聞いた。
そして、今回の作戦に参加していたことも…
壁一面に飾られたたくさんの写真を見て、なんとなく会ってみたくなった。
どの写真も笑顔が眩しい。
リノアは思わず零れた笑顔に気付いていただろうか?
壁の一番隅に、一際立派な額に納められた大きな写真が目に入った。
歩み寄って一人一人の顔を確かめる。
セルフィとアーヴァインの結婚式だ。
セルフィを抱きかかえて顔を近づけている。
2人を中心にして参列者が皆写っていた。
もちろん、スコールも、自分も。
どの顔もみんな笑顔で幸せそうだ。
そっと写真の中の笑顔のスコールに触れてみる。
ドアをノックする音がして、サリーが入ってきた。
「朝食持ってきたよ。ここに置くね。…あ、写真見てたん?いいよね、幸せそうで」
参列者の片隅に、今自分の目の前にいる人物が写っていることに気が付いた。
「あれ、これ、サリー? サリーもいたんだ、ゴメン、気が付かなくて」
「ええよ。式には出てへんもん。これ、私バラムガーデンの制服着てるやん。この時な、丁度試験受けにバラムに転校した時やねん。写真だけ一緒に撮らせて貰ったんや。私も同じ写真持ってるで。…こういうの見ると、やっぱ羨ましくなるわ~。はよええ人見つけたいな~」
授業があるというサリーが部屋を出た後、彼女が運んできてくれた朝食を取り、TVをつけた。
ニュースでは昨夜行われた大統領の記者会見の様子が報じられている。
…これってやっぱり、私のこと、だよね… なんか、ここでこうしてると自分のことじゃないみたい…
思わず漏れる微かな笑み。
しかし、話の内容がレジスタンスのことに及ぶと、その笑みは忽ち掻き消え不安に苛まれる。
「(みんな、どうしたのかな?捕まっちゃったのかな?ワッツやゾーンやアニキさんたち、首領はどうしたかな?)」
朝食の後、バスルームに向かったリノアは、ふと目に留まったいつも肌身離さずつけているバングルに手をかけた。恐る恐る緩めてみる。
『ドクン!』
突然心臓が飛び出すのではないかと思うほど大きく高鳴り、体中の血が沸きあがるような熱さを感じる。
それと同時に、失われそうになる自分自身。
慌てて緩めたバングルを元に戻す。
収まった自分の体にほっとする。
部屋に戻ると、いつの間に置かれたのか、ソファーの上に着替えにメモ用紙が添えられているのを見つけた。
“被服科の生徒が仕立てたものです。よかったら着てください”
可愛い文字で綴られている。
リノアは嬉しくて堪らなかった。
襟元から肩口まで大きく開いた黒のボーダーシャツに濃紺のワンピース。
前1列ボタンが裾まで並んでいる。
小さな飾り襟が可愛らしい。
わざとシンプルでダーク系のものを選んでくれたのだろうか?
それでも、自分にはちょっと若すぎる服かと感じてしまう。
急いで髪を乾かして、早速着替えてみる。
鏡の前で自分の姿を確認する。
こんな気分はいつ以来だろう?
なぜか妙に気分が良くて、体が軽い。
ティンバーにいる頃のダルさが信じられない。
この小さな腕輪1つ外すことができない体だと言うのに…
久しぶりに味わう爽快感に、部屋を飛び出し、ガーデンの中を見学してみようかと思い立った。
教官寮から教室などがある本館へと続く渡り廊下からは、中庭がよく見える。
候補生達が雪の中、訓練に励んでいた。
「へー、訓練してるとこ、初めて見た」
思わず目を奪われ、窓を開けて頬杖を付く。
候補生達の元気の良い掛け声が聞こえてきた。
どうして今はこんなに気分がいいのか、リノアには分からなかったが、それでも嬉しくて仕方が無かった。
初めてここを訪れた10年前、あの時のガーデンは酷い有様だった。
新しいガーデン。新しい教室にたくさんの生徒。
匂いまでもが新しいような気持ちになる。
「あれ、リノア、歩いてて大丈夫なん?」
声を掛けてきたのはサリーだ。
リノアとまさかこんなところで出会うとは思っていなかったのかかなり驚いてる様子だ。
「うん、なんか気分がいいんだ。だからちょっと見て回ろうかなって」
「アハハハ、それ、よう似合うてる! 被服科の生徒がぜひにって言うてたから、リノアがよければって言うてたんや」
リノアの服を指差して笑ってくれる。
本当にこんな風になんでもない会話ができるって、楽しいとリノアは思った。
「…あ、あのな、私、次の授業スペルクラスなんや。ちょっと出てみん?」
「えっ、でも私ここの生徒でもなんでも…」
「ちゃうちゃう、教えるほうや。大丈夫、見るだけ見てみん?」
「…じゃあ、見るだけなら」
「じゃ、行こか!」
サリーにの後に付いて到着した教室は特殊な形をしていた。
1つは他の普通の教室と同じ作りだが、その奥に頑丈そうな金属の大きな扉が見える。
「おはよう、みんな。席について!」
2人が教室の中に入ると、生徒達が慌てて着席する。
みんな、サリーの後に入ってきた女性に視線を集めている。
「今日は、お客さんが来てくれてます。みんな、ちゃんとご挨拶してや」
「えー、初めまして、リノアと言います。今日はみんなの勉強してるところを見せて下さい」
生徒達から一斉に声が掛けられた。
「「「宜しくお願いします!」」」
「はい、じゃあ始めるで~。この前の続きな。属性の項目3から……」
年少クラスの子から、現役のSeeDの制服を着ている者まで、年齢層はバラバラだ。
しかし、生徒達の目は真剣そのもの。
ガーデンで授業を受けたことがないリノアにとっては、凄く新鮮な光景だ。
「じゃ、次は実践に移ります。」
サリーの一言で、生徒達は一斉に移動し始める。
奥の頑丈そうな扉が開かれ、その中に生徒達は当然のように入っていく。
「リノアも、ほら!」
「あ、あの、あそこは…?」
「実際に擬似魔法を使ってみる部屋なんや。アンチスペルなんとかって技術らしいんやけど、私にもよう分からん。
魔法は本で読んだり人から教えられただけじゃ分からへんもんやろ?実際に自分で使って、体で覚えるもんやからな。 …じゃみんな、Lvごとに集合!」
生徒達は何人かずつのグループに分かれて纏まり、次の指示をじっと待っている。
「リノア、生徒達に教えてやってくれんかな?私、こっちの子らの見てなあかんから」
「え、でも、何をしたらいいのか…」
「大丈夫。みんな初心者や。お手本としてやって見せてくれればええよ」
じっとリノアを見つめている生徒達。その目は興味津々に輝いている。
「えーと、君たちはどんな魔法が使えるのかな?」
1人の少年が手を挙げた。
「はい、キミ」
「僕、ファイアが使えるよ!」
「おっ、やってみせて!」
「はい」
可愛い返事を返し、壁に設置された大小様々な的に狙いを定め、少年は集中していく。
『ファイア!』
小さな手のひらから、ゆらゆらと炎が立ち上る。
それは周りの空気を取り込んで大きな火の玉に形成されていく。
少年はそれを的目掛けて放る。
見事命中した炎は、的に吸い込まれるように消えた。
この的も魔法を外に漏らさないための仕組みが働いているのだろうか?
見事に魔法を繰り出して見せた少年と周りの生徒達から拍手が起こった。
リノアも少々大げさに少年を称えた。
また1人の少女が手を挙げる。
「はい、アナタ」
「…やってみせて下さい」
「…えっ」
一斉に賛同の声が上がる。
「わたしが、やるの…?」
チラリと視線を送ったサリーが、こちらを見て頷いている。
「わ、わかった。…あ、でも少し下がっててね」
「はーい!」
「(少しセーブしないと、ダメだよね…。う~コントロール難しい…)」
どうなるのかと、子供たちは目を輝かせている。
サリーが教えている高レベルの生徒たちまでもがコチラを見つめていた。
『ファイア!』
的に向かって斜めに立ち、先程少年が放った位置から大分後方に下がった状態で片腕を的に向けて真っ直ぐに伸ばす。
力をセーブする為に手のひらを少し下方に向けていたのだが、それでもそこからミサイルのように放たれた光は的に命中するや否や小さな爆炎となって辺りに熱気を振りまいた。
思わず仰け反ってしまうほどの威力に生徒達は勿論、サリーも驚きの色を隠せない。
しばらく何も言えなかった生徒達から歓声が響いた。
→part2
『コンコン』
ドアをノックする音がする。…目が覚めた。
『コンコン…』
もう一度音がした。そしてそっとドアが開かれる。
「失礼します」
静かな声が聞こえた。女性だ。
「リノアさん、起きてはる?」
「ええ…」
心配そうな女性の顔は、優しい笑顔に変わった。
「昨日運ばれてきてからずっと一緒やったんやけど、寝てたみたいやったし、改めて挨拶。初めまして、私サリー。宜しくな」
クスリと小さな笑みを零しながら、リノアも挨拶を返した。
セルフィの友人だと名乗るこの女性も、そのセルフィに性格や意識がとてもよく似ていると感じた。
元気が良くて、明るくて、ハキハキしていて、一緒に話していて気持ちが良かった。
サリーに、セルフィのことを尋ねた。
驚くことに、彼女は今、アーヴァインと共に任務に就いているという。
教官でありながら依頼を受け、任務に就くことは通常では中々ないことだ。
キスティスも然り。
もしかして…
昨日、ここで眠る前にセルフィと話したことを思い出す。
“スコールのことも、ティンバーのことも、そんなに気になるんやったら、調べたる”
確かに彼女はそう言った。
「…わ、たしの、せい…?」
「?」
「私が、いるから、みんなは、動く…。私が、魔女だから、みんな任務に行く。…命をかけてまで。わたしのせいで…」
「…アホやな~。」
「!?」
「魔女の為にガーデンが動くのは当然のことやろ? …それに、みんなが動いてくれるんは、その魔女がリノアだからやで!」
「!!」
「みんな、リノアが好っきなんや! リノアの為に動きたい~思てんのや!」
「…だったら私、なおさら…」
「ちゃうちゃう! えっとな、ここからはセルフィの受け売りなんやけど、リノアは自分が魔女だってことに負い目を感じてる。自分を押し殺してしまってる。
ずっと世間から逃げて隠れて絶対に表に出てこようとしない。10年もの長い時間、存在そのものをひた隠しに隠して、そんなの寂し過ぎる。
もっと私達を頼って欲しい。もっと甘えていいんだよ。魔女だから何?リノアは、リノアだよって。みんな、仲間だよって…」
10年。長いようで、短い、短いようで、長い年月。
サリーが伝えたセルフィの言葉は、きっと仲間達みんなの声。
自分が過ごしてきた10年が、物凄く無駄だったように思えてくる。
みんなを信じていなかったわけじゃない。
会いたくなかったわけじゃない。
…でも、心の奥底で何かが拒絶するように、自分自身を追い込んで隠れた。
何がそんなに怖かったんだろう?
今だ根強く残る人々の魔女という存在への畏怖の念か?
…それとも、愛するたった1人の男性の存在が無くなることへの不安か?
今のこの力を持ってすれば、ティンバーの独立なんてとうの昔に成就されていたことだろう。
そうすれば、彼との契約は終了してしまう。
クライアントではなくなってしまう。
彼が自分のそばにいてくれる理由がなくなってしまう。
だから、魔女の力を押さえ込んでまで、表舞台に立つことを拒んだ。 …個人的な理由だけで…
自分はなんて嫌な人間、いや、魔女なんだろう…
ずっと俯いたまま何か考え込んでしまったリノアに、サリーは少々焦った。
もしかして、自分はとんでもない、余計なことを話してしまったのではないか、それによって彼女が深くキズついてしまったのではないかと…
「あ、あの、リノア、あんま、深く考え込まんと、な。…あ、それから、セルフィこんなことも言うてた。この10年の間に、自分がこなした任務よりリノアに会った回数のほうが遥かに少ない。片手で足りる。せめて、両手両足分くらいは会いたいのに…って。セルフィだけやないと思うで。きっとみんな、もっとリノアに会いたがってる。だから、もっと表に出てきてもええんやないかな?守ってくれる人もおるんやろ?」
「…あ、うん、そうだね。ありがと、サリー」
「そりゃ、セルフィみたいに一緒に戦ったりはしなかったけど、それでも、こうして知り合えて良かったて思うてる。…仲間は無理でも、友達にならなれるかな?」
「わぁ、嬉しいな。…でも……」
「…魔女だからダメとか言われても、勝手に友達だ!って言いはってしまうから!」
「!! …アハハハ…ありがと」
「うん。 あんな、ここじゃ寂しいだろうから、セルフィ達が戻るまでセルフィの部屋、使うてええて言ってたで。案内するから、行ってみよ。…立てる?車椅子持ってこようか?」
彼女の申し出を断って、ゆっくりと立ち上がる。
心なしか、いつもよりは気分がいいようだった。
先程、彼女が言ってくれた言葉のお陰なのだろうか?
少しだけ、心が軽くなったような気がした。
教官寮までは思ってたよりも近かった。
ガーデンの内部なんて、ガルバディアのは広すぎて何が何だか分からなかったし、バラムのところしか覚えていない。
ここトラビアガーデンも、ミサイル攻撃によって壊滅した姿しか見ていないのだ。
この国の人は本当に明るくて、前向きで逞しいと心から思った。
ちょっと羨ましかった。
部屋の鍵を手渡し、朝食を取りに戻ったサリーの姿を見送ってから、部屋のドアを開く。
「お、お邪魔しま~す…」
寮というから、もっと殺風景な部屋を想像していたリノアは、広く温かみ溢れる部屋の内装に驚いた。
豪華とまでは言えないにしろ、生活感に溢れている。
リノアが過ごしてきたティンバーのアジトはもっと寒々しかった。
生まれ育ったデリングシティの我が家を思い出した。
…自分が魔女であることすら伝えたことのない、もう10年も会っていない父を思い出した。
風の噂で、ガルバディアガーデンの教官になったと聞いた。
そして、今回の作戦に参加していたことも…
壁一面に飾られたたくさんの写真を見て、なんとなく会ってみたくなった。
どの写真も笑顔が眩しい。
リノアは思わず零れた笑顔に気付いていただろうか?
壁の一番隅に、一際立派な額に納められた大きな写真が目に入った。
歩み寄って一人一人の顔を確かめる。
セルフィとアーヴァインの結婚式だ。
セルフィを抱きかかえて顔を近づけている。
2人を中心にして参列者が皆写っていた。
もちろん、スコールも、自分も。
どの顔もみんな笑顔で幸せそうだ。
そっと写真の中の笑顔のスコールに触れてみる。
ドアをノックする音がして、サリーが入ってきた。
「朝食持ってきたよ。ここに置くね。…あ、写真見てたん?いいよね、幸せそうで」
参列者の片隅に、今自分の目の前にいる人物が写っていることに気が付いた。
「あれ、これ、サリー? サリーもいたんだ、ゴメン、気が付かなくて」
「ええよ。式には出てへんもん。これ、私バラムガーデンの制服着てるやん。この時な、丁度試験受けにバラムに転校した時やねん。写真だけ一緒に撮らせて貰ったんや。私も同じ写真持ってるで。…こういうの見ると、やっぱ羨ましくなるわ~。はよええ人見つけたいな~」
授業があるというサリーが部屋を出た後、彼女が運んできてくれた朝食を取り、TVをつけた。
ニュースでは昨夜行われた大統領の記者会見の様子が報じられている。
…これってやっぱり、私のこと、だよね… なんか、ここでこうしてると自分のことじゃないみたい…
思わず漏れる微かな笑み。
しかし、話の内容がレジスタンスのことに及ぶと、その笑みは忽ち掻き消え不安に苛まれる。
「(みんな、どうしたのかな?捕まっちゃったのかな?ワッツやゾーンやアニキさんたち、首領はどうしたかな?)」
朝食の後、バスルームに向かったリノアは、ふと目に留まったいつも肌身離さずつけているバングルに手をかけた。恐る恐る緩めてみる。
『ドクン!』
突然心臓が飛び出すのではないかと思うほど大きく高鳴り、体中の血が沸きあがるような熱さを感じる。
それと同時に、失われそうになる自分自身。
慌てて緩めたバングルを元に戻す。
収まった自分の体にほっとする。
部屋に戻ると、いつの間に置かれたのか、ソファーの上に着替えにメモ用紙が添えられているのを見つけた。
“被服科の生徒が仕立てたものです。よかったら着てください”
可愛い文字で綴られている。
リノアは嬉しくて堪らなかった。
襟元から肩口まで大きく開いた黒のボーダーシャツに濃紺のワンピース。
前1列ボタンが裾まで並んでいる。
小さな飾り襟が可愛らしい。
わざとシンプルでダーク系のものを選んでくれたのだろうか?
それでも、自分にはちょっと若すぎる服かと感じてしまう。
急いで髪を乾かして、早速着替えてみる。
鏡の前で自分の姿を確認する。
こんな気分はいつ以来だろう?
なぜか妙に気分が良くて、体が軽い。
ティンバーにいる頃のダルさが信じられない。
この小さな腕輪1つ外すことができない体だと言うのに…
久しぶりに味わう爽快感に、部屋を飛び出し、ガーデンの中を見学してみようかと思い立った。
教官寮から教室などがある本館へと続く渡り廊下からは、中庭がよく見える。
候補生達が雪の中、訓練に励んでいた。
「へー、訓練してるとこ、初めて見た」
思わず目を奪われ、窓を開けて頬杖を付く。
候補生達の元気の良い掛け声が聞こえてきた。
どうして今はこんなに気分がいいのか、リノアには分からなかったが、それでも嬉しくて仕方が無かった。
初めてここを訪れた10年前、あの時のガーデンは酷い有様だった。
新しいガーデン。新しい教室にたくさんの生徒。
匂いまでもが新しいような気持ちになる。
「あれ、リノア、歩いてて大丈夫なん?」
声を掛けてきたのはサリーだ。
リノアとまさかこんなところで出会うとは思っていなかったのかかなり驚いてる様子だ。
「うん、なんか気分がいいんだ。だからちょっと見て回ろうかなって」
「アハハハ、それ、よう似合うてる! 被服科の生徒がぜひにって言うてたから、リノアがよければって言うてたんや」
リノアの服を指差して笑ってくれる。
本当にこんな風になんでもない会話ができるって、楽しいとリノアは思った。
「…あ、あのな、私、次の授業スペルクラスなんや。ちょっと出てみん?」
「えっ、でも私ここの生徒でもなんでも…」
「ちゃうちゃう、教えるほうや。大丈夫、見るだけ見てみん?」
「…じゃあ、見るだけなら」
「じゃ、行こか!」
サリーにの後に付いて到着した教室は特殊な形をしていた。
1つは他の普通の教室と同じ作りだが、その奥に頑丈そうな金属の大きな扉が見える。
「おはよう、みんな。席について!」
2人が教室の中に入ると、生徒達が慌てて着席する。
みんな、サリーの後に入ってきた女性に視線を集めている。
「今日は、お客さんが来てくれてます。みんな、ちゃんとご挨拶してや」
「えー、初めまして、リノアと言います。今日はみんなの勉強してるところを見せて下さい」
生徒達から一斉に声が掛けられた。
「「「宜しくお願いします!」」」
「はい、じゃあ始めるで~。この前の続きな。属性の項目3から……」
年少クラスの子から、現役のSeeDの制服を着ている者まで、年齢層はバラバラだ。
しかし、生徒達の目は真剣そのもの。
ガーデンで授業を受けたことがないリノアにとっては、凄く新鮮な光景だ。
「じゃ、次は実践に移ります。」
サリーの一言で、生徒達は一斉に移動し始める。
奥の頑丈そうな扉が開かれ、その中に生徒達は当然のように入っていく。
「リノアも、ほら!」
「あ、あの、あそこは…?」
「実際に擬似魔法を使ってみる部屋なんや。アンチスペルなんとかって技術らしいんやけど、私にもよう分からん。
魔法は本で読んだり人から教えられただけじゃ分からへんもんやろ?実際に自分で使って、体で覚えるもんやからな。 …じゃみんな、Lvごとに集合!」
生徒達は何人かずつのグループに分かれて纏まり、次の指示をじっと待っている。
「リノア、生徒達に教えてやってくれんかな?私、こっちの子らの見てなあかんから」
「え、でも、何をしたらいいのか…」
「大丈夫。みんな初心者や。お手本としてやって見せてくれればええよ」
じっとリノアを見つめている生徒達。その目は興味津々に輝いている。
「えーと、君たちはどんな魔法が使えるのかな?」
1人の少年が手を挙げた。
「はい、キミ」
「僕、ファイアが使えるよ!」
「おっ、やってみせて!」
「はい」
可愛い返事を返し、壁に設置された大小様々な的に狙いを定め、少年は集中していく。
『ファイア!』
小さな手のひらから、ゆらゆらと炎が立ち上る。
それは周りの空気を取り込んで大きな火の玉に形成されていく。
少年はそれを的目掛けて放る。
見事命中した炎は、的に吸い込まれるように消えた。
この的も魔法を外に漏らさないための仕組みが働いているのだろうか?
見事に魔法を繰り出して見せた少年と周りの生徒達から拍手が起こった。
リノアも少々大げさに少年を称えた。
また1人の少女が手を挙げる。
「はい、アナタ」
「…やってみせて下さい」
「…えっ」
一斉に賛同の声が上がる。
「わたしが、やるの…?」
チラリと視線を送ったサリーが、こちらを見て頷いている。
「わ、わかった。…あ、でも少し下がっててね」
「はーい!」
「(少しセーブしないと、ダメだよね…。う~コントロール難しい…)」
どうなるのかと、子供たちは目を輝かせている。
サリーが教えている高レベルの生徒たちまでもがコチラを見つめていた。
『ファイア!』
的に向かって斜めに立ち、先程少年が放った位置から大分後方に下がった状態で片腕を的に向けて真っ直ぐに伸ばす。
力をセーブする為に手のひらを少し下方に向けていたのだが、それでもそこからミサイルのように放たれた光は的に命中するや否や小さな爆炎となって辺りに熱気を振りまいた。
思わず仰け反ってしまうほどの威力に生徒達は勿論、サリーも驚きの色を隠せない。
しばらく何も言えなかった生徒達から歓声が響いた。
→part2