Chapter.23[エスタ]
第23章
エスタの新しい駅はそれは美しかった。
広い大陸の海岸に設置されていたレールエンドは取り払われ、町の中心部まで伸びた線路はエスタの景観を損ねないように透明度の高いカプセルのようなもので覆われていた。
街を包み込み、隠していたあのパネルも、一部を除きほとんどが取り払われ、別の利用法を待っているのか線路の脇に堆く積まれたままだった。
ガーデンにエスタに到着したことを報告し、駅舎から1歩足を進めて更なる感嘆の声を上げた。
無人販売機械で地図を購入したランスを見て、自動販売機を知らなかった2人の少年は物珍しそうにその機械を眺めた。
音も無く走り去る車のような乗り物。
人を運んでくれるリフター。
見たことも無い材質で出来た町並み。
ちょっと珍しい国民服の人々。
初めてこの国を訪れた3人には、目に入る全てのものが斬新で楽しかった。
「例の施設だけど、見学可能な時間は朝の8:00~夕方5:00まで。今日はもう無理だが、見学に予約もアポイントも特に必要ないみたいだし、明日にしよう」
「これからどうするんです?」
「そうだな、町の人の意見を聞きたい。…探し人の情報もな。人が集まる場所、パブやホテル、レストランとか」
「レストラン!!やった!」
大げさに喜ぶホープの気持ちも分かる。
列車の中でキスティスに渡された弁当を食ったきりなのだ。
走り出してしまったホープ。
こちらに顔を向けたまま手を振りつつ走ってゆく。
道の脇にあった1軒の店。
そこから人が出てきたことなど気付くはずも無かった。
「あぶない!」
声を掛けるのが先か、2人がぶつかって弾けあったのが先か…
転倒した2人に慌てて駆け寄る。
「いってー!」
「大丈夫か?」
すぐにホープは飛び起きたが、ぶつかった相手はまだ横たわったままだ。
ウィッシュが駆け寄り、声を掛ける。
その様子に気付いた彼の妻らしき女性が店の中から出てきて駆け寄る。
「うっ…」
ゆっくりと起き上がる初老の男性に手を貸すウィッシュと同じ様に、その女性も男性の背に手を添えた。
「本当にすいません、大丈夫ですか?」
額をおさえていた男性の指の間から、赤い雫が零れ落ちた。
「!! あなた、血が!!」
「今すぐ病院に!!」
「だ、大丈夫。少しぶつけただけだ」
「で、でも…!」
「いいんだよ。余所見をしていたのは私も同じだ。…そちらのキミは大丈夫かね?」
自分が血を流しているというのに、相手を想う言葉がこの男性の人柄を表している。
店の中から更に男が出てきた。店主のようだ。
ただならぬ事態を察知したのか。
血を流して座り込む初老の男性と寄り添う妻、そして見下ろす3人の若者。
店主はすっかり誤解してしまったようだ。
店主に促され、店内に戻った男性は簡単な手当てを受け、店主は3人から事情を聞きだしていた。
男性の持ち物なのだろう、道端に散らばってしまった荷物や、ぶつかった拍子に手から離れたホープが握っていた書類。
それらを拾い集めて纏めてテーブルの上に置くと、男性が小さく礼を述べた。
「あぁ、持って来てくれたのか、ありがとう」
「荷物、これで全部でしたか?確認してくださいね」
自分のものだけではなかった。
明らかに見覚えの無い書類やら地図やらが混じっている。
「…こっちのは、お前さん方のもんかな?」
「はい、本当に大丈夫ですか?申し訳ないことを…」
「いやいや、平気じゃよ。これでも若い頃は武器を手に走り回ったこともあったんじゃからな」
「…エスタ大戦、ですか…?」
「!ほほう、知ってたか。いや、若いのに偉いのう。…ところで…」
自分のものと、そうではない書類とに分けられた持ち物に目を移す。
「この若者、会ったぞ。…探しているんじゃろ?」
「!!!本当ですか!?」
男性が指差した1枚の写真。
そこに写されていたのはまだガーデンにいた頃のSeeD服を着たスコールだ。
「お前さんら、ちょっと付き合わんか?」
「…あ、いえ、自分達は…」
「あー、頭が痛いの~」
「…わかりました…」
自分達に責がある彼の負傷のことを出されると、断ることも出来ない。
「(食えないじーさんだ…)」
その男性に連れられ、3人がやってきたのは大きなホテル。
人目を引く行為だと判ってはいても、思わず口を開けて頭上を見上げてしまう。
迷うことなくフロントに足を進める男性とその妻。
2人に気付いたフロントの女性が笑顔で声を掛けてきた。
「パパ!」
「…パパ…!?」
「娘なんです。今日はあの子に会いにきたのよ」
フロントの他の従業員に一言断りを入れたのか、ホテルの制服姿の女性が男性の下へやってくる。
「アンナ、元気だったかい?」
「久しぶり、パパ、ママ、会えて嬉しいわ!……あら、この頭どうしたの?」
まだ真新しい治療の跡にそっと手を触れるように添えて心配そうに声を掛けた。
「ちょっと、ぶつけただけだよ」
「…こちらの方々は?」
3人の存在に気付いたアンナと呼ばれた女性が顔を向けながら聞いている。
「少し前に知り合ってな。今晩泊まるところを探してるらしい。…頼めるかな?」
「わかったわ。じゃ、ちょっと待っててね。…お客様、どうぞ」
フロントに戻って端末の操作をしているのか、デスクに顔を近づけて何やら確認をしているようだ。
キーを手にして戻ったアンナに、エレベータに乗るように促される。
扉が閉まる瞬間、フロントに入った電話を受け取ったのはオペレータの女性。
「……かしこまりました、キニアス様」
「!?」
振り向いた先はすでに閉じられた扉。
「…どうした?」
「あ、いや、なんか聞き覚えのある名前を耳にしたような気がして…」
通された部屋で、荷物を降ろしているランスにウィッシュが声を掛ける。
「あの、先程聞いた計画のことなんですが…」
「そうだな、もう一度確認して……」
部屋の中の内線電話が鳴り響く。
ウィッシュに待つように合図をするとゆっくりと受話器を持ち上げた。
電話は、フロントからだった。
先程の初老の男性が呼んでいるとの内容だった。
「…仕方が無い、この話はまた後で」
「はい」
先程のエレベータで指定された階に下りた3人を待っていた男性は、姿を確認すると1度手招きしてから先にスタスタと歩き出した。
彼が向かったのはホテル別棟の展望レストランだ。
奥の個室に通されると、そこにいたのは1組の親子。
あのフロントにいた女性だ。
「夕食を一緒に、と思ってな」
「…あ、あの…」
戸惑っているランスに声を掛けたのは、若い男性。
アンナの夫だ。
「始めまして。僕はケン。街の公安部に所属している。…見たところ、ガーデンのSeeDのようだけど、違ったらすまない。まぁ座ってくれ。
警戒しなくていいよ。君達の仕事の邪魔をするつもりは無い。純粋に一緒に食事を、と思っただけなんだ」
自分がSeeDであることは、この老人にも言っていない。
この子たちも、ガーデンのことは一切口にはしていなかったはず。
「SeeDに面識が…?」
「以前、就いていた仕事に上が要請したことがあってね。義父から話を聞いたんだ。もしかして、明日の件かと思ってね」
“明日の件”
その言葉にランスが反応する。
「…ランスさん?」
「お申し出、ありがとうございます。…ぜひ食事はご一緒させて下さい。
特にこの子たちはエスタは初めてでして年齢的にも疲労していると思われますのでできるだけ早く休ませたいと思っています。
まず、この子達の分を先に注文させて頂いて構いませんでしょうか?」
「もんちろんだよ。さぁ、君たち、座って」
2人に1つ頷いて席に促した。
「すみません、その前にちょっと用を足したいのですが、ケンさん、教えて頂けませんか?」
「…! …もちろんだ」
ランスの言葉と行動の意味を悟ったのか、余計な事は言わずにランスと共に退席してくれた。
「…見事なものだ」
「いえ、それよりも先程のことなんですが…。明日、何が行われるのか教えて頂けませんか?もしかして、…魔女に関すること、ですか?」
「…知らなかったのかい?」
「自分達は別件でここに派遣されているんですが、もしかしたらその明日の件とやらに関連があるかもしれないんです」
「…明日、魔女がこの国の魔女研究所に移送されてくる」
「!! あ、明日…!?そんなに早く…」
「今日の昼には正式に向こうからこちらに連絡が入っている。もうすでに公式発表も終えているはずだ」
「自分達も今日この街に入ったばかりで、何も情報を得ていないんです。移送されることは知っていましたが、まさかこんなに早く…」
「これはあくまで噂なんだけど、ガルバディアは一刻も早く魔女をエスタに送りたがっているらしい。彼らにとっては厄介の種という訳さ」
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エスタの新しい駅はそれは美しかった。
広い大陸の海岸に設置されていたレールエンドは取り払われ、町の中心部まで伸びた線路はエスタの景観を損ねないように透明度の高いカプセルのようなもので覆われていた。
街を包み込み、隠していたあのパネルも、一部を除きほとんどが取り払われ、別の利用法を待っているのか線路の脇に堆く積まれたままだった。
ガーデンにエスタに到着したことを報告し、駅舎から1歩足を進めて更なる感嘆の声を上げた。
無人販売機械で地図を購入したランスを見て、自動販売機を知らなかった2人の少年は物珍しそうにその機械を眺めた。
音も無く走り去る車のような乗り物。
人を運んでくれるリフター。
見たことも無い材質で出来た町並み。
ちょっと珍しい国民服の人々。
初めてこの国を訪れた3人には、目に入る全てのものが斬新で楽しかった。
「例の施設だけど、見学可能な時間は朝の8:00~夕方5:00まで。今日はもう無理だが、見学に予約もアポイントも特に必要ないみたいだし、明日にしよう」
「これからどうするんです?」
「そうだな、町の人の意見を聞きたい。…探し人の情報もな。人が集まる場所、パブやホテル、レストランとか」
「レストラン!!やった!」
大げさに喜ぶホープの気持ちも分かる。
列車の中でキスティスに渡された弁当を食ったきりなのだ。
走り出してしまったホープ。
こちらに顔を向けたまま手を振りつつ走ってゆく。
道の脇にあった1軒の店。
そこから人が出てきたことなど気付くはずも無かった。
「あぶない!」
声を掛けるのが先か、2人がぶつかって弾けあったのが先か…
転倒した2人に慌てて駆け寄る。
「いってー!」
「大丈夫か?」
すぐにホープは飛び起きたが、ぶつかった相手はまだ横たわったままだ。
ウィッシュが駆け寄り、声を掛ける。
その様子に気付いた彼の妻らしき女性が店の中から出てきて駆け寄る。
「うっ…」
ゆっくりと起き上がる初老の男性に手を貸すウィッシュと同じ様に、その女性も男性の背に手を添えた。
「本当にすいません、大丈夫ですか?」
額をおさえていた男性の指の間から、赤い雫が零れ落ちた。
「!! あなた、血が!!」
「今すぐ病院に!!」
「だ、大丈夫。少しぶつけただけだ」
「で、でも…!」
「いいんだよ。余所見をしていたのは私も同じだ。…そちらのキミは大丈夫かね?」
自分が血を流しているというのに、相手を想う言葉がこの男性の人柄を表している。
店の中から更に男が出てきた。店主のようだ。
ただならぬ事態を察知したのか。
血を流して座り込む初老の男性と寄り添う妻、そして見下ろす3人の若者。
店主はすっかり誤解してしまったようだ。
店主に促され、店内に戻った男性は簡単な手当てを受け、店主は3人から事情を聞きだしていた。
男性の持ち物なのだろう、道端に散らばってしまった荷物や、ぶつかった拍子に手から離れたホープが握っていた書類。
それらを拾い集めて纏めてテーブルの上に置くと、男性が小さく礼を述べた。
「あぁ、持って来てくれたのか、ありがとう」
「荷物、これで全部でしたか?確認してくださいね」
自分のものだけではなかった。
明らかに見覚えの無い書類やら地図やらが混じっている。
「…こっちのは、お前さん方のもんかな?」
「はい、本当に大丈夫ですか?申し訳ないことを…」
「いやいや、平気じゃよ。これでも若い頃は武器を手に走り回ったこともあったんじゃからな」
「…エスタ大戦、ですか…?」
「!ほほう、知ってたか。いや、若いのに偉いのう。…ところで…」
自分のものと、そうではない書類とに分けられた持ち物に目を移す。
「この若者、会ったぞ。…探しているんじゃろ?」
「!!!本当ですか!?」
男性が指差した1枚の写真。
そこに写されていたのはまだガーデンにいた頃のSeeD服を着たスコールだ。
「お前さんら、ちょっと付き合わんか?」
「…あ、いえ、自分達は…」
「あー、頭が痛いの~」
「…わかりました…」
自分達に責がある彼の負傷のことを出されると、断ることも出来ない。
「(食えないじーさんだ…)」
その男性に連れられ、3人がやってきたのは大きなホテル。
人目を引く行為だと判ってはいても、思わず口を開けて頭上を見上げてしまう。
迷うことなくフロントに足を進める男性とその妻。
2人に気付いたフロントの女性が笑顔で声を掛けてきた。
「パパ!」
「…パパ…!?」
「娘なんです。今日はあの子に会いにきたのよ」
フロントの他の従業員に一言断りを入れたのか、ホテルの制服姿の女性が男性の下へやってくる。
「アンナ、元気だったかい?」
「久しぶり、パパ、ママ、会えて嬉しいわ!……あら、この頭どうしたの?」
まだ真新しい治療の跡にそっと手を触れるように添えて心配そうに声を掛けた。
「ちょっと、ぶつけただけだよ」
「…こちらの方々は?」
3人の存在に気付いたアンナと呼ばれた女性が顔を向けながら聞いている。
「少し前に知り合ってな。今晩泊まるところを探してるらしい。…頼めるかな?」
「わかったわ。じゃ、ちょっと待っててね。…お客様、どうぞ」
フロントに戻って端末の操作をしているのか、デスクに顔を近づけて何やら確認をしているようだ。
キーを手にして戻ったアンナに、エレベータに乗るように促される。
扉が閉まる瞬間、フロントに入った電話を受け取ったのはオペレータの女性。
「……かしこまりました、キニアス様」
「!?」
振り向いた先はすでに閉じられた扉。
「…どうした?」
「あ、いや、なんか聞き覚えのある名前を耳にしたような気がして…」
通された部屋で、荷物を降ろしているランスにウィッシュが声を掛ける。
「あの、先程聞いた計画のことなんですが…」
「そうだな、もう一度確認して……」
部屋の中の内線電話が鳴り響く。
ウィッシュに待つように合図をするとゆっくりと受話器を持ち上げた。
電話は、フロントからだった。
先程の初老の男性が呼んでいるとの内容だった。
「…仕方が無い、この話はまた後で」
「はい」
先程のエレベータで指定された階に下りた3人を待っていた男性は、姿を確認すると1度手招きしてから先にスタスタと歩き出した。
彼が向かったのはホテル別棟の展望レストランだ。
奥の個室に通されると、そこにいたのは1組の親子。
あのフロントにいた女性だ。
「夕食を一緒に、と思ってな」
「…あ、あの…」
戸惑っているランスに声を掛けたのは、若い男性。
アンナの夫だ。
「始めまして。僕はケン。街の公安部に所属している。…見たところ、ガーデンのSeeDのようだけど、違ったらすまない。まぁ座ってくれ。
警戒しなくていいよ。君達の仕事の邪魔をするつもりは無い。純粋に一緒に食事を、と思っただけなんだ」
自分がSeeDであることは、この老人にも言っていない。
この子たちも、ガーデンのことは一切口にはしていなかったはず。
「SeeDに面識が…?」
「以前、就いていた仕事に上が要請したことがあってね。義父から話を聞いたんだ。もしかして、明日の件かと思ってね」
“明日の件”
その言葉にランスが反応する。
「…ランスさん?」
「お申し出、ありがとうございます。…ぜひ食事はご一緒させて下さい。
特にこの子たちはエスタは初めてでして年齢的にも疲労していると思われますのでできるだけ早く休ませたいと思っています。
まず、この子達の分を先に注文させて頂いて構いませんでしょうか?」
「もんちろんだよ。さぁ、君たち、座って」
2人に1つ頷いて席に促した。
「すみません、その前にちょっと用を足したいのですが、ケンさん、教えて頂けませんか?」
「…! …もちろんだ」
ランスの言葉と行動の意味を悟ったのか、余計な事は言わずにランスと共に退席してくれた。
「…見事なものだ」
「いえ、それよりも先程のことなんですが…。明日、何が行われるのか教えて頂けませんか?もしかして、…魔女に関すること、ですか?」
「…知らなかったのかい?」
「自分達は別件でここに派遣されているんですが、もしかしたらその明日の件とやらに関連があるかもしれないんです」
「…明日、魔女がこの国の魔女研究所に移送されてくる」
「!! あ、明日…!?そんなに早く…」
「今日の昼には正式に向こうからこちらに連絡が入っている。もうすでに公式発表も終えているはずだ」
「自分達も今日この街に入ったばかりで、何も情報を得ていないんです。移送されることは知っていましたが、まさかこんなに早く…」
「これはあくまで噂なんだけど、ガルバディアは一刻も早く魔女をエスタに送りたがっているらしい。彼らにとっては厄介の種という訳さ」
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