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Chapter.22[ガルバディア]

第22章part2



「…う…」
微かに身じろぎしたのを見逃さなかった。
慌てて枕元に歩み寄る。
まだ麻酔の効果が完全に切れていないのか、虚ろな目はどこを見つめているのか分からない。
「お目覚めですか…?ご気分は…?」
厚く巻かれた包帯のせいなのか、左腕は動かない。
ゆっくりと持ち上げる右腕には点滴の管が繋がれている。まだ効果の続く麻酔のせいなのか、体がフワリと浮いている感覚を覚える。
「…もう、終わったのか」
「あ、…手術ですか。はい、無事に終わりました。ガルム様も只今こちらに向かわれているそうです。直にご到着されるでしょう」
「…そう、か。…それで…」
「公安部が全力を挙げて捜査中です。しばらくお屋敷は規制の対象となるでしょうが、使用人たちにはすぐに休暇を取らせました。
マスコミにも取材規制を敷きまして、ここにはご家族と私、医療関係スタッフしか入れないようになっております。」
「…すまん、な…」

しばらく、沈黙が流れる。
病院の前に集まった報道陣からだろう、外からザワザワと声とも取れるような音が微かに病室に届く。
部屋をノックする音に、眼鏡の男は立ち上がった。


『ガルバディア大統領ボルド・ヘンデル、及びガルバディア全地区の住民達よ。我々の声を聞け!
 我々は、我々が敬愛する魔女を拘束したガルバディア政府を敵視し、すみやかにこれの解放を要請する。
 我々の創造主ハインの力を継承し続ける魔女は、敬うべき存在である。
 10年前、ガルバディアの国を魔女が支配したと歴史で語られてきたが、彼女は和平大使であったことは、ガルバディアの人間ならば誰でも承知の事実。
 平和のために立ち上がった彼女に対し、お前達は何をした。ティンバーで、ガルバディア軍は人々に何をした!
 人々を助け、勇気を与えた魔女を、希望の光を、独立を切望する者達の象徴を!!
 全てを奪い去ることしかできないガルバディア政府を、これ以上許してはいけない!
 人々よ、立ち上がるのだ。恐ろしい魔女など存在しない。もし彼女を脅威と言う者があれば、それは当人に非がある何よりの証。
 創造主ハインの力を持つ魔女こそ、我々が敬い、崇め、崇拝すべき者。
 ガルバディア政府よ今すぐ自分達の非を認め、魔女を解放し、許しを請うのだ。
 この要求が適えられなければ、武力を持って敵対しよう。我々にはクーデターを起こす用意があることを知れ。
 我々はガルバディア政府に対し、宣戦を布告する。第2・第3のヘンデルのような犠牲者が出ることを覚悟するのだ。
 人々よ、立ち上がれ!再び訪れる魔女の作る平和な世界の為に!我が名はハリー・アバンシア。
 人々よ、共に戦おう。集え私の元へ。
 平和の為に、魔女の為に!魔女の為に!!』

乱れた画像の後に流れた謎の放送に、TVの前の人々は釘付けになったであろう、なんとも不快な内容の挑発的な映像だ。
先程看護士が届けに来た、この映像ディスク。
誰が病院まで届けたのかは分からないが、映っている時間からして今から10分ほど前だ。
突然映像が乱れ、そして画面上に姿を現した謎の人物の影。
映像処理を施しても、その顔までは判別できないだろう。
映像の中で突きつけられた宣戦布告。
これでこの国は一層の混乱に陥るだろう。

「これは、何だ…!」
「どうやら、電波ジャックのようですね。まだ眠ってらっしゃる時間だったようです。すぐにどういうことなのか調査させますので、もう少々お待ち下さい」
一度病室を出た眼鏡の男は、病院ということもあって配慮したのか、手にいつもの電子ブックを持っていなかった。
すぐに戻ってきたその男は、手にいつもの電子ブックではなく何枚かの紙を持っていた。
ボルドの枕元まで再び歩み寄ると、ベッドのすぐ横で起立した姿勢のまま手元の紙に視線を落とし、口を開く。
「カーウェイ教官を始めとしまして、副大統領や各長官の方々、各国の大統領、他にも…」
「…座りたまえ」
「あ、ありがとうございます。……たくさんの方々からメッセージが届いておりました」
ボルドの言葉に、すぐ後ろに立てかけられていた折り畳みの小さな椅子を開きながら読み上げた。
「皆、大統領のお体を心配なさっております」
「本当ならばすぐにでも礼の返事を出さねばならんところだが……うっ」
体を起こそうとして、走った痛みに苦悶の表情を浮かべた。
「無理なさってはいけません!大統領。…まだ安静が必要です」
起き上がろうとするボルドを制し、包帯の巻かれていない方の肩をそっと寝台の上に戻した。
普段はキラリと光を反射する眼鏡に隠れたこの男の目が見えた。
心から想っているような優しい目。
眼鏡が無ければ、こんなに幼い顔付きをしていたのか、この男は…
初めて知った彼の素顔をチラリと垣間見た瞬間だった。

「報道関係者達が、大統領のご様子を知りたいと先程から申し出てきているのですが…。
すでに報道規制が出されていますので、今は何もコメントできないとだけ発表しています。
 もし大統領が宜しければ、手術が無事終わり、安静にしている旨を発表しますが、宜しいですか?」
「…構わん。ただし、公表するのは記者クラブだけにしてくれ。他のマスコミ連中ときたら礼儀を知らんからな」
「かしこまりました」
突然、玉のような汗を噴出して、再び苦悶の表情を見せた。
眼鏡の男ははっとして、すぐに看護士を呼びつける。
「麻酔が切れたんですね。今、痛み止めをお持ちします」
一度退室した看護士は、すぐに手に銀色に光るトレーを持って戻ってきた。
未だに右腕に繋がれたままの点滴管に持ってきた注射器で何かの液体を注入した。
「鎮痛剤です。すぐに効いてきますから」
「すいません」
看護士の言葉通り、後始末をして部屋を出た看護士が扉を閉める頃にはボルドから苦痛の表情は消えていた。
そのまま眠りについてしまったボルドに、そっと毛布をかけなおし、彼も部屋を後にした。
「(…ハリー・アバンシア…何者なんだ…?)」


「大統領の容態はどうかね?」
「はい、命に別状はありません。医師の話では全治6ヶ月ほどかと」
「福祉部長、病院は君のところの管轄だったはずだな。確認は取れているかね?」
 「ハイ、院長から報告は受けております」
「大統領の容態については、後ほど詳しい発表をしてもらう」
煩いマスコミから逃れるように、病院の裏口から抜け出して向かった官邸では官僚たちの話し合いがすでに行われていた。
議長がてきぱきと進行し、会議は円滑に進められていく。
「次に、防衛部。大統領が撃たれたとき、警備の者はどこにいた?」
 「はい、部屋のすぐ外で待機しておりました。」
「もし部屋に銃弾が撃ち込まれたらすぐに気付くかね?」
 「もちろんです。彼らもガーデンで特殊な訓練を積んだものたちです。何かあればすぐに扉を破ってでも確認を取ることになっております」
「報告では、大統領が防犯ベルを鳴らしてから部屋に入ったとなっているが?」
 「議長、すいません。公安部です。窓と部屋の警報装置は破壊されていたようで、異常があった場合はすぐに当局にも通報されるはずだったのですが…」
「防衛部、警報装置の日頃の点検はどうなっているのかね?」
 「…す、すぐに確認致します」
「軍事部、使用された武器の特定は?」
 「はっ、室内に残された弾から、使用された武器はビスマルクAX-Ⅱ型という自動小銃かと思われます。…ですが、病院長から摘出された弾の画像を見る限りでは直接確認したわけではありませんのでまだ特定には至っておりませんが、ライフルのような狙撃タイプのものかと思われます」
「…ふむ、2種類の銃か」
 「自分は、犯人は複数いたと考えます。 前者の銃ですが、短距離用ですが威力が強く、初心者には扱いが難しいので何らかの経験か訓練がなければ逆に遊ばれるような代物です。
 また、後者は位置的にも前者の銃が打ち込まれた場所とは違う地点からの狙い撃ちだったと思われます」
「可能性はあるだろう。引き続き頼む。 それから、諜報部、例の電波ジャックだが、発信源は判明したのかね?」
 「すいません、それはまだはっきりとした特定には至っておりません。今や、電波は世界各国に普及しておりまして…」
「わかった。なるべく急ぎ調査してくれ。人物の身元は?」
 「この“ハリー・アバンシア”という名前に、ガルバディア地区内全ての同姓の家計をくまなく調査しておりますが今のところ該当するものは居りません。 偽名を使用している可能性もありまして、特定するのは難しいかと思われます」
「できれば最優先で解決したい。この名前が魔女を支持する者達の代名詞となる前に…」




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