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Chapter.18[ガルバディア]

第18章


「おはようございます、大統領」
「あぁ、おはよう」
まだ眠そうな目をしたボルドが部屋に入ってきた。
部屋の中には既に朝食が用意されており、ボルドが席に付くと同時に湯気の立つスープが運ばれてきた。
「少し早くないかね?」
「ご予定が詰まっております。早く魔女に会いたいと、大統領が仰ったんですよ。カーウェイ教官もそのつもりで準備しております」
ボルドは片手に折り畳まれた新聞に目を通しながらコーヒーを口に運ぶ。
政治欄で自分の支持率がまた上がっていることを喜んだ。
魔女を捕らえた功績か、昨日の会見の賜物か、これでまだまだ自分はこの地位を保守できると思い込んでいた。

その後の予定を、補佐官は淡々と説明してゆく。
「出発予定時刻30分前です、大統領」
「もうそんな時間か!」
「外には報道陣が押し寄せておりまして、報道や交通の規制はしてありますが、どうしても足は鈍くなるでしょう。余裕を持った行動こそ、国民の手本です。
 何より、人々は魔女を捕らえた大統領に期待しているのです。それをお忘れなきように」
「わかっている」
役人や官僚の何人かと一緒に官邸を後にしたボルドは、大統領専用車に補佐官と共に身を押し込んだ。警護のものがいるおかげで車の発進に影響はなかったが、それでも浴びせられるカメラの強烈な光は目に怪しい残光を写した。

今回は軍のティンバー支部に向かうことになる。
本来ならば重要犯罪者はすぐに砂漠の監獄に収監されることになるのだが、政治犯などの特別な場合は次の対処が決まるまでの短い期間だけ、この支部の地下に設えられた鋼鉄のシェルターに幽閉されるのだ。
今回の魔女も、大統領が拝顔を願い出た為に一時的にここに入れられている。

一体何をそんなに忙しくしていなければならないのかと思うほど、ボルドの斜め向かいに座った眼鏡の補佐官はひざの上に乗せた電子ブックに何かを打ち込んでみたり、インカムに接続した通信装置に向かって何事か話している。
その都度、ボルドに許可を求めるのが煩わしくて、一刻も早くエスタに向かいたいと思っていた。
そこに向かうまでにはまだやらなければならないことが山積みだ。
先刻この補佐官が口にした言葉を思い出す。
『魔女を捕らえた大統領』
…悪くない。
このままいけば、“終身”の地位を手に入れることも可能だとボルドは確信に近い予測を立てる。
「大統領、…ときに、カーウェイ教官ですが…」
「カーウェイか…。あいつは軍には戻らんだろう。あいつの力は惜しいがな…」
「しかし、何らかの恩賞を与えるべきかと。国民が納得しないでしょう」
「わかっている。奴が望む望まないに関わらず式典は開かねばなるまい」

軍の基地から専用のヘリコプターに乗り換える。
街を抜け、緑が広がる美しい自然の中を飛んでゆく。
しかし、この違和感は何なのだろう?
あの時にウィンヒルで感じた開放感や満ち足りた気分はここでは全く感じられない。
同じガルバディア国内にあり、同じ様に緑が広がっていると言うのに…
森の切れ間に何かの施設のようなお粗末な建造物があるのが目に入った。
柱の先端から左右に伸びるアームが互いに上下しながら回転している。
「おい、今のは何だ?」
「採掘現場ですよ」
「何のだ?」
「…ご存知ありませんでしたか…?ティンバーとの争いの元、ですよ。ここ以外にもあと3箇所あります」
「…そうか、ここが現場だったのか…。一度視察に行ってみたいが」
「…本気ですか…?」
性格からして、まずそんなことを口にする人間だっただろうか、この大統領は…?そんな考えが浮かぶ。
少し、何かが変わったのだろうか?…なぜ?

人垣や覆いで隠しているつもりだろうが、悲惨な戦いの爪あとを色濃く残すティンバーの町並みは、かつての様相から一変してしまった。
そう、かつてのドール公国がこんな状態だったのを覚えている。
軍の施設に入るまでに、レジスタンスが残したと思われる独立を願うチームのシンボルや、自分達を中傷する落書きが落としきれずに残っていた。
いちいち腹を立てていては限がない。
だがそんな景観を損ねるものもこれ以上増えることはないのだ。
街を建て直し、デリングシティのように整備された美しい街になるのも時間の問題だ。

通された施設の内部は、流石軍事基地と言えるような重苦しい雰囲気だった。
分厚い壁に重そうな扉。
数だけあっても明るさの足りない飾り気のない電球。
両脇の扉の先には一体何があるというのだろうか?
「こちらです」
先頭に立って案内してきた若い兵士が、徐に取り出したカードをスライドさせて扉を開く。
開いたドアから避けるように1歩下がった兵士はガルバディア独特の敬礼をしてみせた。
廊下の暗さに慣れてしまった目には、部屋の明るさは強すぎるほどだったが、思ったよりも広い会議室の手前で出迎えたカーウェイの真剣な表情を読み取るには十分だった。
入室した順に席に通され、全員が着席したところを見計らうかのように、軍服姿の女性が各自のテーブルの上に珈琲を乗せていく。
同じ様に幾枚かずつ纏められた資料が置かれてゆくが、チラリと一瞥くれただけで、中に目を通そうとするものは誰もいない。

壇上に立ったカーウェイが皆の足労を労う言葉を掛け、説明が始まった。
「ではまず、この作戦を遂行するに当たっての重要なポイントとなる資料を……と思いましたが、どうでしょう?大統領」
「…うん?」
不意にかけられた声に、間の抜けた返事を返してしまい、当惑する。
「…これは失礼致しました。ここで自分の説明を聞き流し、長い時間椅子を温めて頂くのは正直退屈では…?と。早く『彼女』にお会いしたいと思いませんか?」
突然のカーウェイにボルド始め、そこに集まった官僚や役員達は微かなざわめきを起こす。
「そ、そうだな。会わせてもらおう」

せっかく出された香り高い珈琲の味を知ることもなく、会議室を出たカーウェイはエレベータホールで一度皆を振り返った。
「ここから地下のシェルターに向かって頂きます」
「随分と厳重ですな」
「姿はそう思えなくとも、仮にも『魔女』です。この基地の中で一番安全と思える場所を選びました。…外からも、内からもという意味でです」
「いやぁ、緊張しますなぁ」
「そうですな」
そういう役人の顔には緊張感の欠片も見当たらない。
口や表情には出さずとも、ボルドも同じ様に緊張していた。
これから向かう先には『魔女』がいるのだ。
先の大統領の命を無残に奪い、一時とはいえこの国を牛耳った『魔女』が…
エレベータの扉から真っ直ぐに伸びた細い廊下の先には1つの扉。
すぐ横にある小さな部屋は監視室か。
部屋の中には数人の人間。
軍服姿の者も、白衣を着ているものもいる。

1人の兵士が窓の向こうから敬礼しているのが見えた。
カーウェイが合図を送ると、その重そうな扉がゆっくりと開かれていく。
足を進めると、中はいくつかの小部屋に分かれていた。迷わず一番奥まで進むカーウェイと違い、初めてここを訪れた者たちは珍しそうに辺りをキョロキョロと見渡している。
兵士がカードを差し込みコードを入力すると、電子音と共に静かにドアが開かれた。
部屋の中は真っ暗だ。
足を1歩踏み入れた瞬間、僅かな明かりが点灯して部屋の中を照らす。
四方を硬い壁で囲まれただけの簡素な、しかし頑丈そうな小さな部屋の中央には白い布がかけられた台が1つ。
思わず息を呑む。

「どうぞ」
入口で固まってしまった大統領を促すように、既に台の側まで歩み寄っていたカーウェイがボルドに声を掛ける。
何度目かの生唾を飲み込んでから、自分を奮い立たせるように姿勢を正し、そこまで近づいていく。
そしてゆっくりと冷たい布に手をかけた。
するすると滑るように落ちてゆく布がその役目を果たさなくなると、そこに、彼らの目的があった。

そこに集まった人間達の間から思わず漏れる感嘆の声。
「これが、『魔女』…」
「まだ、歳若いように見えるが…?」
カーウェイは持参した資料に目を通す振りをしながら言葉を紡ぐ。
「リノア・ハーティリー、27歳。ティンバーのレジスタンスに参加していたようです。詳細は先程の資料の中に…」
その資料が彼らの目に入ることなどもう2度とあるまいと思いながらも付け加えてみる。
「これは、安全なのかね?」
「特殊な素材を使用したカプセルです。中には常に催眠ガスが充満するようになっています。外からの施錠はLv.3まで。当然中からは破壊しない限り開けることはできません。
使用したガスも特殊なもので、普通の人間にはまず使用例がありません」
「魔女というからには、魔法を使うのだろう?」
「すでに1度調査試験済みですが……ご覧になりますか?」
どう返事をしてよいか迷っているのだろう。互いの顔を見合わせては何事か囁き合っている。
「まず、部屋の外へ。カプセルを開いたらこの部屋の中もあのカプセルの内部と同じ状態になりますから」

監視室のモニターには先程の状態のままの魔女が横たわっていた。徐に開かれたカプセルから漏れる気体は、例のガスなのか…?
突然モニター全体から強い光が映し出される。
その眩しさに思わず仰け反る。
「な、何をしたんだ?」
光が収まると、先程と何の変化も見られないままの様子が再び映し出された。
「擬似魔法です。魔女が使うものとは違いますが、訓練によって我々人間にも使用できる魔法の一種です。…自分もガーデンの仕事に就くようになってから初めて知ったものですが…」
「…で、何が起こったのだ」
「簡単に説明しますと、バリアのようなものでこちらの魔法を跳ね返されたのです。手で触れてもわかりませんが、魔法だけに反応する幕のようなものだとお考え下さい」
「では、間違いなく…?」
「そう断言してもよいかと」
「こ、殺してしまうことはできないのか?触れることはできるのだろう?」
「我々も同じことを考えました。…実践したわけではありませんので確証はありませんが、恐らく物理攻撃に対しても同じ様な効果が見られるものと思います。
それに…命を奪うことは難しいでしょう」
「?なぜだ?」
「魔女には、“力の継承”と呼ばれる能力が存在します。寿命は並みの人間とほぼ同じですが、別の誰かに魔女の力を移してからでなければ、魔女は死ぬことさえできないのです。
もしここにいる魔女を殺したとしても、それは別の場所での新たな魔女の誕生を意味します」
「………」
「では、どうすれば…」
「我々としては、はっきり言って魔女はお荷物です。我々よりも魔女の研究が進んでいるエスタに、早いうちに引き取って貰いたい。それが軍の本音です」

地下からやっと這い出ることができたボルド達は、差し出された冷たいドリンクを一気に飲み干した。
よほど神経をすり減らしたことだろう。
結果報告だけを簡潔に済ませ、ボルドや官僚たちは先程の緊張感とは無縁の話題に花を咲かせていた。
話は次第に英雄の方向へ進み、何らかの勲章を提示し始めた。
今回の作戦にバラムガーデンのSeeDを投入させたことは彼らの機嫌を損ねるものだったが、その理由が自らの生徒とガーデンを守ろうとしたというカーウェイの気持ち。
そして何よりもこの結果に満足している彼らには、もうどうでもいいことだったのだ。
「君の生徒とガーデンを思う気持ちはよくわかった。…大統領、どうでしょう?結果はこの通りですし、この件に関しては不問ということで」
「そうだな、君に全てを一任した私にも幾ばくかの責はある。今後は必ず私に一言断りを入れてもらおう」

「いえ、今後はありません」
「どういうことだ?」
「これっきり、という意味です。せっかく頂いたご好意を無下にして申し訳ありませんが、自分は軍に戻るつもりはありません。このままガーデンの一教官として生徒を育ててゆく所存です」
「…そうか、君がそう決めたのなら仕方がない。…しかし、授賞式には参加してもらいたい」
「そうだとも!国民の英雄として皆に披露しなくては!凱旋パレードを敢行しようじゃないか!」

「わたしは魔女ではないっ!!」

突然の大声に驚いたのは、その場にいた者たちだけではなかった。
部屋の外でいくつかのカップが割れる音にはっとする。
「も、申し訳ございません!…授賞式には、僭越ながら席を拝借したいと思いますが、しかしパレードには…。自分は英雄などではありませんし、そんな資格は…ありません」

次々と退席してゆく官僚たちを見送り、誰もいなくなった談話室で大きな溜息を天井に向かって吐き出した。
全ての車がゲートを潜ったのを見届けた直後、通信が入った。
「大統領、どうかなさいましたか?」
「…辛い役目をさせた…。エスタの大統領とも今後について話合わねばならなくなるだろう。教官に戻るという君がそこに滞在できる時間は限られているはずだ。 今は、できるだけ側にいてやりなさい」
「!!!…お心遣い、感謝します…」




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