Chapter.15[海洋横断鉄道]
第15章
ティンバーの街は静かだった。
ガルバディア軍の一斉攻撃の後、レジスタンスはその勢力を弱め、ガルバディア軍も僅かな小隊を残して撤退した為だ。
救護班と医療チームだけが不足している物資の調達の為に走り回っている。
軍によって規制されていた鉄道も運転を再開し、町に戻ろうとする者や無償で救援活動をする団体の人々で駅はごった返していた。
この人込みに紛れ、波に乗じて街の外へ出ようと目論んでいた人物がいた。
しかし、ほとんど動かない人の列の先で、ガルバディア軍による検問が行われていたことは予測の範囲内であり、この人の多さも形ばかりの検問もこの人物の前では意味のないものだった。
人の波をするりと抜け、人目につかない場所から駅の屋根に上ることなどSeeDにとっては基本の1つであり、与えられた任務を全うする為の技術の全てからしてみれば、列車の屋根に飛び降りることは足元の水溜りを飛び越えるようなものだ。
昨日までに比べたら、兵士の数は極端に少ない。
この一斉攻撃が始まる以前の警備体制よりも甘さが増しているようにさえ感じる。
たくさんのレジスタンスチームが解散された。
軍は予め目星を付けていたのだろう。
他には目もくれずに頭だけを狙ってきた。正確に…
どこからか、やはり情報が漏れていたとしか考えられなかった。
しかも、これまで自分が出会った、この街へやってきたバラムのSeeDが参加したとなれば、圧倒的不利な立場にあったのは自分達だ。
まさに、自らが撒いた種とでも言えるだろう。
「(…かなりかかるだろうが仕方ない)」
動き出した列車の屋根の上で、この鉄道の到着点までの距離を考えると気が重くなる。
ティンバーから目的地であるエスタまでの直通の線路が開かれてから、間もなく5年が経つ。
海洋横断鉄道などと呼ぶ者もいる。
何もない海の上を走る為、途中通過点であるF.H.も整備された。
当初の駅長の反発は目に余るものがあったとか…
ティンバーを出発した列車は、しばらく海岸沿いを走り、ある岬からこの海原へ飛び出す。
線路を支える支柱を立てるための地盤が一番適していたのが、海面から少々高度のあるここだけだったのだ。
海に飛び出す瞬間は、まるで崖から飛び降りるような感覚に囚われることから、このポイントを通過するときだけは乗客が面白がって窓から身を乗り出すように線路を眺めている。
先頭車両にはタービン機関が搭載されており、ティンバーの独立運動の元ともなっているアルカイックガスを燃料として走る。
害はほとんど無いが、精製されないまま使用される鉄道用のガスは実はかなり異臭を放つ。
屋根の上ではそれがかなり顕著であり、そこに腰を下ろして風を受けていると気分が悪くなってくるほどだ。
…しかし、今はそこを動くことはできないスコールは、少しでも先頭からの風を遮る為、後部の空調設備の為の突起部分の陰に身を隠した。
目の前にはたった今その上を走りぬけた真っ直ぐに伸びた海上に浮かぶ線路。
水平線の先にまだ見えている大陸はマンデービーチに、右側の濃い色をしている部分はロスフォールの森だろうか?
その上に落ちてくる火の玉のように見える夕日。
風が、大分長くなってしまった髪を弄ぶ。
ヘタをすれば、若かりし頃の自分の父のように見えるかもしれない。
思わず浮かんだ自分の考えに失笑してしまう。
あの時は頭の中は空っぽだった。
でも今は、1つの想いで一杯だ。
線路の横に一瞬見えた小さな文字。
体を回転させて前方を確認する。
線路の横に設えられた看板が間もなく到着する中継駅の存在を示していた。
真っ直ぐ東に伸びた線路の先には、確かに海上に広がる建造物。
近づくにつれ速度を緩めていく列車はしばらくここで停車する。
一度簡単な点検の見回りが行われる為、そこを降りなくてはならない。
まさかここまではガルバディアの軍は警戒していないだろうと高をくくっていた。
滅多にここでその姿を見かけることなど無い、各地に派遣された巡視官の姿を確認してはっとする。
手にした何かの資料らしきファイルを見ながら、乗客を見つめている。
「………」
自分を探しているのかどうかはわからないが、それでも警戒しないにこしたことはない。
列車の周りを巡回した整備士がいなくなったのを確認してから、再び同じ位置に身を潜めた。
「(…変わったな)」
新しく整備し直された駅舎や街を眺めながらそう感じる。
10年前、初めてここを訪れたときはどうだっただろう?
あの時は別のことだけしか考えられない状態で、そんな余裕は全く無かった。
ガーデンの修理を頼みに降りた街の中は、今はどうなっているのだろう?
あの頑固者の駅長は今も健在なんだろうか?
動き出した列車の上から、沈みそうな夕日を見て様々なことを考える。
そして頭を振る。
「(…今はそんなことを考えている場合じゃない。この先のことを考えるんだ)」
列車の最後尾には低い鉄柵がつけられたベランダになっている。
そっと車内を覗いてから音も無くベランダに降り立った。
スコールは鉄柵に寄り掛かり、変わらない大海原を見つめた。
あの時、同じ様に赤く染まる海原を見つめながら歩いた時のリノアの体の冷たさを思い出し、思わず背筋をゾクリと振るわせた。
あの時と同じ様に、彼女の存在をこの手に確かめる為に、笑顔を取り戻す為に、今自分はここにいる。
「ご一緒しても宜しいかな?」
ドアを開けたその初老の男性は、そこにいた人物に少々驚いたように声を掛けた。
声を掛けられた青年は、そうされるまで気付けなかった自分を恥じていた。
「…あぁ」
「中のご婦人方に遠慮してね」
優しい笑顔で取り出した葉巻をスコールに見せるように持ち上げた。
ゆっくりと煙をくゆらせながら、沈んでゆく夕日を共に眺めた。
「エスタに、娘がいてね…。孫の顔を見に行くんだ。あんたは?お若いの」
「………」
「話したく、ないのか?わしなんぞが相手ではつまらんか…」
「…女を、捜しているんだ」
「ほ~~!」
意外な答えだったのか、男性は大げさに驚いて見せた。
「いいのう!わしも女を捜す旅なんぞしてみたいもんだのう!…お前さんのコレか?」
悪戯心を剥き出しにして、小指を立てて見せた。
「そんなんじゃない」
「…じゃ、“運命の人”じゃな」
「運命…?」
「もし2人が死んでも、生まれ変わって再び結ばれる人のことじゃよ。人は皆、そういう人を探している」
「…そうでありたいと願っているが、彼女は違うんだ」
「違う?どう違うんじゃ?」
「俺の……クライアントだ」
「お前さん、雇われとるのか」
「…まだ金を貰ってないんだ」
「ほっほっほっ…そりゃ大変だ。絶対に探さにゃならんな~。わしの昔の女にも、そういう奴がおったよ。ズルくて、嘘つきで、でも美しくて…
必死で追いかけたもんじゃった」
「…どうしたんだ?その後」
「ほっほっほっ…結婚して、3人の子供を産んで、今は、ほれあそこだ」
男が指を指した車内の席には1人の中年の女性がこちらに気付き、手を振っている。
かつての美しさを今も物語っている品のある女性のようだ。
「あんたの妻なのか」
「追いかけて追いかけて、掴まえた時はもう何があっても二度と離すまいと決めた。
どんなに酷いことを言われても、どんなに辛いことがあっても、わしにとっては彼女こそ運命の人だと、そう感じたんじゃよ」
「…俺も、俺にも見つけられるだろうか?」
「お前さんが、心の底から願い、想い続ければきっと見つかる。そう信じるんじゃよ」
「信じる…」
「おお、日が落ちたら冷えてきた。わしはこれで失礼するよ。…外は寒い。お前さんも中に入らんかね?」
「いや、俺は…」
「こんなところで凍え死んだら誰にも会えなくなるぞ。…体を大事にな」
すっかり色の変わった空に一番星がキラリと光った。
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ティンバーの街は静かだった。
ガルバディア軍の一斉攻撃の後、レジスタンスはその勢力を弱め、ガルバディア軍も僅かな小隊を残して撤退した為だ。
救護班と医療チームだけが不足している物資の調達の為に走り回っている。
軍によって規制されていた鉄道も運転を再開し、町に戻ろうとする者や無償で救援活動をする団体の人々で駅はごった返していた。
この人込みに紛れ、波に乗じて街の外へ出ようと目論んでいた人物がいた。
しかし、ほとんど動かない人の列の先で、ガルバディア軍による検問が行われていたことは予測の範囲内であり、この人の多さも形ばかりの検問もこの人物の前では意味のないものだった。
人の波をするりと抜け、人目につかない場所から駅の屋根に上ることなどSeeDにとっては基本の1つであり、与えられた任務を全うする為の技術の全てからしてみれば、列車の屋根に飛び降りることは足元の水溜りを飛び越えるようなものだ。
昨日までに比べたら、兵士の数は極端に少ない。
この一斉攻撃が始まる以前の警備体制よりも甘さが増しているようにさえ感じる。
たくさんのレジスタンスチームが解散された。
軍は予め目星を付けていたのだろう。
他には目もくれずに頭だけを狙ってきた。正確に…
どこからか、やはり情報が漏れていたとしか考えられなかった。
しかも、これまで自分が出会った、この街へやってきたバラムのSeeDが参加したとなれば、圧倒的不利な立場にあったのは自分達だ。
まさに、自らが撒いた種とでも言えるだろう。
「(…かなりかかるだろうが仕方ない)」
動き出した列車の屋根の上で、この鉄道の到着点までの距離を考えると気が重くなる。
ティンバーから目的地であるエスタまでの直通の線路が開かれてから、間もなく5年が経つ。
海洋横断鉄道などと呼ぶ者もいる。
何もない海の上を走る為、途中通過点であるF.H.も整備された。
当初の駅長の反発は目に余るものがあったとか…
ティンバーを出発した列車は、しばらく海岸沿いを走り、ある岬からこの海原へ飛び出す。
線路を支える支柱を立てるための地盤が一番適していたのが、海面から少々高度のあるここだけだったのだ。
海に飛び出す瞬間は、まるで崖から飛び降りるような感覚に囚われることから、このポイントを通過するときだけは乗客が面白がって窓から身を乗り出すように線路を眺めている。
先頭車両にはタービン機関が搭載されており、ティンバーの独立運動の元ともなっているアルカイックガスを燃料として走る。
害はほとんど無いが、精製されないまま使用される鉄道用のガスは実はかなり異臭を放つ。
屋根の上ではそれがかなり顕著であり、そこに腰を下ろして風を受けていると気分が悪くなってくるほどだ。
…しかし、今はそこを動くことはできないスコールは、少しでも先頭からの風を遮る為、後部の空調設備の為の突起部分の陰に身を隠した。
目の前にはたった今その上を走りぬけた真っ直ぐに伸びた海上に浮かぶ線路。
水平線の先にまだ見えている大陸はマンデービーチに、右側の濃い色をしている部分はロスフォールの森だろうか?
その上に落ちてくる火の玉のように見える夕日。
風が、大分長くなってしまった髪を弄ぶ。
ヘタをすれば、若かりし頃の自分の父のように見えるかもしれない。
思わず浮かんだ自分の考えに失笑してしまう。
あの時は頭の中は空っぽだった。
でも今は、1つの想いで一杯だ。
線路の横に一瞬見えた小さな文字。
体を回転させて前方を確認する。
線路の横に設えられた看板が間もなく到着する中継駅の存在を示していた。
真っ直ぐ東に伸びた線路の先には、確かに海上に広がる建造物。
近づくにつれ速度を緩めていく列車はしばらくここで停車する。
一度簡単な点検の見回りが行われる為、そこを降りなくてはならない。
まさかここまではガルバディアの軍は警戒していないだろうと高をくくっていた。
滅多にここでその姿を見かけることなど無い、各地に派遣された巡視官の姿を確認してはっとする。
手にした何かの資料らしきファイルを見ながら、乗客を見つめている。
「………」
自分を探しているのかどうかはわからないが、それでも警戒しないにこしたことはない。
列車の周りを巡回した整備士がいなくなったのを確認してから、再び同じ位置に身を潜めた。
「(…変わったな)」
新しく整備し直された駅舎や街を眺めながらそう感じる。
10年前、初めてここを訪れたときはどうだっただろう?
あの時は別のことだけしか考えられない状態で、そんな余裕は全く無かった。
ガーデンの修理を頼みに降りた街の中は、今はどうなっているのだろう?
あの頑固者の駅長は今も健在なんだろうか?
動き出した列車の上から、沈みそうな夕日を見て様々なことを考える。
そして頭を振る。
「(…今はそんなことを考えている場合じゃない。この先のことを考えるんだ)」
列車の最後尾には低い鉄柵がつけられたベランダになっている。
そっと車内を覗いてから音も無くベランダに降り立った。
スコールは鉄柵に寄り掛かり、変わらない大海原を見つめた。
あの時、同じ様に赤く染まる海原を見つめながら歩いた時のリノアの体の冷たさを思い出し、思わず背筋をゾクリと振るわせた。
あの時と同じ様に、彼女の存在をこの手に確かめる為に、笑顔を取り戻す為に、今自分はここにいる。
「ご一緒しても宜しいかな?」
ドアを開けたその初老の男性は、そこにいた人物に少々驚いたように声を掛けた。
声を掛けられた青年は、そうされるまで気付けなかった自分を恥じていた。
「…あぁ」
「中のご婦人方に遠慮してね」
優しい笑顔で取り出した葉巻をスコールに見せるように持ち上げた。
ゆっくりと煙をくゆらせながら、沈んでゆく夕日を共に眺めた。
「エスタに、娘がいてね…。孫の顔を見に行くんだ。あんたは?お若いの」
「………」
「話したく、ないのか?わしなんぞが相手ではつまらんか…」
「…女を、捜しているんだ」
「ほ~~!」
意外な答えだったのか、男性は大げさに驚いて見せた。
「いいのう!わしも女を捜す旅なんぞしてみたいもんだのう!…お前さんのコレか?」
悪戯心を剥き出しにして、小指を立てて見せた。
「そんなんじゃない」
「…じゃ、“運命の人”じゃな」
「運命…?」
「もし2人が死んでも、生まれ変わって再び結ばれる人のことじゃよ。人は皆、そういう人を探している」
「…そうでありたいと願っているが、彼女は違うんだ」
「違う?どう違うんじゃ?」
「俺の……クライアントだ」
「お前さん、雇われとるのか」
「…まだ金を貰ってないんだ」
「ほっほっほっ…そりゃ大変だ。絶対に探さにゃならんな~。わしの昔の女にも、そういう奴がおったよ。ズルくて、嘘つきで、でも美しくて…
必死で追いかけたもんじゃった」
「…どうしたんだ?その後」
「ほっほっほっ…結婚して、3人の子供を産んで、今は、ほれあそこだ」
男が指を指した車内の席には1人の中年の女性がこちらに気付き、手を振っている。
かつての美しさを今も物語っている品のある女性のようだ。
「あんたの妻なのか」
「追いかけて追いかけて、掴まえた時はもう何があっても二度と離すまいと決めた。
どんなに酷いことを言われても、どんなに辛いことがあっても、わしにとっては彼女こそ運命の人だと、そう感じたんじゃよ」
「…俺も、俺にも見つけられるだろうか?」
「お前さんが、心の底から願い、想い続ければきっと見つかる。そう信じるんじゃよ」
「信じる…」
「おお、日が落ちたら冷えてきた。わしはこれで失礼するよ。…外は寒い。お前さんも中に入らんかね?」
「いや、俺は…」
「こんなところで凍え死んだら誰にも会えなくなるぞ。…体を大事にな」
すっかり色の変わった空に一番星がキラリと光った。
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