Chapter.13[ガルバディア]
第13章
「“よくやってくれた。明日基地に顔を出す”とだけ伝えておけ」
「かしこまりました」
電子ブックを閉じてから眼鏡に手をかけるのはこいつの癖なんだな…などと、今更気付いたことに驚く。
これで一掃されたレジスタンスはほぼ消滅したであろうと微含笑んだ。
ティンバーで行われた『魔女狩り作戦』の指揮を執ったカーウェイから報告を受けたのだ。
突然突きつけられた信じられない事実。カーウェイの娘がその魔女だと知らされ、どれだけショックを受けたのだろうか。
それでも、彼にこの作戦を任せたことは結果として自分の思い通りに運んだ。
あの後―――ここで彼にこの事実を伝え、作戦の指揮を執るよう命令を下してから、この結果を受け取るまではそう長い時間ではなかった。
どんな思いで作戦を遂行したのか、彼女を捕らえたときの彼の気持ちはどうだったのだろうか、そんなことはどうでも良かった。
支持率を下げないこと。ただそれだけが、ここガルバディアの大統領ボルド・ヘンデルの危惧するところだったのだ。
「これでやっとティンバーを制圧できる。…あの町が『ヘンデルシティ』と呼ばれる日も近いだろう」
部屋の外に退席していた補佐官が、いつもの落ち着いた様子とは全く違う表情で飛び込んできた。
「大統領!…テ、テレビを…!」
「…?」
慌てた様子で電源を入れる補佐官は、ボルドの目に新鮮に映って見えた。
『…に襲いかかってきて、…娘を、娘を無理やり連れていっちまった!娘はレジスタンスなんかじゃないのに…!』
『その時、何か理由のようなことは…?』
『あいつら、魔女を探してるとか言って、女と見れば片っ端から捕まえて連れていったんだ。俺だけじゃない、この町の住人みんながそうさ!』
『…魔女、ですか!?…まさか、そんな…。 えー、こちらの方にもお話を伺ってみましょう。スイマセン、今回のガルバディア軍の侵攻についてお話を…!あのっ!!』
『…話すことなんざ何もねーよ!…ただ、娘を返してくれればそれでいい!娘はレジスタンスでも魔女でもねー!!』
『重要なキーワードが出ました。なんとガルバディア軍の目的は、レジスタンスの制圧だけではなかったようです。
かつて、このガルバディアの当時の大統領を手にかけた魔女の存在があるようです。
その真偽は全くわかりませんが、軍や政府が魔女の存在を把握していることだけは確かなようです。またこの世界に現れた魔女。
なぜこの時代なのか、どんな目的があるのか、不明な点は多く今後の議論に注目が集まりそうです。スタジオにお返しします。以上現場でした』
『ありがとうござ…』
場面が切り替わり、スタジオに呼び出されたどこかの官僚や研究者たちが、熱く討論しあっている様子が映し出されている。
ボルドは焦った。
「…大統領、いかがなさいますか?」
しばらく考え込んだボルドは意を決したように呟いた。
「記者会見を開く。用意してくれ」
「よろしいのですか?」
「予測していたよりもずっと早いが、人々はもう知ってしまった。それならばいっそのこと公表して危険は無いということを知らせたほうが国民は納得するだろう。
すでに我々の手の内にあるのだ。何も問題は無い」
「…わかりました。すぐに手配いたします」
「…この、魔女として捕らえられた女性達はどうしたのだ?」
「…?申し訳ございません。そこまでは…」
「カーウェイにもう一度取り次ぎ、すぐにその女性達を解放するように言っておけ」
「わかりました」
異例の速さで準備され、すぐに始まった記者会見には、余裕など無かったであろう記者達も大勢集まった。
慌しく始まった突然の中継は、中継の為に潰れた番組を楽しみにしていた者たちをも釘付けにした。
人々の関心は高かった。
急ごしらえのセットの前には所狭しと置かれたたくさんのマイクと中継カメラ。そして押し寄せるような記者達。
既に始まった中継は、いつまでも誰も現れない簡素なセットだけを流し続けていた。
「おい、いつまで待たせるんだ?」
「まったくだ。こっちは慌てて用意してきたってのに」
記者の口から思わず愚痴が零れてしまう。
会場がざわつき、補佐官が現れた。簡単な挨拶だけをし、大統領が登場すると一斉にたかれたフラッシュが大統領の額の汗までもを照らしていた。
「ガルバディア国民の皆さん、そしてこの放送をご覧になっている各国の皆さん、ガルバディア大統領ボルド・ヘンデルです」
ボルドの話が始まる。
記者達も、中継を見ている人間達も、ただじっと静かに大統領の話に耳を傾けた。
「今日こうして皆様にお集まり頂いたのは、他でもない魔女についてです。これだけは言っておきましょう。
魔女は既に拘束され、我々の手中におります。国民の皆様には何の心配もありません。
また、魔女を失ったことによる反乱軍の動きは著しく低下しており、今後の市民の生活を脅かすものではなくなったことを断言しておきます。
避難されてる多くの市民の皆さんにも、危険は全く無いと、安心して故郷に戻ってきて欲しいとお伝えします。
今回の作戦内容につきましては、本来ならば最高指揮監督者として私自らが説明するべきものなのでしょうが、実際に現場に赴きこの作戦の指揮をとったヒューリー・カーウェイ氏にお願いします」
演台から1歩下がった大統領に記者団から声がかかる。
「すいません大統領!」
「大統領!!」
「ご静粛に願います!…質問は後ほど伺います。…続きまして、今回作戦の指揮を執られたヒューリー・カーウェイ軍事担当教官をご紹介いたします」
会場のざわめきを押さえ、補佐官は必死に冷静を装いながらカーウェイを指した。
演台に姿を現したカーウェイにも、同じ様に多くの光が降りかかったが、彼の作戦内容の説明は驚くほど簡素で手短なものだった。
カーウェイがガーデン式の敬礼を1つして壇上から降りると、会場はまた騒然となった。
「ガルバディアタイムズのハリーです。魔女は既に拘束されたとのことですが、今はどちらに?大統領はもうお会いになりましたか?」
「その質問には残念ながらお答えできませんな。私もまだ実際にこの目で確認したわけではありませんので」
「ドールデイリーズのエディーです。この後魔女はどうなるのでしょうか?」
「まだ連絡は取っていませんが、エスタ大統領と相談し、研究施設で隔離してもらう予定です」
「すみません大統領、もう1つだけ。捕らえたレジスタンスについてですが、リーダーの1人が逃亡したそうですが、今後のレジスタンスたちの動きに変化はあると思われますか?」
「…逃亡…?それは初耳ですな。魔女、及びリーダー格の人物の拘束による変化は先程も申し上げた通りです」
「パラムプラネットのルカヒです。…そもそも、魔女は……」
記者たちからの山のような質問は尽きることは無く、ある程度覚悟はしていたものの流石にボルドも限界のようだった。
まだまだ聞き足りない様子の記者たちに無理やり終了の言葉を投げかけ、逃げるようにボルドはそこを後にして会見は終了した。
「大統領、プライベート回線でレウァール大統領からです」
部屋に戻るなり、一休みする間もなく通信が入った。
天井を仰ぎ、濁った唸り声を微かに上げて、今ソファーに降ろしたばかりの重い腰を持ち上げた。
「どうも、大統領。先日は…」
『んな挨拶どーでもいーんだ。さっきのあれ、何だよ?』
「ご連絡が遅れて申し訳ありません。実は…」
「カーウェイを呼んでくれ」
「かしこまりました」
ラグナとの通信の後、先程会場で別れたばかりの人物と話をしなければならなかった。
珈琲を運んできた美しい秘書を制し、官邸から帰宅の徒に付こうとしていたガーデンの教官と2人きりで部屋に残った。
「エスタの大統領と連絡を取った。向こうの準備が整い次第、アレを輸送する」
「…はい」
「また君に任務を与えることになると思うが…」
「了解しました」
デスクの椅子の背をこちらに向けたままの大統領が静かに続ける彼の言葉に、入口付近に起立したまま短く返答した。
「ときに…」
次は何を言われるのかと、カーウェイは緊張の連続だ。気付かれぬように後ろで握っている自らの両手が汗ばんでいる感覚を覚える。
「捕らえたレジスタンスだが…」
「…こちらで独自に作成した奴らのリストがありまして、これまでも目星をつけていた人物はほぼ捕らえましたが…」
「先程の記者の1人が口にしていたな。逃亡したものがいる、と」
「はい、その後すぐに証言を取りまして、逃亡した者はリーダー格ではなくそのリーダー格の人物に雇われたただの傭兵であることが判明しました」
「追わんのか?」
「…まぁ、ご命令とあらばすぐに追跡させますが、ただの傭兵のようですし、クライアントだったリーダーはすでに確保しています。依頼人がいない以上、傭兵など…」
「わかった、もういい。…それから、今後のティンバーでの治安維持部隊についてだが…」
退出した部屋の扉を閉めた瞬間、思わず漏れる溜息。
「(…本当に、ここに来ると寿命が縮む…)」
逃亡したという人物が“彼”であるという確証は無い。
それでも、なぜか庇ってしまうような言葉が出たのは何故なのかと、頭のどこかで間違いないと感じているのかと、己の行動にしばらく自問自答していた。
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「“よくやってくれた。明日基地に顔を出す”とだけ伝えておけ」
「かしこまりました」
電子ブックを閉じてから眼鏡に手をかけるのはこいつの癖なんだな…などと、今更気付いたことに驚く。
これで一掃されたレジスタンスはほぼ消滅したであろうと微含笑んだ。
ティンバーで行われた『魔女狩り作戦』の指揮を執ったカーウェイから報告を受けたのだ。
突然突きつけられた信じられない事実。カーウェイの娘がその魔女だと知らされ、どれだけショックを受けたのだろうか。
それでも、彼にこの作戦を任せたことは結果として自分の思い通りに運んだ。
あの後―――ここで彼にこの事実を伝え、作戦の指揮を執るよう命令を下してから、この結果を受け取るまではそう長い時間ではなかった。
どんな思いで作戦を遂行したのか、彼女を捕らえたときの彼の気持ちはどうだったのだろうか、そんなことはどうでも良かった。
支持率を下げないこと。ただそれだけが、ここガルバディアの大統領ボルド・ヘンデルの危惧するところだったのだ。
「これでやっとティンバーを制圧できる。…あの町が『ヘンデルシティ』と呼ばれる日も近いだろう」
部屋の外に退席していた補佐官が、いつもの落ち着いた様子とは全く違う表情で飛び込んできた。
「大統領!…テ、テレビを…!」
「…?」
慌てた様子で電源を入れる補佐官は、ボルドの目に新鮮に映って見えた。
『…に襲いかかってきて、…娘を、娘を無理やり連れていっちまった!娘はレジスタンスなんかじゃないのに…!』
『その時、何か理由のようなことは…?』
『あいつら、魔女を探してるとか言って、女と見れば片っ端から捕まえて連れていったんだ。俺だけじゃない、この町の住人みんながそうさ!』
『…魔女、ですか!?…まさか、そんな…。 えー、こちらの方にもお話を伺ってみましょう。スイマセン、今回のガルバディア軍の侵攻についてお話を…!あのっ!!』
『…話すことなんざ何もねーよ!…ただ、娘を返してくれればそれでいい!娘はレジスタンスでも魔女でもねー!!』
『重要なキーワードが出ました。なんとガルバディア軍の目的は、レジスタンスの制圧だけではなかったようです。
かつて、このガルバディアの当時の大統領を手にかけた魔女の存在があるようです。
その真偽は全くわかりませんが、軍や政府が魔女の存在を把握していることだけは確かなようです。またこの世界に現れた魔女。
なぜこの時代なのか、どんな目的があるのか、不明な点は多く今後の議論に注目が集まりそうです。スタジオにお返しします。以上現場でした』
『ありがとうござ…』
場面が切り替わり、スタジオに呼び出されたどこかの官僚や研究者たちが、熱く討論しあっている様子が映し出されている。
ボルドは焦った。
「…大統領、いかがなさいますか?」
しばらく考え込んだボルドは意を決したように呟いた。
「記者会見を開く。用意してくれ」
「よろしいのですか?」
「予測していたよりもずっと早いが、人々はもう知ってしまった。それならばいっそのこと公表して危険は無いということを知らせたほうが国民は納得するだろう。
すでに我々の手の内にあるのだ。何も問題は無い」
「…わかりました。すぐに手配いたします」
「…この、魔女として捕らえられた女性達はどうしたのだ?」
「…?申し訳ございません。そこまでは…」
「カーウェイにもう一度取り次ぎ、すぐにその女性達を解放するように言っておけ」
「わかりました」
異例の速さで準備され、すぐに始まった記者会見には、余裕など無かったであろう記者達も大勢集まった。
慌しく始まった突然の中継は、中継の為に潰れた番組を楽しみにしていた者たちをも釘付けにした。
人々の関心は高かった。
急ごしらえのセットの前には所狭しと置かれたたくさんのマイクと中継カメラ。そして押し寄せるような記者達。
既に始まった中継は、いつまでも誰も現れない簡素なセットだけを流し続けていた。
「おい、いつまで待たせるんだ?」
「まったくだ。こっちは慌てて用意してきたってのに」
記者の口から思わず愚痴が零れてしまう。
会場がざわつき、補佐官が現れた。簡単な挨拶だけをし、大統領が登場すると一斉にたかれたフラッシュが大統領の額の汗までもを照らしていた。
「ガルバディア国民の皆さん、そしてこの放送をご覧になっている各国の皆さん、ガルバディア大統領ボルド・ヘンデルです」
ボルドの話が始まる。
記者達も、中継を見ている人間達も、ただじっと静かに大統領の話に耳を傾けた。
「今日こうして皆様にお集まり頂いたのは、他でもない魔女についてです。これだけは言っておきましょう。
魔女は既に拘束され、我々の手中におります。国民の皆様には何の心配もありません。
また、魔女を失ったことによる反乱軍の動きは著しく低下しており、今後の市民の生活を脅かすものではなくなったことを断言しておきます。
避難されてる多くの市民の皆さんにも、危険は全く無いと、安心して故郷に戻ってきて欲しいとお伝えします。
今回の作戦内容につきましては、本来ならば最高指揮監督者として私自らが説明するべきものなのでしょうが、実際に現場に赴きこの作戦の指揮をとったヒューリー・カーウェイ氏にお願いします」
演台から1歩下がった大統領に記者団から声がかかる。
「すいません大統領!」
「大統領!!」
「ご静粛に願います!…質問は後ほど伺います。…続きまして、今回作戦の指揮を執られたヒューリー・カーウェイ軍事担当教官をご紹介いたします」
会場のざわめきを押さえ、補佐官は必死に冷静を装いながらカーウェイを指した。
演台に姿を現したカーウェイにも、同じ様に多くの光が降りかかったが、彼の作戦内容の説明は驚くほど簡素で手短なものだった。
カーウェイがガーデン式の敬礼を1つして壇上から降りると、会場はまた騒然となった。
「ガルバディアタイムズのハリーです。魔女は既に拘束されたとのことですが、今はどちらに?大統領はもうお会いになりましたか?」
「その質問には残念ながらお答えできませんな。私もまだ実際にこの目で確認したわけではありませんので」
「ドールデイリーズのエディーです。この後魔女はどうなるのでしょうか?」
「まだ連絡は取っていませんが、エスタ大統領と相談し、研究施設で隔離してもらう予定です」
「すみません大統領、もう1つだけ。捕らえたレジスタンスについてですが、リーダーの1人が逃亡したそうですが、今後のレジスタンスたちの動きに変化はあると思われますか?」
「…逃亡…?それは初耳ですな。魔女、及びリーダー格の人物の拘束による変化は先程も申し上げた通りです」
「パラムプラネットのルカヒです。…そもそも、魔女は……」
記者たちからの山のような質問は尽きることは無く、ある程度覚悟はしていたものの流石にボルドも限界のようだった。
まだまだ聞き足りない様子の記者たちに無理やり終了の言葉を投げかけ、逃げるようにボルドはそこを後にして会見は終了した。
「大統領、プライベート回線でレウァール大統領からです」
部屋に戻るなり、一休みする間もなく通信が入った。
天井を仰ぎ、濁った唸り声を微かに上げて、今ソファーに降ろしたばかりの重い腰を持ち上げた。
「どうも、大統領。先日は…」
『んな挨拶どーでもいーんだ。さっきのあれ、何だよ?』
「ご連絡が遅れて申し訳ありません。実は…」
「カーウェイを呼んでくれ」
「かしこまりました」
ラグナとの通信の後、先程会場で別れたばかりの人物と話をしなければならなかった。
珈琲を運んできた美しい秘書を制し、官邸から帰宅の徒に付こうとしていたガーデンの教官と2人きりで部屋に残った。
「エスタの大統領と連絡を取った。向こうの準備が整い次第、アレを輸送する」
「…はい」
「また君に任務を与えることになると思うが…」
「了解しました」
デスクの椅子の背をこちらに向けたままの大統領が静かに続ける彼の言葉に、入口付近に起立したまま短く返答した。
「ときに…」
次は何を言われるのかと、カーウェイは緊張の連続だ。気付かれぬように後ろで握っている自らの両手が汗ばんでいる感覚を覚える。
「捕らえたレジスタンスだが…」
「…こちらで独自に作成した奴らのリストがありまして、これまでも目星をつけていた人物はほぼ捕らえましたが…」
「先程の記者の1人が口にしていたな。逃亡したものがいる、と」
「はい、その後すぐに証言を取りまして、逃亡した者はリーダー格ではなくそのリーダー格の人物に雇われたただの傭兵であることが判明しました」
「追わんのか?」
「…まぁ、ご命令とあらばすぐに追跡させますが、ただの傭兵のようですし、クライアントだったリーダーはすでに確保しています。依頼人がいない以上、傭兵など…」
「わかった、もういい。…それから、今後のティンバーでの治安維持部隊についてだが…」
退出した部屋の扉を閉めた瞬間、思わず漏れる溜息。
「(…本当に、ここに来ると寿命が縮む…)」
逃亡したという人物が“彼”であるという確証は無い。
それでも、なぜか庇ってしまうような言葉が出たのは何故なのかと、頭のどこかで間違いないと感じているのかと、己の行動にしばらく自問自答していた。
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