Chapter.12[F.H.]
第12章
静かな風が流れている。雲1つ無い美しい青空が広がり、その青とは違う青が遥か遠くで1本の線によって区切られているかのようだ。
凪の海面から1本の糸が伸びている。糸の先にはゆらゆらと波の上下に合わせて揺れる竿。
糸のすぐ横の上の海面には赤と白で塗り分けられた丸い浮き。
その役目を果たすことも無く波に揺られている。
その動きを見ているだけで、思わず出てくる大あくび。
片手で握った竿の先の動くものを、じっと見つめ続けている。胡坐の上に乗せられたもう片方の手にあごを乗せた姿は、本当につまらなさそうだ。
随分長い年月大切にされたであろう、薄汚れた白いコートに小さな少女が座っていたことに、この釣り人は気が付いてるのだろうか…?
「…ぜんぜんつれないね」
「…あぁ」
「つり、すきなの?」
「…あぁ…」
「いいおてんきだね」
「…あ… ああっ!?」
生返事を繰り返していた男がやっとその存在に気が付いた。
「なんだてめぇ!?」
「おじちゃん、つりへたくそなの?」
「ほっとけ! なんだこのガキ。どっから来やがった…てか、俺様の服に座ってんじゃねーよ!どっか行け!」
「おじちゃん、ナイトなの?」
「あー!ったく、訳わかんねー事言ってんじゃねーよ。さっさと親んとこ帰れ!」
少女は突然黙り込んで俯いてしまった。
「パパもママもいないの…」
泣き出してしまった少女に、男はそれ以上強く言うことができなくなってしまった。
この後どうすればいいのかなんて分かるはずもない。小さな舌打ちを1つして、また先ほどと同じ様に頬杖を付いて海面に目を落とした。
「…邪魔しねーんなら、好きにしろ。」
ぱぁっと明るく光が零れるような笑顔が見えた。少女は男の隣に腰掛け、同じ様に海面をじっと見つめた。
近付いてきた足音に、振り返った先に少女が見たものは太陽を背にした大男の影。驚いて慌てて釣りを楽しんでいる男の反対側に回る。
突然の少女の行動に驚いたのは、やってきたその男のほうだった。
「ぬおっ!サイファー、なんて仲のいい親子かと思ったもんよ!」
「サイファー、其子誰?」
「遅かったじゃねーか、風神、雷神」
「店閉」
「おお、店が閉まってたもんよ。別の店探すの大変だったもんよ」
「…さいふぁ…?…ナイトだよ!」
「さっきから何訳わかんねーこと言ってんだ、こいつ」
「ナイト意味何?」
「サイファーはサイファーだもんよ。サイファー、この子供どうしたもんよ?」
「さあな。迷子じゃねーんか?…風神、面倒みてやれよ」
「…御意」
風神と呼ばれた女性はそっと身を屈め、少女に手を差し出した。
片方の目を髪で覆い隠しているが、眼帯をしているようだ。しかし、開かれた目はとても綺麗な澄んだ瞳をしていた。
「…大丈夫、来」
少女は大きく首を振り、白いコートにしがみついた。風神はサイファーを見上げる。
「…駄目…」
少女と同じ様に首を振って見せた。
「…!?」
「…サイファー?」
「いや、なんでもねぇ…(?)」
一瞬、ザワザワした感覚に囚われた気がした。
「アハハハハ!風神、嫌われたもんよ!」
大声を上げて笑う雷神と呼ばれた大男の脛に、風神が無言のローキックを入れる。
声もなく蹲った雷神を見て少女がクスリと小さな笑みを浮かべた。
「おっ、笑ったもんよ!」
「サイファー、名前何?」
「…そういや、お前何て名前だ?」
「…ラフテル」
「ラフテル…か」
「綺麗、名前」
「あ、ありがとう…」
「お、そういえばさっき船がついたもんよ」
「別に珍しくもなんともねーだろ(…だよな)」
「どこの船か全然わかんねーもんよ。国の印も何もつけてねーもんよ」
「…ほっとけ」
「サイファー、其子如何?」
「…あー、面倒くせーな。公安にでも連れてけよ」
「御意」
ガルバディア政府に新しくできた省庁の1つが公安部である。
世界各地の都市、小さな町や村にもこの公安部から巡視官が派遣されるようになった。
町や村の安全を見守るという名目で設置されたそれらは、ガルバディア政府への反乱の因子をいち早く監視するのが本当の目的であることなど、住民は全く知る由もなかった。
どんなに小さな村へ行ったとしても、すぐにガルバディア政府に連絡が入るようになったのだ。
村や町の安全を助けてくれると思い込んでいる住民も多く、ボルドの高い支持率はここから捻出されているといってもいい。
そんな公安の派出所はここF.H.にも当然設置されていて、常時数人の巡視官が配属されている。
どこから現れたかもわからない、厄介な子供を風神に押し付けてまたのんびりと海面を眺めようと思っていたサイファーも、ここへやって来た。
ここへ到着するまで一言も口を開かない様は、心から機嫌が悪いことを物語っている。
原因となった小さな少女は、彼の白いコートの裾を掴んだまま彼自身の体を盾にでもするかのように背後から伺っている。
「どうしました?」
仏頂面の男が小さな女の子を連れてやってくれば、不審に思わない巡視官はいないだろう。
それでも、人の良さそうなこの巡視官は優しく声を掛けた。
「…どうもこうねぇよ。迷子だ」
「それは可愛そうに…。さぁ、おいで」
目線を子供の高さに下げて、優しい笑顔向けた。少女は怯えるように更にサイファーの陰に身を隠した。
「サイファー、懐かれてるもんよ」
再び風神の蹴りが見事に決まり、少女はそれを見て楽しそうに笑う。
「ほら、早く行け」
サイファーが身をずらして促す。巡視官は更に言葉を続ける。
「パパやママとはぐれちゃったのかな?お腹空いてないかい?…そうだ、名前教えてくれないかな?」
巡視官にも家族があるのだろうか、子供の扱いに慣れているようだった。
返事すらしないラフテルから目線を外し、サイファーに困ったような顔を向けた。
キャビネットの中からファイルを取り出し、ペラペラと捲っていく。
「子供さんがいなくなったという親御さんからの申し出は今のところ入ってないんですよ。
…もしよろしければ、もう少し一緒にいて下さいませんか?連絡が入り次第、お知らせしますので」
「あぁ!?冗談じゃねー!なんで俺が!」
「迷子なら、そう長い時間ではないでしょうし、随分と仲が宜しいように見受けられますが…?」
「じゃあ、ここで待たせたらいいだろ?俺は帰る!」
そこから踵を返そうとしたサイファーのコートを、泣きそうな顔で必死に掴んでいる少女がそこにいた。
「サイファー、一緒」
「おお、一緒にいてやるもんよ。可哀想だもんよ!」
「…ナイト、いていいっていった…。わたし、じゃましないから」
「(ここにいること自体、すでに邪魔なんだよ…)…はぁ、わーったよ」
「ラフテル!!」
突然、少女の名を呼ぶ男の声が聞こえた。
ビクリと身を震わせ、慌ててサイファーの陰に隠れた少女はこの男の知り合いなのか…?
「…知り合いか?」
こちらの問いには何も答えなかった。
近付いてきた白い制服姿の中年男性。サイファーは、男の着用している服に、見覚えがあるような気がした。
「SeeD…」
呟いた風神も気付いたようだ。
「…! あ、ス、スイマセン。ラフテルがお世話になってしまったようで」
「…? いや、あんたが保護者か?…こいつの?」
近付いてきた男がサイファーの顔を見て一瞬何かに気付いたような素振りを見せたのを、サイファーも気付いた。
「はい。ありがとうございます。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。実は私達はあの船で先刻寄航させて頂いたものです」
雷神が言ってた船のことだろう。港のほうを振り返って軽く手で指し示した。
「食糧と燃料の補給に立ち寄らせて頂いただけなのですが、ちょっと目を離した隙に…。あの船は孤児院のようなもので、こんな子たちが大勢います。
流石に私たちも全員に常に目を配らせておくことは難しくて…。本当に助かりました。 …さ、ラフテルおいで、一緒に帰ろう」
ゴーシュと名乗ったその船の船長が、ラフテルにそっと手を差し出す。しかし先程と同じ様に、コートにしがみついて離れない。
「送!」
「おお、そうだもんよ。送ってくもんよ。途中までならきっとサイファーも行ってくれるもんよ」
「…ちっ、面倒くせーなー…」
ラフテルが、そっとサイファーの指を握ってきた。
「鬱陶しいんだよっ!さっさと帰れ!」
無情にも振り払った手は、少女の体のバランスを崩す。そのまま地面に座り込んでしまったラフテルは、声を上げて泣き出してしまった。
迎えに来た男が宥めようとするが、少女の悲しみを消すことはできないようだ。
「サイファー、待!!」
「おお、言い過ぎだもんよ!サイファー酷いもんよ!」
「じゃあ、テメーらが送ってやりゃいいだろ!お似合いだぜ」
その場から逃げるように立ち去ってゆくサイファーは振り返ることもなく姿を消した。
「心配無」
「おお、俺たちが送ってやるもんよ!」
「あの、あの人は…?」
「サイファー、頑固」
「照れてるだけだもんよ」
涙が止まらないままのラフテルは、しぶしぶゴーシュと共に船へ向かった。
中々船に乗ろうとしないラフテルを促していると、ふいに声を掛けられた。
「…よ、よう…」
「サイファー!?」
満面の笑みを浮かべて飛びついたラフテルだったが、それ以上にサイファーの姿は風神と雷神を驚かせた。
両手両足、背中や肩、頭の上にまでラフテルと同じ歳くらいの子供がたくさんくっついていた。
「驚!」
「ぶあっはっはっはっはっはっ!!サイファー、いい格好だもんよ!」
船の上からは、其の姿を見て安心したような笑顔を見せる船長ゴーシュと、仲間の姿があった。
皆、同じ様な真っ白な制服を着用している。
「みんな、どこへ行ってたんだい?心配したよ」
「ほら、お迎えだ。さっさと行きな!」
「「「いやー!」」」
子供達が一斉に叫ぶ。
「あー!うるせー!!」
「「「あーうるせー!」」」
子供達が一斉にマネをする。サイファーは分が悪そうに黙り込んだ。
見るに見かねたゴーシュが声を掛けた。
「サイファーさん…ですか?船の中までどうぞ。そのままでは私達も出航できませんので…」
「………」
体中に子供をぶら下げたまま、ズンズンと足を進めるサイファーの力強さに、子供たちは大喜びだ。
船の一室に案内される。甲板は広くきれいに整理されている。出入り口も部屋の中も、船とは思えないきれいな作りだ。
たくさんの玩具や絵本が所狭しと置かれている。大きな窓の向こう側には長いテーブルとイス。
そこへ、女性のクルーが大きなトレーを運んできた。
「さあ、みんな、おやつにしましょう!手を洗ってらっしゃい」
その一言で、ようやくサイファーは開放される。
安堵の溜息と共に、ゴーシュから労いと感謝の言葉が伝えられた。
「んじゃ、俺は帰るぜ」
すかさず、1人の子供が走りこんでくる。部屋の入口のドアを押さえ、部屋の外に出さないようにでもしているつもりなのか。
それに釣られて他の子供たちも、再びサイファーに纏わり付いてきた。
「いかないで、ナイト!」
「あーっ!!ったく、何なんだよ!てめぇらいい加減にしやがれ!」
どんなに大きな怒鳴り声を上げても、もはや子供たちには効果はないようだ。
「サイファー、人気者」
「おお!楽しそうだもんよ!」
「…なんで俺なんだよ…? !おい、ラフテル、なんでこいつら皆こんなにくっついてくる!」
「あれだよ!」
1人の子供が壁を指差した。
→
静かな風が流れている。雲1つ無い美しい青空が広がり、その青とは違う青が遥か遠くで1本の線によって区切られているかのようだ。
凪の海面から1本の糸が伸びている。糸の先にはゆらゆらと波の上下に合わせて揺れる竿。
糸のすぐ横の上の海面には赤と白で塗り分けられた丸い浮き。
その役目を果たすことも無く波に揺られている。
その動きを見ているだけで、思わず出てくる大あくび。
片手で握った竿の先の動くものを、じっと見つめ続けている。胡坐の上に乗せられたもう片方の手にあごを乗せた姿は、本当につまらなさそうだ。
随分長い年月大切にされたであろう、薄汚れた白いコートに小さな少女が座っていたことに、この釣り人は気が付いてるのだろうか…?
「…ぜんぜんつれないね」
「…あぁ」
「つり、すきなの?」
「…あぁ…」
「いいおてんきだね」
「…あ… ああっ!?」
生返事を繰り返していた男がやっとその存在に気が付いた。
「なんだてめぇ!?」
「おじちゃん、つりへたくそなの?」
「ほっとけ! なんだこのガキ。どっから来やがった…てか、俺様の服に座ってんじゃねーよ!どっか行け!」
「おじちゃん、ナイトなの?」
「あー!ったく、訳わかんねー事言ってんじゃねーよ。さっさと親んとこ帰れ!」
少女は突然黙り込んで俯いてしまった。
「パパもママもいないの…」
泣き出してしまった少女に、男はそれ以上強く言うことができなくなってしまった。
この後どうすればいいのかなんて分かるはずもない。小さな舌打ちを1つして、また先ほどと同じ様に頬杖を付いて海面に目を落とした。
「…邪魔しねーんなら、好きにしろ。」
ぱぁっと明るく光が零れるような笑顔が見えた。少女は男の隣に腰掛け、同じ様に海面をじっと見つめた。
近付いてきた足音に、振り返った先に少女が見たものは太陽を背にした大男の影。驚いて慌てて釣りを楽しんでいる男の反対側に回る。
突然の少女の行動に驚いたのは、やってきたその男のほうだった。
「ぬおっ!サイファー、なんて仲のいい親子かと思ったもんよ!」
「サイファー、其子誰?」
「遅かったじゃねーか、風神、雷神」
「店閉」
「おお、店が閉まってたもんよ。別の店探すの大変だったもんよ」
「…さいふぁ…?…ナイトだよ!」
「さっきから何訳わかんねーこと言ってんだ、こいつ」
「ナイト意味何?」
「サイファーはサイファーだもんよ。サイファー、この子供どうしたもんよ?」
「さあな。迷子じゃねーんか?…風神、面倒みてやれよ」
「…御意」
風神と呼ばれた女性はそっと身を屈め、少女に手を差し出した。
片方の目を髪で覆い隠しているが、眼帯をしているようだ。しかし、開かれた目はとても綺麗な澄んだ瞳をしていた。
「…大丈夫、来」
少女は大きく首を振り、白いコートにしがみついた。風神はサイファーを見上げる。
「…駄目…」
少女と同じ様に首を振って見せた。
「…!?」
「…サイファー?」
「いや、なんでもねぇ…(?)」
一瞬、ザワザワした感覚に囚われた気がした。
「アハハハハ!風神、嫌われたもんよ!」
大声を上げて笑う雷神と呼ばれた大男の脛に、風神が無言のローキックを入れる。
声もなく蹲った雷神を見て少女がクスリと小さな笑みを浮かべた。
「おっ、笑ったもんよ!」
「サイファー、名前何?」
「…そういや、お前何て名前だ?」
「…ラフテル」
「ラフテル…か」
「綺麗、名前」
「あ、ありがとう…」
「お、そういえばさっき船がついたもんよ」
「別に珍しくもなんともねーだろ(…だよな)」
「どこの船か全然わかんねーもんよ。国の印も何もつけてねーもんよ」
「…ほっとけ」
「サイファー、其子如何?」
「…あー、面倒くせーな。公安にでも連れてけよ」
「御意」
ガルバディア政府に新しくできた省庁の1つが公安部である。
世界各地の都市、小さな町や村にもこの公安部から巡視官が派遣されるようになった。
町や村の安全を見守るという名目で設置されたそれらは、ガルバディア政府への反乱の因子をいち早く監視するのが本当の目的であることなど、住民は全く知る由もなかった。
どんなに小さな村へ行ったとしても、すぐにガルバディア政府に連絡が入るようになったのだ。
村や町の安全を助けてくれると思い込んでいる住民も多く、ボルドの高い支持率はここから捻出されているといってもいい。
そんな公安の派出所はここF.H.にも当然設置されていて、常時数人の巡視官が配属されている。
どこから現れたかもわからない、厄介な子供を風神に押し付けてまたのんびりと海面を眺めようと思っていたサイファーも、ここへやって来た。
ここへ到着するまで一言も口を開かない様は、心から機嫌が悪いことを物語っている。
原因となった小さな少女は、彼の白いコートの裾を掴んだまま彼自身の体を盾にでもするかのように背後から伺っている。
「どうしました?」
仏頂面の男が小さな女の子を連れてやってくれば、不審に思わない巡視官はいないだろう。
それでも、人の良さそうなこの巡視官は優しく声を掛けた。
「…どうもこうねぇよ。迷子だ」
「それは可愛そうに…。さぁ、おいで」
目線を子供の高さに下げて、優しい笑顔向けた。少女は怯えるように更にサイファーの陰に身を隠した。
「サイファー、懐かれてるもんよ」
再び風神の蹴りが見事に決まり、少女はそれを見て楽しそうに笑う。
「ほら、早く行け」
サイファーが身をずらして促す。巡視官は更に言葉を続ける。
「パパやママとはぐれちゃったのかな?お腹空いてないかい?…そうだ、名前教えてくれないかな?」
巡視官にも家族があるのだろうか、子供の扱いに慣れているようだった。
返事すらしないラフテルから目線を外し、サイファーに困ったような顔を向けた。
キャビネットの中からファイルを取り出し、ペラペラと捲っていく。
「子供さんがいなくなったという親御さんからの申し出は今のところ入ってないんですよ。
…もしよろしければ、もう少し一緒にいて下さいませんか?連絡が入り次第、お知らせしますので」
「あぁ!?冗談じゃねー!なんで俺が!」
「迷子なら、そう長い時間ではないでしょうし、随分と仲が宜しいように見受けられますが…?」
「じゃあ、ここで待たせたらいいだろ?俺は帰る!」
そこから踵を返そうとしたサイファーのコートを、泣きそうな顔で必死に掴んでいる少女がそこにいた。
「サイファー、一緒」
「おお、一緒にいてやるもんよ。可哀想だもんよ!」
「…ナイト、いていいっていった…。わたし、じゃましないから」
「(ここにいること自体、すでに邪魔なんだよ…)…はぁ、わーったよ」
「ラフテル!!」
突然、少女の名を呼ぶ男の声が聞こえた。
ビクリと身を震わせ、慌ててサイファーの陰に隠れた少女はこの男の知り合いなのか…?
「…知り合いか?」
こちらの問いには何も答えなかった。
近付いてきた白い制服姿の中年男性。サイファーは、男の着用している服に、見覚えがあるような気がした。
「SeeD…」
呟いた風神も気付いたようだ。
「…! あ、ス、スイマセン。ラフテルがお世話になってしまったようで」
「…? いや、あんたが保護者か?…こいつの?」
近付いてきた男がサイファーの顔を見て一瞬何かに気付いたような素振りを見せたのを、サイファーも気付いた。
「はい。ありがとうございます。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。実は私達はあの船で先刻寄航させて頂いたものです」
雷神が言ってた船のことだろう。港のほうを振り返って軽く手で指し示した。
「食糧と燃料の補給に立ち寄らせて頂いただけなのですが、ちょっと目を離した隙に…。あの船は孤児院のようなもので、こんな子たちが大勢います。
流石に私たちも全員に常に目を配らせておくことは難しくて…。本当に助かりました。 …さ、ラフテルおいで、一緒に帰ろう」
ゴーシュと名乗ったその船の船長が、ラフテルにそっと手を差し出す。しかし先程と同じ様に、コートにしがみついて離れない。
「送!」
「おお、そうだもんよ。送ってくもんよ。途中までならきっとサイファーも行ってくれるもんよ」
「…ちっ、面倒くせーなー…」
ラフテルが、そっとサイファーの指を握ってきた。
「鬱陶しいんだよっ!さっさと帰れ!」
無情にも振り払った手は、少女の体のバランスを崩す。そのまま地面に座り込んでしまったラフテルは、声を上げて泣き出してしまった。
迎えに来た男が宥めようとするが、少女の悲しみを消すことはできないようだ。
「サイファー、待!!」
「おお、言い過ぎだもんよ!サイファー酷いもんよ!」
「じゃあ、テメーらが送ってやりゃいいだろ!お似合いだぜ」
その場から逃げるように立ち去ってゆくサイファーは振り返ることもなく姿を消した。
「心配無」
「おお、俺たちが送ってやるもんよ!」
「あの、あの人は…?」
「サイファー、頑固」
「照れてるだけだもんよ」
涙が止まらないままのラフテルは、しぶしぶゴーシュと共に船へ向かった。
中々船に乗ろうとしないラフテルを促していると、ふいに声を掛けられた。
「…よ、よう…」
「サイファー!?」
満面の笑みを浮かべて飛びついたラフテルだったが、それ以上にサイファーの姿は風神と雷神を驚かせた。
両手両足、背中や肩、頭の上にまでラフテルと同じ歳くらいの子供がたくさんくっついていた。
「驚!」
「ぶあっはっはっはっはっはっ!!サイファー、いい格好だもんよ!」
船の上からは、其の姿を見て安心したような笑顔を見せる船長ゴーシュと、仲間の姿があった。
皆、同じ様な真っ白な制服を着用している。
「みんな、どこへ行ってたんだい?心配したよ」
「ほら、お迎えだ。さっさと行きな!」
「「「いやー!」」」
子供達が一斉に叫ぶ。
「あー!うるせー!!」
「「「あーうるせー!」」」
子供達が一斉にマネをする。サイファーは分が悪そうに黙り込んだ。
見るに見かねたゴーシュが声を掛けた。
「サイファーさん…ですか?船の中までどうぞ。そのままでは私達も出航できませんので…」
「………」
体中に子供をぶら下げたまま、ズンズンと足を進めるサイファーの力強さに、子供たちは大喜びだ。
船の一室に案内される。甲板は広くきれいに整理されている。出入り口も部屋の中も、船とは思えないきれいな作りだ。
たくさんの玩具や絵本が所狭しと置かれている。大きな窓の向こう側には長いテーブルとイス。
そこへ、女性のクルーが大きなトレーを運んできた。
「さあ、みんな、おやつにしましょう!手を洗ってらっしゃい」
その一言で、ようやくサイファーは開放される。
安堵の溜息と共に、ゴーシュから労いと感謝の言葉が伝えられた。
「んじゃ、俺は帰るぜ」
すかさず、1人の子供が走りこんでくる。部屋の入口のドアを押さえ、部屋の外に出さないようにでもしているつもりなのか。
それに釣られて他の子供たちも、再びサイファーに纏わり付いてきた。
「いかないで、ナイト!」
「あーっ!!ったく、何なんだよ!てめぇらいい加減にしやがれ!」
どんなに大きな怒鳴り声を上げても、もはや子供たちには効果はないようだ。
「サイファー、人気者」
「おお!楽しそうだもんよ!」
「…なんで俺なんだよ…? !おい、ラフテル、なんでこいつら皆こんなにくっついてくる!」
「あれだよ!」
1人の子供が壁を指差した。
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