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Chapter.56[バラムガーデン]

 ~第56章 part.4~


若者が、手にしていたスイッチをポトリと床に落とすと、カーペットの上でくぐもった硬質な音を立てて転がった。
力が抜けたように膝から崩れ落ちる若者は、その顔に絶望を浮かべて蹲ってしまった。
そんな彼を見下ろし、勝ち誇ったように高笑いを上げて、ガルムは彼の前を横切った。
「帰艦する!」
「はい!」
彼らが撤退するのは早かった。
階下にいた生徒達も素早く撤収し、ガーデン内からはあっという間にガルバディアの生徒達は姿を消した。

学園長室前のエレベーターホールでも、あれだけいた人数が消えたことで静けさを取り戻していた。
「アラン! しっかりして」
「…シュウ、先輩…」
イデアのところからすぐに倒れたSeeDのもとに駆け寄ったシュウは、一人一人に声をかけて無事を確認した。
幸いにも重傷者はいるものの、命まで落とした者はいなかったことに安堵した。
「…何が、どうなったの?」
ガルムが出した交換条件は2つあった。
それを聞いたシドは絶句した。
2つの条件のうちの1つは、渋々ながらも出してしまったが、もう1つはどうしても飲めなかった。
頑なに拒んだシドの言葉で、ガルムは若者にスイッチを押させたのだ。

ガルバディアガーデンの制服を身に纏った若者のあまりの落胆の態度に、シドとイデアは顔を見合わせた。
すぐに若者の元へ駆け寄り声を掛けた。
「大丈夫ですか?」
「…イデア、彼をこちらへ。さあ、ここに座って」
若者の顔は真っ青で汗が吹き出している。体は小刻みに震え、どこを見つめているのか視線はさだまっていない。
シドとイデアは再度顔を見合わせて共に小さく溜め息を溢した。
イデアが若者の為に水を汲みに席を立つと、シドは優しく若者に声を掛けた。
「…お伺いしてもいいですか? あのスイッチはなんだったのか」
「………」
「あなたのその様子だと、かなり重大な内容のようですね」
カタカタと小刻みに震える若者には、シドの言葉が届いているのかさえ分からない。
ふと目を向けた窓の外で、たった今ここから退出したガルバディアガーデンの若き学園長が、生徒達を引き連れ小型の飛行機械に乗り込もうとしているところだった。
このバラムガーデンを襲ったガルバディアガーデンは、巨大だ。
接触しているとはいえ、直接移動することは可能だが、学園長という身分である男に一兵士の真似事をさせるわけにはいかない。
ガルバディアガーデンはそこから反転し、どこへ向かうのか海の上を進んですぐに水平線へと姿を消した。
漸く解放されたバラムガーデンの生徒達は互いの無事を喜び合い、何があったのかと確認作業に走った。
少しして、ガーデンの中は静けさを取り戻した。
バラムガーデンに駐留していたガルバディアの兵士もガーデンに乗り込んでいったようだ。
たった一人、学生だけを残してガルバディアガーデンは離れた。

ここ学園長室は静かなものだったが、今頃ガーデンの内部は酷い混乱に包まれているだろう。
この状況を体験した子供達や生徒達は激しく動揺しているだろう。
イデアと共に、ここで倒れたSeeD達の手当てをしていたシュウに、シドは声を掛けた。
「下に行ってみんなの指揮をとって下さい」
「シュウ、ここは私達だけで大丈夫です。みんな、不安になってると思います。みんなの助けになってあげて。それに、すぐに治療が必要な子もいます。保健室へ連れて行ってあげて」
「わかりました。…アラン、立てる?行くわよ」

「すぐにバラムに戻るのは、危ないでしょうね」
ポツリと零れたシドの言葉に、イデアも同意だったのか小さく返事を返した。
またいつガルバディアガーデンが強襲してくるかわからないのだ。
今現在、任務で不在の人員は多い。
連絡が取れる者はまだいいとしても、それができない者がいるのも事実である。
実に10年ぶりに再稼働したガーデンだが、何事もなければそれにこしたことはないが、もし何か不具合でも起きた場合の対処は考えておかねばならないとシドは考えていた。
「でも、どうしたらいいのでしょう?いつまでもこうして海の上を彷徨ってるわけには…」
「はい、私も考えていたんですよ、イデア。…どうでしょう、再びF.Hに行ってみませんか?あそこなら、ガーデンのメンテナンスも受けられると思いますが」
「それはいいですわね。 …でも、もし、そこにもガルバディアがいたら…」
「…ええ、十中八九いるでしょう。今やガルバディアの息のかからないエリアなどありませんから。きっと、大丈夫ですよ」

その自信はどこからくるのか、イデアはシドに尋ねるのが怖かった。
だが、確かにこのままバラムへ帰るのも、このまま漂流を続けるのも良策とは言えなかった。
先程のガーデンの衝突の件もある。
生徒たちに少しでも安心を与える必要もある。
緊張の連続で、誰もが疲労を感じているのだ。

ふいに、学園長室の通信ベルが鳴り響いたのに気が付いた。
シドは慌てて部屋の前に置かれた机を少し移動させて室内に入っていった。
任務に出たSeeDの誰かが連絡してきたのだろうかと、イデアも学園長室前へ近付いた。
「…えっ、スコール、スコールですか!?いやあ、久しぶりですねえ。声が聞けて……あ、はい、え、学園長ですか?ええ、いますよ」
シドの言葉に、イデアも思わず進む足が早まるのを感じる。
「あなた!」
「あ、そうですね、ではイデアと変わります。…イデア、スコールですよ」
差し出された受話器を奪い取るようにして両手で耳に当てる。
「スコール!スコールなのですね!」
『…はい、ママ先生、お久しぶりです』

10年前の魔女戦争で、自分と戦い、そして救ってくれたかつての教え子。
あの戦争の後、自分の国に帰ったクライアントと共にガーデンを去った、優秀なSeeD。
あれからたくさんの子供たち、そしてSeeDを育て、送り出してきたイデアとシドであったが、あの辛い戦いがあったからこそ、自分達は今こうしてこの立場にいられる。
他のどの子供達よりも、あの時の思い入れが強いのは確かだ。
それに、イデアにとっては更に心を痛める要因でもある。
かつての魔女、イデア。
彼女の魔女の力は、今は既に失われている。その力は、今、リノアに継承されているのだ。
そしてそのリノアこそ、スコールのクライアントであり、指令を出したのはシドなのだ。
彼に与えられた指令、それは…
 “ティンバー独立までレジスタンス『森のフクロウ』のサポート”
未だにティンバーの独立はなされていない。
SeeDは通常、20歳まででその任を終了する。
だが、あれから10年経った今でも、命令が果たされていないため、スコールはバラムガーデン所属の現役SeeDである。

本来ならば、正SeeDとしてガーデンに定時の連絡を入れ、必要があれば面談をし、資格の再取得や課題のクリアなどをこなさねばならないが、彼が20歳の誕生日を迎えたと同時に、表向きは放校扱いとなっていた。
そのため、こうしてマスターや学園長と直接言葉を交わす機会はなくなっていた。
…尤も、教官長であるキスティスとは毎年恒例のとある指令の為に頻繁に連絡を取っていたようだ。

先程のガルバディアガーデン襲撃の件もあり、恐ろしいほどのタイミングの良さで入ったスコールからの通信に、シドは不安の色を濃くせざるを得なかった。
ガルバディアガーデンの若き学園長自ら足を運び、取引を持ち掛けてまで我々から聞きだしたこと。
その一つが、リノアの居場所だったからだ。
そして、今話をしているイデアの言葉からも、どうやらスコールも彼女を探しているようだ。
一体、彼らに何が起こったというのだ。
今この世界で起こっている各地の暴動やらテロと何か関係があるのか。
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