Chapter.55[ウィンヒル]
~第55章 part.1~
セルフィたちが使用人に案内され入ったのは食堂だった。
ゼルは別として、ゆっくり食事を摂るならここのほうが都合がいいだろうとのことだった。
席に着くと同時に、そこにまた別の人物が姿を現した。
よれよれのパンツに皺々のシャツ、白髪の交じった長い髪を後ろで纏めたいつもの姿でやってきたのは、信じられないがこれでも大統領だ。
ここウィンヒルで、彼がエスタ大国の大統領だなどとは誰も知らない。
ここに住むエルオーネの身内ということになっている。
だから、こんな恰好でも許される。
共に入ってきたキロスも、今朝がた見かけたときはきっちりとエスタの民族衣装を身に纏っていたが、今はラフな服に着替えていた。
「あぁ、そのままでいい。まだメシ食ってないんだろ? 俺のことは気にしなくていいからさ、ゆっくり食え」
「ラグナ君、ここは君の家ではないんだぞ」
「わーってるよ」
ラグナはいつでも笑顔を絶やさないというイメージがある。
楽天家でいい加減で思いついたままに行動する。そんな印象だ。
確かに若い頃はそんな部分もあったようだ。
それのせいで失敗したことも、おかしなことに巻き込まれたことも度々あった。
だが、いつでも真面目で真剣で、困ってる人を放っておけない優しさがある。
彼が長年エスタという大きな近代国家のトップでい続けられるのも、そんな彼の人柄が支持率を得ているからだ。
…ラグナ本人は気付いていないようだが。
「あいつはどうしたんだ?」
「ス……、あ、今は…」
セルフィの向かいの席に腰を下ろしたラグナが笑顔のままで聞いてきた。
思わずスコールの名前を出しかけて、セルフィは慌てて言葉を飲み込んだ。
そこに、マーチンや使用人がまだいたからである。
「…まだ起き上がれる状態ではないのだろう、それに、今はエルオーネちゃんと話をしているはずだ」
「そうなのか」
セルフィをフォローするかのように、キロスが代りに答えてくれた。
セルフィは何も言わない代わりに、目で礼をしてみせる。
キロスは黙って頷いただけだった。
「悪ぃな、あいつをここへ呼んだのは、俺なんだよ」
「…えっ?」
「どういうことかな~?」
セルフィの目の前に用意された果物を一つ、手掴みで口に放り込んでから、ラグナは頬杖をついた。
「いや、あいつに魔女のことを説明してもらおうと思ってさ。ほら、あいつ10年前……」
「ごほんっ!!」
ラグナの言葉を遮るように、後ろからわざとキロスが大きな咳払いをして見せた。
「! あ、で、では、私はこれで失礼致します。御用がおありでしたらいつでもお呼び下さい」
「! は、あ、私も大統領の様子を見にいかなければ。ではごゆっくり」
「おう、できたらでいいんだけどさ、ボルドの奴もここに呼んでくんねーかな」
「…え」
「ラグナ君、それでは本末転倒だ。彼が話ができなければ意味がない。せめてエルオーネちゃんが戻ってからにしたらどうだい?」
「あ、あー…そうか。しゃーねーな。んじゃ、後で話があるってだけ伝えてくれ」
「わかりました」
キロスの咳払いで我に返った使用人とマーチンが慌てて部屋を出て行った。
無理に部屋から追い出してしまった形になったことにラグナは苦言を漏らしたが、逆にもっと気を配るべきだとキロスに怒られる始末。
本当にこれで国を治めることなどできるのだろうかと心配になってしまう。
「さて、話を戻そう」
「おう、………で、なんだっけ?」
「……ラグナ君、そろそろ引退するかい?」
「大統領に魔女のことを説明するってところですよ、ラグナ様」
「おいおい、んなすぐに忘れるか?」
「それは、スコールに説明してもらう、ってこと、だよね~?」
ボルドは、魔女という存在を認めていない。
彼にとって魔女とは国に害を齎す危険なものとしか捉えられないでいる。
彼くらいの年齢の人物には特に多いのも特徴の一つである。
それは、10年前のガルバディアでの魔女戦争。
そしてもう一つ、30年ほど前のエスタ大戦の記憶である。
当時、エスタを支配していたのが、アデルと言う魔女だった。
その時の記憶を持つ者たちにとっては、魔女とは恐ろしい恐怖の対象でしかないのだ。
アデルを封印し、独裁政治から共和制政治へと移行させた張本人がラグナであるということなど、もちろんボルドは知る由もない。
「…ていうかさ~、まずなんでここにガルバディアの大統領がいるのかな~?」
「そうだよな、説明だけなら通信するとか、メール送るだけで済むんじゃねえのか?」
「…君たちは、今のガルバディアの状態がどんなものか知らないのか?」
「え、今の…? ってどういうことですか? そんなに酷いの?」
その言葉に、ラグナとキロスは顔を見合わせた。
その顔に驚きと呆れの色を乗せて。
3人が知らないのも無理はない。
世界に衝撃が走る事件が起きていたまさにその時、彼らは別の任務に就いていたのだから。
「スコールに説明させるために呼んだって言ったってさ、あいつも今の現状なんて俺たち以上に知らねーと思うぜ」
「それは言えてる~」
「いや、あいつに説明して欲しいのは、10年前の魔女について、だ」
「え、それどういうこと? 今の魔女はリノアなんだから、スコールに説明をっていうのはわかるけど、ママ先生のことを今更なんて…」
「ラグナ君は先日、ヘンデル大統領とその魔女イデアのことで話をしたそうだ」
「あいつに、ガルバディアを支配した魔女とイデアは違うって、わかってもらえなくてな~。んで、あいつを怒らせちまったみてーでよ」
「なんでママ先生の話になんてなったんだ、今頃」
「あいつがあんまりイデアの文句ばっか言うもんだからさ、なんとかしてイデアをわかって貰いたくてさ。んでも、俺じゃ上手く説明できねーから、あいつにやって貰おう、かな、と…」
「…スコールが、話なんかすると思うか?」
「全然!」
「だよね~」
「っていうかさ、そもそもあいつをガルバディアの大統領に会わせていいのか?」
「…う~ん」
「ラグナ様、とりあえず、その今の世界の現状ってのを詳しく教えて下さい。ガルバディアの国の情勢とか内部事情とか、それにガーデンや他の町もどうなったのか知りたいし!」
「…あー、……、ん~、………キロス、パス!」
「……はぁ、まったく君って人は…。 私たちはエスタの人間だ。だから詳しい内部事情まではわからない。それは向こうの補佐官殿に聞けばわかるだろう」
そう言いながらも、キロスはこれまでの流れを時間を追って説明し始めた。
ティンバーでの掃討作戦から始まり、大統領の暗殺未遂事件、魔女の移送計画、研究所の爆破事件、官僚の暗殺、トラビアガーデンの事故、D地区収容所での脱走騒ぎ、そして、魔女派による電波ジャック。
3人も、知っていたものもあれば知らなかったものも多い。
D地区収容所については、半ば当事者でもある彼らだ。
詳しい内容は聞かされなくてもわかっていた。
だが、セルフィとアーヴァインには引っ掛かるものが一つあった。
それは、“トラビアガーデンでの事故”とキロスが口にしたもの。
事故、とは何だ?
あそこでリノアが発見されてガルバディア軍が乗りこんできたのだ。
2人はトラビアガーデンには行っていない。だからそれがどんなものかはわからなかった。
そこに行ったのは、ゼルだけ。
しかももう終息してリノア達を収容する場面だった。
「…あんなの、事故なんかじゃねーよ」
「…うむ、我々が派遣した調査隊もそう言ってきた」
「調査隊?」
「ああ。トラビアガーデンで魔女を発見したという報告がここにも入った。それからすぐに部隊が全滅したという報告も」
「ええっ!?」
「我々もすぐに独自に調査に向かわせるべく部隊を出した。すでにガルバディア軍の大半は引き払った後だったが、あれは単なる事故として処理できる規模ではない。
あれは、戦争の後だ」
「……スコール、そこで戦ったんだね」
「あぁ、リノアを守ろうとしたんだろうね~」
「俺、一瞬あの時はスコールだってわからなかった。血塗れで、顔はめちゃくちゃになってたし、もう死んじまったんじゃないかって。
兵士が何人も倒れてて、あちこちで炎が上がって、ヘリも何台も墜落しててさ、せっかく新しくした校舎も壊れてて……」
「ガーデンのみんなは、無事なのかな?」
「あ、なんか、生徒たちには被害はなかったみてーだぜ」
「ホント!? よかった~」
「…で、リノアは今、どこにいるんだ?」
「さあ~?」
「それを今、スコールが聞いてるんでしょ」
「リノアの居場所が分かったら、あいつ、傷も治らないうちに飛びだしていきそうだよな」
「「「うん、確かに!」」」
→part.2
セルフィたちが使用人に案内され入ったのは食堂だった。
ゼルは別として、ゆっくり食事を摂るならここのほうが都合がいいだろうとのことだった。
席に着くと同時に、そこにまた別の人物が姿を現した。
よれよれのパンツに皺々のシャツ、白髪の交じった長い髪を後ろで纏めたいつもの姿でやってきたのは、信じられないがこれでも大統領だ。
ここウィンヒルで、彼がエスタ大国の大統領だなどとは誰も知らない。
ここに住むエルオーネの身内ということになっている。
だから、こんな恰好でも許される。
共に入ってきたキロスも、今朝がた見かけたときはきっちりとエスタの民族衣装を身に纏っていたが、今はラフな服に着替えていた。
「あぁ、そのままでいい。まだメシ食ってないんだろ? 俺のことは気にしなくていいからさ、ゆっくり食え」
「ラグナ君、ここは君の家ではないんだぞ」
「わーってるよ」
ラグナはいつでも笑顔を絶やさないというイメージがある。
楽天家でいい加減で思いついたままに行動する。そんな印象だ。
確かに若い頃はそんな部分もあったようだ。
それのせいで失敗したことも、おかしなことに巻き込まれたことも度々あった。
だが、いつでも真面目で真剣で、困ってる人を放っておけない優しさがある。
彼が長年エスタという大きな近代国家のトップでい続けられるのも、そんな彼の人柄が支持率を得ているからだ。
…ラグナ本人は気付いていないようだが。
「あいつはどうしたんだ?」
「ス……、あ、今は…」
セルフィの向かいの席に腰を下ろしたラグナが笑顔のままで聞いてきた。
思わずスコールの名前を出しかけて、セルフィは慌てて言葉を飲み込んだ。
そこに、マーチンや使用人がまだいたからである。
「…まだ起き上がれる状態ではないのだろう、それに、今はエルオーネちゃんと話をしているはずだ」
「そうなのか」
セルフィをフォローするかのように、キロスが代りに答えてくれた。
セルフィは何も言わない代わりに、目で礼をしてみせる。
キロスは黙って頷いただけだった。
「悪ぃな、あいつをここへ呼んだのは、俺なんだよ」
「…えっ?」
「どういうことかな~?」
セルフィの目の前に用意された果物を一つ、手掴みで口に放り込んでから、ラグナは頬杖をついた。
「いや、あいつに魔女のことを説明してもらおうと思ってさ。ほら、あいつ10年前……」
「ごほんっ!!」
ラグナの言葉を遮るように、後ろからわざとキロスが大きな咳払いをして見せた。
「! あ、で、では、私はこれで失礼致します。御用がおありでしたらいつでもお呼び下さい」
「! は、あ、私も大統領の様子を見にいかなければ。ではごゆっくり」
「おう、できたらでいいんだけどさ、ボルドの奴もここに呼んでくんねーかな」
「…え」
「ラグナ君、それでは本末転倒だ。彼が話ができなければ意味がない。せめてエルオーネちゃんが戻ってからにしたらどうだい?」
「あ、あー…そうか。しゃーねーな。んじゃ、後で話があるってだけ伝えてくれ」
「わかりました」
キロスの咳払いで我に返った使用人とマーチンが慌てて部屋を出て行った。
無理に部屋から追い出してしまった形になったことにラグナは苦言を漏らしたが、逆にもっと気を配るべきだとキロスに怒られる始末。
本当にこれで国を治めることなどできるのだろうかと心配になってしまう。
「さて、話を戻そう」
「おう、………で、なんだっけ?」
「……ラグナ君、そろそろ引退するかい?」
「大統領に魔女のことを説明するってところですよ、ラグナ様」
「おいおい、んなすぐに忘れるか?」
「それは、スコールに説明してもらう、ってこと、だよね~?」
ボルドは、魔女という存在を認めていない。
彼にとって魔女とは国に害を齎す危険なものとしか捉えられないでいる。
彼くらいの年齢の人物には特に多いのも特徴の一つである。
それは、10年前のガルバディアでの魔女戦争。
そしてもう一つ、30年ほど前のエスタ大戦の記憶である。
当時、エスタを支配していたのが、アデルと言う魔女だった。
その時の記憶を持つ者たちにとっては、魔女とは恐ろしい恐怖の対象でしかないのだ。
アデルを封印し、独裁政治から共和制政治へと移行させた張本人がラグナであるということなど、もちろんボルドは知る由もない。
「…ていうかさ~、まずなんでここにガルバディアの大統領がいるのかな~?」
「そうだよな、説明だけなら通信するとか、メール送るだけで済むんじゃねえのか?」
「…君たちは、今のガルバディアの状態がどんなものか知らないのか?」
「え、今の…? ってどういうことですか? そんなに酷いの?」
その言葉に、ラグナとキロスは顔を見合わせた。
その顔に驚きと呆れの色を乗せて。
3人が知らないのも無理はない。
世界に衝撃が走る事件が起きていたまさにその時、彼らは別の任務に就いていたのだから。
「スコールに説明させるために呼んだって言ったってさ、あいつも今の現状なんて俺たち以上に知らねーと思うぜ」
「それは言えてる~」
「いや、あいつに説明して欲しいのは、10年前の魔女について、だ」
「え、それどういうこと? 今の魔女はリノアなんだから、スコールに説明をっていうのはわかるけど、ママ先生のことを今更なんて…」
「ラグナ君は先日、ヘンデル大統領とその魔女イデアのことで話をしたそうだ」
「あいつに、ガルバディアを支配した魔女とイデアは違うって、わかってもらえなくてな~。んで、あいつを怒らせちまったみてーでよ」
「なんでママ先生の話になんてなったんだ、今頃」
「あいつがあんまりイデアの文句ばっか言うもんだからさ、なんとかしてイデアをわかって貰いたくてさ。んでも、俺じゃ上手く説明できねーから、あいつにやって貰おう、かな、と…」
「…スコールが、話なんかすると思うか?」
「全然!」
「だよね~」
「っていうかさ、そもそもあいつをガルバディアの大統領に会わせていいのか?」
「…う~ん」
「ラグナ様、とりあえず、その今の世界の現状ってのを詳しく教えて下さい。ガルバディアの国の情勢とか内部事情とか、それにガーデンや他の町もどうなったのか知りたいし!」
「…あー、……、ん~、………キロス、パス!」
「……はぁ、まったく君って人は…。 私たちはエスタの人間だ。だから詳しい内部事情まではわからない。それは向こうの補佐官殿に聞けばわかるだろう」
そう言いながらも、キロスはこれまでの流れを時間を追って説明し始めた。
ティンバーでの掃討作戦から始まり、大統領の暗殺未遂事件、魔女の移送計画、研究所の爆破事件、官僚の暗殺、トラビアガーデンの事故、D地区収容所での脱走騒ぎ、そして、魔女派による電波ジャック。
3人も、知っていたものもあれば知らなかったものも多い。
D地区収容所については、半ば当事者でもある彼らだ。
詳しい内容は聞かされなくてもわかっていた。
だが、セルフィとアーヴァインには引っ掛かるものが一つあった。
それは、“トラビアガーデンでの事故”とキロスが口にしたもの。
事故、とは何だ?
あそこでリノアが発見されてガルバディア軍が乗りこんできたのだ。
2人はトラビアガーデンには行っていない。だからそれがどんなものかはわからなかった。
そこに行ったのは、ゼルだけ。
しかももう終息してリノア達を収容する場面だった。
「…あんなの、事故なんかじゃねーよ」
「…うむ、我々が派遣した調査隊もそう言ってきた」
「調査隊?」
「ああ。トラビアガーデンで魔女を発見したという報告がここにも入った。それからすぐに部隊が全滅したという報告も」
「ええっ!?」
「我々もすぐに独自に調査に向かわせるべく部隊を出した。すでにガルバディア軍の大半は引き払った後だったが、あれは単なる事故として処理できる規模ではない。
あれは、戦争の後だ」
「……スコール、そこで戦ったんだね」
「あぁ、リノアを守ろうとしたんだろうね~」
「俺、一瞬あの時はスコールだってわからなかった。血塗れで、顔はめちゃくちゃになってたし、もう死んじまったんじゃないかって。
兵士が何人も倒れてて、あちこちで炎が上がって、ヘリも何台も墜落しててさ、せっかく新しくした校舎も壊れてて……」
「ガーデンのみんなは、無事なのかな?」
「あ、なんか、生徒たちには被害はなかったみてーだぜ」
「ホント!? よかった~」
「…で、リノアは今、どこにいるんだ?」
「さあ~?」
「それを今、スコールが聞いてるんでしょ」
「リノアの居場所が分かったら、あいつ、傷も治らないうちに飛びだしていきそうだよな」
「「「うん、確かに!」」」
→part.2