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Chapter.54[バラムガーデン]

~第54章 part.2~


浮遊魔法のせいだろうか、羽ように軽いリノアの体は、手を離したら飛んでいってしまいそうだ。
自分よりも体温が低い、いや冷たいとも言える彼女の体は小さくて、子供の頃に感じた偉大さだとか畏怖だとかそういうものは微塵も感じない。
本当にこの人が、今自分の腕の中で眠り続ける女性が魔女なのかと思えてしまう。
ゆっくりと降下しながら、ランスは眼下に見える美しい獣から目が離せなかった。
なんて優雅に宙を舞うのだろう。
なんて力強く戦うのだろう。
そしてそれは、美しい獣を操る男にも言えることだ。
扱うのが大変難しいとされる武器を振り、魔女さながらに擬似魔法を使いこなし、敵と認識したものは容赦なく命を奪う。
戦い慣れしていることがよくわかる。
そして何よりも、強い。
相手を挑発するような掛け声も仕草も、戦いを楽しんでいるようだ。
ずっと、戦いの中に身をおいて生きていたのだろうか…。
背中の機械を破壊されたガルバディアの兵士が、黒い煙を上げながら海に落ちた。
それを目にして、ふとシュウの存在を思い出した。
目の前まで瓦礫が迫ってきて、もう駄目だと諦めかけたあの時、突然サイファーが見えた気がした。
あとのことはよく覚えていないが、自分もリノアと共に助けられたのだろう、彼に。
…だが、シュウは?
彼女はどうなったのだろうか?
今ここに姿がないといいことは……。
思わず最悪なことを考えてしまい、慌てて思考を振り払うように頭を振った。
シュウは優秀な教官だ。
きっと無事に脱出しているに違いない。
ランスはそう考えることにした。

自分とリノアを覆っていた淡い光がゆっくりと効力をなくし、消えていった。
ガーデンで習ったどの魔法とも違うように思う。
防御魔法に似ているようだが、ランスが知っている“ブロテス”や“シェル”とも少し違う。
多少の疑問は残るものの、おかげてこうして傷一つなく無事だった。
この魔法がいつかけられたのかはわからないが、それはつまり今自分達にかけられている浮遊魔法も、間もなく効力を失うということだろう。
この真下は海だ。
死ぬことはないだろうが、意識のないリノアを守るのは難しいかもしれない。
未だ、サイファーを取り囲む兵士はたくさんいる。
こちらに標的を定め、襲われたらひとたまりもない。
サイファーは戦いに気をとられ、こちらの様子には気がついていないだろう。
声を出して呼ぶようなことをすれば、サイファーだけでなく、余計な者達まで呼び寄せることになる。
そんなことをすれば、わざわざリノアを守るために自分にしたことが無駄になる。
そんな間抜けな真似はできなかった。

そんなことを考えているうちに降下の速度が増したように感じた。
ヒヤリと寒気が走る。
予想は的中し、急にガクンと体を宙に投げ出されたようだ。
「うわっ! わっ! サ、サイ……!!」
自分でも間抜けな声を出していると思う。
こんな瞬間だというのに、自分の頭の中の声を聞いていられるなんて、結構余裕なもんなんだ。
サイファーのあの殺気に満ちた目と声を思い出し、腕に抱えたリノアだけは離すまいと力を込めた。
「(…ちゃんとスペルクラスの補習授業、受けておくんだった)」
共にSeeD試験を受けた仲間のことを思い出す。
武器の扱いは下手だったが、魔法だけは得意というジョシュ。
浮遊魔法の一つも使えないランスは己の未熟さを悔やんだ。


ぴぃぃぃぃっ…


落下しながら、どこからか笛の音を聞いたような気がした。
「…笛…?」
その音の正体を確かめる間もなく次の瞬間、背中に衝撃を覚えた。
「!!」
真下には海しかなかったはずだ。
海面まではまだ距離があったはず。
何かに、ぶつかった…?
こちらは落下している。
もしぶつかったものが硬質なものだったら、多少なりとも痛みを感じるのだろうが、それはない。
もっと柔らかなものだ。
衝撃を受けた際に思わず閉じてしまった目をそっと開いてみる。
何かの上に落ちたらしい。
開いた目に真っ先に飛び込んできたのは、真っ青な空。
もうすっかり夜は明けて、雲ひとつない綺麗な青空が眩しかった。
目の端に映りこんだ1対の白い羽、そしてバサリと耳に届く羽音。
はっとして視線を巡らせる。
腕の中には相変わらず意識のないままのリノアと呼ばれる魔女。
その向こう側に、サイファーの後姿が見えた。
少々息苦しいと感じていたのは、魔女を胸に抱いていたからではなく、サイファーがランスの胸倉を掴んでいたからだった。
体は安定してはいるが、浮遊感は感じている。
「…サ、サイファーさん…」
「…ちゃんとリノアを守ったようだな、新米」
再びバサリと羽音が耳元で響く。
あのG.F.の背中に乗せられていたようだ。
なんとかして体勢を立て直したいところだが、どうすればいいのかわからない。
「おい、ちまちまと動くんじゃねえ!」
「ち、ちまちま……?」
首を回して周りの様子を伺おうとしてみるが、この位置からでは空と海の一部とG.F. の背中しか見えない。
あのたくさんのガルバディア兵はどうしたのだろうか?
ガーデンはどうなったのだろうか…?
そしてこれからどこに向かうつもりなのだろうか?

「…あの、サイファーさん……」
「口を閉じてろ。舌、噛むぞ」
「え……、う、うわっ!!」
突然G.F.が方向転換したようで、大きくバランスを崩される。
急降下からフワリと戻った動きで、どこかに降り立ったようだ。
そこでやっとランスはサイファーから解放された。
上手く足に力が入らなくなっていたようで、G.F.の背中からずるずるとそのまま下に落ちた。
「…ここは…」
「海洋横断鉄道の上だ。このまま行くとF.H.だな」
「…F.H.…、……はあ」
思わず大きな溜息が洩れた。
いきなりの展開でパニックになっていた頭が漸く落ち着いてきたようだ。
目の前に立ったサイファーが、ランスの顔を覗き込むように身を屈めてきた。
「…ふん、情けねぇツラしてんじゃねーぜ」
「あの、サイファーさん! …俺、聞きたいことたくさんあります!」
「………」
「魔女の騎士のこととか、魔女派のこととか、それからこのG.F.のこととか」
「…こいつはグリフだ。…敬意を持って接しろ。…餌にされたくなければな」
「!!!」
「おい、そいつを寄こせ。俺が連れていく」
G.F.に、名前……!?
ガーデンで学習したそれまで知られているG.F.の中に、ここにいるグリフと呼ばれているものはなかったはずだ。
だがその時は、まだまだ知られていないG.F.がこの世界にはたくさんいるんだということも一緒に教わった。
これはそんな中の1つなのだろう。
餌にされるという言葉で、思わず恐縮してしまったが、術者であるサイファーが傍に居れば大人しいものだった。
リノアを抱きかかえたサイファーはランスを無視してさっさとグリフの背に乗ってしまった。
「おい、グリフの足に掴まれ。置いていくぞ」
「…え、あ、待って下さい! …てか、背中に乗せてくれないんですか?」
「何言ってやがる。野郎と二ケツなんて御免だ」
「……どこに行くんですか?」
「…リノアを、安全なところに連れて行く」
「安全なところなんてあるんですか? ガーデンだってガルバディアに襲われたのに…」
「…安全な、ところだ」
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