Chapter.52[ガルバディア]
~第52章 part.4~
美しい女性がいた。こちらを見て微笑んでいる。
自分は、夢を見ているのだとわかっていた。
女性はもう、存在する筈のない人だから。
夢や記憶の中での存在は永遠だ。その姿のまま、いつまでも留まっている。
時にそれは、その記憶を持っている人間を苦しめる。
命を落とした者の、これは生者に対する恨みのようだ。
…ピッ
小さな電子音で目を開ける。
学園長室の椅子に腰かけたまま、意識を落としてしまっていたらしい。
ここのところ、まともに睡眠をとっていなかったからだ。
「私だ」
聞こえた電子音は部屋への内線を知らせる音だ。
『バルデラ教官がお見えです』
「通してくれ」
あの時、会議室に召集を掛けた教官や役員達。
おりしも世間は自分の父、大統領を支持するかそれとも、再び世界を震撼させようとしている魔女を支持するかで水面下で揺れていた時だった。
10年前の魔女戦争に少しでも関連がありそうな者、決して魔女を支持することなどない者だけを選別した。
そして、彼らの前であえてどちらを支持しようが咎めない旨を言い渡して皆の意見を出してもらった。
当然、全員魔女を敵視するものばかりだ。結果は見えていた。
政府も公安も、軍でさえも今や力を失い、それでも国の情勢は悪化の一途をたどっている。
いち早く情報を掴んだ者だけが生き残れるのだ。
そして新しい組織を立ち上げた。
かのバラムガーデンのSeeDと呼ばれる精鋭部隊。
彼らにも引けを足らない優秀な人材が、このガルバディアガーデンにも多くいる。
彼らの力や能力を使わない手はない。
そのような人材が軍にも多数入隊している。
このガーデンの卒業生だ。ガルムはどこに出しても恥ではないと自負できる。
…だが、所詮は規律に縛られた軍である。
どんなに優秀な能力を持っていても、それを発揮する場が与えられないのであれば、1人の敵も倒せない。
この組織を立ち上げるにあたり、教官や役員たちに命じたことはたった1つだ。
それは、優秀な人材を選出せよというもの。
指揮を取れとも、命令を出せとも言ってはいない。
選ばれた生徒たちの代表だけを呼び、それぞれのチームに私自身から命令を下した。
そうだ。
招集した教官も役員も実は必要などない。
これは、私の組織なのだから。
ただ一つの例外が、今部屋に入ってきた、このバルデラという教官である。
彼は何を教える教官だったか、今となってはどうでもいい。
他の教官たちとは別に、彼にはあることを頼んでいた。
だがそれは特に重要と言うわけではなかった。
まあ、何かしら結果が出れば儲けものだ、それぐらいのことだ。
ところが…
「学園長、先日の件ですが、ウチの情報部がこんな結果を出してきました」
「拝見しよう」
受け取った封筒の中には、数枚の書類と酷くブレた顔の人物が映った写真。
“報告書 ハリー・アバンシアについて”
まさか本当に身元の特定ができたというのだろうか。
あれほど政府が血眼になって探して、それでも未だに不明としか発表の出来ていない人物を。
「…なんだと…!」
「あ、私もこの報告には驚きました。ですが、先日のティンバーでのレジスタンス掃討作戦で捕らえたレジスタンスのメンバーから取った情報のようです」
「…わかった。ご苦労」
「………」
「……?」
「あ、あの…」
「なんだね、まだ何か?」
「あ、いえ、その…、何か褒賞のようなものは…?」
「………」
「あ、あくまでも、生徒たちに、です。いくらこのような特殊な任務や命令であったとしても、ここはガーデンです。何らかの成績を出した生徒には褒賞を与えるべきかと」
無意識に顎に手を掛けた。
確かにここはガーデンだ。
つい今しがた考えたばかりではないか、規律に縛られた軍とは違う、と。
それに、こうして褒賞を与えれば、生徒はさらにその実力を伸ばそうとする。
それを見た他の生徒たちも、影響を受けて更に努力するだろう。
当然、良い結果につながることになる。
「その通りだ。流石だな、バルデラ君。それで、何を与えれば生徒たちは喜ぶかね。私自身の時とはもう時代も背景も違うのでな。今の生徒たちが欲しているものを与えたい」
「あ、はい、それなんですが、…少々言いにくいのですが…」
「なんだ、ハッキリ言いたまえ」
「はい、…このガーデンに在籍する生徒たちのほとんどが寮生活です。彼らの一番の楽しみは、休みをもらうことのようです。各々実家に帰ったり、友人と遊びに出かけたり、少しの時間でいいから自由な時間が欲しい、と」
「…なんだ、そんなことか。…私が学生だった頃と変わらないのだな」
「そ、そうでしたか」
「わかった。君たちのチームは立派に任務を果たしてくれた。授業に差し支えない範囲で休みを取らせてやればいい」
「あ、ありがとうございます!生徒たちも喜びます」
「ああ、ご苦労だった」
これは意外だと、素直に思った。
バルデラが口を重そうに開くから、どんな希望を出されるかと思ったが、まさか“休み”とは…。
それは自分が当時まだ学生で、このガーデンで仲間達と訓練に励んでいた頃から変わらなかった。
自分も、仲間も、家に帰りたい、遊びに行きたいとよく口にしていた物だった。
どんなに優秀で能力があっても、所詮はまだ子供ということだ。
そして、意識を元に戻す。
バルデラが持ってきた、この報告書。
いかにも学生の作成したものという簡素で簡潔でレイアウトもへったくれもないただの作文のような書類。
これを見ると、本当に自分の秘書の文書作成能力の高さに目を見張る。
だが、そこに綴られた文字は、果たして真実なのかと疑いをかけてしまいそうだ。
“ハリー・アバンシア ティンバーにおけるレジスタンス組織のリーダーの1人 3年前の掃討作戦で死亡”
ハリー・アバンシアは、すでにこの世にはいない。
美しい女性がいた。こちらを見て微笑んでいる。
自分は、夢を見ているのだとわかっていた。
女性はもう、存在する筈のない人だから。
夢や記憶の中での存在は永遠だ。その姿のまま、いつまでも留まっている。
時にそれは、その記憶を持っている人間を苦しめる。
命を落とした者の、これは生者に対する恨みのようだ。
…ピッ
小さな電子音で目を開ける。
学園長室の椅子に腰かけたまま、意識を落としてしまっていたらしい。
ここのところ、まともに睡眠をとっていなかったからだ。
「私だ」
聞こえた電子音は部屋への内線を知らせる音だ。
『バルデラ教官がお見えです』
「通してくれ」
あの時、会議室に召集を掛けた教官や役員達。
おりしも世間は自分の父、大統領を支持するかそれとも、再び世界を震撼させようとしている魔女を支持するかで水面下で揺れていた時だった。
10年前の魔女戦争に少しでも関連がありそうな者、決して魔女を支持することなどない者だけを選別した。
そして、彼らの前であえてどちらを支持しようが咎めない旨を言い渡して皆の意見を出してもらった。
当然、全員魔女を敵視するものばかりだ。結果は見えていた。
政府も公安も、軍でさえも今や力を失い、それでも国の情勢は悪化の一途をたどっている。
いち早く情報を掴んだ者だけが生き残れるのだ。
そして新しい組織を立ち上げた。
かのバラムガーデンのSeeDと呼ばれる精鋭部隊。
彼らにも引けを足らない優秀な人材が、このガルバディアガーデンにも多くいる。
彼らの力や能力を使わない手はない。
そのような人材が軍にも多数入隊している。
このガーデンの卒業生だ。ガルムはどこに出しても恥ではないと自負できる。
…だが、所詮は規律に縛られた軍である。
どんなに優秀な能力を持っていても、それを発揮する場が与えられないのであれば、1人の敵も倒せない。
この組織を立ち上げるにあたり、教官や役員たちに命じたことはたった1つだ。
それは、優秀な人材を選出せよというもの。
指揮を取れとも、命令を出せとも言ってはいない。
選ばれた生徒たちの代表だけを呼び、それぞれのチームに私自身から命令を下した。
そうだ。
招集した教官も役員も実は必要などない。
これは、私の組織なのだから。
ただ一つの例外が、今部屋に入ってきた、このバルデラという教官である。
彼は何を教える教官だったか、今となってはどうでもいい。
他の教官たちとは別に、彼にはあることを頼んでいた。
だがそれは特に重要と言うわけではなかった。
まあ、何かしら結果が出れば儲けものだ、それぐらいのことだ。
ところが…
「学園長、先日の件ですが、ウチの情報部がこんな結果を出してきました」
「拝見しよう」
受け取った封筒の中には、数枚の書類と酷くブレた顔の人物が映った写真。
“報告書 ハリー・アバンシアについて”
まさか本当に身元の特定ができたというのだろうか。
あれほど政府が血眼になって探して、それでも未だに不明としか発表の出来ていない人物を。
「…なんだと…!」
「あ、私もこの報告には驚きました。ですが、先日のティンバーでのレジスタンス掃討作戦で捕らえたレジスタンスのメンバーから取った情報のようです」
「…わかった。ご苦労」
「………」
「……?」
「あ、あの…」
「なんだね、まだ何か?」
「あ、いえ、その…、何か褒賞のようなものは…?」
「………」
「あ、あくまでも、生徒たちに、です。いくらこのような特殊な任務や命令であったとしても、ここはガーデンです。何らかの成績を出した生徒には褒賞を与えるべきかと」
無意識に顎に手を掛けた。
確かにここはガーデンだ。
つい今しがた考えたばかりではないか、規律に縛られた軍とは違う、と。
それに、こうして褒賞を与えれば、生徒はさらにその実力を伸ばそうとする。
それを見た他の生徒たちも、影響を受けて更に努力するだろう。
当然、良い結果につながることになる。
「その通りだ。流石だな、バルデラ君。それで、何を与えれば生徒たちは喜ぶかね。私自身の時とはもう時代も背景も違うのでな。今の生徒たちが欲しているものを与えたい」
「あ、はい、それなんですが、…少々言いにくいのですが…」
「なんだ、ハッキリ言いたまえ」
「はい、…このガーデンに在籍する生徒たちのほとんどが寮生活です。彼らの一番の楽しみは、休みをもらうことのようです。各々実家に帰ったり、友人と遊びに出かけたり、少しの時間でいいから自由な時間が欲しい、と」
「…なんだ、そんなことか。…私が学生だった頃と変わらないのだな」
「そ、そうでしたか」
「わかった。君たちのチームは立派に任務を果たしてくれた。授業に差し支えない範囲で休みを取らせてやればいい」
「あ、ありがとうございます!生徒たちも喜びます」
「ああ、ご苦労だった」
これは意外だと、素直に思った。
バルデラが口を重そうに開くから、どんな希望を出されるかと思ったが、まさか“休み”とは…。
それは自分が当時まだ学生で、このガーデンで仲間達と訓練に励んでいた頃から変わらなかった。
自分も、仲間も、家に帰りたい、遊びに行きたいとよく口にしていた物だった。
どんなに優秀で能力があっても、所詮はまだ子供ということだ。
そして、意識を元に戻す。
バルデラが持ってきた、この報告書。
いかにも学生の作成したものという簡素で簡潔でレイアウトもへったくれもないただの作文のような書類。
これを見ると、本当に自分の秘書の文書作成能力の高さに目を見張る。
だが、そこに綴られた文字は、果たして真実なのかと疑いをかけてしまいそうだ。
“ハリー・アバンシア ティンバーにおけるレジスタンス組織のリーダーの1人 3年前の掃討作戦で死亡”
ハリー・アバンシアは、すでにこの世にはいない。