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Chapter.52[ガルバディア]

~第52章 part.3~


炎を操り、大風を起こし、雷を降らせ、津波がすべてを飲み込む。
大地を空を、海をも斬り裂き、あらゆるものに大穴を穿ち、呪いを放って踏み潰す。
その力はまさに魔女そのもの。
強大で禍々しくて、恐ろしい。
だが、だからこそ、惹かれる。
己の持たざる圧倒的な力。全てを欲し、そして誇示することを望んでしまう。
勿論、この大きな力の代償も知っている。大きな力を手に入れれば、その代償も比例する。
それでも、この力は魅力的だ。この力があればどんな相手にも敗北を味わうことはなくなる。
敵が強力な武器を持っていても、黒山のような数で襲ってきても、臆することはない。

自分が若かった頃を思い出す。この学園で仲間達と共に学び、訓練に励んだ日々を。
あの時、学園内に封印の間と呼ばれている、開かずの部屋があり、誰も中を覗いた者はいなかった。
厳しい教官達の指導もあり、わざわざ叱咤を受けようとする輩はいなかったのだ。
だが、必ず噂は広まるもので、当時の自分も例に漏れず仲間達とその話題に花を咲かせた。
「これは先輩から聞いた話なんだけどさ…」
そんなよくある下りから始まった仲間達との会話。
その先輩とやらが話したように、こいつもいずれは後輩に話して聞かせるのだろう。
この手の話は、人を介する程に内容が誇張され本来のものとは違う解釈が生まれやすい。
だから仲間のこの話も、ありきたりな三流ミステリーの1つか、と高をくくっていた。
引き留める仲間達を無視して話を最後まで聞かなかったことを今更悔やむ。

思い返してみれば、その学園のミステリーとは魔法の集合体、つまりG.F.だったのではないだろうか?
当時、既にG.F.という存在は確立されてはいたが、学生の身分に詳しい情報が入る訳もなく、またこの学園がそれを忌避していたこともあり、はっきりと確認もできないまま今日に至っている。
10年前の魔女戦争で、学園内も無事では済まなかった。
戦争終結後、至る箇所で改修や改装の工事が行われ、開かずの間もなくなった。
あの時のあの話の真相を確かめることはもうできない。
それが判明したところで、今更どうすることもできないのだが…。

コンコン。
ノックの音に視線をそちらへ向ける。
カチャリと小さな音を立てて、こちらの返答を待たずにドアが開かれる。
「失礼します」
隙間からひょこっと顔だけを覗かせたのは、今年採用したばかりの新人秘書だ。
ふいに、フワリと香りが漂う。
「お茶をお持ちしました」
この仕事を始めたばかりの時は、お茶の煎れ方も知らないことに驚いたものだった。
仕事はきっちりこなし、文書を作ることに関しては抜き出ていたところを見込んで採用したが、他の面ではどこか抜けているところがあるようだ。
だが、先々代から秘書を勤めたお局の教育の賜物か、彼女の折れない心の逞しさ故か、今は立派に秘書として職務に励んでいる。
何より、上手い紅茶が飲めるのはありがたい。
「それから、本日の分の報告書です」
受け取った茶に口をつけるかつけないかのタイミングで書類を差し出してくる。
こういうところは、もう少し研修が必要そうだ。ペラペラと紙を捲りながら大まかに目を通していく。
「…全部ではないな」
「はい、4番、6、7番はまだです。…督促かけますか?」
「そうだな、通信を入れて繋がらなければ文書にしてくれ」
頼まれたことが余程嬉しいのか、満面の笑顔で返事を返して部屋を出ていった。
彼女は、ティンバー出身者だ。だがもちろん、レジスタンスではない。
既に家族はティンバーを離れ、デリングシティに移り住んでいる。彼女は知っているのだろうか?ティンバーの今の状況を。

受け取った書類に改めて目を通す。この度新設した特務隊の活動結果だ。
彼らの働きぶりは予想以上だった。
そうだ。バラムの生徒にやれて、それ以上に厳しい訓練を受けている我がガルバディアの生徒にできないわけがない。
もともと素質もあったのだろうし、なにより、このような機会を与えられて生徒達の能力を認めて貰える事に対して、生徒自身の成長ともなったのだ。
こんなことなら、もっと早くからこの制度を取り入れるべきだったと、ガルムは思う。
だが、これまで毎日必ず定時には連絡を入れていた隊からの連絡が、今日に限って3つも入らないというのは、おかしい。
何かあっただろうか、と小さな不安は生まれたものの、彼らの能力を否定することに繋がりそうな気持の方が大きかった。

少し時間をおけば、再び秘書が何らかの報告をしてくるだろう。
普段は滅多に見ることのないTVのスイッチを入れる。
世界はこの状態だ。
日毎に形が変わっていく。
今はどこの放送局でも同じような内容の番組しか流していない。
相変わらず、政府がどうの、魔女がどうのと、聞いたこともない肩書の専門家やら何やらがあーでもないこーでもないと口々に言いあっている。
自分に言わせればそんなものはただの茶番に過ぎない。
そして結局、迎えた結末に賛同して姿を消すだけなのだから。
今、世界で一番治安が悪く、危険な街となってしまったティンバーから生中継を試みているバカな連中もいた。
確かに民衆の関心は高いだろう。
だが、こんな無法地帯と化した街に、この先未来などあるのだろうか。
政府の要人や、自分の父の肖像を踏みにじる姿も、ガルバディアの国旗を燃やしている様子も、公安の施設に手榴弾を投げ込まれても、もう、何の感情も沸いてこない。

「…もう、こんな街はいらないな」

父親が大統領としてこの国のトップに立ってからも、その前の終身大統領の時代も、この街はずっとこの国に反発を続けてきた。
執拗に抑え込もうとするのは、豊富な資源があるからだ。
その資源のおかげで、この国はこうしてここまで成長し、今日まで発展してきた。
街に感謝こそすれ、力でねじ伏せようとするから人々はますます逆上する。
その繰り返しだ。
愚かしいにもほどがある。
資源など、他にもどうとでもなる。
いっそのこと、と以前父に進言したことがあったが、父の意見は否だった。
初めて、反対されたことだった。
自分にはわからない、政治の世界の繋がりというやつが邪魔をしているのか。

「政治家なんて、面倒なだけだ」

この役職に就いた時も、そちら方面から声がかかったのは事実だ。
兼任することもできる、とまで言われたが、あの時その話を断って、自分は正解だと思った。
あのまま父と同じように政界へ進んでいたなら、あるいは別の結末が訪れていただろうか。
それとも、たった今ニュースで伝えられた官僚のように、自分も命を落としていただろうか。

自分の考えや意見は、必ず父に伝えていた。
何か行動を起こすときは意見を求めた。
父は黙って自分の話を聞いて、よく考えもせずに賛同するだけだった。
『お前のやりたいようにやりなさい』
いつも最後の言葉はこれだ。
そして、今の地位に自分はいる。

父にまた意見を聞こうと受話器に手を掛けた瞬間、その言葉が浮かんだ。
どうせまた同じ言葉を言うのだろう。
それに、今の父はおかしくなっている。
未遂だったとはいえ暗殺されかけて、すっかり委縮して逃げた腰抜けの父親だ。
あれだけ啖呵を切って大統領にまでなったというのに、前大統領のように殺されるかもしれないというたった1度の不幸であんなに腑抜けになってしまうなど。

受話器を持ち上げて、呼び出しを掛けた先は、父親のところではなかった。



→part.4
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