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Chapter.52[ガルバディア]

~第52章 part.2~


「君たちの望みは何だ、金か?」
自分は質に取られた、とガルムは思った。
彼らの訳のわからない研究のための費用を、自分という地位にいる者からせしめようとしている。
ただでさえ、今世界は混乱している。
誰だって我が身は可愛い。少し脅せばすぐにでも目的は達せられる。
…金が欲しいのなら、くれてやろう。金で済むのならいくらでも。
そう、ガルムは考えたのだ。
「浅はかじゃのう」
「…確かにお金はとっても魅力的。…だけど、残念ですわ、学園長。私たちが欲しいのはお金じゃない。地位でも名誉でもない」
「!?」
「私たちの望みは、 ……結果だけよ」
「…結果…?」
「そう、私たちは研究者。自分達の研究の結果こそ全て! 結果を求める為だけに研究する。結果が出ることで私たちの歓喜は最高潮となるの!!」
小さな呟きと共に振り返ったガルムの後ろで、女はくるりと優雅に回転して見せた。
「それが私と何の関係が……「あるわ!」…」
言葉を遮るように女が続ける。
「あるのよ。…あの牢獄から解放されて、彼女が現れた。…この研究と出会って、私は記憶を取り戻した。
 …そして、あなたがここにいて、再び彼女が現れた」
「…? 何を、言っている…」
恍惚とした表情で、女は嬉しそうに何度もその場で美しく優雅に回転して見せる。
その様子はさながらダンスをしているようだ。
「これが、博士の仰っていた因果律なんですね!」
「うむ」
ガルムには何が何だかわからない。
先程浮かんだ己の考えが杞憂だったこと以上に、今のこの理解し難い現状に戸惑いを覚えていた。
「…つまり、どういうことなんだ?」
「ヘンデル学園長、我々の事はお聞き及びでは…?」
黒スーツの男が声を掛ける。
「…先程も答えたが、名前を知っているだけだ。…その内容までは知らん」
「それはそれは」
この男の口癖なのか、ガルムはその言葉に苛つきを覚えた。
「言いましたでしょ、私たちの望みは結果だ、と」
「我々は、研究を継続したい。そう、結果を出すために」
「…好きなだけすればいい。君たちの研究の内容など興味もない。
 金が欲しいのならくれてやる。だが、私がここにいる理由がわからない!」
黒スーツの男がゆっくりとこちらに歩を進める。
「興味はきっと、おありですよ。先程の資料、きちんと最後までご覧になりましたか?」
「?」
ガルムは再びテーブルに投げ置かれた資料に目を落とす。
誰もが知っているようなことしか記されてはいなかったようだが、パラパラと捲ったのは初めの方だけだ。
全てを見たわけではない。
そこに何が記されていると言うのだ。
「これは、あくまでも机上の空論じゃ。ずっと、歴史資料やわずかな遺産遺物から読み解くことしかできんかった。
 じゃが、…こやつと出会ってから、わしの研究は大いに進んだ。本当に貴重な逸材じゃった」
「ちょっと博士、過去形で話すのはやめて頂けます? もう私が必要ないみたいに聞こえますけど」
「やかましい」
「お二方、ヘンデル学園長は研究の内容をよくご存じないようです。実際に見て頂いた方が話が早いのでは?」
「うむ、阿呆には紙での報告を書いても理解できんか」
「博士、それは失礼です」
「いいでしょう、見せて頂きます!」

ガルムが立ち上がったのを合図にするかのように、部屋の奥の壁が左右に開かれた。
壁一面がガラス張りなっていて、向こう側が全て見通せる。
白衣を着た人物が何人か研究をしている様子がそこにはあった。
「中を案内しましょう」
再び黒スーツの男の後ろを歩く。
促されるままに入り込んだ研究室は、独特の薬品の匂いに包まれていた。
「残念ながら、わたしも入れるのはここまでです。この先は微生物を取り扱っていますので、外気に触れさせることはできません。
 外から入り込んだあなたなら尚更です。どうかご了承下さい」
「微生物…?」
「お渡しした資料にも記載しておりますが、これが、我々が研究しているものです。かなり以前から考えられてはいました。
 ですが、サンプルどころか、決定的な資料もなく、残された遺物にも限界がありました。…そこへ、彼女、オデッサが現れました」
ガルムが振りむいた先にいた女は、口元に小さく笑みを浮かべた。
「…私は、世界を救うんです。これほど光栄なことは有りませんわ」
「彼女の体内から、我々が求めていたものが検出された。そこから我々の研究は一気に進みました」
「何が、検出されたのだ?」
「…これ、ですよ」
スーツの男が何かの機械のコンソールを操作する。すると、頭上のモニターに姿が映し出された。
どこかで見た、伝染病の病原菌の様にも見える。よく見ると、僅かずつだが動いているようだ。
「因子です」
「?」
「これは、何かの条件がなければ死滅してしまう。だが、条件があれば爆発的に増殖するのです」
「…条件、とは」
黒スーツの男は、そこでゆっくりとガルムの方を振り返る。
「ヘンデル学園長、…私は奇跡や未知の力なんて非科学的なものは信じない性質です。
 ですが、今は本当に、博士が仰ってた因果律を信じたくなりました。奇跡と言っても過言ではない」
「だから、何だと言うのだ。はっきり言いたまえ」
「……魔女、ですよ」
「!!」

ガルムはそこで、研究の詳しい内容を聞かされた。
なぜオデッサがここにいるのかも、彼女から因子が検出されたのかも、そして、研究の目的も。
ガルムにとっては、驚きだった。こんなことを研究している輩がいることも、その研究の内容も。
そしてガルムは、笑った。さも嬉しそうに。
「このことを知っている人間は、私の他にいるのか」
ガルムは率直に質問をぶつけた。愚問だと先に言葉にしたことなどもう忘れていた。
「あなたほどの立場のお方が知らないことを、他の誰が知っているというのです?」
「わかった。研究を続けてくれ。…こちらの件は私がなんとかしよう」
黒スーツの男は言葉もなく頭を垂れた。
「学園長、私たちのお願い、聞いて下さるかしら? 私たち、研究したいの。研究して、結果を出したい」
「ああ、それは聞いた。だから…」
オデッサが少しずつガルムに近付いていく。上目遣いでわざと眼鏡を下げ、甘えるような顔をして。
「結果を出すために、研究にはつきものだけど、私達には難しくて…」
「何だ、何をさせたいんだ?」


「…人体実験♪」



→part.3
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