Chapter.51[ウィンヒル]
~第51章 part.3~
「…ということは、君たちはガーデンの関係者か」
何気無い問い掛けのつもりだった。
だがその一言で突然回りの空気が重く変わったことにマーチンはすぐに気付いた。
「あ、す、すまない。君たちを詮索するつもりはなかったんだ。これは私の独り言だ。…ははは。
…だが、君たちの名前くらいは教えてくれないかな?いつまでも兵士君たち、ではね。私はマーチンという。デリング総合病院の医師だ。君たちは?」
なんとかして重い空気を払拭したくて、マーチンは誤魔化すように笑って見せた。
その乾いた笑いで空気を変えることはできなかったようだが、話題を変えることはできた。
何も聞かないで欲しいという彼らの意図を無視したのは自分だ。
医師である以上、患者のプライバシーは保守しなければならない。
それは医師として活動する上で体に染み付いた性質のようなもので、自分に非があったと感じたときは即認め、謝罪する。
腕がいいのは当然だが、こんな部分も病院で人気がある理由となっているようだ。
「私はセルフィです、マーチン先生。それから、彼は…」
「……レオンだ」
突然、セルフィの言葉を遮るように言葉を発したのは寝台の上のスコールだ。
まさか自分から自己紹介をするとは思っていなかったセルフィは言葉を失った。
しかも偽名など…。
スコールに目を向けたセルフィは、彼の鋭い視線に言葉を聞いたような気がした。
『仮にもここはガルバディア領。気を抜くな』と。
運ばれてきた食事を我先にとばかりに口一杯に放り込んでいたゼルも、それを運んできた若い使用人の女性に声をかけていたアーヴァインも、それに気付いていた。
すでに引退し、子供たちを指導する立場となったとしても、やはり元SeeD。
先程の重い空気とはまた違う緊張感が一気に部屋中を包み込んだ。
スコールは危惧していた。
ラグナがすでにここにいることはわかっていた。
エスタの官邸で連絡を取っていたからだ。
そしているはずのないガルバディアの医師の存在と厳重な警備に窓の片隅に見えるガルバディアのヘリ。
それはつまり、ここにガルバディアの要人がいるということ。
医師が必要なガルバディアの要人でラグナとも懇意な人物は一人しか当てはまらない。
…ガルバディア大統領、ボルド・ヘンデル!
彼もここにいるとすれば、当然魔女派討伐の人間も関わってくるだろう。
あの研究所爆破事件で、バラムガーデンにも何らかの報復があったはずだ。
ならば尚更、ガーデンに関わりのある自分達の詮索をされては困る。
まだまともに動けない体では、ここにいる全ての人間を殺そうとしても、一本通信を入れられたら終わりだ。
自分達の素性は明かさない方がいい。
それがスコールの考えだった。
「俺はアルト・ゼラウス。みんなはゼルって呼んでる」
「僕はヴィンセント・リー。こう見えて東洋人でね~。アーヴィンなんて不名誉なあだ名で呼ばれるよ」
「阿(ちゃん)ヴィン、か、いや、似合ってるよ」
皆それぞれ言いたいことはあるのだろう、複雑な表情を浮かべたまま、苦笑いをするしかなかった。
「おい、お前らもメシ食えよ」
「…ドクター・マーチン、エルオーネに会わせて欲しい」
「………」
マーチンは無言のまま、室内にあった内線通話器の受話器を持ち上げた。
二言三言何かを話し、受話器を戻してこちらを振り返った。
「こちらに来てくれるそうだ」
言葉には出さないが、僅かにほっとした表情をスコールが浮かべたのを、マーチンは見逃さなかった。
間もなくドアをノックする音と共にエルオーネが部屋に入ってきた。
「エルお姉ちゃん!」
「セルフィ、みんな、久しぶりね。…ごめんね、ゆっくり話したいんだけど」
言葉と共にエルオーネの視線はセルフィからスコールへと移された。
「うん、わかってる。私たち、向こうの部屋にいるね」
「ええ、ラグナおじさんもいるから、話し相手になってあげて」
セルフィはゼルやアーヴァインの背中を押して部屋を出ていった。
マーチンも後に続き、使用人の女性もワゴンを引いて、そしてドアは閉じられた。
「頼む、エルオーネ、教えてくれ!」
「……ごめんね、スコール、…できないわ」
「どうして!」
「…あなたを、死なせたくないの」
「……俺は、死なない」
「スコール!!」
「死んでたまるか!」
「!!」
「エルオーネ、あんたはいつも言っていたな、過去を変えたいと。…だが、過去は変えられない。
大勢の人間が持つ記憶を変えることはできない」
「そ、それは…」
「あの頃の俺たちは、あんたのその能力と、歴史に残る大きな戦争に巻き込まれたことの驚きと戸惑いで、あんたの気持ちそのものに気が回らなかった。
あんたはなぜ俺たちを使って過去を変えようとしたのか。
…あの頃は未来だった時間が、今なんだ。10年前は考えもしなかった、10年後の世界に俺たちはいる」
「どういうこと?」
「あの頃のように、今も変えたいと心から願っているのか?過ぎてしまった時間を、終わってしまった過去を。10年前のあの日のことを」
「…いいえ。…あの時は、変えたかった。変えられると思っていた。過去を知ることはできても、未来を知ることはできないから。
今の自分がいる理由を知ることはできても、これから先、私はどうなるのか、どうすればいいのかわからなかった。
だから、見えない未来が不安で、怖くて仕方がなかった。過去を変えることで、私の力が利用されなければいい。
未来の魔女へ繋がる道を封じることができればいい、と。…だから私は、私は…」
「…過去を変えることはできなくても、未来を変えることはできる」
「!!」
「未来がわからなくて不安なのは、あんただけじゃない。俺も、リノアも、仲間たちも、みんな同じなんだ。
俺たちには、あんたのように過去を見ることはできない。ただ自分の歩んできた記憶を持っているだけだ。
その記憶を頼りに、今を生きている。先のことは誰にもわからない。だが、平穏な毎日を今と変わらず続けたいと願っている」
「…スコール」
「あんたが孤児院から姿を消したあの頃、俺は毎日あんたの帰りを待っていた。玄関脇の石の柱の前で、ずっと。
孤児院というものの意味も、そこから仲間がいなくなるという意味も、幼い子供に理解できるはずもなくて、俺はずっと、あんたが戻ると信じていた。
…いつしか理解したんだ。あんたはもうここには帰らないんだと。そして俺は決心した。あんたがいなくても一人で生きていこうと。
ガーデンに入ってからも、極力他人との接触を避けた。他人と関わって縁を作りたくなかった。何でも一人で解決しようとしていた。 それなのに…」
「あの子達、ね」
「あぁ。勝手に俺の領域に踏み込んで、勝手に俺の中に居場所を作ってしまう。…まったく、G.F.じゃあるまいに…」
「…ふふ、でも、彼らのお陰であなたは変わったわ」
「あぁ、変わった。俺は独りじゃない。たくさんの仲間たちに囲まれている。そこには勿論、リノアも入っている」
「!!」
「リノアを、助けたい」
「……それを教えたら、あなたはまた行ってしまうのでしょう?」
「闘いから、目を背けるわけにはいかないんだ。…俺は、「SeeDだから」!」
「…クス」
「また、あんな辛い歴史を繰り返したくないんだ」
「あなたの言いたいことはわかったわ。…でも、もう遅いの」
「…?」
「もう、戦争は始まっているわ。それに、今度戦えば、……額の傷だけではすまないわ…」
「? …額の……、 !!まさか! …リノアは、あいつといるのか!?」
「……スコール、リノアと、接続できないの。呼び掛けても、彼女の意識が全然反応してくれない。眠っていたとしても、私の声は夢の中に届いているはずなのに…」
「…教えてくれ、エルオーネ。奴は今どこにいるんだ?」
「…約束して。あなたにはまだ休息が必要だわ。マーチン先生のお許しが出るまではここを動かないって」
「…わかった」
「本当に、約束よ。 …それじゃ、あなたを送るわ。一番近い過去へ…」
スコールは無言のまま頷いた。そしてエルオーネは祈るように目を閉じて、集中していく。
「………、 ……うっ!…」
短い悲鳴だけを残して、スコールは意識を失った。
「…ということは、君たちはガーデンの関係者か」
何気無い問い掛けのつもりだった。
だがその一言で突然回りの空気が重く変わったことにマーチンはすぐに気付いた。
「あ、す、すまない。君たちを詮索するつもりはなかったんだ。これは私の独り言だ。…ははは。
…だが、君たちの名前くらいは教えてくれないかな?いつまでも兵士君たち、ではね。私はマーチンという。デリング総合病院の医師だ。君たちは?」
なんとかして重い空気を払拭したくて、マーチンは誤魔化すように笑って見せた。
その乾いた笑いで空気を変えることはできなかったようだが、話題を変えることはできた。
何も聞かないで欲しいという彼らの意図を無視したのは自分だ。
医師である以上、患者のプライバシーは保守しなければならない。
それは医師として活動する上で体に染み付いた性質のようなもので、自分に非があったと感じたときは即認め、謝罪する。
腕がいいのは当然だが、こんな部分も病院で人気がある理由となっているようだ。
「私はセルフィです、マーチン先生。それから、彼は…」
「……レオンだ」
突然、セルフィの言葉を遮るように言葉を発したのは寝台の上のスコールだ。
まさか自分から自己紹介をするとは思っていなかったセルフィは言葉を失った。
しかも偽名など…。
スコールに目を向けたセルフィは、彼の鋭い視線に言葉を聞いたような気がした。
『仮にもここはガルバディア領。気を抜くな』と。
運ばれてきた食事を我先にとばかりに口一杯に放り込んでいたゼルも、それを運んできた若い使用人の女性に声をかけていたアーヴァインも、それに気付いていた。
すでに引退し、子供たちを指導する立場となったとしても、やはり元SeeD。
先程の重い空気とはまた違う緊張感が一気に部屋中を包み込んだ。
スコールは危惧していた。
ラグナがすでにここにいることはわかっていた。
エスタの官邸で連絡を取っていたからだ。
そしているはずのないガルバディアの医師の存在と厳重な警備に窓の片隅に見えるガルバディアのヘリ。
それはつまり、ここにガルバディアの要人がいるということ。
医師が必要なガルバディアの要人でラグナとも懇意な人物は一人しか当てはまらない。
…ガルバディア大統領、ボルド・ヘンデル!
彼もここにいるとすれば、当然魔女派討伐の人間も関わってくるだろう。
あの研究所爆破事件で、バラムガーデンにも何らかの報復があったはずだ。
ならば尚更、ガーデンに関わりのある自分達の詮索をされては困る。
まだまともに動けない体では、ここにいる全ての人間を殺そうとしても、一本通信を入れられたら終わりだ。
自分達の素性は明かさない方がいい。
それがスコールの考えだった。
「俺はアルト・ゼラウス。みんなはゼルって呼んでる」
「僕はヴィンセント・リー。こう見えて東洋人でね~。アーヴィンなんて不名誉なあだ名で呼ばれるよ」
「阿(ちゃん)ヴィン、か、いや、似合ってるよ」
皆それぞれ言いたいことはあるのだろう、複雑な表情を浮かべたまま、苦笑いをするしかなかった。
「おい、お前らもメシ食えよ」
「…ドクター・マーチン、エルオーネに会わせて欲しい」
「………」
マーチンは無言のまま、室内にあった内線通話器の受話器を持ち上げた。
二言三言何かを話し、受話器を戻してこちらを振り返った。
「こちらに来てくれるそうだ」
言葉には出さないが、僅かにほっとした表情をスコールが浮かべたのを、マーチンは見逃さなかった。
間もなくドアをノックする音と共にエルオーネが部屋に入ってきた。
「エルお姉ちゃん!」
「セルフィ、みんな、久しぶりね。…ごめんね、ゆっくり話したいんだけど」
言葉と共にエルオーネの視線はセルフィからスコールへと移された。
「うん、わかってる。私たち、向こうの部屋にいるね」
「ええ、ラグナおじさんもいるから、話し相手になってあげて」
セルフィはゼルやアーヴァインの背中を押して部屋を出ていった。
マーチンも後に続き、使用人の女性もワゴンを引いて、そしてドアは閉じられた。
「頼む、エルオーネ、教えてくれ!」
「……ごめんね、スコール、…できないわ」
「どうして!」
「…あなたを、死なせたくないの」
「……俺は、死なない」
「スコール!!」
「死んでたまるか!」
「!!」
「エルオーネ、あんたはいつも言っていたな、過去を変えたいと。…だが、過去は変えられない。
大勢の人間が持つ記憶を変えることはできない」
「そ、それは…」
「あの頃の俺たちは、あんたのその能力と、歴史に残る大きな戦争に巻き込まれたことの驚きと戸惑いで、あんたの気持ちそのものに気が回らなかった。
あんたはなぜ俺たちを使って過去を変えようとしたのか。
…あの頃は未来だった時間が、今なんだ。10年前は考えもしなかった、10年後の世界に俺たちはいる」
「どういうこと?」
「あの頃のように、今も変えたいと心から願っているのか?過ぎてしまった時間を、終わってしまった過去を。10年前のあの日のことを」
「…いいえ。…あの時は、変えたかった。変えられると思っていた。過去を知ることはできても、未来を知ることはできないから。
今の自分がいる理由を知ることはできても、これから先、私はどうなるのか、どうすればいいのかわからなかった。
だから、見えない未来が不安で、怖くて仕方がなかった。過去を変えることで、私の力が利用されなければいい。
未来の魔女へ繋がる道を封じることができればいい、と。…だから私は、私は…」
「…過去を変えることはできなくても、未来を変えることはできる」
「!!」
「未来がわからなくて不安なのは、あんただけじゃない。俺も、リノアも、仲間たちも、みんな同じなんだ。
俺たちには、あんたのように過去を見ることはできない。ただ自分の歩んできた記憶を持っているだけだ。
その記憶を頼りに、今を生きている。先のことは誰にもわからない。だが、平穏な毎日を今と変わらず続けたいと願っている」
「…スコール」
「あんたが孤児院から姿を消したあの頃、俺は毎日あんたの帰りを待っていた。玄関脇の石の柱の前で、ずっと。
孤児院というものの意味も、そこから仲間がいなくなるという意味も、幼い子供に理解できるはずもなくて、俺はずっと、あんたが戻ると信じていた。
…いつしか理解したんだ。あんたはもうここには帰らないんだと。そして俺は決心した。あんたがいなくても一人で生きていこうと。
ガーデンに入ってからも、極力他人との接触を避けた。他人と関わって縁を作りたくなかった。何でも一人で解決しようとしていた。 それなのに…」
「あの子達、ね」
「あぁ。勝手に俺の領域に踏み込んで、勝手に俺の中に居場所を作ってしまう。…まったく、G.F.じゃあるまいに…」
「…ふふ、でも、彼らのお陰であなたは変わったわ」
「あぁ、変わった。俺は独りじゃない。たくさんの仲間たちに囲まれている。そこには勿論、リノアも入っている」
「!!」
「リノアを、助けたい」
「……それを教えたら、あなたはまた行ってしまうのでしょう?」
「闘いから、目を背けるわけにはいかないんだ。…俺は、「SeeDだから」!」
「…クス」
「また、あんな辛い歴史を繰り返したくないんだ」
「あなたの言いたいことはわかったわ。…でも、もう遅いの」
「…?」
「もう、戦争は始まっているわ。それに、今度戦えば、……額の傷だけではすまないわ…」
「? …額の……、 !!まさか! …リノアは、あいつといるのか!?」
「……スコール、リノアと、接続できないの。呼び掛けても、彼女の意識が全然反応してくれない。眠っていたとしても、私の声は夢の中に届いているはずなのに…」
「…教えてくれ、エルオーネ。奴は今どこにいるんだ?」
「…約束して。あなたにはまだ休息が必要だわ。マーチン先生のお許しが出るまではここを動かないって」
「…わかった」
「本当に、約束よ。 …それじゃ、あなたを送るわ。一番近い過去へ…」
スコールは無言のまま頷いた。そしてエルオーネは祈るように目を閉じて、集中していく。
「………、 ……うっ!…」
短い悲鳴だけを残して、スコールは意識を失った。