Chapter.51[ウィンヒル]
~第51章 part.2~
ドキリと心臓が高鳴った。びくりと体が震えた。
そして目を覚ます。
弾む息を堪え、バクバクと高鳴る心臓の音に己の器の小ささを見たような気がした。
なんて寝覚めの悪い夢だと、少々荒くなっていた呼吸を無理矢理溜息で誤魔化した。
目は、開いている。
だが、視界に飛び込んでくるのは半分だけ。
部屋の天井の模様が綺麗に見えていた。
「……?」
視界が塞がれているらしい側の腕を持ち上げて、顔にかかっているものを確かめようとした。
だが、手は動かない。
痛みは感じているので、腕はそこにあることはわかる。
そっちを諦めてもう片方の腕を持ち上げた。
点滴の管の繋がった傷だらけの、見覚えのある己の腕が見えた。
そっと顔に触れて感触を確かめる。
厚く包帯が巻かれているようだ。
それは顔だけに留まらず、体にも巻かれているようで碌に身動きが取れない。
上手く動かない首を回して部屋の中の様子を見渡した。
ずっと聞こえていたエルオーネの声が聞こえなくなったことから、ウィンヒルには到着したのだろう。
ならばここはコールマンの屋敷の一室か。
そう目星をつけて、辺りの気配を探る。
どこか遠くから話し声や物音が聞こえることから、人がいないわけではなさそうだ。
だが、すぐ近くには誰の気配も感じられない。
この状態では起きることもできない。
すぐにでもエルオーネに会って、頼みを聞いて貰わねば。
マーチンが部屋に入った瞬間、光が目に飛び込んできた。
カーテンで窓は覆われているとはいえ、すでに日は登っていて明るい。
光が射したのは、先程治療を終えたばかりの若い兵士が横になっているはずの寝台だ。
決して目に刺さるような強烈な光などではなく、逆に包み込むような気さえする優しい光。
「!?」
それが何なのかマーチンにわかるはずもなく折角治療を施したというのに、また何かあったとしたら無駄になってしまう。
あわててマーチンはスコールの元へ歩み寄った。
光に包まれた若者は、寝台の上で身を起こしているようだった。
やがて光がおさまり、何事もなかったように部屋の中は普段の静けさを取り戻した。
「…ここの医者はノックもしないのか」
「!! …あ、す、すまない。まだ、眠っていると思ったものだから……、いや、麻酔が覚めるまでまだ時間が…、それに、い、今、何をしたんだ?起き上がって……」
「…これはあんたが?」
「あ、ああ」
「どうしてガルバディアの医者がここにいる?」
「…そ、それは…」
どこに隠し持っていたのか、すっと音もなく取りだしたガンブレードをマーチンの喉元に当てる。
声にならない悲鳴を飲み込んだマーチンは呼吸をするのも苦しそうだ。
「答えろ」
「………」
マーチンは、喉元の武器の先がこまかく震えているのに気が付いた。
剣先から視線をゆっくりとその持ち主まで移動させる。
包帯に覆われていない半分しか見えない顔には汗が浮かび、必死に堪えてはいるがその呼吸は荒そうだ。
「君をどうこうするつもりはない。説明するから、これを下ろしてくれ」
スコールはじっとマーチンを睨みつけたまま動かない。
「今の君では私を殺せない。無理をするな。今ここで君を治療できるのは私だけなんだぞ」
何かを考えているのか、スコールは黙ったままだ。
「さあ、横になって。君の様子を見に来ただけだ」
「…ここは、ウィンヒルか?」
「? あぁ、そうだ。よければ君の名前を教えてくれるかな?私はマーチンと…」
「エルオーネがここにいるな」
「!!」
未だに下ろされない剣先はマーチンの命をいつでも奪えると物語っている。
だが先程以上に苦し気な様子を顕著に見せ始めたスコールには、自分を殺すことはできないだろうとマーチンは思っていた。
この若者は一体何者なのだ?
ガルバディアの兵士ではないのか?
なぜ彼女のことを…?
ふいに、剣先が離れた。
殺されはしないと思ってても、やはり緊張はしていたのだろう。
ほっと出た溜息は予想以上に大きかった。
「…彼女と、知り合いなのか?」
「………」
「答えたくないのか、…それとも、答えられないのか?」
「………」
「…もう少し友好的になったほうが、君の希望も叶えられやすいと思うぞ」
「あっ、スコール起きてる!」
「おぉ、もう大丈夫なのか!?」
「おはよう~、元気になったみたいだね」
「…あぁ」
マーチンの言葉を遮るように、彼が閉めるのを忘れてしまったドアからセルフィたちが入ってきた。
どの顔もすっきりとしていて、声は明るい。
対照的な暗い返事を返したのはスコールだ。
「先生、いらしてたんですね。先程はお世話になりました」
「あ、ああ」
開いたままにされていたドアを律儀にノックする音が聞こえ、ワゴンを押して屋敷の使用人が入ってきた。
同時に小腹をくすぐる香しい香りが立ち込めた。
すかさず反応してワゴンの上の料理に手を出すゼルに、使用人の女性が驚いて手を引っ込めた。
マーチンがスコールのほうを振り返って声をかけた。
「術後の経過を見たいだけだ。…いいかい?」
「…あぁ」
「あ、私も手伝います!」
ゆっくりと、マーチンはスコールの体から包帯を外していく。
そこでマーチンは再び驚愕することになる。
「…!?」
一瞬、不思議そうな表情を浮かべたものの、冷静を装って手を動かし続ける。
「…!!」
「先生?どうかなさったんですか?」
「…こ、こんなことは有り得ない。僅か数時間でここまで…」
マーチンの言葉に、手伝っていたセルフィもその傷跡を確かめることになる。
「…まさか、あなたもしかして自分で…?」
「………」
自分を手伝ってくれているこの女性には思い当たる節があるのだろう。
あれほど酷い裂傷だった部分は、細かな傷は残っているもののほとんど治りかけている。
火傷で爛れた皮膚もその下に新しい白い皮膚ができている。
体の中から爆発でもしたかのように破損した片方の腕も、すっかり骨は再生しているようで普通に動かすことができていた。
先程見たときよりも、あれから何日も経ったかのような状態に、マーチンは、いや、医者なら誰でも驚くことだろう。
セルフィの言葉に、僅かに顔を彼女のほうに向けてから、すぐにスコールに戻した。
顔に巻かれた包帯の下も、そうなのだろうか…
緊張を隠せない様子のまま、マーチンはそっと包帯をとっていく。
顔全部を覆ってしまうような彼の長い髪が、その傷跡を隠すようにハラリと流れ落ちた。
だが、言われなければ、傷などほとんど見えない。
米神の辺りから顎の輪郭の辺りにまで走る大きな裂傷の跡は、綺麗に治りかけていた。
瘡蓋ができる暇もないほどだ。
「(…こんなに治りが早いのに、額の傷だけは残っているんだな。…どれだけ深い傷だったんだ)」
「…先生?」
言葉が出ない様子のマーチンを気遣ってか、セルフィが声をかける。
「…こんなことは初めてだ」
「もう!、大人しくしてなきゃダメじゃない!」
「…これは彼が!?」
「自分で自分に回復魔法を使ったんです」
「………何!?」
→part.3
ドキリと心臓が高鳴った。びくりと体が震えた。
そして目を覚ます。
弾む息を堪え、バクバクと高鳴る心臓の音に己の器の小ささを見たような気がした。
なんて寝覚めの悪い夢だと、少々荒くなっていた呼吸を無理矢理溜息で誤魔化した。
目は、開いている。
だが、視界に飛び込んでくるのは半分だけ。
部屋の天井の模様が綺麗に見えていた。
「……?」
視界が塞がれているらしい側の腕を持ち上げて、顔にかかっているものを確かめようとした。
だが、手は動かない。
痛みは感じているので、腕はそこにあることはわかる。
そっちを諦めてもう片方の腕を持ち上げた。
点滴の管の繋がった傷だらけの、見覚えのある己の腕が見えた。
そっと顔に触れて感触を確かめる。
厚く包帯が巻かれているようだ。
それは顔だけに留まらず、体にも巻かれているようで碌に身動きが取れない。
上手く動かない首を回して部屋の中の様子を見渡した。
ずっと聞こえていたエルオーネの声が聞こえなくなったことから、ウィンヒルには到着したのだろう。
ならばここはコールマンの屋敷の一室か。
そう目星をつけて、辺りの気配を探る。
どこか遠くから話し声や物音が聞こえることから、人がいないわけではなさそうだ。
だが、すぐ近くには誰の気配も感じられない。
この状態では起きることもできない。
すぐにでもエルオーネに会って、頼みを聞いて貰わねば。
マーチンが部屋に入った瞬間、光が目に飛び込んできた。
カーテンで窓は覆われているとはいえ、すでに日は登っていて明るい。
光が射したのは、先程治療を終えたばかりの若い兵士が横になっているはずの寝台だ。
決して目に刺さるような強烈な光などではなく、逆に包み込むような気さえする優しい光。
「!?」
それが何なのかマーチンにわかるはずもなく折角治療を施したというのに、また何かあったとしたら無駄になってしまう。
あわててマーチンはスコールの元へ歩み寄った。
光に包まれた若者は、寝台の上で身を起こしているようだった。
やがて光がおさまり、何事もなかったように部屋の中は普段の静けさを取り戻した。
「…ここの医者はノックもしないのか」
「!! …あ、す、すまない。まだ、眠っていると思ったものだから……、いや、麻酔が覚めるまでまだ時間が…、それに、い、今、何をしたんだ?起き上がって……」
「…これはあんたが?」
「あ、ああ」
「どうしてガルバディアの医者がここにいる?」
「…そ、それは…」
どこに隠し持っていたのか、すっと音もなく取りだしたガンブレードをマーチンの喉元に当てる。
声にならない悲鳴を飲み込んだマーチンは呼吸をするのも苦しそうだ。
「答えろ」
「………」
マーチンは、喉元の武器の先がこまかく震えているのに気が付いた。
剣先から視線をゆっくりとその持ち主まで移動させる。
包帯に覆われていない半分しか見えない顔には汗が浮かび、必死に堪えてはいるがその呼吸は荒そうだ。
「君をどうこうするつもりはない。説明するから、これを下ろしてくれ」
スコールはじっとマーチンを睨みつけたまま動かない。
「今の君では私を殺せない。無理をするな。今ここで君を治療できるのは私だけなんだぞ」
何かを考えているのか、スコールは黙ったままだ。
「さあ、横になって。君の様子を見に来ただけだ」
「…ここは、ウィンヒルか?」
「? あぁ、そうだ。よければ君の名前を教えてくれるかな?私はマーチンと…」
「エルオーネがここにいるな」
「!!」
未だに下ろされない剣先はマーチンの命をいつでも奪えると物語っている。
だが先程以上に苦し気な様子を顕著に見せ始めたスコールには、自分を殺すことはできないだろうとマーチンは思っていた。
この若者は一体何者なのだ?
ガルバディアの兵士ではないのか?
なぜ彼女のことを…?
ふいに、剣先が離れた。
殺されはしないと思ってても、やはり緊張はしていたのだろう。
ほっと出た溜息は予想以上に大きかった。
「…彼女と、知り合いなのか?」
「………」
「答えたくないのか、…それとも、答えられないのか?」
「………」
「…もう少し友好的になったほうが、君の希望も叶えられやすいと思うぞ」
「あっ、スコール起きてる!」
「おぉ、もう大丈夫なのか!?」
「おはよう~、元気になったみたいだね」
「…あぁ」
マーチンの言葉を遮るように、彼が閉めるのを忘れてしまったドアからセルフィたちが入ってきた。
どの顔もすっきりとしていて、声は明るい。
対照的な暗い返事を返したのはスコールだ。
「先生、いらしてたんですね。先程はお世話になりました」
「あ、ああ」
開いたままにされていたドアを律儀にノックする音が聞こえ、ワゴンを押して屋敷の使用人が入ってきた。
同時に小腹をくすぐる香しい香りが立ち込めた。
すかさず反応してワゴンの上の料理に手を出すゼルに、使用人の女性が驚いて手を引っ込めた。
マーチンがスコールのほうを振り返って声をかけた。
「術後の経過を見たいだけだ。…いいかい?」
「…あぁ」
「あ、私も手伝います!」
ゆっくりと、マーチンはスコールの体から包帯を外していく。
そこでマーチンは再び驚愕することになる。
「…!?」
一瞬、不思議そうな表情を浮かべたものの、冷静を装って手を動かし続ける。
「…!!」
「先生?どうかなさったんですか?」
「…こ、こんなことは有り得ない。僅か数時間でここまで…」
マーチンの言葉に、手伝っていたセルフィもその傷跡を確かめることになる。
「…まさか、あなたもしかして自分で…?」
「………」
自分を手伝ってくれているこの女性には思い当たる節があるのだろう。
あれほど酷い裂傷だった部分は、細かな傷は残っているもののほとんど治りかけている。
火傷で爛れた皮膚もその下に新しい白い皮膚ができている。
体の中から爆発でもしたかのように破損した片方の腕も、すっかり骨は再生しているようで普通に動かすことができていた。
先程見たときよりも、あれから何日も経ったかのような状態に、マーチンは、いや、医者なら誰でも驚くことだろう。
セルフィの言葉に、僅かに顔を彼女のほうに向けてから、すぐにスコールに戻した。
顔に巻かれた包帯の下も、そうなのだろうか…
緊張を隠せない様子のまま、マーチンはそっと包帯をとっていく。
顔全部を覆ってしまうような彼の長い髪が、その傷跡を隠すようにハラリと流れ落ちた。
だが、言われなければ、傷などほとんど見えない。
米神の辺りから顎の輪郭の辺りにまで走る大きな裂傷の跡は、綺麗に治りかけていた。
瘡蓋ができる暇もないほどだ。
「(…こんなに治りが早いのに、額の傷だけは残っているんだな。…どれだけ深い傷だったんだ)」
「…先生?」
言葉が出ない様子のマーチンを気遣ってか、セルフィが声をかける。
「…こんなことは初めてだ」
「もう!、大人しくしてなきゃダメじゃない!」
「…これは彼が!?」
「自分で自分に回復魔法を使ったんです」
「………何!?」
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