Chapter.50[バラム]
~第50章 part.2~
生温かい熱気が体に纏わりついてくるような感覚の中、鼻の奥のほうまでつんとする匂いに思わず顔を顰める。
その環境に不快さを感じながらも、自分たちの足の下にこんな場所があったことが驚きだった。
ガーデン内にある訓練施設とはまた違う、もう一つの訓練施設。
昔はそこがマスタールームだったという話を聞いてはいたが、自分たちがそこを利用するようになった時からきちんとした設備が整えられていたため、昔のことを言われてもランスには理解できなかった。
そこから、更に地下深く。
エレベータも通っていない、はしごを使ってしか降りることのできないような深い地下で、初めて見る世界に感嘆しか出て来ない。
ここに彼らを連れてきたシュウでさえも、実際にここに来るのは初めてだそうで、物珍しそうに辺りを見渡していた。
必要最低限の明かりしかない、薄暗い地下トンネルのような通路を抜けると、簡易エレベータがあり、それで上階へ登ったところに管理室がある。
シュウはそこで漸く足をとめた。
以前はここに何かの機械があったのだろうか?
そこだけぽっかりと穴が空いたように何もない部分が気になった。
「流石にここまでは見つからないでしょう」
「…ここは何なんだ」
顔を燻かしながらサイファーが問う。彼も当然、ここに来るのは初めてのことだ。
「MD層と呼ばれているわ。私も来るのは初めて」
シュウがふと目を向けたランスは、物珍しそうにそこに残された古い機械をいじっているが、何の反応も起こらなかった。
「ランス」
「………」
シュウの呼びかけに、ちらりと彼女のほうを振り返っただけで、ランスは再び視線を外してしまった。
「…学園長の、言ったことだけど…」
「別に! …別に、どうも思っていませんよ」
「聞いて」
「………」
「…期待しているの」
「?」
「“SeeD”として行動できることは多いわ。でも、“SeeD以外”としてしかできない行動もあるのよ」
「…どういう意味ですか?」
「SeeDとして動けば、必ずバックにはガーデンがあるわ。ガーデンであるが故の制約に縛られたり、ガーデンそのものに影響を及ぼしたり。
…今回の様にね。でも、そのガーデンに影響されず、干渉も受けずに自由に自分の思うままに動いて貰いたい。
学園長はそうお考えなの」
「……つまり、俺はガーデンには不必要ってことですね」
「もう!どうしてそう悲観的なの!? あなたが考えたように好きなように自由に行動できるってことなのよ」
「はっ、耳が痛いな」
2人の会話を聞いていたサイファーが言葉を挿んだ。
「…何よ、サイファー」
「…サイファー、さん…?」
「ふん…」
「とにかく、そういうことよ。…しばらくはここから動かないほうがいいわ。その間にゆっくり考えることね」
言い捨てるような言葉をランスに掛けて、シュウはリノアの元へ向かった。
リノアはまだ、眠ったままだ。
この階層の熱によって、ここは寒い訳ではない。
逆に熱いほどだというのに、リノアの体は冷たかった。
触れた瞬間にドキリとしてしまったシュウだったが、心臓の鼓動も微かな呼吸も、規則正しく確認できたことに安堵する。
シュウには未だに信じられないでいるのだ。
彼女が魔女だなんて…
そしてランスは、言われた通りに考えを巡らせていた。
今シュウに言われたこと、ここに来る前にイデアに言われたこと。
自分たちの犯した行動。
そしてこのガーデンとSeeDの意味。
あの護衛の任務に就く前にイデアに出された宿題のことも思い出していた。
“どうして命令違反をしてはいけないのか”
それはただ単純に、言うことを聞かせようとしているだけではない。
命令違反を犯した自分が、結果どうなった?
SeeDという称号を剥奪され、ガーデンから放校された。
それだけで済めば何の問題もないはずだった。
…だが。
ランスはぐるりと周りを見渡した。
こんな薄暗い酷い匂いの充満するおかしな所へ逃げ込んで、かつてはこのガーデンに在籍していたという人物と何の関係もない先輩。
そして、魔女。
…そうだ、この者たちは自分が巻き込んだ。
このガーデンにガルバディアの兵士が乗りこんできたのも、自分が招いたことだ。
全ては、あのエスタでの行動が引き金になっている。
魔女研究所を爆破した、あの事件。
その時のことを思い出して、ランスは自己嫌悪を感じていた。
すでに終わってしまったこと、もう取り返しがつかないことだというのに、それでもランスは己の軽率な行動を思い出して酷く後悔した。
このガーデンに戻ってくる時のヘリの中で感じたあの気持ち以上に、ランスの中で己の存在がとんでもないものだと、忌避されるべき人間だと、イデアの取った行動や言葉が正当のモノに思えてくる。
…だが、それはあくまでも自分がSeeDという肩書を持ったガーデンの人間であるが故だ。
「……(そうか、そういうことだったんだ…!)」
唐突にランスは理解した。
イデアの言葉の意味を。
自分の置かれた立場を。
ここにいる人物たちにもう一度目を向ける。
そして次は、これから何をすべきなのかをじっくり考えなくてはならない。
近くの壁に背を預け、己の両腕を枕にして座り込んでいたサイファーが、ふいに体を起こした。
「………?」
何かを考えているのか、じっと一点を見つめたまま動かない。
彼の行動の意味は、ランスにもシュウにもわからなかった。
ただ、何をするつもりなのか、どんな言葉を発するのか見守ることしかできずにいた。
サイファーは、またあの感覚に襲われていた。
ゾクゾクと寒気が走り、頭の中がざわざわとしてくる感覚。
そして、頭の中の誰かが話しかけてくる。
だがそれは、会話ができるようなものではなく、一方的に何かを呟いているだけに聞こえる。
決して気持ちのいいものではなく、不快感のほうが勝るこの感覚を、サイファーはここ数日だけで何度も味わっていた。
「何だっていうんだ!?(…ここは!)」
「…サイファー?」
「……なんだよ(…シュウ…か?)」
「…あなたにも、聞きたいことがあるわ」
「俺は何も知らねーし、聞かれても答えねーぞ(…あんたはそうだろうな)」
「あなた、何をしているの? …あの官僚の暗殺はあなたでしょ? それに、どうしてあなたがリノアと一緒にいるの?」
「聞こえなかったのか、それとも理解する能力がねーのか(リノア! リノアは無事なのか)」
「……これがあなたの夢だったの?」
「!?」
……夢…?
彼の夢とは、一体何だろうかと、ランスは考えてしまう。
SeeDの資格を取ることもできない問題児だったというサイファー。
G.F.を操り、高い戦闘能力を持った男。
彼がどんな生徒としてガーデンで過ごしていたのか、10年前の戦いで何があったのか、そして彼の持つ夢とは何なのか、ランスは知りたくなった。
彼に興味を持っていたことは否めない。
そしてそれが益々顕著になったことも否定できなかった。
真面目で優秀な生徒ランス。
そうガーデン内では言われていた。
事実、彼は成績も優秀で、教官たちからの信頼も高かった。
だがそれが、ランス自身にとってみれば苦痛を感じることだったとしたら…
表向きの自分を演じていた、影のもう一人の自分が存在したことを、ランス自身が一番よく知っていた。
必死にその自分を抑えつけて、表向きの自分を演じていたのだ。
抑えつけている自分が持つ本性を、隠すこともなく表で堂々と演じているサイファーの姿に、ランスは憧れを感じるのも無理はないことだ。
優秀で有能なSeeDという肩書を持ってしまった自分が、今更本性を明かしたりすれば、周りからどんな目で見られるだろうかと恐怖すら感じていた。
幼いころに自分を助けてくれた黒い剣士と、奥底に眠る本性を呼び覚まそうとしている白い剣士。
そのどちらにも、羨望という想いが存在するがそれはどちらも違う形をしていた。
自分が本当に進むべき道を指し示してくれるのはどちらなのか、今のランスには判断することができずにいた。
→part.3
生温かい熱気が体に纏わりついてくるような感覚の中、鼻の奥のほうまでつんとする匂いに思わず顔を顰める。
その環境に不快さを感じながらも、自分たちの足の下にこんな場所があったことが驚きだった。
ガーデン内にある訓練施設とはまた違う、もう一つの訓練施設。
昔はそこがマスタールームだったという話を聞いてはいたが、自分たちがそこを利用するようになった時からきちんとした設備が整えられていたため、昔のことを言われてもランスには理解できなかった。
そこから、更に地下深く。
エレベータも通っていない、はしごを使ってしか降りることのできないような深い地下で、初めて見る世界に感嘆しか出て来ない。
ここに彼らを連れてきたシュウでさえも、実際にここに来るのは初めてだそうで、物珍しそうに辺りを見渡していた。
必要最低限の明かりしかない、薄暗い地下トンネルのような通路を抜けると、簡易エレベータがあり、それで上階へ登ったところに管理室がある。
シュウはそこで漸く足をとめた。
以前はここに何かの機械があったのだろうか?
そこだけぽっかりと穴が空いたように何もない部分が気になった。
「流石にここまでは見つからないでしょう」
「…ここは何なんだ」
顔を燻かしながらサイファーが問う。彼も当然、ここに来るのは初めてのことだ。
「MD層と呼ばれているわ。私も来るのは初めて」
シュウがふと目を向けたランスは、物珍しそうにそこに残された古い機械をいじっているが、何の反応も起こらなかった。
「ランス」
「………」
シュウの呼びかけに、ちらりと彼女のほうを振り返っただけで、ランスは再び視線を外してしまった。
「…学園長の、言ったことだけど…」
「別に! …別に、どうも思っていませんよ」
「聞いて」
「………」
「…期待しているの」
「?」
「“SeeD”として行動できることは多いわ。でも、“SeeD以外”としてしかできない行動もあるのよ」
「…どういう意味ですか?」
「SeeDとして動けば、必ずバックにはガーデンがあるわ。ガーデンであるが故の制約に縛られたり、ガーデンそのものに影響を及ぼしたり。
…今回の様にね。でも、そのガーデンに影響されず、干渉も受けずに自由に自分の思うままに動いて貰いたい。
学園長はそうお考えなの」
「……つまり、俺はガーデンには不必要ってことですね」
「もう!どうしてそう悲観的なの!? あなたが考えたように好きなように自由に行動できるってことなのよ」
「はっ、耳が痛いな」
2人の会話を聞いていたサイファーが言葉を挿んだ。
「…何よ、サイファー」
「…サイファー、さん…?」
「ふん…」
「とにかく、そういうことよ。…しばらくはここから動かないほうがいいわ。その間にゆっくり考えることね」
言い捨てるような言葉をランスに掛けて、シュウはリノアの元へ向かった。
リノアはまだ、眠ったままだ。
この階層の熱によって、ここは寒い訳ではない。
逆に熱いほどだというのに、リノアの体は冷たかった。
触れた瞬間にドキリとしてしまったシュウだったが、心臓の鼓動も微かな呼吸も、規則正しく確認できたことに安堵する。
シュウには未だに信じられないでいるのだ。
彼女が魔女だなんて…
そしてランスは、言われた通りに考えを巡らせていた。
今シュウに言われたこと、ここに来る前にイデアに言われたこと。
自分たちの犯した行動。
そしてこのガーデンとSeeDの意味。
あの護衛の任務に就く前にイデアに出された宿題のことも思い出していた。
“どうして命令違反をしてはいけないのか”
それはただ単純に、言うことを聞かせようとしているだけではない。
命令違反を犯した自分が、結果どうなった?
SeeDという称号を剥奪され、ガーデンから放校された。
それだけで済めば何の問題もないはずだった。
…だが。
ランスはぐるりと周りを見渡した。
こんな薄暗い酷い匂いの充満するおかしな所へ逃げ込んで、かつてはこのガーデンに在籍していたという人物と何の関係もない先輩。
そして、魔女。
…そうだ、この者たちは自分が巻き込んだ。
このガーデンにガルバディアの兵士が乗りこんできたのも、自分が招いたことだ。
全ては、あのエスタでの行動が引き金になっている。
魔女研究所を爆破した、あの事件。
その時のことを思い出して、ランスは自己嫌悪を感じていた。
すでに終わってしまったこと、もう取り返しがつかないことだというのに、それでもランスは己の軽率な行動を思い出して酷く後悔した。
このガーデンに戻ってくる時のヘリの中で感じたあの気持ち以上に、ランスの中で己の存在がとんでもないものだと、忌避されるべき人間だと、イデアの取った行動や言葉が正当のモノに思えてくる。
…だが、それはあくまでも自分がSeeDという肩書を持ったガーデンの人間であるが故だ。
「……(そうか、そういうことだったんだ…!)」
唐突にランスは理解した。
イデアの言葉の意味を。
自分の置かれた立場を。
ここにいる人物たちにもう一度目を向ける。
そして次は、これから何をすべきなのかをじっくり考えなくてはならない。
近くの壁に背を預け、己の両腕を枕にして座り込んでいたサイファーが、ふいに体を起こした。
「………?」
何かを考えているのか、じっと一点を見つめたまま動かない。
彼の行動の意味は、ランスにもシュウにもわからなかった。
ただ、何をするつもりなのか、どんな言葉を発するのか見守ることしかできずにいた。
サイファーは、またあの感覚に襲われていた。
ゾクゾクと寒気が走り、頭の中がざわざわとしてくる感覚。
そして、頭の中の誰かが話しかけてくる。
だがそれは、会話ができるようなものではなく、一方的に何かを呟いているだけに聞こえる。
決して気持ちのいいものではなく、不快感のほうが勝るこの感覚を、サイファーはここ数日だけで何度も味わっていた。
「何だっていうんだ!?(…ここは!)」
「…サイファー?」
「……なんだよ(…シュウ…か?)」
「…あなたにも、聞きたいことがあるわ」
「俺は何も知らねーし、聞かれても答えねーぞ(…あんたはそうだろうな)」
「あなた、何をしているの? …あの官僚の暗殺はあなたでしょ? それに、どうしてあなたがリノアと一緒にいるの?」
「聞こえなかったのか、それとも理解する能力がねーのか(リノア! リノアは無事なのか)」
「……これがあなたの夢だったの?」
「!?」
……夢…?
彼の夢とは、一体何だろうかと、ランスは考えてしまう。
SeeDの資格を取ることもできない問題児だったというサイファー。
G.F.を操り、高い戦闘能力を持った男。
彼がどんな生徒としてガーデンで過ごしていたのか、10年前の戦いで何があったのか、そして彼の持つ夢とは何なのか、ランスは知りたくなった。
彼に興味を持っていたことは否めない。
そしてそれが益々顕著になったことも否定できなかった。
真面目で優秀な生徒ランス。
そうガーデン内では言われていた。
事実、彼は成績も優秀で、教官たちからの信頼も高かった。
だがそれが、ランス自身にとってみれば苦痛を感じることだったとしたら…
表向きの自分を演じていた、影のもう一人の自分が存在したことを、ランス自身が一番よく知っていた。
必死にその自分を抑えつけて、表向きの自分を演じていたのだ。
抑えつけている自分が持つ本性を、隠すこともなく表で堂々と演じているサイファーの姿に、ランスは憧れを感じるのも無理はないことだ。
優秀で有能なSeeDという肩書を持ってしまった自分が、今更本性を明かしたりすれば、周りからどんな目で見られるだろうかと恐怖すら感じていた。
幼いころに自分を助けてくれた黒い剣士と、奥底に眠る本性を呼び覚まそうとしている白い剣士。
そのどちらにも、羨望という想いが存在するがそれはどちらも違う形をしていた。
自分が本当に進むべき道を指し示してくれるのはどちらなのか、今のランスには判断することができずにいた。
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