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Chapter.49[セントラ]

~第49章 part.1~


青い空が広がっている。そこを雲がゆっくりと流れていく。
頬を掠めていく空気は少々冷たいが、寒いというほどではない。
どこかの木に巣でもあるのだろう、時折鳥の声が聞こえてくる。
風に乗って運ばれてくるのは、この地方で採取される資源の微かな匂いと、校庭で走り回っている子供たちの声。
眼下に海を見ることはできるが、ここまで波の音は届かない。
まだ真新しい冷たい基礎の階段の上で、自分の足に頬杖をついた肘を乗せた姿勢のまま、くあ、と欠伸を落とした。
「……暇だもんよ」
「……同意」
腰かけている図体の大きな男の影の上に、小柄な女性が起立したままの姿勢で立っていた。
日の光を受けてキラキラと光ってさえ見える彼女の髪が、風が吹く度に柔らかく揺れていた。
そうやって髪が揺れる度に、彼女の片目を隠してしまっている眼帯がちらりと覗く。
サイファーと共にここセントラガーデンにやってきた風神と雷神だ。
「…サイファー、いつになったら帰ってくるもんよ」
「……不明」
彼らの傍らには紙に包まれた弁当と称するサンドウィッチが、手を付けられないまま置かれていた。
新しい施設の開校まで間もなくというこの時期の忙しさは半端ではない。
彼らもその準備の手伝いに駆り出され、昼時の今、昼食を取るために休憩しているところなのだ。
弁当は4人分。
2人は、飲み物を取りに行っているもう2人の到着を待っていた。

ここでの生活は、今のところは暇などない。
毎日たくさんのやるべきことが次から次へと舞いこんできて、のんびりしている時間などないのが実情だ。
だが、彼らには決定的な存在が足りなかったのだ。
その人物が不在だというだけで、これだけの忙しさの中に身を置いていたとしてもどこか充実感を感じられないのだ。
図体の大きな男がもう一度、くあ、と欠伸をして空を見つめた。





 ※ ※ ※ ※ ※




そこは人々の記憶から忘れ去られようとしている場所。
今は滅んでしまった、かつての大国は高い文明と強大な軍事力を誇っていたのだという。
この星を飛び出し、空に浮かぶ月にさえその力は届き、人間の強欲は留まるところを知らなかった。
一方で、科学や技術を超越した未知なる力、魔法が強い影響力を持っていた。
それは、この国に、魔女と呼ばれる存在があったからだ。
人々は魔女の持つ、不思議な魔法というものに魅了され、彼女を慕い、敬い、大切にしてきた。
だが、科学や技術を信仰する一部の心ない者たちによって魔女は捕らえられ、国外へ追放させられてしまった。
魔女を慕い、彼女を信仰していた多くの人々は、彼女を追って国を出た。
その年、その国は消滅した。
月で発生する大量のモンスターが、この星の重力に引かれて落ちてくる現象、端から見ればそれは、さながら月が涙を溢しているように見えることから“月の涙”と呼ばれる。
滴が零れ落ちたのは、あの大国の真上。
高い文明と技術を誇っていた国は、一瞬にして消えた。
滴と言えば聞こえはいいかも知れないが、その正体は数えきれないほどの魔物たちの群れ。
その塊が宇宙から大気圏を突き破って、巨大な火の玉となって地表に落ちてくる。
どれだけ高い技術を持とうが、防ぐことなど不可能だ。
国を離れていたその国の人々は、魔女を蔑ろにした報いだと囁きあった。
だがそれでも、生まれた国の消滅に心を痛めない人間はいない。
魔女は彼らを引き留めようとした。
だが、国に家族や大切な人を残していた者たちは、障気渦巻くその場所へ戻って、そして、誰も帰らなかった。
魔女は嘆き悲しみ、人々の前から姿を消した。
そもそも魔女とは何だろうか?
なぜこの世界には魔女と呼ばれるものが存在しているのだろうか?
それを知るには、人間が生まれた創成期まで遡らなくてはならない。
それは……

「何難しい顔してるのよ、オルティ」
「っっ!! ……びっくりした、なんだクランか」

突然肩を叩かれ、オルティは読んでいた本を落としそうになり、慌てて持ち直した。
読み途中だった箇所に栞代わりの紐を挟む暇もなかったので、後からもう一度このページを見つけるのは骨が折れそうだ。
仕方なく、紐を裏表紙の間に挟み、分厚いその本を棚に戻した。

「何だとは何よ。こっちはずっと探してたっていうのに。お昼まだでしょ?休み時間、終わっちゃうわよ」
「あ、ごめん。…もしかしてクランもまだなの?」
「ずっと探してたって言ったでしょ。一緒に食べようと思ってたの」
「わ、重ね重ねごめんなさい」
「ミルフィーユ1個!」
「…了解です」

エレベーターで階下へ降りると、開いたドアの前に彼女たちと同じ白い制服を着た女性たちがいた。

「あら、オルティ、クラン、今から?」
「もうあまり残ってなかったわよ」
「え、そうなの?」
「あたしはスイーツさえあればいいの!」
「クラン、そんなこと言ってると太るよ」
「その分動くから平気よ!低血糖になるとイライラするの!」

女性たちは笑いながらエレベーターに乗り込んだ。
この階に来ると、いつでも辺りにいい匂いが立ち込めている。
思わず鳴り響く腹の虫は生理現象だろう。
バイキング方式になっている食堂の片隅で、ここの食事の一切を賄っているシルバーが、すでに空になったトレーを片付け始めていた。
申し訳なさそうに入ってきたオルティとクランをそれでもシルバーは笑顔で席に座らせ、残った料理を綺麗に器に盛り付けてくれた。
彼自身もまだ食事をしていなかったのだろう。
ちゃっかり2人と同じ席について残り物をつついている。

「ここは若くて可愛い子がたくさんいて、楽しいなあ」
「何そのおっさんみたいな言い方」
「おっさんだもん。ここに比べたら、前の職場なんて地獄だな」
「前のって、前はどこにいたの?」
「…ガルバディアガーデンの厨房」
「え、シルバーってガルバディアの人だったの!?」
「そうだよ~」
「知らなかった。全然見えない!ね、オルティ、……オルティ?」
「え、あ!ごめん、聞いてなかった、何?」
「もう、どうしたの?最近おかしいよ」
「そ、そんなことないよ」

目の前の料理にはほとんど手がつけられていなかった。
何でもないと否定するオルティの様子は明らかに普通ではない。
クランは一度じっくり話をする必要があると考えていた。



→part.2
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