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Chapter.48[トラビア]

~第48章 part.4~


「…我々は、あなたにお話があって来ました」
キスティスは体ごとフリーマンのほうへ向き直った。
その目はさながら敵を見るような鋭いもので、普段の彼女を知る者には恐ろしくさえ見えただろう。
「それは光栄なことだが、生憎と今はこちらにも用事がありましてね」
フリーマンはニヤリと笑みを浮かべ、ギラリと光る目だけをサリーに向けた。
サリーはその背にゾクリと寒気が走るのを感じた。

フリーマン達がガーデンから去った後、騒然となったガーデン内の教官達や生徒達に事の次第を説明して行動の抑揚を触れまわったのは、シュウを中心とした教官達だった。
その頃キスティスは、学園長室で力なく崩れ落ちてしまったイデアを必死で慰めていた。
そんなキスティスを行動に移させたのは、マスターのシドだった。
キスティスは校内に残されたSeeD数名を率いて、ガルバディアの監視から逃れるように訓練施設の奥のテラスからこっそりと森へ降りた。
そこからバラムへと向かい、かつてガーデンに所属していた元SeeDの青年の協力を受け、トラビアへやってきたのだ。
セルフィと懇意だったサリーのことは、キスティスもよく見知っていた。
リノアをトラビアに匿うよう手配した手前、キスティスは一刻も早くトラビアに赴いて彼女の無事を確認したいと思っていた。
だが、時すでに遅し、彼女達が到着したときは、もうあの激しい戦闘は終結し、僅かに残されたガルバディア軍の兵士達が撤収の準備をしているところだった。
人目を避けるように校内に入り、すぐにサリーと出会うことができたキスティスはここまでの経緯を彼女から聞いていたところだった。
そこへ、学園長の呼び出しを受けたとの伝令が入り、ここまでともにやってきたところだったのだ。

サリーはキスティスの背中にしがみつくように身を隠した。
それを嘲笑するかの如く、フリーマンは足を一歩キスティスのほうへ差し出した。
先程キスティスとサリーが話していたこと、フリーマンが欲したのはその内容だった。
「あなたにお話することは何もありません!」
キスティスという盾があるからか、サリーは強気だ。
普段の彼女だったら、大人しく従うしかできなかっただろう。
「力ずくでも話して貰う! …おい」
「はっ」
「キャッ!」
「!!」
一瞬のことで、起こった事態を理解するまで僅かな間が生じてしまった。
誰も動けなかった。
いや、動く間もなかった。
気が付いた時には、背後から口を塞がれて囚われたサリーがフリーマンのすぐ後ろにいた。
「(いつの間に…!)」
「如何でしょうか?我が特殊部隊の動きは」
トルマが今気付いたのか驚きの声を上げた。
フリーマンがどうだと言わんばかりに得意気な笑みを浮かべてみせた。
「G.F.にばかり頼っていたどこぞのSeeDとは比べ物にならない訓練を積んだ者たちです」
「…特務隊、ね」
「流石、教官長はよくご存知だ」

ガルバディアのガーデンでは、生徒達に厳しい訓練を強要させることで有名だ。
特に優秀な者は特務隊の候補生となり、更に厳しい訓練を受けることになる。
そこから更に優秀な者を選別し、試験を受けて合格できたものだけが、特務隊になることを許される。
入隊してからも訓練の過酷さは変わらず、それどころか内容によってはもっと激しく厳しくなる。
そんな中で己の感情を表に出すことさえ許されず、ただひたすら強さのみを求める生徒達は、感情のない、生きた兵器と化していく。
キスティスにはそれが我慢できなかった。
フリーマンが指揮をした部隊のお手本のような働きは尊敬に値する。
事実、キスティスもかつて授業で取り上げたこともある。
だがその兵士は皆、感情のない、生きた兵器、特務隊だったのだ。
いつだったか、カーウェイと話したことがあった。
ガルバディアの兵士達を心ない人形にはしたくない。
だからガーデンで生徒達には誠意ある指導をしたいのだと。
あの言葉すら、霞んできてしまう。

「トゥリープ教官長、彼女に質問する間、少々お待ち頂きます。おかしなマネをすれはどうなるか、よくお考え下さい」
「くっ…」
「ひ、卑怯じゃないか!……っっ!!」
トルマの言葉に鋭い視線を放つと、トルマは慌てて両手で口を塞いだ。
「…これは、保険というんですよ、トルマ学園長」
「…いいわ」
「教官長!」
キスティスの返した言葉に思わず反応したのはキスティスと一緒にバラムのガーデンからやってきたSeeD達だった。
「でも1つだけ…。…それではあなたの聞きたいことも満足に話せないわ。彼女を解放して。…サリー、心配ないわ、さっき私に話してくれたことよ」
「!!」
「「「!!」」」
何人かのSeeDが僅かな反応を見せたが、気にするほどでもないと思ったのか、フリーマンは兵に解放するよう命じた。
サリーを拘束していた兵の手がするりと外れ、サリーは漸くまともに呼吸できたのか大きく深呼吸を繰り返した。
そしてキスティスと後ろのSeeD達と目を合わせた。
たった今まで自分を拘束していた兵がいるほうを、頭を動かすこともなく目だけで視線を送ると、すぐにまたキスティスへ戻した。
僅かに俯いたサリーは、細くゆっくりと息を吸い込んだ。
「さて、それでは……」
「『ブライガ!』」
「!?」
「今よ!!」
突然、辺りが真っ暗闇に包まれた。
目は開いているはずなのに、隣の人物はおろか、自分の手さえ見えない。
何が起こったのか確認する間もなく、キスティスの声が響き渡った。
背後から鈍い音と兵達の悲鳴が上がり、奴等が何か仕掛けたのだろうと判断する。
咄嗟に腰の武器に手を伸ばすが、そこにはすでに何もなかった。
「サリー、学園長をお連れして! 早く!」
「え、ええ!」
「なんや、何があったんや!? 目が、目ぇが、見えへん!」
学園長の慌てたトラビア訛りの声がフリーマンにも届いた。
「(…疑似魔法、か。…ふん、魔女などと関わりを持つ忌まわしい能力め)」
フリーマンは落ち着いてポケットから小さな小瓶を取り出すと、片手で器用にコルクの栓を弾いた。
もう片方の手は後ろ腰の服の中に隠していた武器の存在を確かめていた。

キスティスとSeeD達の声、そして捕えられたか倒された自分達の兵の呻き声を聞きわけて気配を探る。
小瓶の中身を振りかけて武器を握りしめた。
黒い靄か霞のように視界を塞いでいたものがさあっと晴れるように、視界が戻った。
握りしめた武器は小さなナイフ。
だが、人の命を奪うことはこんなものでも十分だ。
狙うはただ一人、 ……キスティス・トゥリープ!

「!!!」

「教官長!」
「キスティス先生!」
伸ばした腕の先に握られたナイフの切っ先が、キスティスの喉元まであと数mmというところで止まった。
顔を歪ませたのは、フリーマンのほうだった。
キスティスは己の武器である鞭をフリーマンの腕に絡ませて、その動きを止めていたのだ。
「お引きなさい。無理をすれば腕が折れるわよ」
「……くっ」
キスティスに向けられていた力がゆっくりと抜けて行く。
体重を後方に移動させたことで、フリーマンの腕が離れた。
キスティスも鞭を緩め、腕を解放したが、まだ戦闘態勢を解いたわけではなかった。
「今のあなたでは、私どころかここにいる生徒達にも勝てないわ」
「なんだと…!」
これまでに数々の功績を上げて、国の英雄とまで言われたフリーマンには許せる言葉ではなかった。
それまでの冷静さはどこへいってしまったのか、異様な雄叫びを上げて我武者羅に手にしていたナイフを振り回してキスティスに向かってきた。
鞭を手にして構えていたキスティスだったが、彼女の前に素早く飛び込んできたSeeD達が、フリーマンに向かって走った。
すれ違いざまに、幾太刀、幾発の攻撃を受けたのかわからない。
もはやフリーマンの目にはキスティスしか見えてはいなかった。
自分の体に何が起こったのか、理解する力もなかったのだ。
キスティスに向けて振りかざしたナイフは、空を切った。
伸ばそうと思った腕が、踏み込もうと思った足が、動かない。

一拍遅れて首から噴き出した血で視界が赤く染まる。
それが己のものだなどとは夢にも思っていなかった。
辛うじて伸ばした指先が異様に冷たくて、思うように動かなくて、ただ、プルプルと痙攣を繰り返した。
「…あ、…く、 ……くそ…、お、…まえ、…たち、 …ま、…魔女…」
もはや彼が何を言いたいのかもわからない。
「…あなたは確かに優秀な指揮官だったわ。手本となるべき素晴らしい作戦を幾つもこなしてきた。 …でも、あなたが優秀だったのは盤上の作戦だけ。
 本当に戦場で武器を取って、血を流して傷ついて、戦っているのは兵士なのよ。 あなたが足手纏いだと罵ったあの兵士達がいてこそ、作戦は成功するもの。
 あなたは自分で武器を取ったことがあるの? 傷ついて血を流したことがあるの? 本物の戦争と遊戯は違うのよ!」
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