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Chapter.48[トラビア]

~第48章 part.3~


講堂に集められた兵士の遺体は思ったよりもずっと少ないように感じた。
ガーデンで、急いで用意したのだろう、急拵えの木の箱に白い布を顔に被せられた兵士が入れられていた。
軍が使う、黒い遺体袋よりはずっとマシかもしれないが、それでもどこか寂しさを漂わせる。
その簡素な棺の前で静かに祈りを捧げる人物にフリーマンは目を止めた。
「トルマ学園長」
声を掛けられた人物はゆっくりと顔を上げ、そしてフリーマンのほうを振り返った。
「…やはり貴方でしたか、今回の指揮を執られたのは。…フリーマン大佐」
「私をご存知で?」
「ガーデンに携わる者が知らぬ筈はありません。貴方は、お手本だ」
バラムガーデンでキスティスが彼の作戦を授業で取り上げるのと同じように、ここトラビアでも彼のことは例として上げられていた。
その当人のことを学園長であるトルマが知らぬはずがない。
そして、彼が徹底的なまでの魔女嫌悪派だと言うことも…。
「…それはどちらの意味で捉えるべきでしょうか、トルマ学園長」
「生徒たちに教える内容に、悪い手本など誰も使いませんよ」
「……ふん、まあ、いいでしょう。ですが、今はそんな話をしに来たのではない。…この度の騒動について、です」
半分しか向けていなかった体を、きっちりフリーマンのほうに向け、今度はしっかりと正面から高い位置にある彼の目を見た。
目深に被った帽子の鍔の下にあった双眼は、ヒトではなく血に飢えた獣のようだ。
年の功と言われるくらいには、物怖じしないトルマだったが、この時ばかりはゾクリと寒気を覚えた。
彼には下手な挑発や不要な駆け引きは何の意味もないことを物語っている目だった。
「…この度の騒動、ですか。 …このことはすでに我が国の政府にも話が通っています。大統領はすぐにガルバディア国に対して遺憾の意を発表しました」
「素早い対応ですな」
「我が国の大統領は、どこかの国のお飾りとは違いますから」
「……! それは非難と受け取られ兼ねませんよ」
「どこ、とは言っていませんよ。 それよりも、ガーデンへの攻撃と生徒たちを危険な目に遭わせた責任は追及させて貰います」
「ガーデンに攻撃した覚えはありませんがね」
「…ですが、あなたもよくご存じの筈だ。ガーデンへの介入は如何なる理由を以てしても許されないことを」
「勿論です。…ある特殊な場合を除いて、という言葉が抜けていますがね」

ガーデンの中は治外法権である。
それはどのガーデンでも同じで、例え大統領の命であっても国王であっても、一切の手出しはできない。
だが、ある特殊な理由。それは…
“世界を揺るがす可能性のある危機”である場合だ。
フリーマン大佐がバラムガーデンに侵攻した際も、それが適用された。
魔女研究所爆破という、世界的に見ても規模の大きな危険性の極めて高い事件の容疑者が、ガーデンの関係者である事実。
これを公然とぶら下げて、ガルバディア軍はバラムガーデンを抑え込んだ。
それをこのトラビアガーデンにも持ってこようと言うのだ。
当然だろう。
世界を震撼させる、魔女と言う存在がそこにあるのだから。
これを出されてしまっては、トラビア政府がいくらガルバディアに意見したところで、魔女を匿ったものとしてしか見ることはないだろう。
釈明を求めたところで、何を出しても言い訳と言われるのが関の山だ。

「さて学園長、ここでこうして2人だけで話しても仕方がありません。あなたが政府までをも巻き込むと仰るのでしたら、公の場で討論すべきではありませんか?」
「…ここで私から何を聞き出すつもりなのかね?」
公の場では話せない、2人だけの内緒話を持ちかけてきたフリーマンは、トルマを見下ろしてその口元を僅かに持ち上げて見せた。
「私の個人的な質問ですから、公の場では話して頂かなくて結構です。 ……魔女はなぜここへ?
 一年のほとんどを雪に覆われた北国の辺境の国とは言え、人の多い町もある。人の踏み入らない深い森もある。未だ謎多き種族もいる。
 そんな国に来て、どうして魔女はこのガーデンを選んだのか、私にはわからないんですよ。
 …もしや、このガーデンには魔女に関わる何かがあるのでは?と疑ってしまいますがね…」
「彼女が魔女だと知ったのは、あなたたちガルバディアの軍が攻めてきてからですよ」
「ほう、それは意外な意見でしたよ。てっきり最初からわかっていて受け入れたのかと」
「…彼女はただの教員補佐としてここに来たのです」
「興味深いお話ですね。それを証明するものは?」
「…世話役を頼んだ教員がおりますが」
「世話役、ですか」
「ガルバディアでは他国から全く見知らぬ所へ来た客人に世話役も付けられないのですかな?」
「まさか、…ではその、世話役という人物に会わせて頂きたい」
「そんな権利はあなたにはない筈だ」
「…私の個人的な興味ですよ」

少々俯いて少し考える仕草を見せたトルマだったが、近くにいた若者に声を掛けた。
服装からして候補生だろうか、数人でドッグタグの名前を確認していたようだ。
「すまんけど、サリーせんせ、呼んで来て。はような」
「あ、はい、了解です」
トルマはフリーマンを睨み付けるように視線を戻し、硬く口を結んだ。
「ガーデンには感謝しますよ」
「…ご遺体のことでしたら…」
「遺体…? この死体のことですか。録に任務もこなせない役立たずなど、いくらいても足手まといにしかならない」
「な、なんてことを…」
「私が言っているのは、魔女のことですよ、トルマ学園長。お陰で魔女を捕縛できた。すでに本部にも連絡は入ってます。
 すぐに輸送機を向かわせて全て撤収させます。破損したガーデンの修理も我々で請け負いましょう」
「それは、ありがたいお申し出ですな…」
「だが、それは魔女を確保できたことの協力の対価です。あなた方が魔女とどんな繋がりがあるのかという調査はまた別に執り行わせて頂きます」
「…ご自由に」
「トルマ学園長、お呼びですか?」
講堂の入り口から声が掛かった。
トルマとフリーマンが同時にそちらを振り向く。
リノアがここに滞在した時に何かと世話をしてくれた女性教官がそこにいた。
彼女は真っ直ぐトルマのほうへ進み出したが、その後ろに数人の人影があることにトルマもフリーマンも気が付いた。
長い髪からして女性のようだ。
「サリーせんせ、忙しいとこすまんな。…で、こちらの方は?」
「あ、彼女は…」
「…キスティス・トゥリープ教官長、まさかこんなところでお会いするとは」
「そうね」
「…トゥリープ教官長…、ということは、バラムの」
「初めまして、トルマ学園長。キスティス・トゥリープと申します。このような時に突然のご訪問、申し訳ありません」
「お噂は予々。いや、噂以上にお美しい」
「酷い噂ばかりでしよ」
2人は笑い合って握手を交わした。
「ところで、本日はどのようなご用件で?」



→part.4
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