Chapter.47[ガルバディア]
~第47章 part.3~
ガルムがガーデンに戻り、学園長室のデスクにうず高く積まれた未決裁の書類の山を目にしたとき、通常であったら深い溜め息と共に胃に痛みを覚えるところであろうが、このときばかりは何の感慨も沸くことはなかった。
今や世界が、これほどまでに騒然としているこの状況で、この小さな学園の中で起こる騒動のいかに小さきことか!
書類の山に一瞥を落とし、バカにしたように鼻でせせら笑う。
すぐに彼の秘書が手にいくつかの資料を持って現れた。
「学園長、お疲れ様でした」
「あぁ、重要な議題はあったかい?」
「…官僚暗殺の件は?」
「聞いている」
「その件に関連する事柄なのですが、…興味深い映像がありまして、…ご覧になられますか?」
「…あー、そんなのは公安に任せておけばいいだろう?ガーデンに関係が?」
「私も詳しくはわかりませんが…」
「ならいいだろ、別に。それより、…彼らを集めてくれないか。大至急だ」
「かしこましました」
そう言ってガルムから手渡されたものは、ガーデンの役員や教官たちの名前が走り書きされただけのメモだった。
一礼して学園長室を出た秘書は、教官室へ飛び込むなり、受話器を手にした。
学園長室のすぐ隣は会議室になっており、重要な会見や会議等はここで行われることが多い。
メモに名を載せられ呼び出しを受けたメンバーがその会議室への扉の前で互いに顔を見合わせて何事かと囁きあった。
またいつもの、彼の若い故の思い付きかと思うと溜め息しか出ない。
中に入っていいものかと逡巡している男たちを掻き分けるようにして、1人の人物が片足を引き摺るようにしながら前に進み出て扉をノックした。
つい数日前の行動を繰り返していると思ったその人物は、まだ何を言われたわけでもないのに、額にじっとりと汗が浮かぶのを感じた。
がちゃりと重い音と共に開かれた扉から姿を表したのは、学園長の秘書だった。
「カーウェイ教官、お待ちしておりました。皆さま方も、どうぞ」
道を譲るように1歩足を引いてそこに立ち並ぶ男たちの入室を促した。
さほど大きくもない室内に長テーブルと簡易椅子。
その一番奥にはここに呼び出された誰よりも年若い人物が資料らしきものに目を通していた。
秘書が、入室したメンバーとメモを照らし合わせて着席を促す。
大人としての分別か、それともこの雰囲気に呑まれたか、誰一人として口を開くこともせずに、静かに腰を下ろした。
ガルムがばさりと音を立てて、手にしていた紙の束をテーブルの上に放るようにして置くと、それを合図にするかのように一斉に全員の注目を集める。
「さて、忙しいところ集まってもらったのは他でもない。この度の大統領の襲撃事件について皆の意見を聞きたいと思ったからと、もう一つ。
このメンバーである組織を立ち上げてもらいたいと考えたからだ」
集められた男たちの胸中はほぼ一緒だった。
考えていた通りだ、と。
この若造の思い付きのこうした自由気ままな行動で、今までどれだけ苦労を強いられてきたことか。
それはカーウェイにとっても身に覚えのある出来事で、思わず痛むほうの足を握りしめてしまう。
自然と出かかる溜息を呑みこむ音があちらこちらから聞こえてくる。
「皆も知っての通り、僕の父であるボルド・ヘンデルが暗殺されかかった。彼は、この国の大統領だ。
そしてこのガーデンを支える重要な人物であることも承知のことと思う。
その大統領が、今どこで何をしているか、皆は知っているだろうか?」
何を言っているんだ、と男たちは思い浮かべたことだろう。
銃撃され、病院で緊急手術を受けたとの報道がされたではないか。
ならば、ガルバディアの病院で入院しているはず。
ガルムはそこへ見舞に行って帰ったのではないのか?
「…病院、では?」
一人の男の発言に、皆は胸を撫で下ろした。
そうだ、恐らく皆、同じことを考えていたであろうから。
その男を一瞥したガルムは、それまでの表情を一変させた。
「…ハズレだな、バルデラ君」
「え…、で、では?」
「君たちに、一つ問いたい。…10年前の魔女騒動を知っているだろう? 当時の魔女イデアは、当時の大統領ビンザー・デリングを暗殺した」
小さな会議室に男たちの嘆息が声と交じって響いた。
「それは、この国にとってどういう意味を持つのか、…皆の意見を聞かせて欲しい」
「…学園長、それは、我々が魔女派かどうかと問うているのですか?」
再び会議室内がザワつく。
ガルムは僅かに俯き、瞼を落としてしばし思案したかと思うと、再びゆっくりと全員の顔を見渡した。
「僕は政治家じゃない。ただ、どう思っているのかを知りたいだけだ。ちなみに僕は、魔女は大統領を暗殺して実権を握ろうとしたこの国の敵だと思っている」
ガルムの言葉に、会議室内はしんと静まり返った。
ガーデン内でも、魔女派と大統領派の派閥が起きていたのは知っていた。
当然、生徒も教官も含めてだ。
だからといって、ガルムにそれを抑制する権限もないし、彼本人にもどうでもいいことだった。
ただ、両方の意見を聞いてみたい。
純粋にそう思ってのことだった。
だが、彼らにとっては、非常に重い質問だった。
今自分達が在籍しているこのガーデンは、その件の国にあり、ましてや質問している人物はその大統領の息子。
いくら内容を問わないと言われようと、へたなことを言って彼の機嫌を損ねたりしようものなら、問答無用であの砂漠の収容所に送られるだろう。
意見を述べるどころか、声を出すこともできないのが現状だった。
突然、一人の男が立ち上がった。
「わ、私の父は政治家だった。10年前のあの日まで。真面目で、堅物で、大統領を尊敬していた。
だがあの日、あの恐ろしい事件が起こった。父は、父の心は、病んでしまった。
外に出ることもできず、報道番組にさえ拒絶反応を示し、仕事もできなくなり、何かに怯えた毎日を過ごすようになってしまった。
…あれから10年経ち、最近はやっと笑顔を取り戻し始めたというのに、そこへ来てまた魔女再臨。
…父は…、更に心を閉ざしてしまった。
時折取り憑かれたように人ならざる声を上げて発狂する父も、泣きながら抑えようとする母も、もう見ていられない。
…魔女が、私の家族を滅茶苦茶にしてしまったんだ!魔女は敵だ!!」
大分興奮してしまったようで、顔を真っ赤に染め、玉のような汗を流しながら、荒い息を繰り返した。
「私の息子はティンバーに住んでいた。彼は魔女が率いたレジスタンスに、殺された…!」
もう一人の男が、悔しそうに呟いた。
2人の男の告白を切っ掛けにするように、次々と男達は自分の意見を口にし始めた。
「よくわかった。君達にとって魔女とは憎むべき敵である」
「そうだ!」
「その通りだ!」
「我々は政府の人間ではない。だが、ガーデンの人間だ」
ずっと黙って事の成り行きを見守っていたカーウェイが、はっとしたようにガルムに視線を向ける。
「が、学園長、一体何をお考えなのです!?」
ガルムは、ゆらりとカーウェイのほうを振り向いた。
その目は狂喜に満ちており、カーウェイは背中にゾクリと冷たいものが走るのを感じた。
どこか勝ち誇ったような薄い笑みを浮かべたガルムに、恐怖を覚えずにはいられない。
さらに、ガルムに煽られたのか、そこに集められた男達までもが、カーウェイを敵を見るような目で見つめた。
カーウェイは、言葉を失った。
「魔女研究所を破壊し、君が捕えた魔女を連れ去ったのは、誰だと思っているんだい、カーウェイ?」
「!!」
「ま、まさか学園長は……」
「………」
「学園長、宜しいですか?」
冷たく氷のような目でカーウェイを見下ろしたガルムに声をかけたのは、彼の秘書だ。
「なんだい?」
「また話を繰り返しますが、先程報告した件、やはり見て頂きたいのですが」
「…興味深い、と言った件かい?」
「はい」
ガルムは、カーウェイから目を逸らせると、今度はバカにしたように鼻で一笑いした。
デスクに備え付けられたコンソールのボタンを押して、茶を要求した。
「わかった、見よう。皆も少し落ち着こう。お茶でも飲んでさ。…カーウェイも、…いいね」
「…は、はい」
→part.4
ガルムがガーデンに戻り、学園長室のデスクにうず高く積まれた未決裁の書類の山を目にしたとき、通常であったら深い溜め息と共に胃に痛みを覚えるところであろうが、このときばかりは何の感慨も沸くことはなかった。
今や世界が、これほどまでに騒然としているこの状況で、この小さな学園の中で起こる騒動のいかに小さきことか!
書類の山に一瞥を落とし、バカにしたように鼻でせせら笑う。
すぐに彼の秘書が手にいくつかの資料を持って現れた。
「学園長、お疲れ様でした」
「あぁ、重要な議題はあったかい?」
「…官僚暗殺の件は?」
「聞いている」
「その件に関連する事柄なのですが、…興味深い映像がありまして、…ご覧になられますか?」
「…あー、そんなのは公安に任せておけばいいだろう?ガーデンに関係が?」
「私も詳しくはわかりませんが…」
「ならいいだろ、別に。それより、…彼らを集めてくれないか。大至急だ」
「かしこましました」
そう言ってガルムから手渡されたものは、ガーデンの役員や教官たちの名前が走り書きされただけのメモだった。
一礼して学園長室を出た秘書は、教官室へ飛び込むなり、受話器を手にした。
学園長室のすぐ隣は会議室になっており、重要な会見や会議等はここで行われることが多い。
メモに名を載せられ呼び出しを受けたメンバーがその会議室への扉の前で互いに顔を見合わせて何事かと囁きあった。
またいつもの、彼の若い故の思い付きかと思うと溜め息しか出ない。
中に入っていいものかと逡巡している男たちを掻き分けるようにして、1人の人物が片足を引き摺るようにしながら前に進み出て扉をノックした。
つい数日前の行動を繰り返していると思ったその人物は、まだ何を言われたわけでもないのに、額にじっとりと汗が浮かぶのを感じた。
がちゃりと重い音と共に開かれた扉から姿を表したのは、学園長の秘書だった。
「カーウェイ教官、お待ちしておりました。皆さま方も、どうぞ」
道を譲るように1歩足を引いてそこに立ち並ぶ男たちの入室を促した。
さほど大きくもない室内に長テーブルと簡易椅子。
その一番奥にはここに呼び出された誰よりも年若い人物が資料らしきものに目を通していた。
秘書が、入室したメンバーとメモを照らし合わせて着席を促す。
大人としての分別か、それともこの雰囲気に呑まれたか、誰一人として口を開くこともせずに、静かに腰を下ろした。
ガルムがばさりと音を立てて、手にしていた紙の束をテーブルの上に放るようにして置くと、それを合図にするかのように一斉に全員の注目を集める。
「さて、忙しいところ集まってもらったのは他でもない。この度の大統領の襲撃事件について皆の意見を聞きたいと思ったからと、もう一つ。
このメンバーである組織を立ち上げてもらいたいと考えたからだ」
集められた男たちの胸中はほぼ一緒だった。
考えていた通りだ、と。
この若造の思い付きのこうした自由気ままな行動で、今までどれだけ苦労を強いられてきたことか。
それはカーウェイにとっても身に覚えのある出来事で、思わず痛むほうの足を握りしめてしまう。
自然と出かかる溜息を呑みこむ音があちらこちらから聞こえてくる。
「皆も知っての通り、僕の父であるボルド・ヘンデルが暗殺されかかった。彼は、この国の大統領だ。
そしてこのガーデンを支える重要な人物であることも承知のことと思う。
その大統領が、今どこで何をしているか、皆は知っているだろうか?」
何を言っているんだ、と男たちは思い浮かべたことだろう。
銃撃され、病院で緊急手術を受けたとの報道がされたではないか。
ならば、ガルバディアの病院で入院しているはず。
ガルムはそこへ見舞に行って帰ったのではないのか?
「…病院、では?」
一人の男の発言に、皆は胸を撫で下ろした。
そうだ、恐らく皆、同じことを考えていたであろうから。
その男を一瞥したガルムは、それまでの表情を一変させた。
「…ハズレだな、バルデラ君」
「え…、で、では?」
「君たちに、一つ問いたい。…10年前の魔女騒動を知っているだろう? 当時の魔女イデアは、当時の大統領ビンザー・デリングを暗殺した」
小さな会議室に男たちの嘆息が声と交じって響いた。
「それは、この国にとってどういう意味を持つのか、…皆の意見を聞かせて欲しい」
「…学園長、それは、我々が魔女派かどうかと問うているのですか?」
再び会議室内がザワつく。
ガルムは僅かに俯き、瞼を落としてしばし思案したかと思うと、再びゆっくりと全員の顔を見渡した。
「僕は政治家じゃない。ただ、どう思っているのかを知りたいだけだ。ちなみに僕は、魔女は大統領を暗殺して実権を握ろうとしたこの国の敵だと思っている」
ガルムの言葉に、会議室内はしんと静まり返った。
ガーデン内でも、魔女派と大統領派の派閥が起きていたのは知っていた。
当然、生徒も教官も含めてだ。
だからといって、ガルムにそれを抑制する権限もないし、彼本人にもどうでもいいことだった。
ただ、両方の意見を聞いてみたい。
純粋にそう思ってのことだった。
だが、彼らにとっては、非常に重い質問だった。
今自分達が在籍しているこのガーデンは、その件の国にあり、ましてや質問している人物はその大統領の息子。
いくら内容を問わないと言われようと、へたなことを言って彼の機嫌を損ねたりしようものなら、問答無用であの砂漠の収容所に送られるだろう。
意見を述べるどころか、声を出すこともできないのが現状だった。
突然、一人の男が立ち上がった。
「わ、私の父は政治家だった。10年前のあの日まで。真面目で、堅物で、大統領を尊敬していた。
だがあの日、あの恐ろしい事件が起こった。父は、父の心は、病んでしまった。
外に出ることもできず、報道番組にさえ拒絶反応を示し、仕事もできなくなり、何かに怯えた毎日を過ごすようになってしまった。
…あれから10年経ち、最近はやっと笑顔を取り戻し始めたというのに、そこへ来てまた魔女再臨。
…父は…、更に心を閉ざしてしまった。
時折取り憑かれたように人ならざる声を上げて発狂する父も、泣きながら抑えようとする母も、もう見ていられない。
…魔女が、私の家族を滅茶苦茶にしてしまったんだ!魔女は敵だ!!」
大分興奮してしまったようで、顔を真っ赤に染め、玉のような汗を流しながら、荒い息を繰り返した。
「私の息子はティンバーに住んでいた。彼は魔女が率いたレジスタンスに、殺された…!」
もう一人の男が、悔しそうに呟いた。
2人の男の告白を切っ掛けにするように、次々と男達は自分の意見を口にし始めた。
「よくわかった。君達にとって魔女とは憎むべき敵である」
「そうだ!」
「その通りだ!」
「我々は政府の人間ではない。だが、ガーデンの人間だ」
ずっと黙って事の成り行きを見守っていたカーウェイが、はっとしたようにガルムに視線を向ける。
「が、学園長、一体何をお考えなのです!?」
ガルムは、ゆらりとカーウェイのほうを振り向いた。
その目は狂喜に満ちており、カーウェイは背中にゾクリと冷たいものが走るのを感じた。
どこか勝ち誇ったような薄い笑みを浮かべたガルムに、恐怖を覚えずにはいられない。
さらに、ガルムに煽られたのか、そこに集められた男達までもが、カーウェイを敵を見るような目で見つめた。
カーウェイは、言葉を失った。
「魔女研究所を破壊し、君が捕えた魔女を連れ去ったのは、誰だと思っているんだい、カーウェイ?」
「!!」
「ま、まさか学園長は……」
「………」
「学園長、宜しいですか?」
冷たく氷のような目でカーウェイを見下ろしたガルムに声をかけたのは、彼の秘書だ。
「なんだい?」
「また話を繰り返しますが、先程報告した件、やはり見て頂きたいのですが」
「…興味深い、と言った件かい?」
「はい」
ガルムは、カーウェイから目を逸らせると、今度はバカにしたように鼻で一笑いした。
デスクに備え付けられたコンソールのボタンを押して、茶を要求した。
「わかった、見よう。皆も少し落ち着こう。お茶でも飲んでさ。…カーウェイも、…いいね」
「…は、はい」
→part.4