第1章【2年後のお話】
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=7=
「アーロン、聞きたいことがある。」
スピラから戻ってすぐ、私は隻眼の男に問いかけた。
「…なんだ」
いつもと同じように不機嫌そうに眉間に皺を寄せて、それでも答えてくれる気はあるようだ。
「…あんた、覚えてる、のか?」
「何をだ」
何を、なんて、…どう答えていいのかわからない。
そのときのことを話すということ、それは…。
知っている、覚えているのならばわかること。
だが、知らない覚えていないのならば、そんな事実があったことを教えることになる。
そのことを話さなければ、当然聞かれたほうは何を聞かれたのかわからない。
私はどう返していいのかわからなくて困ってしまう。
質問をぶつけられたこいつのほうがもっと困惑しているだろうに。
聞いて確かめるべきか、それともこのまま、今迄通りそ知らぬふりをするべきか…
聞きたい、確かめたい。
奴の口からきちんと真実を知りたい。
…でも、聞きたくない。
こいつにとってそれは過去のひとつの出来事でしかないのかもしれない。
だが私にとっては決して消し去ることのできない、辛い記憶のひとつ。
いつまでもグズグズと引き摺り続ける自分がおかしいのだろうか?
自分以外の人間も、もしそんな過去があったら同じようにいつまでも心の中でしつこく根を張り続けているものなのだろうか?
それとも、性別の違いがそうさせるのだろうか?
「…ラフテル?」
何も答えられない私に痺れを切らしたかのように、私の名を呼ぶ。
部屋の戸口に佇んだまま、僅かに顔を俯けてしまった私に疑念を抱くのは当然のことだろう。
奴の気配を痛いほど感じる。
「………」
「………」
互いに言葉はない。
その沈黙を打ち破って、私が小さく声を出す。
「…な、なんでもない」
「そんなわけないだろうが」
明らかに呆れを孕んだ声音でこちらに近づいてくるのを感じた。
私は部屋の入り口の扉に背を預けて立っている状態。
奴が私に向かって歩を進めてくる。
急に居た堪れなくなって、扉のノブに手をかけた。
「!」
タン、と軽い音を立てて僅かに開かれた扉の隙間は閉じられてしまった。
と同時に私の目の前に差し出された太い腕。
内側に開くはずだった扉は、この腕が退いてくれなければ開くことはないだろう。
閉じられた扉のノブに手を置いたまま、その腕の持ち主の存在をすぐ近くに感じて小さく嘆息した。
奴の視線を間近に感じる。
息遣いさえも肌に流れを感じるようだ。
自分の身が大きくビクリと震え、ノブにかけられたままの自分の手から目を離せない。
命がまだこの身にあったのなら、胸の中で脈打つものが飛び出しそうな勢いで激しく鼓動していたことだろう。
顔に熱が集束するのか、火照っているのがわかった。
背中と額にじんわりと伝わる、微かな水滴が時間の流れを教えてくれる。
相変わらず何も言葉を発しようとしない私とこいつ。
目を合わせることもなく、その場から動くこともせず。
「…ラフテル」
また低い声で私の名を呼ぶ。
それでも私は顔を上げない。目を見ない。
早く、この太い腕を退けて私を解放してくれないだろうかと考えている。
ここまでくると、もう、意地になっているのかもしれない。
奴から見れば僅かに俯いて横を向けたままの私の横顔に、そっと触れる奴の掌。
またビクリと身を怯ませて、それでも私はその場から動かない。
こいつに聞こうと思っていた事柄が事柄であった為に、その行動と掌そのものに嫌悪感を抱いてしまう。
「…お前から、言い出したんじゃないのか、『聞きたいことがある』と」
「…悪い、もう、それはいいんだ」
重い、溜息がわざとらしく零される。
その声に苛つきを覚えた。
「最近のお前はおかしい。 …外で、何をしているんだ」
「………」
「…ラフテル」
「…あんたには、関係ない」
私の頬に触れていた、私よりも僅かに温度の高い掌を避けるように顔を背けた。
すぐ傍にあった奴の体が僅かに後方に体重を移動したのがわかった。
彼の太い腕によって押さえつけられていた扉のノブに力をかけると、思っていたよりもすんなりと扉は開き、腕を下ろしてくれたのだとわかった。
いつもなら必ず掛け合う、就寝の言葉もないままに、私は独り自室に戻った。
結局、聞けなかった。
あのときの事を覚えているか、なんて、今更聞いて確認してどうしようとしたのだろうか。
今頃になって、自分がとろうとした行動が酷く滑稽に思えてきた。
聞いて、どうしようというのだ。
自分の古傷を自分自身で掻き毟る結果になるだけではないか。
…もう、どうでもいいと思った。
奴がそのことを覚えていようがいまいが、もう、私にとっても彼にとっても、“過去”のことなのだ。
そして、“彼”若いアーロンが持つ記憶と、今の隻眼のアーロンが持つ記憶が同じものだとしてもそうでないにしても、この不思議な現象が実際に起こっている現実を、私はどこまで受け止めることができるのだろうか。
色々と考えすぎて眠れないかもしれない、なんて、ほとんど眠りを必要としないこの体には殊勝な考えかもしれない。
それでも、いつのまにか意識は薄れて、私は懐かしい夢を見ていた。
『憎しみは、続かないんだよ。…愛以上に、ね』
誰の、言葉だっただろうか…
ふと蘇った言葉を私にかけてくれた人物を思い出そうとして、私の意識はそこで切れた。
→第2章
「アーロン、聞きたいことがある。」
スピラから戻ってすぐ、私は隻眼の男に問いかけた。
「…なんだ」
いつもと同じように不機嫌そうに眉間に皺を寄せて、それでも答えてくれる気はあるようだ。
「…あんた、覚えてる、のか?」
「何をだ」
何を、なんて、…どう答えていいのかわからない。
そのときのことを話すということ、それは…。
知っている、覚えているのならばわかること。
だが、知らない覚えていないのならば、そんな事実があったことを教えることになる。
そのことを話さなければ、当然聞かれたほうは何を聞かれたのかわからない。
私はどう返していいのかわからなくて困ってしまう。
質問をぶつけられたこいつのほうがもっと困惑しているだろうに。
聞いて確かめるべきか、それともこのまま、今迄通りそ知らぬふりをするべきか…
聞きたい、確かめたい。
奴の口からきちんと真実を知りたい。
…でも、聞きたくない。
こいつにとってそれは過去のひとつの出来事でしかないのかもしれない。
だが私にとっては決して消し去ることのできない、辛い記憶のひとつ。
いつまでもグズグズと引き摺り続ける自分がおかしいのだろうか?
自分以外の人間も、もしそんな過去があったら同じようにいつまでも心の中でしつこく根を張り続けているものなのだろうか?
それとも、性別の違いがそうさせるのだろうか?
「…ラフテル?」
何も答えられない私に痺れを切らしたかのように、私の名を呼ぶ。
部屋の戸口に佇んだまま、僅かに顔を俯けてしまった私に疑念を抱くのは当然のことだろう。
奴の気配を痛いほど感じる。
「………」
「………」
互いに言葉はない。
その沈黙を打ち破って、私が小さく声を出す。
「…な、なんでもない」
「そんなわけないだろうが」
明らかに呆れを孕んだ声音でこちらに近づいてくるのを感じた。
私は部屋の入り口の扉に背を預けて立っている状態。
奴が私に向かって歩を進めてくる。
急に居た堪れなくなって、扉のノブに手をかけた。
「!」
タン、と軽い音を立てて僅かに開かれた扉の隙間は閉じられてしまった。
と同時に私の目の前に差し出された太い腕。
内側に開くはずだった扉は、この腕が退いてくれなければ開くことはないだろう。
閉じられた扉のノブに手を置いたまま、その腕の持ち主の存在をすぐ近くに感じて小さく嘆息した。
奴の視線を間近に感じる。
息遣いさえも肌に流れを感じるようだ。
自分の身が大きくビクリと震え、ノブにかけられたままの自分の手から目を離せない。
命がまだこの身にあったのなら、胸の中で脈打つものが飛び出しそうな勢いで激しく鼓動していたことだろう。
顔に熱が集束するのか、火照っているのがわかった。
背中と額にじんわりと伝わる、微かな水滴が時間の流れを教えてくれる。
相変わらず何も言葉を発しようとしない私とこいつ。
目を合わせることもなく、その場から動くこともせず。
「…ラフテル」
また低い声で私の名を呼ぶ。
それでも私は顔を上げない。目を見ない。
早く、この太い腕を退けて私を解放してくれないだろうかと考えている。
ここまでくると、もう、意地になっているのかもしれない。
奴から見れば僅かに俯いて横を向けたままの私の横顔に、そっと触れる奴の掌。
またビクリと身を怯ませて、それでも私はその場から動かない。
こいつに聞こうと思っていた事柄が事柄であった為に、その行動と掌そのものに嫌悪感を抱いてしまう。
「…お前から、言い出したんじゃないのか、『聞きたいことがある』と」
「…悪い、もう、それはいいんだ」
重い、溜息がわざとらしく零される。
その声に苛つきを覚えた。
「最近のお前はおかしい。 …外で、何をしているんだ」
「………」
「…ラフテル」
「…あんたには、関係ない」
私の頬に触れていた、私よりも僅かに温度の高い掌を避けるように顔を背けた。
すぐ傍にあった奴の体が僅かに後方に体重を移動したのがわかった。
彼の太い腕によって押さえつけられていた扉のノブに力をかけると、思っていたよりもすんなりと扉は開き、腕を下ろしてくれたのだとわかった。
いつもなら必ず掛け合う、就寝の言葉もないままに、私は独り自室に戻った。
結局、聞けなかった。
あのときの事を覚えているか、なんて、今更聞いて確認してどうしようとしたのだろうか。
今頃になって、自分がとろうとした行動が酷く滑稽に思えてきた。
聞いて、どうしようというのだ。
自分の古傷を自分自身で掻き毟る結果になるだけではないか。
…もう、どうでもいいと思った。
奴がそのことを覚えていようがいまいが、もう、私にとっても彼にとっても、“過去”のことなのだ。
そして、“彼”若いアーロンが持つ記憶と、今の隻眼のアーロンが持つ記憶が同じものだとしてもそうでないにしても、この不思議な現象が実際に起こっている現実を、私はどこまで受け止めることができるのだろうか。
色々と考えすぎて眠れないかもしれない、なんて、ほとんど眠りを必要としないこの体には殊勝な考えかもしれない。
それでも、いつのまにか意識は薄れて、私は懐かしい夢を見ていた。
『憎しみは、続かないんだよ。…愛以上に、ね』
誰の、言葉だっただろうか…
ふと蘇った言葉を私にかけてくれた人物を思い出そうとして、私の意識はそこで切れた。
→第2章