第5章【気持ちと心の変化】
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胸倉を掴み上げられている私の体には力が入らず、地面の上に両足がダラリと投げ出されている。
顔を上げられる形となっているため、嫌でも目の前の人物と目が合ってしまう。
私は今一体どんな顔をしているのだろうか。
目の前の男は、あの時の顔だった。
あの時の…
あの時の恐怖がまた蘇ってくる。
あれから長い年月が流れて、私はもう忘れたはずだった。
記憶から抹消したつもりだった。
それなのに、あの時のままの姿で、あの時のままの顔で迫られたら、私は気が狂ってしまいそうだ。
片手で軽々と私の体を持ち上げ、そしてもう片方の腕で拳を握る。
その拳が自分の顔に振り下ろされるのを、ただ見つめていた。
鈍い音が繰り返され、その度に私の顔はあらぬ方向に強制的に向かされる。
切れた口の中から溢れた血が喉の奥に流れて行き、私の呼吸を妨げる。
咳き込む暇さえ与えられず、何度も何度もその拳は私の顔を殴打する。
彼の名を呼ぼうとしてみるが、まともに声を出すどころか息をすることさえままならない。
甲高い風が洩れるような微かな音だけが喉から搾り出される。
魔物を相手にしているような、さも憎い敵を相手にしているような、忌々しそうな凶悪な表情。
その口が何か言葉を紡いでいるように見えたが、もう、私には彼の言葉も聞き取れない。
だが突然、振り上げた拳がそこで動かなくなった。
「……?」
かろうじて開けた瞼に己自身の血が沁みるのもそのままに、腫れぼったい重い顔を僅かに動かしてみた。
それまでの恐ろし気な顔はもう無かった。
酷く悲しそうな、辛そうな、誰かの顔。
「…お、お前も、なのか……」
「…?」
これは、誰だ…?
何を言っている…?
「ハリッシュは、死んだ! オルテガも死んだ! アリスも死んだっ!!!」
「…??」
掴んでいた私を地面に叩きつけるようにして、解放した。
やっと自由になった自分の体を自身で包み込むように丸まって、私は酷く咳き込んだ。
それが収まるのを待たずに、そこにいる男を見上げる。
額から口端から流れる血をぐいと拭い取って、ふらつく足でなんとか体を起こしてバランスを取る。
そいつは、己の頭を抱え込んで何かに苦しんでいた。
奇妙な声を上げて、訳の分からないことを口走っている。
時たま聞きなれた単語や名が混じっているようだが、私にはよく意味が理解できない。
「…やめろ、入ってくるな! …望んでなどいない! …俺はただ…、 …うう…、っ!!」
アーロンの体が淡い光に包まれる。
美しい幻光虫の光などではない。禍々しい色をした、黒い幻光の淡い光。
強弱を繰り返し、アーロンの姿に戻ってみたり誰か別の人物を浮かび上がらせたり…
これは一体どういうことなんだ?
アーロン、なのか?それともアーロンの姿をしているだけなのか…?
頭を抱えて苦しんでいた男が、その動きを止める。
黒い光に包まれたその体は、人の形をした幻光体の塊のようにさえ見える。
小さな小さな細かい幻光虫が、白い光を放ちながらその体の周りを飛び回っている。
頭を垂れて動かなくなってしまったその男から発せられる気に異様さを覚えて、私は思わず腰を落としたままの姿勢で後ずさりしてしまう。
→
25,nov,2011
胸倉を掴み上げられている私の体には力が入らず、地面の上に両足がダラリと投げ出されている。
顔を上げられる形となっているため、嫌でも目の前の人物と目が合ってしまう。
私は今一体どんな顔をしているのだろうか。
目の前の男は、あの時の顔だった。
あの時の…
あの時の恐怖がまた蘇ってくる。
あれから長い年月が流れて、私はもう忘れたはずだった。
記憶から抹消したつもりだった。
それなのに、あの時のままの姿で、あの時のままの顔で迫られたら、私は気が狂ってしまいそうだ。
片手で軽々と私の体を持ち上げ、そしてもう片方の腕で拳を握る。
その拳が自分の顔に振り下ろされるのを、ただ見つめていた。
鈍い音が繰り返され、その度に私の顔はあらぬ方向に強制的に向かされる。
切れた口の中から溢れた血が喉の奥に流れて行き、私の呼吸を妨げる。
咳き込む暇さえ与えられず、何度も何度もその拳は私の顔を殴打する。
彼の名を呼ぼうとしてみるが、まともに声を出すどころか息をすることさえままならない。
甲高い風が洩れるような微かな音だけが喉から搾り出される。
魔物を相手にしているような、さも憎い敵を相手にしているような、忌々しそうな凶悪な表情。
その口が何か言葉を紡いでいるように見えたが、もう、私には彼の言葉も聞き取れない。
だが突然、振り上げた拳がそこで動かなくなった。
「……?」
かろうじて開けた瞼に己自身の血が沁みるのもそのままに、腫れぼったい重い顔を僅かに動かしてみた。
それまでの恐ろし気な顔はもう無かった。
酷く悲しそうな、辛そうな、誰かの顔。
「…お、お前も、なのか……」
「…?」
これは、誰だ…?
何を言っている…?
「ハリッシュは、死んだ! オルテガも死んだ! アリスも死んだっ!!!」
「…??」
掴んでいた私を地面に叩きつけるようにして、解放した。
やっと自由になった自分の体を自身で包み込むように丸まって、私は酷く咳き込んだ。
それが収まるのを待たずに、そこにいる男を見上げる。
額から口端から流れる血をぐいと拭い取って、ふらつく足でなんとか体を起こしてバランスを取る。
そいつは、己の頭を抱え込んで何かに苦しんでいた。
奇妙な声を上げて、訳の分からないことを口走っている。
時たま聞きなれた単語や名が混じっているようだが、私にはよく意味が理解できない。
「…やめろ、入ってくるな! …望んでなどいない! …俺はただ…、 …うう…、っ!!」
アーロンの体が淡い光に包まれる。
美しい幻光虫の光などではない。禍々しい色をした、黒い幻光の淡い光。
強弱を繰り返し、アーロンの姿に戻ってみたり誰か別の人物を浮かび上がらせたり…
これは一体どういうことなんだ?
アーロン、なのか?それともアーロンの姿をしているだけなのか…?
頭を抱えて苦しんでいた男が、その動きを止める。
黒い光に包まれたその体は、人の形をした幻光体の塊のようにさえ見える。
小さな小さな細かい幻光虫が、白い光を放ちながらその体の周りを飛び回っている。
頭を垂れて動かなくなってしまったその男から発せられる気に異様さを覚えて、私は思わず腰を落としたままの姿勢で後ずさりしてしまう。
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25,nov,2011