第10章【冥界コロシアム】
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【 90 】
手応えがあった。
そして、魔物とは違う、ヒトの肉を斬るという感覚に少なからずの嫌悪感を生む。
大きく飛び上がり、後方へ下がる。
ラフテルが自分の契約主である奴が立っているところまで行って、斬られた部分を確認するように持ち上げた。
…左腕が、半分無くなっていた。
自分で切り落としたはずなのだが、それでも彼女のそんな姿を見るのは忍びない。
失った己の腕の在処を探しているのか、ラフテルは辺りを見回している。
腕を切り落としたというのに、痛がる素振りも見せず、飛んできた腕に悲鳴を上げて逃げたソラ達がいた場所へゆっくりと歩み寄る。
異様なその光景は、誰もが息を飲む。
彼女の武器である小太刀の柄をしっかり握ったままの片腕は、幻光虫ではなく黒い霧のようになって空中に溶けていった。
…先程見た、あの観客の1人のように。
違和感を感じた。
俺自身もそうだが、死人は一様に幻光虫の塊のようなものだ。
傷つけばそれは本来の姿に戻る。前に俺と戦った時は、淡い小さな光が漂っていたはず。
それなのに…。
彼女は、あの観客席にいた魔物と同じだと言うのか。
残された右腕の武器を後ろ腰に収め、その手で床の上のもう一本の武器を拾い上げた。
その一連の動きを、その場にいた者達はただじっと見つめることしかできなかった。
「…おい、元に戻してくれ」
ラフテルが失ったほうの腕を持ち上げて奴に言い寄る。
ニヤついた薄気味の悪い笑顔を向けながらも、ラフテルと話すこいつに苛つく。
持ち上げた腕の辺りに奴が手を翳すと、黒い靄に包まれたそこには、今までと何も変わらない彼女の腕があった。
「うーん、ちょ~っと分が悪いかなあ…」
そんな言葉を口にしながらも口許はニヤついていて、胸の前で腕を組んでから、ソラと共にいるあの男に向かって言葉を放つ。
「やれやれ、いい加減やめにしないか。 こっちも疲れてんだよね~、ね~、ラフテル~」
「うるさい、名を呼ぶな! 気色悪い」
「いい加減にするのはお前の方だ、ハデス!」
凛とした態度で言い放つ男に対して、奴は心底嫌そうな顔で深い溜め息を吐いて見せる。
「お前達さあ、ここがなんで冥界コロシアムって呼ばれてるか知ってる? なあんで、わざわざゼウスが封印しなきゃならなかったと思う~?」
「「…?」」
急に何を言い出すのか、理解に苦しむ。
この世界も存在も、こっちに来てから理解できないことが本当に多い。
…あの時、あの世界に降り立った時以上に疲れを感じる。
突然、足元がグラリと揺れた。
子供達の短い驚きの声が上がった。
それに続くように、観客席からも大きな悲鳴が上がった。
何事かとそちらに目を向ければ、何百といるであろう、観客席全体が黒い靄に包まれていく。
翼を持った者が何体か飛び出したが、それを許さぬように、触手のようなものに捕えられ、闇に飲まれていく。
おぞましい光景だ。
「こ、これって…!」
観客席があったところには、大きな穴。いや、巨大な穴の上にこの舞台が浮いていると表現したほうがいいだろう。
舞台の端から下を恐る恐る覗き込んだソラが驚きの声を上げた。
この不気味な障気の渦、色と臭い、俺はこれを知っている…。
「ソラ! 近付くな!」
「へ?」
俺の忠告に、ソラの仲間達が穴を覗くソラを引き戻す。
「アーロン、あれが何か知ってるの?」
「ひーっひっひっひっひ、そいつは俺がそこから引き上げてやったんだからなあ」
「え!?」
「…奴の言う通りだ。 あの下は冥界の牢獄に繋がっている。 落ちたらまず助からん」
「いひひひひひひ、そういうこと。 …さて、まずは鬱陶しいヒーロー様にご退場頂こうか」
細長い指で空中に印を結ぶあの仕草をして見せてから、奴はその指をパチンと鳴らした。
おかしな効果音と共に現れた黒い煙の中から現れたのは長い髪の女性。
口と両手を後ろ手に縛られている。
浮遊魔法でもかけられているのか、僅かに浮いている。
気を失っているようで、目を閉じたままピクリとも動かない。
「…最低だなお前は」
「ありがとう、最高の誉め言葉だ。 ラフテルがちゃんと契約を守ってくれれば、こんなことしなくて済んだんだ」
「………」
「メグ!!」
この女の名であろう言葉を叫んで、男とソラ達までが困惑の表情を浮かべる。
この女、見たことがある。
あの穴の中で、ラフテルと戦った時にいた、はず。
羽の生えた白い馬に乗ってどこかに行ってしまった。
あの時の女がなぜまたここにいる!?
「そ、そんな手には乗らないぞ。 どうせ偽物とか、言うんだろ!」
「だったら確かめてみるか? おいラフテル!」
「わかった」
女の口を覆っていたものを外し、ラフテルは軽く頬を叩いて声を掛けた。
微かな呻き声を溢して目を覚ました女は、ラフテルの存在に目を見開く。
辺りを見渡して自分の状況を悟ったようだ。
見た目と違って、冷静な判断ができているのか、それとも、以前にも同じようなことがあったのか…。
「メグ!」
「ワンダーボーイ!? それに、卵達、早くにげ……っ!」
「おっと、そこまで」
奴が指先を少し動かすと、女の口元を再び塞いでしまう。
くぐもった必死な声だけが辛うじて耳に届く。
奴がラフテルに命令している。
今の内にあの男を殺せ、と。
返事を返すこともなく、ラフテルは武器を手にする。
彼女を覆うようにまた黒い靄が立ち上り、目が金色に輝く。
あの男を助ける義理はないが…。
「くっ…」
「「「!!」」」
「なんだと!?」
「アーロン!!」
考える余裕は無いに等しかった。
気付いたら、男の前に立っていた。
こいつの動きを見切れるのは、攻撃を止められるのは、俺だけだと思いたい。
それとも、他の男に向かっていくこいつを自分に向かせたいというガキのような独占欲か?
「こいつの相手は俺だ。 ソラ、そっちは任せた」
「うん!行くぞみんな。 ヘラクレスは早くメグを!」
「やれやれ、聞いてなかったのか? ヒーローは退場だと言っただろう?」
ラフテルと向かい合っているこの位置から奴の姿は見えないが、卑しい笑みを浮かべた顔は容易に浮かぶ。
「ハデス、何を…!」
男の声に焦りが含まれる。
だが今はそちらに意識を反らすわけにはいかない。
目の前には黒い闇を纏い、殺気の籠った目をしたラフテルが武器を構えている。
俺はこいつに集中しなくてはならない。
己の剣気の昂りに呼応するかのように、ラフテルの黒く禍々しい覇気が膨らんでいくのがわかる。
目を一瞬細め、武器を握る手に力が籠められる。
ラフテルの攻撃に移る時のいつものクセだ。
…来る!
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17,sep,2015
手応えがあった。
そして、魔物とは違う、ヒトの肉を斬るという感覚に少なからずの嫌悪感を生む。
大きく飛び上がり、後方へ下がる。
ラフテルが自分の契約主である奴が立っているところまで行って、斬られた部分を確認するように持ち上げた。
…左腕が、半分無くなっていた。
自分で切り落としたはずなのだが、それでも彼女のそんな姿を見るのは忍びない。
失った己の腕の在処を探しているのか、ラフテルは辺りを見回している。
腕を切り落としたというのに、痛がる素振りも見せず、飛んできた腕に悲鳴を上げて逃げたソラ達がいた場所へゆっくりと歩み寄る。
異様なその光景は、誰もが息を飲む。
彼女の武器である小太刀の柄をしっかり握ったままの片腕は、幻光虫ではなく黒い霧のようになって空中に溶けていった。
…先程見た、あの観客の1人のように。
違和感を感じた。
俺自身もそうだが、死人は一様に幻光虫の塊のようなものだ。
傷つけばそれは本来の姿に戻る。前に俺と戦った時は、淡い小さな光が漂っていたはず。
それなのに…。
彼女は、あの観客席にいた魔物と同じだと言うのか。
残された右腕の武器を後ろ腰に収め、その手で床の上のもう一本の武器を拾い上げた。
その一連の動きを、その場にいた者達はただじっと見つめることしかできなかった。
「…おい、元に戻してくれ」
ラフテルが失ったほうの腕を持ち上げて奴に言い寄る。
ニヤついた薄気味の悪い笑顔を向けながらも、ラフテルと話すこいつに苛つく。
持ち上げた腕の辺りに奴が手を翳すと、黒い靄に包まれたそこには、今までと何も変わらない彼女の腕があった。
「うーん、ちょ~っと分が悪いかなあ…」
そんな言葉を口にしながらも口許はニヤついていて、胸の前で腕を組んでから、ソラと共にいるあの男に向かって言葉を放つ。
「やれやれ、いい加減やめにしないか。 こっちも疲れてんだよね~、ね~、ラフテル~」
「うるさい、名を呼ぶな! 気色悪い」
「いい加減にするのはお前の方だ、ハデス!」
凛とした態度で言い放つ男に対して、奴は心底嫌そうな顔で深い溜め息を吐いて見せる。
「お前達さあ、ここがなんで冥界コロシアムって呼ばれてるか知ってる? なあんで、わざわざゼウスが封印しなきゃならなかったと思う~?」
「「…?」」
急に何を言い出すのか、理解に苦しむ。
この世界も存在も、こっちに来てから理解できないことが本当に多い。
…あの時、あの世界に降り立った時以上に疲れを感じる。
突然、足元がグラリと揺れた。
子供達の短い驚きの声が上がった。
それに続くように、観客席からも大きな悲鳴が上がった。
何事かとそちらに目を向ければ、何百といるであろう、観客席全体が黒い靄に包まれていく。
翼を持った者が何体か飛び出したが、それを許さぬように、触手のようなものに捕えられ、闇に飲まれていく。
おぞましい光景だ。
「こ、これって…!」
観客席があったところには、大きな穴。いや、巨大な穴の上にこの舞台が浮いていると表現したほうがいいだろう。
舞台の端から下を恐る恐る覗き込んだソラが驚きの声を上げた。
この不気味な障気の渦、色と臭い、俺はこれを知っている…。
「ソラ! 近付くな!」
「へ?」
俺の忠告に、ソラの仲間達が穴を覗くソラを引き戻す。
「アーロン、あれが何か知ってるの?」
「ひーっひっひっひっひ、そいつは俺がそこから引き上げてやったんだからなあ」
「え!?」
「…奴の言う通りだ。 あの下は冥界の牢獄に繋がっている。 落ちたらまず助からん」
「いひひひひひひ、そういうこと。 …さて、まずは鬱陶しいヒーロー様にご退場頂こうか」
細長い指で空中に印を結ぶあの仕草をして見せてから、奴はその指をパチンと鳴らした。
おかしな効果音と共に現れた黒い煙の中から現れたのは長い髪の女性。
口と両手を後ろ手に縛られている。
浮遊魔法でもかけられているのか、僅かに浮いている。
気を失っているようで、目を閉じたままピクリとも動かない。
「…最低だなお前は」
「ありがとう、最高の誉め言葉だ。 ラフテルがちゃんと契約を守ってくれれば、こんなことしなくて済んだんだ」
「………」
「メグ!!」
この女の名であろう言葉を叫んで、男とソラ達までが困惑の表情を浮かべる。
この女、見たことがある。
あの穴の中で、ラフテルと戦った時にいた、はず。
羽の生えた白い馬に乗ってどこかに行ってしまった。
あの時の女がなぜまたここにいる!?
「そ、そんな手には乗らないぞ。 どうせ偽物とか、言うんだろ!」
「だったら確かめてみるか? おいラフテル!」
「わかった」
女の口を覆っていたものを外し、ラフテルは軽く頬を叩いて声を掛けた。
微かな呻き声を溢して目を覚ました女は、ラフテルの存在に目を見開く。
辺りを見渡して自分の状況を悟ったようだ。
見た目と違って、冷静な判断ができているのか、それとも、以前にも同じようなことがあったのか…。
「メグ!」
「ワンダーボーイ!? それに、卵達、早くにげ……っ!」
「おっと、そこまで」
奴が指先を少し動かすと、女の口元を再び塞いでしまう。
くぐもった必死な声だけが辛うじて耳に届く。
奴がラフテルに命令している。
今の内にあの男を殺せ、と。
返事を返すこともなく、ラフテルは武器を手にする。
彼女を覆うようにまた黒い靄が立ち上り、目が金色に輝く。
あの男を助ける義理はないが…。
「くっ…」
「「「!!」」」
「なんだと!?」
「アーロン!!」
考える余裕は無いに等しかった。
気付いたら、男の前に立っていた。
こいつの動きを見切れるのは、攻撃を止められるのは、俺だけだと思いたい。
それとも、他の男に向かっていくこいつを自分に向かせたいというガキのような独占欲か?
「こいつの相手は俺だ。 ソラ、そっちは任せた」
「うん!行くぞみんな。 ヘラクレスは早くメグを!」
「やれやれ、聞いてなかったのか? ヒーローは退場だと言っただろう?」
ラフテルと向かい合っているこの位置から奴の姿は見えないが、卑しい笑みを浮かべた顔は容易に浮かぶ。
「ハデス、何を…!」
男の声に焦りが含まれる。
だが今はそちらに意識を反らすわけにはいかない。
目の前には黒い闇を纏い、殺気の籠った目をしたラフテルが武器を構えている。
俺はこいつに集中しなくてはならない。
己の剣気の昂りに呼応するかのように、ラフテルの黒く禍々しい覇気が膨らんでいくのがわかる。
目を一瞬細め、武器を握る手に力が籠められる。
ラフテルの攻撃に移る時のいつものクセだ。
…来る!
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17,sep,2015