第6章【心を失うということ】
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【 55 】
ザワリと背中が粟立つ。
寒気のような感覚が脳天を走り、動きが止まってしまう。
彼女のその仕草で、何を言いたかったのかを理解する。
同時に、急に理性が戻ってきて、己の行動の浅はかさに自嘲してしまう。
「本当に殺す気だったのか?」
「…もう、死んでるだろ?」
首の傷を往復するラフテルの手を外し、その細い指先に軽く触れるだけの口付けを落とした。
そのまま手を引いて身を起こす。
多少乱れた髪を指で流しながら、身に纏っていたのであろう、黒い服をかき集めた。
「暑さより寒さのほうが弱いのはどうしようもないな…」
そう言いながら素早く服を身につけていくラフテルの首元に、何かを見つけた。
…首飾り、にしては大きいが、まさかこんなところに刺青など考えられない。
「おい、なんだそれは?」
たった今着た服の襟を力任せに肌けさせた。
この薄暗い空間に、ラフテルの白い肌が浮かび上がる。
そこにあったのは、おかしな形をした何かの印。
何だ、これは…。
「…ラフテル」
しばらくその印を眺めた後にラフテルの顔に視線を移す。
顔を背け、明後日のほうを見つめている。
だが、彼女の細い指が襟を掴んでいた俺の手にかけられた。
まるで離せと言わんばかりに、小さな力が加えられる。
抗うことなく、握り締めていた手から力を抜く。
俺の手から逃れた襟を素早く戻して、かっちりと閉じてしまった。
その間も、ラフテルは全く俺と目を合わせようとしなかった。
「お前には、聞きたいことが山ほどある」
「……そう」
他人事のように小さく返事を返した彼女は酷く素っ気なく、つい先程までの甘い時間が嘘のように思えた。
いつものようにこちらからは何も聞かずにいてしまうことは容易いが、それでは結局何もわからぬままにただ時だけが無駄に過ぎていく。
こいつを探してあちらこちらに赴いたのは何故だ。
自分の取った行動を自分で意味の無いものにすることほど滑稽で情けないものはない。
「ラフテル、お前はここで何をしている? …俺を殺そうとしたり、かと思えば助けてみたり。 何をしようとしているのだ?」
カチャカチャと小さな金具の音を立てて、ラフテルが衣服を身につける手を休めることはない。
こちらを振り返ることもないまま、たっぷり間を開けてから、重そうに口を開いた。
「…私も、同じことを聞きたい。 あんたはここで何をしている? なぜ、ここにいる?」
「俺の問いが先だ。 …答えろ」
「……わ、…」
「…?」
「わからないんだ」
「………」
「いつここに来たのか、どうやって来たのか、なぜここにいるのか…。
気が付いたら、ベベルの悪趣味な夜着を身につけたまま、この世界にいた」
「…ベベル、だと!?」
「何か知ってるのか!」
知っているも何も、ベベルへこいつを連れていったのは、俺だ。
あの異界の奥の暗い世界からずっと眠り続けていたこいつを、祈り子達にすら見放されて、ベベルへ。
これまで何人もの死人を診てきたという医師に見せた。
幻光虫をよく知るグアド族のところへも行った。
共に旅をしたユウナも連れていった。
…そう言えば、ユウナを部屋に案内はしたが、その後どうなったかまでは知らん。
その前にここに来てしまったからな。
「…アーロン? どうしたんだ? 考えてること、口に出してくれないとわからない」
「…ラフテル、俺がこの世界に来たとき、お前はその場にいたのだろう? 俺はどうやってここに来た?」
「あの変態野郎が…」
「(…変態…?)…あの男か」
「地面の穴から呼び出した」
「……はっ!?」
…予想外の答えに思わずおかしな声を上げてしまった。
言うに事欠いて穴、だと!?
地に巣穴を掘って身を潜める小動物じゃあるまいに。
「あいつ、おかしな術を使う。 何もないところから突然物を取り出したり、黒い穴を通り抜けたり、それに、頭が燃えてる」
「あぁ、確かにな」
「あいつは魔法だと言っていたが、私達が使う魔法とは違うようだ」
「…よく意味がわからんが、…おそらく、お前もそうやって呼び出されたのだろう。 …だが、何の為に?」
「さあ? 『メイカイノセンシ』とか呼んでたようだぞ。 私のことも、あんたのことも」
「何だそれは?」
「…さあ? あの変態野郎に聞いても気持ち悪いだけで何も答えないし、こっちも鬱陶しいからあまり関わりたくない」
それでも奴の言うことを聞くのはなぜなんだ?
俺を殺そうとしてまで、奴の肩を持つのはなぜだ?
→
4,aug,2015
ザワリと背中が粟立つ。
寒気のような感覚が脳天を走り、動きが止まってしまう。
彼女のその仕草で、何を言いたかったのかを理解する。
同時に、急に理性が戻ってきて、己の行動の浅はかさに自嘲してしまう。
「本当に殺す気だったのか?」
「…もう、死んでるだろ?」
首の傷を往復するラフテルの手を外し、その細い指先に軽く触れるだけの口付けを落とした。
そのまま手を引いて身を起こす。
多少乱れた髪を指で流しながら、身に纏っていたのであろう、黒い服をかき集めた。
「暑さより寒さのほうが弱いのはどうしようもないな…」
そう言いながら素早く服を身につけていくラフテルの首元に、何かを見つけた。
…首飾り、にしては大きいが、まさかこんなところに刺青など考えられない。
「おい、なんだそれは?」
たった今着た服の襟を力任せに肌けさせた。
この薄暗い空間に、ラフテルの白い肌が浮かび上がる。
そこにあったのは、おかしな形をした何かの印。
何だ、これは…。
「…ラフテル」
しばらくその印を眺めた後にラフテルの顔に視線を移す。
顔を背け、明後日のほうを見つめている。
だが、彼女の細い指が襟を掴んでいた俺の手にかけられた。
まるで離せと言わんばかりに、小さな力が加えられる。
抗うことなく、握り締めていた手から力を抜く。
俺の手から逃れた襟を素早く戻して、かっちりと閉じてしまった。
その間も、ラフテルは全く俺と目を合わせようとしなかった。
「お前には、聞きたいことが山ほどある」
「……そう」
他人事のように小さく返事を返した彼女は酷く素っ気なく、つい先程までの甘い時間が嘘のように思えた。
いつものようにこちらからは何も聞かずにいてしまうことは容易いが、それでは結局何もわからぬままにただ時だけが無駄に過ぎていく。
こいつを探してあちらこちらに赴いたのは何故だ。
自分の取った行動を自分で意味の無いものにすることほど滑稽で情けないものはない。
「ラフテル、お前はここで何をしている? …俺を殺そうとしたり、かと思えば助けてみたり。 何をしようとしているのだ?」
カチャカチャと小さな金具の音を立てて、ラフテルが衣服を身につける手を休めることはない。
こちらを振り返ることもないまま、たっぷり間を開けてから、重そうに口を開いた。
「…私も、同じことを聞きたい。 あんたはここで何をしている? なぜ、ここにいる?」
「俺の問いが先だ。 …答えろ」
「……わ、…」
「…?」
「わからないんだ」
「………」
「いつここに来たのか、どうやって来たのか、なぜここにいるのか…。
気が付いたら、ベベルの悪趣味な夜着を身につけたまま、この世界にいた」
「…ベベル、だと!?」
「何か知ってるのか!」
知っているも何も、ベベルへこいつを連れていったのは、俺だ。
あの異界の奥の暗い世界からずっと眠り続けていたこいつを、祈り子達にすら見放されて、ベベルへ。
これまで何人もの死人を診てきたという医師に見せた。
幻光虫をよく知るグアド族のところへも行った。
共に旅をしたユウナも連れていった。
…そう言えば、ユウナを部屋に案内はしたが、その後どうなったかまでは知らん。
その前にここに来てしまったからな。
「…アーロン? どうしたんだ? 考えてること、口に出してくれないとわからない」
「…ラフテル、俺がこの世界に来たとき、お前はその場にいたのだろう? 俺はどうやってここに来た?」
「あの変態野郎が…」
「(…変態…?)…あの男か」
「地面の穴から呼び出した」
「……はっ!?」
…予想外の答えに思わずおかしな声を上げてしまった。
言うに事欠いて穴、だと!?
地に巣穴を掘って身を潜める小動物じゃあるまいに。
「あいつ、おかしな術を使う。 何もないところから突然物を取り出したり、黒い穴を通り抜けたり、それに、頭が燃えてる」
「あぁ、確かにな」
「あいつは魔法だと言っていたが、私達が使う魔法とは違うようだ」
「…よく意味がわからんが、…おそらく、お前もそうやって呼び出されたのだろう。 …だが、何の為に?」
「さあ? 『メイカイノセンシ』とか呼んでたようだぞ。 私のことも、あんたのことも」
「何だそれは?」
「…さあ? あの変態野郎に聞いても気持ち悪いだけで何も答えないし、こっちも鬱陶しいからあまり関わりたくない」
それでも奴の言うことを聞くのはなぜなんだ?
俺を殺そうとしてまで、奴の肩を持つのはなぜだ?
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4,aug,2015