第9章【シン~シンの体内】
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偉大で懐かしい存在
=90=
大きなステージがそこにあった。
眼下に広がる光の海。
巨大な街がそこから一望できる。
ここがシンの体内であることを忘れさせてしまうような美しい夜景。
“眠らない街”とはよく言ったものだ。
そこに、1人の男が立っていた。
こちらに背を向け、腕を組んで、じっとこのステージの上から光溢れる巨大な街を見下ろしていた。
『てっぺんからの眺めってやつをよ、見せてやりてぇんだ!』
ふいにあの時の言葉が浮かんできた。
これとは意味が違うと解ってはいるが、この眺めは正にその言葉に相応しい。
少年が一歩を踏み出す。
連られるように思わず私も足を出してしまうが、咄嗟に思いとどまる。
数歩進んだ少年の後を、仲間達が追う。
それを見て漸く私も歩き始めた。
近付いていく、あの懐かしい姿に。手が届く、あの大きな背中に…。
少年の足が止まる。それに合わせて仲間達の足も止まった。
その輪から少し離れた位置で私とアーロンも足を止めた。
少年はずっと俯いたままだ。
「おせーぞ、アーロン!待ちくたびれちまったぜ」
組んだ腕を解いて、いつものように頭を左右に傾けて首をコキリと鳴らしてみせた。
「…すまん」
素直に謝罪の言葉を口にするアーロンの口調が10年前のそれに戻っていたことに、恐らく本人も気付いていないのだろう。
そして、そこでやっとこちらを振り返る。
ジェクトの視線の先には何とも言えないような表情をした少年。
「よう」
片手を軽く振り上げて、ジェクトは小さく笑みを浮かべた。
ジェクトだ。ジェクトが、いる。
10年という時間を経てなお、あの時と変わらぬ姿のジェクトがそこにいる。
姿を見ることもなく、魂の匂いを感じることもできなかった懐かしい存在なのに、なんだろう、つい昨日のことのような感じがする。
心臓が高鳴るのは、顔が火照るのは、指先がピリピリするのは、どうして?
気付かないうちに、私はニヤけてしまっていたらしい。
嬉しいような気恥ずかしいような感覚で口許の頬がピクリと動いた。
「……ん?……お、もしかして、ラフテル、か?」
少年の後ろに並ぶ仲間達の顔を順に見渡していたジェクトが一度私を通りすぎた後、はっとしたように勢いよくまた視線を向けた。
「久しぶりだな、ジェクト」
先程ジェクトがしてみせたように、私も片手を軽く上げて言葉を返す。
「なんだなんだ、すっかりいい女になっちまって!10年前はまだてんでお子様だったのによ!」
「そりゃ、10年も経てばね」
「髪、伸ばしたのか。…ん、よく似合ってんな。だが、そのかっこは頂けねえな。昔っから男みてえな格好ばっかしやがってよ。せっかくきれいな髪してんだ、女らしいところ見せりゃ、堅物のアーロンだってイチコロってなもんだ、なあ、アーロン!」
「…心配しなくていい、ジェクト。こいつはもう俺のだ」
そう言って、僅かに頬が火照っている私の肩をぐいと抱き寄せた。
「おおっと、俺の出る幕じゃなかったな。…だが、まあ、積もる話しはまた後にしようや」
ジェクトは改めて少年のほうに向き直った。
「へっ、背ばっか伸びてヒョロヒョロじゃねえか! ちゃんとメシ食ってんのか、ああん?」
バカにしたようなセリフにも、少年は何も答えない。
「久しぶりだな…」
「…あぁ」
「でかくなったな」
今度は子を思う親の表情になって、ジェクトが少年に声を掛ける。
少年は俯いたまま、小さく答えた。
「まだ、あんたのほうがでかい」
「はーっはっはっはっはっは!! そりゃなんたって、俺はシンだからな!」
「笑えないっつーの!」
離れていた10年という歳月。私やアーロンにとっての10年と、親子にとっての10年では重みも意味も違って来るだろう。
大人の10年は老いとしかならないが、子供にとってそれは成長を意味する。
当時の旅の間にジェクトが口にしていた息子は、記憶の中の少年は小さいガキでしかなかった。
だが今目の前に立つ息子は立派に成長した青年の姿。
驚きであり、喜ばしくもあるだろう。
「ジェクト」
いまだに小さな笑いを繰り返しているジェクトに声を掛ける。
「ん?…あ、ああ、そうか…。んじゃ、まあ…、その…さっさとケリつけっか」
「…オヤジ」
「…おお?」
「……バカ」
「それでいいさ」
再び力なく小さく笑ったジェクトの顔は、どこか満足げだった。
「どうすりゃいいか、わかってんな」
「ああ……」
顔を上げた少年の、張り詰めた糸がピリピリと音を立て始める。
ここまでずっと持ちこたえられていた精神が、切れてしまいそうだ。
「間に合ってよかったぜ。もうすぐ俺は心の底からシンになっちまう。…もう、祈りの歌もあんまり聞こえねーんだ。」
その寂しそうなジェクトの呟きに胸がしめつけられる。
「…最初に言っとくぞ。始まっちまったら、俺は、壊れちまう、手加減とか、できねえからよ! すまねえな、だから…」
「もう、いいって!」
まだだ、まだ、その糸を切らないでくれ!
「うだうだ言ってないでさあ!」
「……だな」
組んでいた両腕を降ろし、ジェクトはステージの中央へ足を進めた。
ほんの数歩離れただけなのに、その後ろ姿が急に遠くなった気がして、その背に飛びつきたくなった。
「……んじゃ、いっちょやるか!!」
ジェクトが腕を上げて構える。気合いの込められた低い唸り声のような掛け声を上げながら、ジェクトは顔前で腕を交差させる。
そこから放たれた眩しい光が、ジェクトを包んでいく。
それと同時に感じる、ジェクトの凄まじい力。
強大な敵が目の前に降り立ったときのような殺気と覇気。
その体を光に包んだまま、ジェクトは1歩、また1歩と後退していく。
その先は、ステージの上から見下ろすザナルカンドの街並み。
このステージがどれほどの高さがあるのかなんてわからない。
だが、ジェクトの足は止まらない。
はっとした少年が走り出す。
「ティーダ!!」
思わず叫んだ声にも、少年は怯まない。
父親の、ジェクトのいるそのステージの端を目指して走った。
少年の張り詰めた糸は、音を立てて、途切れた。
伸ばした手は宙を掴み、ジェクトの体は時間の流れが遅くなってしまったかのように、ゆっくりとステージの向こう側に倒れて消えた。
→ 最終章
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大きなステージがそこにあった。
眼下に広がる光の海。
巨大な街がそこから一望できる。
ここがシンの体内であることを忘れさせてしまうような美しい夜景。
“眠らない街”とはよく言ったものだ。
そこに、1人の男が立っていた。
こちらに背を向け、腕を組んで、じっとこのステージの上から光溢れる巨大な街を見下ろしていた。
『てっぺんからの眺めってやつをよ、見せてやりてぇんだ!』
ふいにあの時の言葉が浮かんできた。
これとは意味が違うと解ってはいるが、この眺めは正にその言葉に相応しい。
少年が一歩を踏み出す。
連られるように思わず私も足を出してしまうが、咄嗟に思いとどまる。
数歩進んだ少年の後を、仲間達が追う。
それを見て漸く私も歩き始めた。
近付いていく、あの懐かしい姿に。手が届く、あの大きな背中に…。
少年の足が止まる。それに合わせて仲間達の足も止まった。
その輪から少し離れた位置で私とアーロンも足を止めた。
少年はずっと俯いたままだ。
「おせーぞ、アーロン!待ちくたびれちまったぜ」
組んだ腕を解いて、いつものように頭を左右に傾けて首をコキリと鳴らしてみせた。
「…すまん」
素直に謝罪の言葉を口にするアーロンの口調が10年前のそれに戻っていたことに、恐らく本人も気付いていないのだろう。
そして、そこでやっとこちらを振り返る。
ジェクトの視線の先には何とも言えないような表情をした少年。
「よう」
片手を軽く振り上げて、ジェクトは小さく笑みを浮かべた。
ジェクトだ。ジェクトが、いる。
10年という時間を経てなお、あの時と変わらぬ姿のジェクトがそこにいる。
姿を見ることもなく、魂の匂いを感じることもできなかった懐かしい存在なのに、なんだろう、つい昨日のことのような感じがする。
心臓が高鳴るのは、顔が火照るのは、指先がピリピリするのは、どうして?
気付かないうちに、私はニヤけてしまっていたらしい。
嬉しいような気恥ずかしいような感覚で口許の頬がピクリと動いた。
「……ん?……お、もしかして、ラフテル、か?」
少年の後ろに並ぶ仲間達の顔を順に見渡していたジェクトが一度私を通りすぎた後、はっとしたように勢いよくまた視線を向けた。
「久しぶりだな、ジェクト」
先程ジェクトがしてみせたように、私も片手を軽く上げて言葉を返す。
「なんだなんだ、すっかりいい女になっちまって!10年前はまだてんでお子様だったのによ!」
「そりゃ、10年も経てばね」
「髪、伸ばしたのか。…ん、よく似合ってんな。だが、そのかっこは頂けねえな。昔っから男みてえな格好ばっかしやがってよ。せっかくきれいな髪してんだ、女らしいところ見せりゃ、堅物のアーロンだってイチコロってなもんだ、なあ、アーロン!」
「…心配しなくていい、ジェクト。こいつはもう俺のだ」
そう言って、僅かに頬が火照っている私の肩をぐいと抱き寄せた。
「おおっと、俺の出る幕じゃなかったな。…だが、まあ、積もる話しはまた後にしようや」
ジェクトは改めて少年のほうに向き直った。
「へっ、背ばっか伸びてヒョロヒョロじゃねえか! ちゃんとメシ食ってんのか、ああん?」
バカにしたようなセリフにも、少年は何も答えない。
「久しぶりだな…」
「…あぁ」
「でかくなったな」
今度は子を思う親の表情になって、ジェクトが少年に声を掛ける。
少年は俯いたまま、小さく答えた。
「まだ、あんたのほうがでかい」
「はーっはっはっはっはっは!! そりゃなんたって、俺はシンだからな!」
「笑えないっつーの!」
離れていた10年という歳月。私やアーロンにとっての10年と、親子にとっての10年では重みも意味も違って来るだろう。
大人の10年は老いとしかならないが、子供にとってそれは成長を意味する。
当時の旅の間にジェクトが口にしていた息子は、記憶の中の少年は小さいガキでしかなかった。
だが今目の前に立つ息子は立派に成長した青年の姿。
驚きであり、喜ばしくもあるだろう。
「ジェクト」
いまだに小さな笑いを繰り返しているジェクトに声を掛ける。
「ん?…あ、ああ、そうか…。んじゃ、まあ…、その…さっさとケリつけっか」
「…オヤジ」
「…おお?」
「……バカ」
「それでいいさ」
再び力なく小さく笑ったジェクトの顔は、どこか満足げだった。
「どうすりゃいいか、わかってんな」
「ああ……」
顔を上げた少年の、張り詰めた糸がピリピリと音を立て始める。
ここまでずっと持ちこたえられていた精神が、切れてしまいそうだ。
「間に合ってよかったぜ。もうすぐ俺は心の底からシンになっちまう。…もう、祈りの歌もあんまり聞こえねーんだ。」
その寂しそうなジェクトの呟きに胸がしめつけられる。
「…最初に言っとくぞ。始まっちまったら、俺は、壊れちまう、手加減とか、できねえからよ! すまねえな、だから…」
「もう、いいって!」
まだだ、まだ、その糸を切らないでくれ!
「うだうだ言ってないでさあ!」
「……だな」
組んでいた両腕を降ろし、ジェクトはステージの中央へ足を進めた。
ほんの数歩離れただけなのに、その後ろ姿が急に遠くなった気がして、その背に飛びつきたくなった。
「……んじゃ、いっちょやるか!!」
ジェクトが腕を上げて構える。気合いの込められた低い唸り声のような掛け声を上げながら、ジェクトは顔前で腕を交差させる。
そこから放たれた眩しい光が、ジェクトを包んでいく。
それと同時に感じる、ジェクトの凄まじい力。
強大な敵が目の前に降り立ったときのような殺気と覇気。
その体を光に包んだまま、ジェクトは1歩、また1歩と後退していく。
その先は、ステージの上から見下ろすザナルカンドの街並み。
このステージがどれほどの高さがあるのかなんてわからない。
だが、ジェクトの足は止まらない。
はっとした少年が走り出す。
「ティーダ!!」
思わず叫んだ声にも、少年は怯まない。
父親の、ジェクトのいるそのステージの端を目指して走った。
少年の張り詰めた糸は、音を立てて、途切れた。
伸ばした手は宙を掴み、ジェクトの体は時間の流れが遅くなってしまったかのように、ゆっくりとステージの向こう側に倒れて消えた。
→ 最終章