第1章【ルカ~ミヘン街道】
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10年分の余裕
=6=
旅慣れしてる体というものは、しっかりと栄養を摂ると今度はしっかりとした休養を欲してくる。
食事が終わるとすぐに、男達は酒に手が伸びる。
思わず、大酒呑みだったジェクトが思い浮かぶが、この少年がそこまでジェクトに酷似しているとは思えなかったので、軽い挨拶だけ交わして先に休ませて貰うことにした。
部屋にはベッドが4つ。男たちの部屋も同じ作りなのだろう。
出入り口に一番近いベッドにジャケットを脱いで横になる。
そしてまたあの夢を見る。
自分の目の前を歩く緋色を纏った男。
立ち止まり、ゆっくりと振り返りながら名前を呼び、そして手を差し伸べる。
いつもそこで目が覚める。
差し伸べられた手を、私はどうしようとしているのだろうか?
何をしたいんだろうか?
目の前を進む緋色の背中に揺れる長い黒髪に憧れていたことまで思い出した。
いつだったか、触れてもいいかと聞いたとき、奴は顔を赤らめて怒り口調で諌めたっけ。
目が覚めて、同じ部屋の他のベッドにユウナとルールーが眠っているのを確認して、私はベッドを抜け出した。
今夜は少し空気が乾燥しているのだろうか?妙に喉の渇きを覚えて、水場に足を運んだ。
小さなグラスに注いだ水を静かに飲み干す。
少しだけ開かれたままの窓から、潮風に乗って微かに異界の匂いが届いた。
と同時に鈍い羽音を立てて、夜行性の魔物が1匹公司の窓の外を横切っていった。
ふいに強くなった匂いに、吐き出しかけた溜息を飲み込んだ。
なんだ、このありきたりなシチュエーション…
再びグラスに水を注ぎ、振り返ることなく言葉を紡ぐ。
「あんたも飲む?」
ギシリと床板が軋む音にビクリと肩を振るわせた。
「10年で、随分と優しくなったようだな」
近付く気配と声を背中に感じたまま、翳したグラスを持つ手を動かすことができずにいた。
突然、背筋を異様の知れない悪寒が走る。
「…っ!!」
息を飲み、グラスを落としそうになってなんとか堪えた。
未だに後ろに1つに纏めている私の髪を、触った…?
「伸びたな」
「…切ってないだけだよ」
髪に触れた手はそのまま、私の手からグラスだけを取り去った。
そこで漸く私は後ろを振り返る。
私の手から渡った小さなグラスは、コイツの手の中に在ると益々小さく見える。
いつもの赤い上着は着ておらず、両腕の筋肉を隆々と惜しげもなく晒している姿は、10年前のあの時と変わらない。
ただ、白いものが増えた髪と、顔の下まで続く大きなキズがやけに目に付くだけ。
顔を上向け、喉仏を上下に揺らして一口で飲み干す姿に、心臓が一際大きく跳ねたのを感じた。
…まただ。
また、この目だ。
視線を外せなくなる。
じっと真剣な眼差しで、射抜かれてしまうんじゃないだろうかと錯覚するほどの視線で、たった1つの眼で、私の2つの眼を捉えて離さない。
その口元が、僅かに持ち上がる。
10年前には決してしなかった余裕を浮かばせた笑み。
あぁ、でも、遅かったな。
10年前の私だったらこれで落ちてたかもしれない。でも残念。10年と言う月日は、そんな子供だった私でさえそれをあしらえるほどに成長させてしまってた。
「グラス、片付けておいてくれ。 もう遅いし、私は、戻る…」
ミヘン街道でそうしたように、やつの片手が頬にそっと触れた。
言葉を紡ぐことが出来なくなって、息と共に飲み込んだ。
「10年でお前は本当に優しくなった…」
先程と同じ言葉を繰り返すこいつの意図が分からず、せっかくやっと外した視線を、また戻されてしまう。
心臓が鼓動を早め、顔が火照っていくのを感じる。
「(なんでこんなことで…!)」
「…あ、あんたは10年で変態になった!」
「そうだな」
なぜ否定しないのか。
わざと怒らせるつもりで言ったのに、あっさりと返されてしまった。
なんでこんなに悔しいのだろうか?
ヘタをすればこのまま流されてしまいそうな雰囲気を断ち切ろうと、頬に触れている手を勢いよく払いのけた。
「…酔ってる?」
「かもな」
食事の後の酒を、男達は一体どれほど呑んだのかなんて興味は無い。知りたくも無い。
こうして近くにいるだけで酒の匂いが届く程には呑んだのだろう。
「酔った勢いで何かしようとした訳?」
「酔っていなくても、どうにかしてやろうとは考えてるが?」
顔が、熱い…
いつもの低い声が、酒を呑んだことで少し掠れて聞こえる。
逃げられない視線からなんとか顔を背けて、奴の体を押し返した。
「おやすみ、バカ」
そのまま逃げるように部屋に戻り、ベッドに潜り込んだ。
早い鼓動はしばらく収まらず、体全体が脈打っているような感覚に囚われる。
「……バカやろー…」
小さく呟いて、無理矢理目を閉じた。
→
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旅慣れしてる体というものは、しっかりと栄養を摂ると今度はしっかりとした休養を欲してくる。
食事が終わるとすぐに、男達は酒に手が伸びる。
思わず、大酒呑みだったジェクトが思い浮かぶが、この少年がそこまでジェクトに酷似しているとは思えなかったので、軽い挨拶だけ交わして先に休ませて貰うことにした。
部屋にはベッドが4つ。男たちの部屋も同じ作りなのだろう。
出入り口に一番近いベッドにジャケットを脱いで横になる。
そしてまたあの夢を見る。
自分の目の前を歩く緋色を纏った男。
立ち止まり、ゆっくりと振り返りながら名前を呼び、そして手を差し伸べる。
いつもそこで目が覚める。
差し伸べられた手を、私はどうしようとしているのだろうか?
何をしたいんだろうか?
目の前を進む緋色の背中に揺れる長い黒髪に憧れていたことまで思い出した。
いつだったか、触れてもいいかと聞いたとき、奴は顔を赤らめて怒り口調で諌めたっけ。
目が覚めて、同じ部屋の他のベッドにユウナとルールーが眠っているのを確認して、私はベッドを抜け出した。
今夜は少し空気が乾燥しているのだろうか?妙に喉の渇きを覚えて、水場に足を運んだ。
小さなグラスに注いだ水を静かに飲み干す。
少しだけ開かれたままの窓から、潮風に乗って微かに異界の匂いが届いた。
と同時に鈍い羽音を立てて、夜行性の魔物が1匹公司の窓の外を横切っていった。
ふいに強くなった匂いに、吐き出しかけた溜息を飲み込んだ。
なんだ、このありきたりなシチュエーション…
再びグラスに水を注ぎ、振り返ることなく言葉を紡ぐ。
「あんたも飲む?」
ギシリと床板が軋む音にビクリと肩を振るわせた。
「10年で、随分と優しくなったようだな」
近付く気配と声を背中に感じたまま、翳したグラスを持つ手を動かすことができずにいた。
突然、背筋を異様の知れない悪寒が走る。
「…っ!!」
息を飲み、グラスを落としそうになってなんとか堪えた。
未だに後ろに1つに纏めている私の髪を、触った…?
「伸びたな」
「…切ってないだけだよ」
髪に触れた手はそのまま、私の手からグラスだけを取り去った。
そこで漸く私は後ろを振り返る。
私の手から渡った小さなグラスは、コイツの手の中に在ると益々小さく見える。
いつもの赤い上着は着ておらず、両腕の筋肉を隆々と惜しげもなく晒している姿は、10年前のあの時と変わらない。
ただ、白いものが増えた髪と、顔の下まで続く大きなキズがやけに目に付くだけ。
顔を上向け、喉仏を上下に揺らして一口で飲み干す姿に、心臓が一際大きく跳ねたのを感じた。
…まただ。
また、この目だ。
視線を外せなくなる。
じっと真剣な眼差しで、射抜かれてしまうんじゃないだろうかと錯覚するほどの視線で、たった1つの眼で、私の2つの眼を捉えて離さない。
その口元が、僅かに持ち上がる。
10年前には決してしなかった余裕を浮かばせた笑み。
あぁ、でも、遅かったな。
10年前の私だったらこれで落ちてたかもしれない。でも残念。10年と言う月日は、そんな子供だった私でさえそれをあしらえるほどに成長させてしまってた。
「グラス、片付けておいてくれ。 もう遅いし、私は、戻る…」
ミヘン街道でそうしたように、やつの片手が頬にそっと触れた。
言葉を紡ぐことが出来なくなって、息と共に飲み込んだ。
「10年でお前は本当に優しくなった…」
先程と同じ言葉を繰り返すこいつの意図が分からず、せっかくやっと外した視線を、また戻されてしまう。
心臓が鼓動を早め、顔が火照っていくのを感じる。
「(なんでこんなことで…!)」
「…あ、あんたは10年で変態になった!」
「そうだな」
なぜ否定しないのか。
わざと怒らせるつもりで言ったのに、あっさりと返されてしまった。
なんでこんなに悔しいのだろうか?
ヘタをすればこのまま流されてしまいそうな雰囲気を断ち切ろうと、頬に触れている手を勢いよく払いのけた。
「…酔ってる?」
「かもな」
食事の後の酒を、男達は一体どれほど呑んだのかなんて興味は無い。知りたくも無い。
こうして近くにいるだけで酒の匂いが届く程には呑んだのだろう。
「酔った勢いで何かしようとした訳?」
「酔っていなくても、どうにかしてやろうとは考えてるが?」
顔が、熱い…
いつもの低い声が、酒を呑んだことで少し掠れて聞こえる。
逃げられない視線からなんとか顔を背けて、奴の体を押し返した。
「おやすみ、バカ」
そのまま逃げるように部屋に戻り、ベッドに潜り込んだ。
早い鼓動はしばらく収まらず、体全体が脈打っているような感覚に囚われる。
「……バカやろー…」
小さく呟いて、無理矢理目を閉じた。
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