第4章【マカラーニャ~ベベル】
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その男危険につき
=31=
「お待ちしておりました」
寺院の中には、すでにシーモアがいた。
このマカラーニャの気候の寒さではない悪寒が背筋を這い上がる。
ゾクリと粟立つ自分の腕の感触に不快感を覚える。
表向きの優しさを孕んだ声と瞳が、かえってその裏に燃え盛る黒い炎を象徴しているようだ。
鼓動が早まる。呼吸が苦しくなる。
なぜ、こいつにここまで嫌悪感を抱くのだろうか?
危険だと言う何かの知らせ、ではない、もっと奥底の別の誰か…
それが誰かなんて、もう分かっている。
私の胸の中に眠る、今はもう消えてしまった魂の持ち主。
入れ物となった私の中の祈り子の欠片の人物。
その命を奪った張本人が、今目の前で怪しく微笑んでいるのだ。
私の中の感情が、記憶が、感覚が、彼と同化して恐怖を覚えているのだ。
「ユウナ殿、こんなに早くお返事を頂けるとは、誠に嬉しく思います。承諾してくれると受け取って、宜しいのですね」
低い甘い声がゆっくりとこちらに近寄ってくる。
「あ、は、はい…。でもあの、私、結婚しても旅を…」
「勿論、私もそのつもりです。スピラに平和と安息を齎す為に、そして愛する者と共にその時を向かえるため、私も共に参りましょう」
「一緒に、来て下さるのですか…?」
「…勿論です。 その為には力をつけなくてはなりません。さあユウナ殿、祈り子の間へ」
「…はい」
「?」
甘い匂いが鼻を突く。
何だ、これは?
魔法特有の空気の歪みや肌に感じるザワザワとした流れとはまた違う、何か…
これは、何かの魔法、なのか?
ユウナの様子がおかしい。
不安な表情はなくなり、それどころかシーモアの言いなりでまるで、洗脳でもされたかのように大人しく言われたままに返事をする。
共も付けずにシーモアはユウナを伴って歩き始める。
私もすかさずその後を追う。シーモアは私を一瞥すると何事もないかのように再び前を向いた。
祈り子の部屋に入り、ユウナはそのまま祈り子の間へ消える。
扉の前まで見送ったシーモアがこちらを振り返った。
その顔は恍惚としており、先程までユウナに向けていた眼差しとはまるで違う視線を落としてくる。
「ラフテル様…あなたが来てくれて本当に嬉しく思いますよ。私の夢に本当に必要なのは、あなたなのですから」
恐怖で体が動かない。奴の言葉一つ一つが癇に障る。嫌な汗が額を伝い、鼓動は胸を突き破りそうだ。
「…どういう、意味?」
フフフ、といかにも楽しそうに、嬉しそうに笑みを零し、竦んで動けない私に近付いてくる。
「お分かりになりませんか?」
「あんたの腹の中なんて分かりたくもない」
「おやおや、伝説のガードともあろうお方がそんな言葉を私に向けて良いと思っているのですか?」
表向きはエボンに与する従順な召喚士のガードを演じてきた。
だがもう、そんな必要はない。私は私を偽ることをもうやめた。
気に食わない奴にははっきりと拒絶の態度を取らせてもらう。
「ユウナと結婚して、何をするつもり?何が目的だ? 真にスピラに一時の夢を与える為だなんて、私には通用しない」
「…かつてシンを打ち滅ぼした経験のある人間の言葉とは思えませんね」
「…?」
「私が何のためにユウナ殿をお呼びしたのか、なぜあなたを求めるのか、答えを知りたいですか?」
「…愚問だ」
「フフフ…。そうですね、ここで答えを言ってしまうのは簡単ですが、できればあなた自身に理解して欲しいものです」
「………」
「ユウナ殿が召喚士であり、そしてあなたが入れ物であるということが理由のヒントですよ」
「…召喚士、入れ物……?」
私にはまだ何のことなのか分からない。
シーモアが更に近付いてくる。
私が動けないでいるのをいいことに、手を伸ばせば触れられる位置まで足を進めた。
途端に甘い匂いがした。
甘い甘い、全ての思考を停止させてしまうような、体中の筋肉が弛緩してしまうような、そんな香りが。
あんなに拒絶していたシーモアの存在が大きくなる。
この香りにもっと溺れたくなってくる。
頬に触れた長い指の冷たい感触に喜びさえ覚えてしまう。
「あなたは、もっと生きていたいと思っているのでしょう…?」
「…ど、どうして、それ、を…?」
「魂の消えた入れ物は壊れてしまう。こんなに美しい入れ物が醜く壊れるのは、儚いが口惜しい。…ラフテル様」
「…な、何…?」
「入れ物となった人間が元に戻れることはありません。ですが…」
「…?」
「命を永らえさせる方法があるとしたら…? あなたは、生きたいですか?それとも壊れたいですか?」
「…い、生き、たい…」
どうして、こいつと会話をしているのだろう。
なぜ不快ではないのだろう。
なぜ、素直に答えてしまったのだろう…?
私の時間を奪った張本人が目の前にいる。
私にあんな仕打ちをしたくせに、時間を奪ったくせに、今はその時間を与えてくれると言う。
……意味が、わからない。
なのに、そんなことを考えるのも億劫になってくる。
考えること自体が出来なくなる。
頭の中では拒絶したいと思っている。なのに、体の自由が利かない。
口が勝手に己の奥底に眠る願望を紡いでいる。
甘い香りに体中の全部が操られているようで、心地よいとさえ感じている。
もっと、もっとと何かを求めている。
時間のない私に、この男の話はその意味が大きすぎる。
生きられる、まだ私には時間が、生きるという時間が与えられる。
これほど嬉しいことはない。
生きられるのだ。まだ…
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「お待ちしておりました」
寺院の中には、すでにシーモアがいた。
このマカラーニャの気候の寒さではない悪寒が背筋を這い上がる。
ゾクリと粟立つ自分の腕の感触に不快感を覚える。
表向きの優しさを孕んだ声と瞳が、かえってその裏に燃え盛る黒い炎を象徴しているようだ。
鼓動が早まる。呼吸が苦しくなる。
なぜ、こいつにここまで嫌悪感を抱くのだろうか?
危険だと言う何かの知らせ、ではない、もっと奥底の別の誰か…
それが誰かなんて、もう分かっている。
私の胸の中に眠る、今はもう消えてしまった魂の持ち主。
入れ物となった私の中の祈り子の欠片の人物。
その命を奪った張本人が、今目の前で怪しく微笑んでいるのだ。
私の中の感情が、記憶が、感覚が、彼と同化して恐怖を覚えているのだ。
「ユウナ殿、こんなに早くお返事を頂けるとは、誠に嬉しく思います。承諾してくれると受け取って、宜しいのですね」
低い甘い声がゆっくりとこちらに近寄ってくる。
「あ、は、はい…。でもあの、私、結婚しても旅を…」
「勿論、私もそのつもりです。スピラに平和と安息を齎す為に、そして愛する者と共にその時を向かえるため、私も共に参りましょう」
「一緒に、来て下さるのですか…?」
「…勿論です。 その為には力をつけなくてはなりません。さあユウナ殿、祈り子の間へ」
「…はい」
「?」
甘い匂いが鼻を突く。
何だ、これは?
魔法特有の空気の歪みや肌に感じるザワザワとした流れとはまた違う、何か…
これは、何かの魔法、なのか?
ユウナの様子がおかしい。
不安な表情はなくなり、それどころかシーモアの言いなりでまるで、洗脳でもされたかのように大人しく言われたままに返事をする。
共も付けずにシーモアはユウナを伴って歩き始める。
私もすかさずその後を追う。シーモアは私を一瞥すると何事もないかのように再び前を向いた。
祈り子の部屋に入り、ユウナはそのまま祈り子の間へ消える。
扉の前まで見送ったシーモアがこちらを振り返った。
その顔は恍惚としており、先程までユウナに向けていた眼差しとはまるで違う視線を落としてくる。
「ラフテル様…あなたが来てくれて本当に嬉しく思いますよ。私の夢に本当に必要なのは、あなたなのですから」
恐怖で体が動かない。奴の言葉一つ一つが癇に障る。嫌な汗が額を伝い、鼓動は胸を突き破りそうだ。
「…どういう、意味?」
フフフ、といかにも楽しそうに、嬉しそうに笑みを零し、竦んで動けない私に近付いてくる。
「お分かりになりませんか?」
「あんたの腹の中なんて分かりたくもない」
「おやおや、伝説のガードともあろうお方がそんな言葉を私に向けて良いと思っているのですか?」
表向きはエボンに与する従順な召喚士のガードを演じてきた。
だがもう、そんな必要はない。私は私を偽ることをもうやめた。
気に食わない奴にははっきりと拒絶の態度を取らせてもらう。
「ユウナと結婚して、何をするつもり?何が目的だ? 真にスピラに一時の夢を与える為だなんて、私には通用しない」
「…かつてシンを打ち滅ぼした経験のある人間の言葉とは思えませんね」
「…?」
「私が何のためにユウナ殿をお呼びしたのか、なぜあなたを求めるのか、答えを知りたいですか?」
「…愚問だ」
「フフフ…。そうですね、ここで答えを言ってしまうのは簡単ですが、できればあなた自身に理解して欲しいものです」
「………」
「ユウナ殿が召喚士であり、そしてあなたが入れ物であるということが理由のヒントですよ」
「…召喚士、入れ物……?」
私にはまだ何のことなのか分からない。
シーモアが更に近付いてくる。
私が動けないでいるのをいいことに、手を伸ばせば触れられる位置まで足を進めた。
途端に甘い匂いがした。
甘い甘い、全ての思考を停止させてしまうような、体中の筋肉が弛緩してしまうような、そんな香りが。
あんなに拒絶していたシーモアの存在が大きくなる。
この香りにもっと溺れたくなってくる。
頬に触れた長い指の冷たい感触に喜びさえ覚えてしまう。
「あなたは、もっと生きていたいと思っているのでしょう…?」
「…ど、どうして、それ、を…?」
「魂の消えた入れ物は壊れてしまう。こんなに美しい入れ物が醜く壊れるのは、儚いが口惜しい。…ラフテル様」
「…な、何…?」
「入れ物となった人間が元に戻れることはありません。ですが…」
「…?」
「命を永らえさせる方法があるとしたら…? あなたは、生きたいですか?それとも壊れたいですか?」
「…い、生き、たい…」
どうして、こいつと会話をしているのだろう。
なぜ不快ではないのだろう。
なぜ、素直に答えてしまったのだろう…?
私の時間を奪った張本人が目の前にいる。
私にあんな仕打ちをしたくせに、時間を奪ったくせに、今はその時間を与えてくれると言う。
……意味が、わからない。
なのに、そんなことを考えるのも億劫になってくる。
考えること自体が出来なくなる。
頭の中では拒絶したいと思っている。なのに、体の自由が利かない。
口が勝手に己の奥底に眠る願望を紡いでいる。
甘い香りに体中の全部が操られているようで、心地よいとさえ感じている。
もっと、もっとと何かを求めている。
時間のない私に、この男の話はその意味が大きすぎる。
生きられる、まだ私には時間が、生きるという時間が与えられる。
これほど嬉しいことはない。
生きられるのだ。まだ…
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