第3章【グアドサラム~マカラーニャ】
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暖かい場所
=29=
空気が冷たくなった。
異界の匂いは薄れ、その代わりに特有の雪の匂いに変わる。
吐く息は白くなり、時折すり抜ける風は体温を容赦なく下げていく。
ここで思い出すことは、私1人だけの思い出。
それはブラスカにもユウナにも関係の無い、私個人の記憶。
もう、忘れてしまいたいのに、…いやもしかしたら私の中の潜在意識が消そうとしているのかもしれない。
元々雪国の生まれのキマリ、比較的暖かい服装のアーロン、黒魔法を使えるルールーや私以外は、皆この気温の変化に対応できないようだ。
すっかり凍えてしまった指ではまともに武器を振るうことも出来ず、寒さに硬直した体は魔物と遭遇したときの危険度を増すだけだ。
森を抜けた平地の一角に、微かに煙の立ち上る建物が見えた。
「ティーダ、あそこで休んでくから、そこまで頑張れ」
「…了解っス」
グアドサラムを出てからずっと歩き詰めでゆっくり休んでもいなかったからなのか、公司の中の暖房器具の温かさに当てられているうちに眠気が襲ってきた。
周りを見るとそれは私だけではないらしく、少年やユウナ、リュックはすでに舟を漕いでいる。
ワッカやルールーも顔には出さないが当然疲れているだろう。
「ルールー、部屋に入って休もうか?ユウナとリュックも連れて」
「そうね、ユウナがこんな状態じゃ、ね」
瞼が半分落ちて意識もはっきりしない2人をなんとか立たせて、ルールーは先に部屋に入っていった。
「みんなも、休める内に休んで」
小さく頷いたキマリと微かに返事を返したワッカを確認してから、アーロンの座る位置へと近付いた。
「アーロン、聞きたいことが、ある…」
「………」
私たち2人の空気を察したのか、ワッカはすっかり眠りに落ちている少年を抱え上げると、キマリと共に部屋へ入っていった。
私達の他にもいた幾人かの旅人らしき姿も、いつの間にかそこからいなくなっていた。
公司の受付にいたアルベドの女性もそこには居らず、暖房器具の中で燃え盛る炎の音だけが部屋の中に響いていた。
「今、聞かねばならんのか」
「…言っただろ? 私には時間がない」
私の一言で、アーロンの目がコチラに向いた。
忘れていたのだろうか?
はっとした様子で溜息を吐き出した。
どうせまたいつものように逃れられない視線で誤魔化そうとするのだろう。
だが、私だってそう何度もそんな手で流される訳には行かないのだ。
「お前も休んだほうがいいんじゃないのか?」
意地悪そうに私に言う。
「こっちのセリフだ」
「…フッ、幸か不幸か、この体はそれほど眠りを必要とせん」
あ、なるほど、なんて妙に納得してしまったが、この男はまたそんなことを言って話をはぐらかすつもりなのだろうか。
「眠らなくていいのなら、好都合じゃないか。昔話でもするつもりでさ」
独り言でいいから、聞かせて欲しい、とアーロンの横に腰を下ろした。
「何を言ってるんだか」
そう言いながらも、アーロンは私の肩を引き寄せる。
旅の終着点が近付いたからか、寒さで人恋しくなったからか、私は遠慮することもなくアーロンの胸に凭れかかった。
こんなに死者を側に感じて、その匂いを吸い込んで、腕の温かさにまどろんだことなんて、なかった。
今この時間がもっとずっと長く続けばいいのに、そんな少女のような淡い期待が、自分の胸にもあったなんてことに驚く。
私は現実を知っている。真実を知っている。私たちの運命を、知っている。
この幸せだと思える時間がそう長く続かないことを、知っていた。
アーロンが、低い声で何かを話している。
声は耳に届くが、それは朧気で夢現で、何を話しているのかまでははっきりと聞き取ることが出来ない。
肩を抱き寄せるアーロンの手に力が込められ、すっかり重くなってしまった瞼を持ち上げることも出来ず、フワリと唇に感じた柔らかい感触に、異界の匂いを強く感じた。
「(できればお前には、知って欲しくはない。 …俺が死んだ理由など…)」
微かに聞こえたアーロンの呟きが、たぶんそう言葉を紡いだんだろうと、勝手に構築して完結した。
夢の中で見る、赤い背中。
あぁ、またこの夢を見ているんだと、夢の中で気付く。
どうしていつもこの場面なのか、これに何の意味があるのかわからない。
でも、この背中を見て、存在を確認することが出来るのは、安心。
これは、あくまでも記憶。
私の中に残る記憶の断片が垣間見せているだけの、ただの思い出。
思い出というからには、過去に本当に体験したってことになるはずなのに、そこにはブラスカもジェクトもいない。
ただ、私の目の前を進んでいく赤い背中と、長い黒髪。
どうしていつもこいつだけなのだろうか?
どうしていつもこの場面だけなのだろうか?
私は、こいつのことを…?
足が止まり、そいつが振り返る。
あぁ、もうすぐ私は目覚めてしまう。
予想通りに赤い背中がこちらを振り返り、そして名を呼び手を差し伸べる。
「…ん」
「目が覚めたか」
「…!?」
開いた目に飛び込んできたのは、見慣れた赤。
私はまだ夢を見ているのだろうか?
暖房の炎の音と共に聞こえてくるのは仲間たちの声、そして程よい刺激をくすぐる食事の匂い。
雪が降っているからなのか、窓から一層明るい光が差し込んでいる。
はっとして身を起こす。
「今日一番の寝ぼすけはラフテル様だったな」
「おはようございます、ラフテルさん」
「なになに~~?ラフテルってば、おっちゃんと一晩中何やってたわけ~~?」
次々に掛けられる声に反応できるまでに少々時間がかかる。
そして今の自分の状況を確認しようと、視線を近くに巡らせる。
ふいに肩を強く抱かれた。
「!?」
「フッ、お前たちにはまだ早い」
頭の上からアーロンの余裕たっぷりの言葉が含み笑いと共に耳に届く。
イマイチ状況が飲み込めない私は寝起きの頭で、顔を真っ赤にしている若者たちに苦笑いを向けて見せた。
→
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空気が冷たくなった。
異界の匂いは薄れ、その代わりに特有の雪の匂いに変わる。
吐く息は白くなり、時折すり抜ける風は体温を容赦なく下げていく。
ここで思い出すことは、私1人だけの思い出。
それはブラスカにもユウナにも関係の無い、私個人の記憶。
もう、忘れてしまいたいのに、…いやもしかしたら私の中の潜在意識が消そうとしているのかもしれない。
元々雪国の生まれのキマリ、比較的暖かい服装のアーロン、黒魔法を使えるルールーや私以外は、皆この気温の変化に対応できないようだ。
すっかり凍えてしまった指ではまともに武器を振るうことも出来ず、寒さに硬直した体は魔物と遭遇したときの危険度を増すだけだ。
森を抜けた平地の一角に、微かに煙の立ち上る建物が見えた。
「ティーダ、あそこで休んでくから、そこまで頑張れ」
「…了解っス」
グアドサラムを出てからずっと歩き詰めでゆっくり休んでもいなかったからなのか、公司の中の暖房器具の温かさに当てられているうちに眠気が襲ってきた。
周りを見るとそれは私だけではないらしく、少年やユウナ、リュックはすでに舟を漕いでいる。
ワッカやルールーも顔には出さないが当然疲れているだろう。
「ルールー、部屋に入って休もうか?ユウナとリュックも連れて」
「そうね、ユウナがこんな状態じゃ、ね」
瞼が半分落ちて意識もはっきりしない2人をなんとか立たせて、ルールーは先に部屋に入っていった。
「みんなも、休める内に休んで」
小さく頷いたキマリと微かに返事を返したワッカを確認してから、アーロンの座る位置へと近付いた。
「アーロン、聞きたいことが、ある…」
「………」
私たち2人の空気を察したのか、ワッカはすっかり眠りに落ちている少年を抱え上げると、キマリと共に部屋へ入っていった。
私達の他にもいた幾人かの旅人らしき姿も、いつの間にかそこからいなくなっていた。
公司の受付にいたアルベドの女性もそこには居らず、暖房器具の中で燃え盛る炎の音だけが部屋の中に響いていた。
「今、聞かねばならんのか」
「…言っただろ? 私には時間がない」
私の一言で、アーロンの目がコチラに向いた。
忘れていたのだろうか?
はっとした様子で溜息を吐き出した。
どうせまたいつものように逃れられない視線で誤魔化そうとするのだろう。
だが、私だってそう何度もそんな手で流される訳には行かないのだ。
「お前も休んだほうがいいんじゃないのか?」
意地悪そうに私に言う。
「こっちのセリフだ」
「…フッ、幸か不幸か、この体はそれほど眠りを必要とせん」
あ、なるほど、なんて妙に納得してしまったが、この男はまたそんなことを言って話をはぐらかすつもりなのだろうか。
「眠らなくていいのなら、好都合じゃないか。昔話でもするつもりでさ」
独り言でいいから、聞かせて欲しい、とアーロンの横に腰を下ろした。
「何を言ってるんだか」
そう言いながらも、アーロンは私の肩を引き寄せる。
旅の終着点が近付いたからか、寒さで人恋しくなったからか、私は遠慮することもなくアーロンの胸に凭れかかった。
こんなに死者を側に感じて、その匂いを吸い込んで、腕の温かさにまどろんだことなんて、なかった。
今この時間がもっとずっと長く続けばいいのに、そんな少女のような淡い期待が、自分の胸にもあったなんてことに驚く。
私は現実を知っている。真実を知っている。私たちの運命を、知っている。
この幸せだと思える時間がそう長く続かないことを、知っていた。
アーロンが、低い声で何かを話している。
声は耳に届くが、それは朧気で夢現で、何を話しているのかまでははっきりと聞き取ることが出来ない。
肩を抱き寄せるアーロンの手に力が込められ、すっかり重くなってしまった瞼を持ち上げることも出来ず、フワリと唇に感じた柔らかい感触に、異界の匂いを強く感じた。
「(できればお前には、知って欲しくはない。 …俺が死んだ理由など…)」
微かに聞こえたアーロンの呟きが、たぶんそう言葉を紡いだんだろうと、勝手に構築して完結した。
夢の中で見る、赤い背中。
あぁ、またこの夢を見ているんだと、夢の中で気付く。
どうしていつもこの場面なのか、これに何の意味があるのかわからない。
でも、この背中を見て、存在を確認することが出来るのは、安心。
これは、あくまでも記憶。
私の中に残る記憶の断片が垣間見せているだけの、ただの思い出。
思い出というからには、過去に本当に体験したってことになるはずなのに、そこにはブラスカもジェクトもいない。
ただ、私の目の前を進んでいく赤い背中と、長い黒髪。
どうしていつもこいつだけなのだろうか?
どうしていつもこの場面だけなのだろうか?
私は、こいつのことを…?
足が止まり、そいつが振り返る。
あぁ、もうすぐ私は目覚めてしまう。
予想通りに赤い背中がこちらを振り返り、そして名を呼び手を差し伸べる。
「…ん」
「目が覚めたか」
「…!?」
開いた目に飛び込んできたのは、見慣れた赤。
私はまだ夢を見ているのだろうか?
暖房の炎の音と共に聞こえてくるのは仲間たちの声、そして程よい刺激をくすぐる食事の匂い。
雪が降っているからなのか、窓から一層明るい光が差し込んでいる。
はっとして身を起こす。
「今日一番の寝ぼすけはラフテル様だったな」
「おはようございます、ラフテルさん」
「なになに~~?ラフテルってば、おっちゃんと一晩中何やってたわけ~~?」
次々に掛けられる声に反応できるまでに少々時間がかかる。
そして今の自分の状況を確認しようと、視線を近くに巡らせる。
ふいに肩を強く抱かれた。
「!?」
「フッ、お前たちにはまだ早い」
頭の上からアーロンの余裕たっぷりの言葉が含み笑いと共に耳に届く。
イマイチ状況が飲み込めない私は寝起きの頭で、顔を真っ赤にしている若者たちに苦笑いを向けて見せた。
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