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星跨ぐ者達の独白

 空に憧れた。



 小鳥を、鴉を、鷺を、鷹を。

 全ての鳥を羨んだ。

 自由な青空を飛び回り、灰色の閉ざされた街から抜け出したいと、世界を知りたいと願った。



 いつも空を見ていた。

 空は面白かった。



 晴々と太陽が輝き、青がどこまでも澄んでいる日もあれば、曇天の灰が押し迫って潰されてしまうかもと不安になる日もある。



 落ち着いた赤の夕焼けも、鮮やかな青の夜空も、何もかもが好きだった。



 いつかあの中に溶け込みたいと思っていた。

 あの雲を潜り、色彩豊かな四方に包まれたかった。



 他にも、同じ空を見ている、まだ知らぬ人と会ってみたかった。

 トウキョウの外に出て、未知の空と世界の人々を、見てみたかった。



 飛行機の操縦士になりたい。

 パイロットになろう。

 そう願うのは必然だった。



 空を飛ぶ方法は、操縦士になる他なかった。

 本当に、本当に少数だけが、免許を取ることが出来て、そして、またその中の少数だけが、実際飛行機に乗る仕事を得られるのだと聞いた。



 実際、オレは飛行機を見たことがない。

 それに、仕事の内容もわからないけれど。



 空と共になれるのならば、どんな仕事だろうが、幸せに違いないのだ。





 ……だけどその想いは果たされない。

 一生。





 色の見え方がおかしいと言われた。

 赤色の感受性が低いと診断された。



 赤と茶の違いをわかっていなかったから、病院に連れて行かれた。

 オレにとって、この二つが違う事実の方が、逆に異常だった。ずっと信じられなかった。

 憧れた夕焼けが、偽物だったと言われても。





 色の見え方がおかしいのも、視力が悪いのも、人工の翼を背負う権利を剥奪するに十分だった。





 挑戦する前から、可能性を奪われた。

 あの青空を飛ぶ鳥に、オレはなれない。





 永遠に、永久に。





 鳥に憧れ、空を愛し、将来の夢を追い続けて何もない世界で懸命に生きた。



 これまでの人生は全て無意味だった。



 本を読み解き、空を飛んだ者の意志や夢に焦がれた。勉強に精を出して優秀な成績をなんとか取り続けてきた。



 今までの頑張りは全て無駄だった。





 これからの人生は、空と縁なく這いずり回るのみ。

 あの青を、あの雲を泳ぐことは、死んでも叶わない。

 腐った地面から離れることはできない。



 その枷はあまりにも重すぎた。













 いつの間にか翼があった。



 機械ではない、生きた魂の羽を手にしていた。



 なのに、むしって地に落ちた。

 炎に飛び込み焼け爛れた。





 初めて見た本当の夕焼けの空を、鮮やかな紅い空を見て、かつての夢を思い出した時には、もう、人生なんか終わっていた。





 いまや命は雀の涙。





 こんなはずでは、こんなはずではなかったのに。



 こんなはずでは、なかったのに。





 どうして、こんなことに……。





 空に焦がれ、いつしかその想いの苦しさに、空から目を背けた。



 人を傷付け、人を倒して、今までの全てを壊して。



 無知だった自分を殺して、夢に目を輝かせる奴を踏み躙って、世界に唾を吐いて、空を忘れようとしていたのに。



 いつの間にか、上に立つことが目的になっていた。



 人々の山の上に君臨したところで、空に手は届かないというのに。



 ああ、殺してしまった。人を殺してしまった。



 取り返しのつかないことをしてしまった。



 もっと真面目に生きていれば、こんなことはしなかった。



 ちゃんと真面目に生きていれば、空を飛ぶ夢を叶えられた。





 キミたちと対等な友だちになれば。





 人を見下そうとしなければ。





 自分の力を弁えていれば。





 もっと、考えていれば。





 オレは、この美しい空を飛べたのに。



 こんなはずでは。



 ちょっと脅かすつもりだったのに。

 脅かして、自分の強さを見せつけて、それが飛行のなんになる。





 こんなはずでは。





 昔は出来ていた、人との関わり方を思い出そうとしていたのに。

 いつから友を失ったか、いつ親と話さなくなったか、思い出せない時点で無理なのに。





 燃え盛る憎悪。



 喉はその罪に焼け、声を失った。



 堕ちて、這い回る力も無くなって。





 そうして、やっと気が付いた。





 オレはもう手遅れだったって。





 自暴自棄が、オレ自身を壊していた。





 オレ自身が気付かないぐらいに。





 血が滴る。



 涙が降る。



 胸穿つ針。



 動かぬ体は昆虫標本。



 破れた翼、展翅の意味もない。







 もう空は見えない。

 何も、見えない。





 闇の中、オレを憎む声が延々と反響する。





 返してくれと泣いている。



 死んでくれと怒鳴っている。





 ずっと、ずっと、繰り返されている。



 すまない、オレにはどちらも出来ない。





 耳を塞ぎたくても、腕が動かない。

 そもそも、耳が捉えた声なのかもわからない。

 詫びたくても、息を吸えない。





 こんなはずでは、こんなはずでは……。





 いいや。

 当然の報いだよな。





 生まれ変わって、新しい人生を謳歌しようと思っていたのに。





 空を自由に旅したかったのに。

 共に行く仲間も欲しかったのに。





 チャンスを掴もうとしなかったのはオレだ。



 チャンスを見送り何もない場所に居続けたのはオレだ。





 好きで、焦がれて、好きすぎて、手が届かなくて、嫌いになろうとした。





 嫌いになりたくて、何もかも嫌った。





 でも、駄目だった。





 堕ちても、暴力を奮っても、他のものをどれほど嫌っても。



 空への恋慕は、止まなかった。





 まぶたを閉ざして見ぬふりしてる間に、溺れるほどに埋め尽くした。



 でも、嫌われた。



 嫌いになろうとして、向こうから嫌われた。

 届いた手を、払い除けられた。



 オレが壊れていたから、道を踏み外したから。

 希望は、夢は、オレを忌み、疎み、蔑んだ。





 すまない、ごめん、ごめんなさい。





 君たちの憎む顔も見れない。

 謝る言葉を発する喉も焼け焦げ。

 憧れた翼は失って。



 自由も、空も、翼も、何もない。

 なのに、死ねない。





 苦しい、辛い。

 助けてほしいと願ってしまう。





 許してください、ごめんなさい。





 業火が、魂を焼き尽くすまで、苦しみ続けるから。





 空に背いて八つ当たりしたこと、謝るから。





 謝っても、苦しんでも、もう、どうしようもないけれど。





 それしか、もう、なにも、出来ない。



 なにもない、なにもない、なにもないから。



 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……。
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