白月の君といつまでも2

-- Summer, about 17 years old
258:看破された怪盗


「船に乗ってるお客さんの中で名前に『月』を持つ女の人は『鈴木朋子』さんだけ……つまり本物はあの人本人が持ってたってわけさ!」


 コナンが再び口を開き、得意げに説明を再開すると、キッドは蘭という仮面の下でほくそ笑んだ。


(はっ、よくわかったじゃねーか、ボウズ……)


 やはり、侮れない探偵ボウズだ……とキッドは、自分に背を向け、リフティングを続けるコナンの話に、しばらく付き合ってやることにした。


「へーー……でもなんで、それでキッドの正体がわかっちゃうの?」

「カードだよ……」


 コナンの頭の上で、サッカーボールがポンポンとリズミカルに跳ねる。


「ホラ、蘭ねーちゃんが引いたカードに、キッドのメッセージが貼ってあったでしょ?」

「う、うん……」


 ポンポンと頭上を跳ねていたボールが脚へと降りて、今度は足先で蹴り上げ、腿へと移った。


(へえ……こいつ、ボールの扱いが上手いな。まるで……何年もサッカーをやってきたみたいな……)


 キッドはコナンを観察しながら蘭を演じ続ける。
 ボールはポーンとまた、頭上へと移っていった。


「あの手品は右手で出したハトに、客の目を引き付けてるスキに、左手のカードを全部、目当てのカードにスリ替える、初歩的なトリックなんだ……だからカードを彼に渡す前に、誰がどう切っても、引くカードは決まっているってわけなんだ……」


 ポンポン、ポンポン――とボールは相変わらずリズミカルに跳ね、リフティングは一向に途切れる気配がない。


「じゃ、じゃあそのカードにメッセージが貼ってあったって事は……まさか、怪盗キッドの正体は、あの真田っていうマジシャン……」


(……さて、ボウズ、オメーはどこまで解けてるんだ……?)


 キッドは、探偵だと自ら名乗った少年が、どこまで感づいているのかを見極めるようにじっと見つめる。


「ちがうよ! ボク、ずーっと見てたけど、あの人、奥さんに近づいてないもの……」

「じゃー誰なのよ?」


(ったく、探偵ってやつはどうしてこー御託が長げーんだ……?)


 まどろっこしい言い方が実に探偵らしい。
 少々うんざりしてきたキッドの眉が不快に歪んだ。


「もう一人いるじゃない……カードをスリ替えられる人が……。そう……その人物は床にカードをバラまかせ、拾うふりをしてカードを一枚抜き、メッセージを貼り付けた……。それを手のひらに忍ばせて、あたかもカードの束から引いたかの様に見せかけたんだ……だよね? 蘭ねーちゃん……」


 ポンポン……。

 たんっ――と、コナンの靴がボールを制し、床に止まった。


「いや……。怪盗キッドさんよぉ!!」


 ボールを踏みつけたまま、不敵に笑うコナン。


(ほう……?)


 キッドは黙ったままコナンの小さな背中を見ていた。


「そう……お前が蘭とスリ替わったのは、蘭がオレを探しにパーティー会場を出た時だ……見事だぜ……全く気づかなかったよ……。まんまと蘭になりすましたお前は、例のメッセージで客を動揺させた上に煙をふいて破裂する黒真珠をバラまいて、パニックに陥れた……」


 コナンは一度言葉を切ると、足元のサッカーボールへ視線を落とした。
 その表情から、さっきまでの子供らしいあどけなさはすっかり消えている。

 キッドは黙ってその横顔を見つめた。
 どうやら、このボウズはまだ話の途中らしい。

 そして次に何を口にするのか――その先を待つように、キッドは蘭の顔をしたまま、わずかに目を細めた。

 コナンはそんなキッドの反応を確かめるように、ゆっくりと顔を上げる。
 まるで、逃げ道を一つずつ塞いでいくかのように。


「そして、その混乱に乗じて、本物の『漆黒の星(ブラックスター)』を奪い取ったんだ……。奥さんの体を支えるふりをしてな……。あんな花火を用意してたって事は、知ってたんだろ? 奥さんが模造真珠を大量に造らせていた事を……」

「や、やーねー、冗談はやめてよコナン君? わたし、どれが本物かなんて知らなかったよ? ヒントなんて聞いてなかったし……」


 キッドは肩をすくめ、あくまで何も知らない少女を演じてみせる。
 声色も表情も完璧に。

 だが、その瞳の奥だけは笑っていなかった。

 ――なるほど。

 このボウズは、単に自分が本物のブラックスターを盗んだことだけを見抜いたわけではない。

 偽物が用意されていたこと。
 そして、その偽物を利用して本物を引きずり出したことまで読んでいる。

 キッドは内心で小さく舌を巻いた。


(へえ……思った以上にやるじゃねーか)


 それでも表面上は、困ったように眉を下げる。
 まだ決定的な証拠はない。

 ならば、最後までこの茶番に付き合ってやろう――そう思った。


「フン……ヒント無しでも、お前にはあれが本物だとわかっていたはずだ……奥さんが手袋をして小箱から黒真珠を取り出した時点でな……」

「え?」

「真珠の主成分は炭酸カルシウムで、酸に侵され易い……指の脂で汚れたりすると、表面が酸化され光沢が失われてしまう……。まあ中には知ってた人もいたみたいだが……。そんなデリケートな宝石を、他人に預けるわけがないって事さ……」

「でも、それだけじゃ……」


 キッドは黙ってコナンを見つめた。

 確かに、手袋をしていたというだけなら決定打にはならない。
 だが――。

 このボウズの口ぶり。
 まだ何かある。

 キッドはわずかに口角を上げた。


(ボウズ、どこまで読めてんだ~?)


 ここまで来たなら、最後まで聞いてやろう。

 探偵がどこまで自分の仕掛けを見抜いたのか。
 怪盗としての興味が、わずかに勝った。


「確かにそれだけじゃ不十分だが……奥さんが着けていた冴えない真珠の事を重ね合わせれば推測は確信になる!! そう……有名博物館に展示してある昔の真珠が、いずれも色あせてしまっている様に、真珠の光沢寿命はせいぜい数十年……60年前に購入された『漆黒の星(ブラックスター)』が今もなお美しい姿であるわけがない……そんな色あせた真珠を、手袋をして大事そうに扱う奥さんの姿を見れば、一目瞭然ってわけだ!」


 コナンはそこで一度言葉を切った。

 自分でも、今回の事件を振り返ってみれば思い当たる節がある。
 黒真珠のことを調べ、朋子の行動を観察していたはずなのに――目の前に現れた怪盗キッドの存在が、あまりにも大きかった。

 キッドを追うことに意識を奪われ、肝心の「漆黒の星」そのものについて、最後まで考え抜くことができていなかったのだ。
 小さな拳を握り、コナンは悔しげに眉を寄せる。

 それでも、ここまで辿り着いた。

 そして今、目の前にいる怪盗キッドの正体も、その狙いも、すべて見抜いた。
 そう自分に言い聞かせるように、コナンは小さく息を吐いた。


「フ……情けない話だぜ……お前の存在に気を取られて、すっかり忘れてたよ……」

「でも……米花博物館の『漆黒の星(ブラックスター)』はキラキラしてた様な……」

「だから盗らなかったんだろ? 偽物だと知ってたから……そして二度目の予告状で奥さんを挑発し、本物を持って来る様に仕向けたんだ……わざわざ『本物の』って記してね……」

「わ、わかったわ、そんなに疑うんなら、電話でここに警察の人を……」


 キッドは近くにあった壁掛け電話の受話器を取るが……ドン!!
 コナンが蹴ったサッカーボールが飛んできて電話を破壊した。


(!?)


 電話にボールを命中させたコントロールといい、あまりの破壊力にキッドは目を見開く。


「…………」


(おいおい、なんだよその破壊力はよ……)


 手に持っていた受話器の線は、すっかり千切れてしまっていた。


「フン……ビルの屋上で消えた時と同じ手は使わせねーよ……。あの時お前が警察を呼んだのは、オレへの当てつけじゃない……あの閃光の中で素早く警官に扮し、彼らの中に紛れ姿を隠すためだ! ハンググライダーで今にも飛ぶかのように見せかけてな!!」


 豪胆な様子で跳ね返って転がってきたボールに、再び足をかけるコナンは、前回の邂逅を思い出したのか、不機嫌さを隠さない。


「それに、この場に人を呼ぶなんてヤボなマネは無しだぜ? こっちはこの警戒の中、たった一人で乗り込んで来た犯罪の芸術家に敬意を表して、一対一(サシ)の勝負を仕掛けてやってんだからよ……」

「…………」


 ジッと睨み上げるコナンに、キッドは黙ってその視線を受け止める。


「そう……優れた芸術家のほとんどは死んでから名を馳せる……。お前を巨匠にしてやるよ、怪盗キッド……監獄という墓場に入れてな……」

「フ……まいったよ、降参だ……。この真珠はあきらめる……。奥さんに伝えてくれ、パーティーを台無しにして悪かったって……」


 胸元からハンカチに包まれた漆黒の星(ブラックスター)を取り出し、お手上げのポーズで「黒真珠はここだよ」と見せる。そしてキッドは、それをハンカチに包んだままコナンへ放り投げた。



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