白月の君といつまでも2

-- Summer, about 17 years old
257:月の少女


◇




「ママ、花梨を連れてきた」

「…………」


 花梨を連れ、朋子の元へ戻った園子は、俯いて座ったままの朋子に声をかけた。
 だが、朋子はわずかに顔を上げただけで、また下を向いてしまった。


「……花梨。ほら、あなたどーんと、ほら! 花梨ならなんとかなるっしょ?」

「え? えぇっ!?(園子ちゃん! それはさすがに無茶ぶりだよぉ~~)」


 こっそりと、園子の肘が花梨を突く。
 保育園のとき、朋子とは何度か会ったことがあるが、あのときは男の子の姿で挨拶した程度。


『こんにちは、葵くん。いつも園子と遊んでくれてありがとうね。大きくなったらうちに婿に来る?』


 保育園のお迎えの時間、こっそり冗談めかして告げた朋子の目の奥が、本気だったことを瞬時に思い出した花梨は、どう接していいかわからない。
 それでも、彼女のあまりの落ち込みように寄り添うことにした。


「朋子……おばさま……」


 花梨は床に膝をつき、朋子の手を包むように握る。
 そのとき――。

 ふと、花梨の脳裏に、ノイズが走った。


「っ!!?(えっ!? 新ちゃん!?)」


 コナンの手から朋子の手に漆黒の星(ブラックスター)が戻り、喜んでいる姿がよぎる。


「……あなた……葵く……いや、花梨ちゃん……ね?」


 朋子は花梨にわずかな笑みを見せたが、今は昔話をするような気分にはなれなかった。


「……はい、朋子おばさま。花梨です。ご無沙汰しております。今、刑事さんたちが懸命に捜索されてますから、元気、出してくださいね……」


(漆黒の星(ブラックスター)はちゃんと、おばさまの元に戻ってきますよ……)


 視えた未来を口にすることは、花梨にはできない。
 ただ、少しでも朋子が元気になるように――と、花梨はほのかに笑みをのせて、きゅっと手を強く握った。


「………………ぇぇ、ありがとう……」


 今夜は新月で、月は見えない。けれど、花梨の纏う雰囲気は、暗い夜をそっと照らす白い月のように優しかった。だが、慰められた朋子はまた俯いてしまった。

 花梨は一礼してそっと立ち上がり、園子の元に戻った。


「花梨……サンキューね。ママ、少し元気になったみたい」

「え? そ、そうかな……?」

「うん……さっきまで、返事もしなかったからさ」

「そっか……。早く元気になるといいね」

「うん……」


 たぶん、もう少ししたら元気になるだろうと思いながら、花梨は園子にも「元気出してね」と伝えておいた。
 そんな二人に、一人の青年が近づいてきた。


「あのー……」

「あ、雄三さん? どうかした?」


 声をかけてきたのは、富沢だった。横には三船と、籏本の姿もある。
 富沢はさっきまで中森警部や茶木警視と話をしていたようだ。

 そろそろ船が港に着く頃だが、キッドを逮捕するまで入港を差し止めることになった――その旨を伝えに来たらしい。


「実は……あっ、そちらの彼女は……?」

「この子? この子は葵花梨って言って、私のダチよダチ! 可愛いでしょ! 花梨、この人は姉キの婚約者の富沢雄三さん。その隣が、三船電子工業社長の三船拓也さん。こちらは、フランス料理店を経営しているシェフの籏本祥二さん」


 突然園子から紹介されて、花梨は背筋をピンと伸ばした。


「こんにち……あっ、夜だった。こんばんは。葵花梨と申します」

「こ、こんばんは……」


 花梨が丁寧に頭を下げると、富沢も頭を下げ、はにかむように首の後ろを掻いた。


「――フッ、ご丁寧にどうも?」


 三船はくすりと楽しそうに笑うが、何か引っかかるのか、花梨をまじまじと見つめた。


「熱心に料理を食べていた子だね? ははっ、味はどうだったかな? 実は今夜の料理も私が考案したものがいくつかあってね。あぁ、君が美味しそうに食べていた、ベニエ・ド・ポワソンもその一つだよ。白身魚のフリット。今日は鯛を使っていたんだ」

「見られてたんですか!? 食べたお料理はどれもおいしかったです! 特に、ベニェ……ド・ポワ――うん、それ! ソースが色々あって、全種類食べられなかったのが残念です!」

「フフッ、気に入っていただけたようでよかった」


 籏本が言った、ベニエ・ド・ポワソン。欲張って、四つも食べた白身魚のフリットであることは理解できた花梨だったが、たった今教えてもらった正式名称までははっきり聞き取れず、笑顔で誤魔化した。
 花梨の笑顔に籏本もつられて微笑む。

 そこへ、花梨を見ていた三船がくすくす笑いながら籏本に話しかけた。


「よかったな、祥二さん。鈴木会長に届かなかった想いをお嬢さんがしっかり昇華してくれたらしい」

「消化……はい! もうすっかり消化してるかと……!」

「プッ……あははは!! お嬢さん面白いな!」

「え?」


 突然大笑いされ、花梨は首をかしげる。


「ちょ、花梨……っ!」


 隣で聞いていた園子も、とうとう堪えきれなくなったように噴き出した。


「ふふっ……あはははは!! もう、花梨ったら! それ『消化』じゃなくて『昇華』! 意味が全然違うじゃない!」

「えっ……?」


 きょとんとする花梨。


「……あ」


 ようやく自分が何を言ったのか理解したらしい。
 花梨はぱちぱちと瞬きをして、それから頬をほんのり赤くした。


「……あれ? ひょっとして間違えちゃった……? ふふふっ♡」

「間違えちゃったじゃないわよ~! あはははは!」

「ふふっ……だって、食べたお料理のお話だったから……!」

「そこじゃないってば!」


 園子の笑い声につられるように、籏本も三船も笑いをこぼす。


「いやぁ、いいねぇ。こんな状況でも食事を楽しめるとは、大したものだ」

「ははっ! お嬢さんは、将来大物になりそうだ」

「……?」


 褒められているのかどうかもよくわからず、花梨は目を瞬かせた。
 その穏やかな空気の一方で――。




◇




 同じ頃。
 黒真珠事件の騒ぎは、まだ終わっていなかった。

 船内の別の場所では、コナンに手を引かれた蘭……ではなく、キッドが走っていた。
 前を行くコナンが走る勢いを止めることはない。だんだんと人気のない場所へと連れて行かれ、ついには――。


「ちょっとコナン君? ここ機関室よ!」


 ガコンガコンと、機械音がけたたましく鳴り響く機関室。
 そこは誰もおらず、無人だった。

 コナンが、キッドの逃走先に当たりを付けて走っていたのかと思ったキッドは、周囲を見回し口を開く。


「本当にこんな所に怪盗キッドがいるの?」

「ねえ蘭ねーちゃん……宝石言葉って知ってる?」


 キッドの問いかけは無視し、どこから出したのか、サッカーボールを手にしてしゃべりだすコナン。


「宝石言葉?」

「園子ねーちゃんの母さんがヒントをくれたんだ……。本物の黒真珠は最も相応しい人に預けてるって……真珠の宝石言葉は『月』と『女性』――……」


(月と、女性――か。花梨……さっき見たのは本当に花梨――なのか?)


 コナンはポンポンと軽快にリフティングを始め、自分で口にした『月』と『女性』の単語に、先ほど見かけた花梨によく似た女性を思い出した。
 あれが花梨なら、どうして元の姿に戻っているんだ……もし、解毒薬があるのなら、自分にも分けてもらって――


(いや……もし、あれが花梨だとしても、今は思い出すな……)


 今は目の前のことに集中しなければ……。
 しばし黙り込むコナンだったが、キッドも――。


(月と、女性――っていやぁ、花梨だけどよ。予告状を書くとき、あいつを思い浮かべて書いたんだっけか……)


 一通目の予告状を作成した夜。
 花梨を思い浮かべながら書いたことを思い出していた。



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