白月の君といつまでも2

-- Summer, about 17 years old
255:キッドの狙い


「あっ……」

「マ、ママ!!」


 園子が駆け寄るよりも早く、キッドは朋子に寄り添った。
 朋子が倒れた隙に、サッと漆黒の星(ブラックスター)を頂戴した。


(はい、漆黒の星(ブラックスター)はいただきました♡)


 表情には決して出さず、キッドは朋子の肩を支え、労わりの声をかける。


「大丈夫ですか?」


(怪我だけは、させねぇように……マダムに怪我をさせることは、キッドの沽券に関わるからな――)


 ……キッドは、朋子に怪我がないかを確認しながら花梨を思い出していた。

 あの日――ロイヤル・エクスプレスで自分のために怪我をした花梨。
 自分を助けたがために、大男に首を絞められ、呼吸が止まった。
 何とか蘇生させたが、あんなことは望んでいなかった。

 怪盗キッドとして、人に怪我をさせることだけは、しないと心掛けていたというのに。
 よりによって、一番大切な女の子に怪我をさせてしまったのだ。

 彼女が息を吹き返すまで、生きた心地がしなかった。
 もう二度と、花梨をあんな危ない目に合わせない。

 そう誓った矢先に彼女は消えた。


(……花梨……って、今はそれどころじゃねーな……うん、怪我はなさそうだ)


 朋子の安全が確認できると、キッドはポーカーフェイスのまま安堵する。


「あ、ゴメンなさいね、蘭ちゃん……」


 朋子は、自分を支えてくれた少女を蘭だと思い込み、申し訳なさそうに微笑んだ。


「あれ……?」


 遅れて駆けつけた園子が、朋子を見て違和感を覚え、目を瞬かせる。


「おい早くこの扉を開けたまえ!!」

「いや、それは……」


 少し離れた場所――通路へと出る扉の前で、客たちが私服警官に扉を開けるように詰め寄ると、その近くで“パン! パン!”と、激しい破裂音が響いた。


「うわっ」


 人々の叫び声が響き、会場内はより一層騒然となった。
 爆発による煙で、会場の足元はよく見えなかった。このままでは、まだどれだけの黒真珠が転がっているか予想がつかない。

 そんななか、朋子の前にしゃがみこんだ園子が呟いた。


「ママのも無くなってるわよ、黒真珠……」

「え?」


 キッドが扉付近の様子を窺っている間に、園子に黒真珠の紛失を指摘された朋子は、ふと自分の胸元を見下ろす。

 ……そこにあるはずの、黒真珠が無かった。


「きっ……きゃあああああ……!! キッドよ!! キッドに『漆黒の星(ブラックスター)』を盗まれましたわ!!」


 途端に会場に響き渡る朋子の悲鳴。
 これまで、不敵に微笑み、クールだった彼女が初めて取り乱した瞬間だった。


「なにぃ? じゃあ奥さんが着けていたのが本物の……」


 人混みの中で、中森警部が朋子の絶叫を聞いて振り返る。
 本物を着けていたのは、他でもない、“皆で偽物の黒真珠を着けよう”と発案した鈴木朋子だった。

 そんな驚きも束の間――。


「け、警部、助け……」


 中森警部の部下の声だろうか。その声と同時に、閉じられていた扉がギッと開く音が聞こえた。

 扉が開いてしまえば、人々がすることは一つ。
 黒真珠の爆発を恐れた客たちが一斉に通路へと溢れ出した。


「逃がすな! 今、外に出た奴がキッドだ!!」

「は、はい!!」


 中森警部率いる部下たちが駆け出す。扉の前で人々を制止していた刑事も、群衆の波に揉まれてボロボロになりながら、その後を追って通路へと飛び出していった。
 会場内はこれ以上ないほどの混乱に満ちていた。


(これで、よしっと……さあて、あとは、会場が落ち着いたらお暇すっかな――)


 蘭の姿の裏で、キッドは中森警部たちの背を見送る。
 心の中で『中森警部お疲れさ~ん』と、軽やかに手を振っていたそのとき――パシッと手を握られた。


(へ?)


 手を掴まれ、驚くより先に前方へと引っ張られる。


「蘭ねーちゃん、ボクらも捕まえに行こう!!」

「え?」

「わかったんだよ! 怪盗キッドの正体が!!」

「え~~~っ!!」


(おいおいボウズ、マジかよ……。まあ、二人っきりになれるってのは好都合だぜ……)


 小さな探偵――そして、花梨と仲良しだという少年。
 この際だ。

 この少年から花梨に関する情報を引き出してやる――。

 キッドは自分を連れて前を走るコナンの背中で、ニヤリとほくそ笑んだ。




◇




 コナンがキッドを連れて走り去ったあと、パーティー会場では……。


『なにぃ、キッドはいなかっただと!?』

『はい、さっき外に出た客を全員調べたんですが……』

『だったらさっさと探さんか!! 奴はまだ船内にいるはずだ!!』


 中森警部の声と部下たちの声が開いた扉から聞こえる。
 花梨とヒロはあの騒ぎのなか、ホールの隅に移動し、状況を静かに見守っていた。

 会場内には、園子や朋子を始め、富沢、三船に籏本といった何人かの客たちが残り、憔悴する朋子の周りに集まっている。
 外に出た客たちは、警察の取り調べを受けたあと、爆弾がまだ残っているかもしれないという不安を抱いている者が多かったこともあり、別室へと案内された。
 すでに爆発は収まっており、捨てられた黒真珠のブローチが床に散乱していたが、警官たちの調べにより爆弾ではないことが証明されている。


「ね、ヒロさん。キッドさんって、どこに行ったのかな?」


(新ちゃんも、蘭ちゃんと一緒に出て行っちゃったし……)


 人々が一斉に会場を飛び出していく中で、花梨はコナンと蘭が一緒に出て行ったことに気がついた。
 新一が、あんな風に飛び出すなんて、何か掴んだに違いない。怪盗キッドの行方が、なんとなく気になった。


「さあね。キッドが気になる?」

「……ううん、それほどじゃないんだけど……。これじゃ、パーティーもお開きかなって……」


 しょんぼりと眉を下げる花梨。
 パーティーの終了を察した花梨の視線は、ちらちらと、誰もいないテーブルに置かれたチョコレートファウンテンに注がれている。
 それを見たヒロは目を瞬かせた。


(あ、花梨ちゃん。これ、ひょっとして、チョコフォンデュしたいんだな……?)


 甘く香ってくる艶やかなチョコレートの滝に、花梨の目は釘付けだ。
 皿にのった、串に刺さったマシュマロを浸けて食べたいんだろうな――と、瞬時に理解した。


「っ……ははっ! そっかそっか!」


(キッド。花梨ちゃんは、君よりチョコのほうが気になるみたいだよ、残念だったね……)


 快斗に対して少々同情しつつ、ヒロは花梨の頭をぽんと優しく撫でた。


「……?(なんで笑ってるんだろう……?)」

「食べたいなら、食べてくればいいんじゃないかな?」

「ホント!? じゃあ――」


 ヒロのお許しを得て、花梨がチョコレートファウンテンのテーブルに行こうとしたときだった。



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