白月の君といつまでも2

-- Summer, about 17 years old
254:黒真珠の罠


◇




 あれから――突然現れたキッドの再びの予告状に、マジックショーどころではなくなり、会場はどよめき、蘭たちは警察に促されステージから降りた。
 蘭たちに代わり、茶木警視がステージ上から、動揺する人々を鎮めようと懸命に声をかけていた。


「ええっ!? 怪盗キッドのメッセージが!?」


 園子の姉の婚約者・富沢雄三が、驚愕の表情で、ステージから降りてきた蘭と園子のもとへと駆け寄った。


「そうよ! さっき蘭が引いたカードの裏に貼ってあったのよ!」


 園子は両手をぎゅっと握り、ウキウキした様子で嬉しそうだ。


「し、しかし……彼は一体、いつどーやってこんな物を……」


 カードの持ち主である真田は、蘭から返してもらったカードをまじまじと見つめる。
 そんなものを仕込んだ覚えはない――とでも言いたげに眉を寄せる真田の表情に、嘘はなさそうだった。


「キッドは神出鬼没……すべては謎というわけか……」

「ああ、わかっているのは……奴がすでにこの中に紛れ込んでいるっていう事だけだ!!」


 フランス料理店経営のシェフ・籏本祥二が、興味深そうにニヤリと口角を上げるなか、三船電子工業社長・三船拓也は、どよめきに包まれる会場へとちらりと視線を向ける。

「皆さん冷静に! 冷静に!!」


 ステージでは、茶木警視の、人々を必死に落ち着かせようとする声が続いている。


「じゃあ、まさか……奴はもう、本物の黒真珠のありかを……」


 三船の話を聞いた小五郎も振り返り、騒ぎ出した人々を見渡した。

 ……キッドはすでにこの会場内に潜んでいる。
 だが、いったいどこに?

 小五郎が警戒するように会場内を見回すが、誰がキッドの変装した人物かなど、見つかるはずもない。
 そんな焦燥に駆られた小五郎に対し、朋子は鼻で嗤った。


「フ……万が一わかっていたとしてもここは洋上の監獄……刑事さん達がひしめくこの船から、見事に『漆黒の星(ブラックスター)』を奪って逃げ失せる事ができるかしら?」


 ここは、海の上――。会場内には、招待客に紛れて制服警官だけでなく、私服警官も配備されている。朋子自身も把握しきれないほどの警察官が、この船には乗っているのだ。
 たとえキッドだとしても、この包囲網からは逃れられないだろう。

 朋子は自信満々に挑戦的な笑みを浮かべた。

 一方――。
 キッドの予告状が出たことで、中森警部にも最大の緊張感が走った。


「警部!! あと10分足らずで本船は東京港に入港します!!」

「よぉし、この部屋の出入口を固めろ!! 誰一人外に出してはならんぞ!!」


 東京港へ入港するまで、残された時間はわずかだった――。
 それまでに、キッドを捕まえなければ逃げられてしまう。

 中森警部が吠える中で、コナンは周囲を冷静に見回していた。


「…………」


(さあシッポを出せ、怪盗キッド!! 仕掛けるんなら客たちが浮足立ってる……この時をおいて他はないぜ……)


 妙な動きをしている人物は……と、コナンが目を凝らしたそのときだった。


(ん……?)

(あの人……妙だな……)

(会場の照明はそれほど眩しくないというのに、サングラス……?)


 コナンの目に、室内だというのにサングラスをかけたままの女性が留まる。

 斜視か何かでサングラスをかけているのだろうか、それともキッドの変装か――。
 けれど、ラメ入りの黒のドレス……そのドレスに、コナンは見覚えがあった。


(あのドレスって……確かあいつが着て……)


「……へっ?」


 ある人物を思い出し、コナンの口から思わず間抜けな声が出てしまった。


「コナン君? どうかしたの?」

「あ、ううん。な、なんでもないよ……!?」


 蘭に声をかけられ、コナンは慌てて笑顔を作って誤魔化した。


(まさか……う、嘘だろ!? あのドレス……花梨……か!? って、あいつ今幼児化してるはずじゃ――)


 コナンの身体がわずかに震え、動揺が全身を駆け巡る。

 女性は黒い髪をアップにした妖艶な姿をしており、去年、新一が花梨と行った誕生日ディナーで、彼女が着ていたものとよく似ていた。
 もしさっきの女性が花梨なら、いったいどうやって元の姿に戻ったというのか。

 解毒薬でもあるというのか――キッドの出現を待つ今、思いもよらぬ別の問題が浮上し、コナンの思考はキッドと花梨の間で大きく揺れた。

 だが、コナンがそう思っている間に、事件は起きた。


「ちょ、ちょっと蘭……胸の真珠、どこいったの?」

「え? ウソ……。あ……」


 コナンから少し離れた場所で、園子が蘭の胸元に付けていた黒真珠がないことに気づき、指摘したのだ。

 蘭――キッドは、わざとらしく床を探すように視線を動かしてから、目の前でコロコロと転がっていく黒真珠を見つめて、追いかける。


(ころころころりん、ってな~♪)


「すみませーん!! 誰かその真珠を拾ってください!!」


 蘭の声も絶好調。キッドは、親切に拾ってくれようとする紳士を見つけ、ニッと小さく笑った。

 プシュゥウウウ……!!

 黒真珠を拾おうとする男性の前で、黒真珠から煙が噴き出す。
 何事かと驚いているうちに、それは『パァン!!』と大きな破裂音とともに爆発した。


「え? 何?」

「なんだ今の音!?」


 爆発に驚いた客たちが不安を口にする。


「し、真珠だ……真珠が爆発した!!」

「ええっ!?」


 黒真珠を拾おうとした男性が、目の前で起きた爆発に顔を青くして叫ぶと、他の客も不安を煽られたかのように動揺を見せた。


「ま、まさかキッドが真珠に……」


 キッドが真珠に何か細工をしたのだろうか……。
 籏本が自分の胸に着けた真珠を不安そうに見下ろした。

 籏本の隣で、三船も自分の真珠はどうかと確認しようとしたその時。
 どこからともなくコロコロ、コロコロと、黒真珠が床を転がっていく。


「ん?」

「え?」


 三船や客たちが転がってきた真珠に気づいたときにはもう、始まっていた。

 “パン! パン! パン! パン!”

 客たちの足元のあちこちで煙を上げ爆発する黒真珠。
 客たちは驚き、一瞬にして会場内はパニックになった。


「冗談じゃありませんわ!!」

「こんな真珠着けてられんぞ!!」


 客たちは、自分の真珠も爆発したら敵わないと、次から次へと身に着けた黒真珠を外して、放り投げていく。


「うっ、うわっ」


 投げ捨てた黒真珠が客たちの足元へと着地すると、爆発すると思い込んだ人々が一斉に出口へと駆け出した。

 ……騒然とする会場。なおも続く真珠の破裂音。
 場内はさらなるパニックへと陥っていった。


「おい、押さんでくれ!!」

「に、逃げろ!!」

「爆弾よ、爆弾!!」

「きゃーー!!」


 群衆雪崩でも起きそうな、人々の波。


「み、皆さん落ち着いて!! 落ち着いて!! 落ち――」


 人の波に押されるように、茶木警視がなんとか宥めようとするが、こうなっては無力だ。
 茶木警視の声は逃げ惑う客たちの叫び声にかき消された。

 ……その波の中で、朋子も誰かに強く押されて、転倒した。



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