白月の君といつまでも2

-- Summer, about 17 years old
250:白き月を追って


「……ねえ、園子。さっきの一条さんなんだけど……」


 声を潜めながら尋ねる蘭(キッド)の横で、園子はまだステージの壇上でマスコミのインタビューを受けている稀華へと、ちらりと冷ややかな視線を向けた。
 その瞬間、先ほどまで木村達也のライブではしゃいでいた少女らしい無邪気な面影はどこかへ消え去り、ピリッとした緊張感が彼女の横顔を覆う。


「あー……私、あの人嫌いなのよね」


 ふん、と鼻を鳴らしてからキッドに向き直った園子の顔は、言いようのない嫌悪感に歪んでいた。


「え……? 珍しいわね、園子がそんなこと言うなんて」

「だって、蘭も聞いたでしょ? あの、人を人とも思わない発言! ……実は私、前に二回ほど、あの人を見かけてて。そのうち一度だけ、あの人と社交パーティーで顔を合わせたことがあるんだけど、そのときも最悪だったのよ。給仕に頼んだドリンクが少し遅れただけで、やっと持ってきたジュースをわざと目の前でぶちまけて、その場でその人をクビにしちゃったのよ……! ミスくらい誰にでもあるじゃない。それなのに、あの人は相手を人間扱いすらしなかったんだから」

「えっ……ひどい……」

「でしょっ! 私の前では愛想よくニコニコ接してきてたから、後からその話を詳しく聞いてドン引きよ、ドン引き! さっきのスタッフの女の人も、きっと裏であんな風にひどいことを言われたに違いな……って、そういえば!」


 急に思い出したように、園子はぱっと目を丸くした。


「……そういえば、私、花梨と再会したときになんか変な違和感があったんだけど、それってこれだったのかも……」

「えぇ?」

「花梨と再会したとき、どこかでこの雰囲気を見たことがあるなーって、ずっと引っ掛かってたのよ。そっか、彼女だったんだわ。不愉快だったから、記憶の奥底にしまい込んでいたのね。……まあ、同じ白髪でも、花梨のとは大違いの、品のない偽物だけどさ」


 当時を思い出して吐き捨てるように語る園子の顔は、心底忌々しげだった。


「でも……あの人、初めて見かけたときは、もっと髪が茶色っぽかった気がするんだけど……」


 自分の記憶を辿るうちに、園子自身も、そこに新たな矛盾があることに気づいたように首を傾げる。
 そんな二人の会話に、すぐ傍らで聞き耳を立てていたコナンが、思わずといった様子で身を乗り出した。


「そうなの!? じゃあ、なんで今はあんな白い髪で、金の目をしてるんだよ!」

「何よガキンチョ、そんなに食いついて。もしかして、あーいう高慢チキなのが好みなわけ? 確かに美人ではあるけど、趣味悪~い!」


 からかうように園子がニヤニヤと笑うと、コナンはバッと盛大に両手を振って慌てふためいた。


(なんでそんな不名誉な話の方向に転がるんだよっ……!)


 今は彼女の瞳の色や生い立ちについて確証が欲しかっただけだというのに、いい加減な茶々を入れてくる園子に、コナンは内心で血の涙を流した。


「ち、ちがっ! そうじゃなくて、園子姉ちゃん!! さっきの女、もしかして……花梨姉ちゃんに、ワザと似せてるってこと……!?」

「似せてるって、どういうことぉ? って、あんたねぇ、“さっきの女”なんて危ない言い方! 一応、白河家の次期当主候補サマをそんなふうに呼んじゃダメよ? 彼女の恐ろしい護衛に海へ沈められちゃうかもしれないんだからね? 本当に怖い人なんだから、表では気を付けなさいよ」

「っ……!」


 ピシャリと釘を刺すように、園子はサッと周囲を窺ってからコナンの口元へと人差し指を押し当てた。冗談めかした口調ではあったが、その瞳の奥には確かな警戒の色が宿っている。
 警告の意味を察したコナンは、悔しげにぐっと押し黙るしかなくなった。

 そんな二人のやり取りを、キッドは固唾を飲んで聞いていた。
 脳裏に、かつての記憶が雷光のように閃く。


(白河家……? あの女が……花梨と同じ、あの美しい白い髪をしていた理由は、そういうことか……? 次期当主候補って……白河……? シラ、カワ……マレ、カ……っっ!!?)


 思い出したのは、あのロイヤル・エクスプレスでのこと。

 フィリップ王子と花梨の間で交わされた、あの緊張感のある会話。大半はイングラム語だったために聞き取れなかったが、わずかに漏れ聞こえた日本語の響きを、キッドの耳は確かに拾い、記憶していたのだ。

 『シラカワ』『マレカ』

 当時はただの聞き間違いか、別の誰かの名前だと思っていた。だが、今この瞬間にすべてのピースがカチリと音を立てて噛み合った。


「ねえ、園子……その『白河』って、いったいどんな家なの……?」


 怪盗として決して見せてはならない動揺。花梨の身に纏わる真実に一歩近づいた恐怖と焦りで、キッドの声音はわずかに、しかし確実に震えていた。


「蘭だから特別に教えてあげるけどね……白河家って、日本の表の社交界だけじゃなく、裏の界隈でも名の知れた、特異な家系なのよ。絶対に、敵に回しちゃいけないって言われてる……。私も、詳しいことはパパから『これ以上詮索するな、知らなくていい』って固く口止めされてるんだけどね」


(あのときのパパ、政治家のパーティーの最中なのに、背筋が凍るほど怖い顔をしてたんだよね……)


 さっきまでコナンを面白おかしく揶揄っていた園子の顔から、完全に笑みが消え失せていた。
 いつもの怖いもの知らずな彼女らしくない、痛いほど慎重な表情。
 まるで、その名前を軽々しく口にすること自体が、触れてはならない禁忌に触れるかのように。

 いったい、白河とはどれほど恐ろしい家だというのだろうか。
 キッドは、普段の蘭であれば抱くであろう疑問をそのまま借りて、もう一度、震える声を絞り出した。


「そ、そうなんだ……。ねえ、園子。その稀華さんと、知り合いなんでしょ?」

「さあ~? 知り合いっていうほどじゃないわよ。パパに連れられて、一度挨拶しただけ。向こうが私のことなんて覚えてるかも怪しいもん」

「ね、せっかくだから、近くに行って挨拶でもしてみたらどうかな?」

「えーー、やだ! 絶対嫌よ!」


 園子は心底拒絶するように、両手で大きくバツを作りながら眉をしかめた。


「でも、園子、今回は主催者の娘でしょ……? 年齢も近そうだし、顔見せくらいはしておいたほうが後々角が立たないんじゃ……」

「それはそうだけどさ……はあ……本当に気乗りはしないけれど、行くしかないか。ねえ蘭、一緒について来てくれない? 私一人だと、あの人の冷たい空気に当てられそうでちょっと心細いのよ……」


 空調の効いた快適な船内サロンだというのに、寒気でも覚えたのか、園子は自分の両腕をさすりながら本当に億劫そうに肩を落とした。


「もちろんよ、ついて行くわ!」


 即座に返事をしながら、キッドは園子の緊張を少しでもほぐそうと、その背中をポンと叩いた。
 じゃあ、行きますかと再び歩き出そうとしたその時、キッドのスカートの裾がクイッと引っ張られた。


「ボクも行く!」

「コナン君……?」


(おいおい、ボウズ……オメーまで来る気か? もしかして、オレの知らない花梨について、別の「何か」を握ってるってわけか……?)


 ふと見下ろすと、そこにはいつもの子供の仮面をかなぐり捨てたような、鋭く真剣な瞳をたたえたコナンが立っていた。

 一条稀華の背後にある闇の正体を突き止めようとしているのか。それとも、花梨を取り巻く因縁の核心に迫るつもりなのか。

 あのホテルの屋上で、探偵と豪語したその少年の鋭い観察眼が、今まさに本格的に動き出そうとしている。


(面白くなってきたじゃねえか――)


 キッドは不敵な笑みを隠すように口角を上げ、小さく、しかし力強く頷いてみせた。

 その様子を横目で捉えていた園子が、呆れたように再び顔を覗き込んできた。


「何よガキンチョ。やっぱりあんた、あの高慢ちきな一条さんがタイプなわけ!?」

「違うよ、ボクはっ――!!」


(一条稀華がタイプなわけねーーだろっ……!!)


 園子のぶっ飛んだ勘違いに、コナンは反射的に声を張り上げて猛抗議する。
 だが、キッドは面白半分、そして少しばかりの悪戯心から、あえてその場をさらに引っかき回すように声を弾ませた。


「ふふっ。コナン君は、そういうタイプより……もっと優しくて、ふんわりした可愛い花梨ちゃんがタイプなんだもんね~♪」

「っ、ち、ちがっ……! ちょっと待て、蘭姉ちゃんっ……!?」


 瞬間、コナンの顔が耳たぶの先まで真っ赤に染め上げられる。図星を突かれたのか、声が完全に裏返っていた。


「あ、そうだったわね。あんたは花梨にホの字だった~♡ 生意気なガキのくせにいい趣味してるじゃない♡ でも、残念ながらあの子は高嶺の花で、すでにラブラブな彼氏持ちだけど♡」

「っ…………!」


 言葉を失い、顔を真っ青にしながらその場で硬直するコナン。
 その隣で、キッドは蘭の仮面の下でふっと優しい笑みをこぼした。


(ボウズ、ざまみろ。……ちなみに、その『ラブラブな彼氏』っていうのは、知ってるとは思うが、他でもないこのオレなんだぜ?)


 今はこうして姿形を変え、一時的に引き裂かれてしまっているけれど。
 必ず取り戻し、ふたたびあの温もりを抱きしめてみせる。

 今もどこかの闇のなかで囚われの身となっているはずの最愛の彼女を強く想い描きながら、冷徹な仮面をかぶった一条稀華の待つ場所へと、迷いのない足取りで歩みを進めた。



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