白月の君といつまでも2

-- Summer, about 17 years old
248:月の面影


 キッドの背後から声をかけてきたのは、蘭だった。


「このくらいの、小さな男の子、見かけませんでしたか? 眼鏡を掛けてるんですけど……」


 蘭はコナンの身長に合わせるように手を下げ、迷子になっているかもしれないと周囲を見回しながら訴える。

 コナン――あの少年は、さっきまで鈴木会長(キッド)がいたトイレに駆け込んで、中を確認していた。
 今ごろは、小五郎の元に戻っているはず――。


(心配しねーでも、あのボウズはちゃんと会場に戻ってるよ)


 会場へ駆けて行くコナンの背を見送ったキッドは、にこりと笑顔でこう答えた。


「お連れ様ですか? 眼鏡の男の子なら、背の高い男性と……あ! そうそう、眠りの小五郎さんと話しているのを、さっきお見かけしましたよ」

「そうですか。よかった! では、あの……お化粧室に行きたいんですけど、場所がわからなくて……。達也のステージが始まる前に行っておきたいんですけど……」


 コナンが見つかってほっとしたのだろう。今度は化粧室を探すように、蘭はキョロキョロと辺りを見回した。


「ああ、木村達也さんのソロライブですね? 実は私も楽しみでして。ご案内いたします」

「すみません」


 キッドは蘭に、「会場近くの化粧室は混んでおりますので、時間がかかりますよ」と伝え、それより遠い化粧室のほうが早く戻ってこられる――と、人気の少ない通路の先にある化粧室へと案内していく。
 会場の外はキッド捕獲のための刑事たちでごった返していたが、蘭の案内をしている給仕スタッフ(キッド)を疑う者は誰もいなかった。


「お客様はお一人で来られたんですか?」

「あ、いえ、家族で来ました。実は、鈴木会長の娘さんが、友達で……誘ってくれたんです。あと……眠りの小五郎って実は私のお父さんなんです」


 親切に接客したからだろうか、蘭はキッドを疑うことなく、答えてくれる。


「そうだったんですか! 会長夫妻のお嬢様のお友達で、眠りの小五郎のお嬢さん……!」

「……本当は、もう一人一緒に来る予定だったんですけど……。今日は来られなかったみたいで……」


 蘭の眉がわかりやすく下がった。
 やはり、鈴木園子が花梨を誘っていたが、今日は来られなかったらしい。


「……それは残念でしたね」


 給仕姿のキッドもつられるように眉を下げ、昨日の出来事を思い出す。

 ……花梨の家で見た、カウンターテーブルに置かれた招待状。昨日、自宅へ戻り、以前撮った同じアングルの写真と見比べると、やはり招待状が無くなっていた。


(花梨は来ていない……? けど、招待状はなくなってた……。幼なじみ二人と接触してないだけで、来てるんじゃ……)


 花梨が来ているという希望を捨てきれない。


「はい……。でも、花梨ちゃん……あ、友達の名前なんですけど、その子に似た人を会場で見かけた気がするんです。すぐ見失っちゃったから彼女だったのかはわからないんですけど……。彼女、見た目がすごく特徴的だから……」

「っ!? へ、へえ……そうなんですね……」


(なんだって!? やっぱり来てるのか……!)


 蘭の話に、キッドは一瞬目を見開き、花梨のこととなると、普段は完璧なポーカーフェイスもあっさり綻んでしまう。


「でも、違うかな……花梨ちゃんだったら、私に声、かけてくれるはずだもの」


 しゅん……と、蘭は肩を落とし、それ以上は黙り込んでしまった。


「……そのご友人、花梨さんは……とても大切な方なんですね」

「……はい。幼なじみなんです。とっても優しくって、話してると癒されるっていうか……。でも、急に留学しちゃって……」

「っ、留学……ですか?」


 やはり、ここでも彼女がついた嘘――“偽りの留学”が事実として語られている。
 毛利蘭なら、真実を知っているかと思ったが、そうではなかった。


(花梨……お前、どこまで隠蔽する気だよ……。そんなにオレを真実から遠ざけたいのか……?)


 花梨が残した“嘘”には隙がない。キッドはギリッと歯を食いしばった。
 そんな様子など気にも留めない蘭は思い出すように語る。


「先月の五日だったかな……電話がやっと通じて、留学先で皆によくしてもらってるって言ってて……よかったなって――。そうは思ったんですけど、やっぱり寂しいなって思っちゃって……」

「っ…………それは、寂しいですよね」


(先月の五日って言ったら、花梨が行方不明になったあとじゃねーか……! オレも……寂しいよ、花梨……)


 思わず感傷に浸り、二人して落ち込み、無言になってしまった。
 ……そのまま無言で歩き、少しして。


「それにしても……ずいぶん遠いんですね……」

「あ、もうすぐ着きます。あちらですよ」


 まったく人気が無くなった通路の先に、化粧室が見える。
 会場からはかなり離れてしまったが、ここなら用をサッと足して、すぐに戻れば達也のライブに間に合いそうだ。


「あ、本当だ。ありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそ♡」

「え……?」


 お礼を告げて、蘭は化粧室に入る。スタッフの笑顔に少々違和感を覚えたが、すぐに用を済ませて、会場に戻ることにした。


「ふぅ…………ん? えっ……――」


 それは、蘭が化粧室を出てすぐのことだった。

 プシュー……。

 何かが顔の前で噴き出し、蘭は意識を失った。




◇




「よし、パーフェクト! こんなもんかな~♪」


 蘭に扮したキッドは化粧室で前髪を掻き上げ、鏡の前でポーズを取る。

 ……我ながら、完璧な変装だ。
 今回は、青子に変装するときよりも胸パッドを厚めにしてある。

 着痩せする花梨とは違い、毛利蘭はわかりやすくプロポーションがいい。
 背も高いから、少し膝を落として歩けば問題ないだろう。

 蘭は傷つけないよう、丁重に救助ボートへ寝かせておいた。
 そのうち起きるだろうが、そのときにはすべてが終わっている算段だ。


「……花梨、来ているのか……?」


 漆黒の星(ブラックスター)も重要だが、蘭から聞いた花梨――かもしれない目撃情報も気になる。
 さっさと会場に戻ることにした。

 一方で、キッドが蘭と化粧室に向かっている間、会場では――。


「わあ! 達也さんだ!」


 余興として、木村達也のソロライブが始まっていた。
 園子一押しということで決まった、達也のライブ。歌ったのは二曲だけだったが、先月リリースされたニューシングル「素顔の君に伝えたい」で、会場は大盛り上がりとなった。


「いい曲だったね」

「ね~♡ 楽屋にごあいさつに行っても大丈夫かなぁ? 持ってきた差し入れ渡したいな~」

「うーん、関係者じゃないと入れてもらえないんじゃないかな」

「そっか、それもそうだね。じゃあ、偶然会えたら渡すことにするね。会えちゃったり~♪」

「ははっ、リンがそう言うと、本当にそうなる気がするから不思議だよ」


 長く続いた拍手が鳴り止むころ、ヒロは花梨の頭を優しく撫でて微笑んだ。
 だが、次の瞬間、優しかったヒロの眼差しが、キッと険しくなる。花梨を自分の背に匿った。



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