白月の君といつまでも2

-- Early Summer, about 17 years old
234:消える怪盗


「動くなキッド!!」


 扉から血相を変えて現れたのは、中森警部だった。
 彼は拳銃をキッドにピタリと向け、じりじりと距離を詰めてくる。


「これはこれは、中森警部……お早いお着きで……」

「フン! 何を言う……ワシがきさまの予告状を解いて、ここを張ってたのを知ってたクセに……。ハンググライダーでここから飛び立つと踏んで、ホテル内の人間をすべて調べ、玄関口を固めていたが……まさか東都タワーから迂回して、ここに降り立つとは、思ってもみなかったよ……」


 中森警部の後ろから、ぞろぞろと拳銃を構えた警官たちが突入してくる。ざっと見積もって二十人ほど。
 これだけの人数で屋上を完全封鎖すれば、いくらすばしっこいキッドといえど、もう逃げ場はない――そう踏んで、中森警部はさらに距離を詰めていく。


「だが、あの真珠はあきらめろ……きさまには、もう逃げ場はない……」


 だから大人しくお縄につけ。そう確信する中森警部だったが――。


「フフフ……今夜は、あなた方の出方を伺うただの下見……盗るつもりはありませんよ……」

「なに!?」

「おや? ちゃんと予告状の冒頭にしるしたはずですよ……」


 キッドは手元のスイッチをスマートに押した。
 すると、彼の背中に純白のハンググライダーが鮮やかに展開される。


「Fib(うそ)・moon(つき)だってね……」


 ニヤリと深く嗤い、ハンググライダーの腰ベルトをがっちりと装着するキッド。


「や、奴を飛ばすな! かかれぇ!!」


 中森警部の大号令で、距離を取っていた警官たちが一斉にキッドを目がけて駆け出した。
 ところが、キッドの白い袖口から、小さな金属製の筒がカランと零れ落ちて、床で激しく弾ける。

 次の瞬間――、視界のすべてを奪う圧倒的な白い閃光が、屋上を覆いつくした。


「閃光弾!?」


(オレが持ってきた花火と同じか――!?)


 突然の猛烈な光に、コナンは反射的に腕で目を覆う。眩しすぎてキッドの姿が完全に視界から消える。
 だが、その光の濁流の奥から、低くよく通るキッドの声がコナンの耳に届いた。


「よぉ、ボウズ……知ってるか?」

「!?」

「怪盗は、あざやかに獲物を盗み出す創造的な芸術家だが……探偵は、その跡を見て、難癖つける……ただの批評家に過ぎねーんだぜ?」

「なに!?」


 コナンが声のするほうへ飛び出そうとしたその時、『ポン』という何かが弾ける音と共に、一気に濃い白煙が立ち込めた。
 直後、閃光弾の光が収まり、ヘリの照明が照らし出したのは――キッドが立っていた場所に残された、虚しい白い煙だけだった。


「きっ、消えた!?」

「どこへ行った!?」


 驚愕の叫びが何人も同時に重なり、すぐさま中森警部が無線で上空のヘリと連絡を取り合う。


(バ、バカな!? これだけの包囲網だぞ……!?)


 コナンは、慌てふためく屋上の警官たちと上空のヘリを見上げ、“あり得ない”とばかりにあたりを激しく見回した。


「くそっ、またしても逃げられたか……」


 ギリッと奥歯を噛みしめる中森警部の後ろで、コナンも空を飛ぶ白い翼を探したが、夜空のどこにも彼の姿は見つけられなかった。


(じょ、冗談じゃねー!! 人間が……人間がそんな簡単に消えるわけない!!)


 諦めきれず、コナンは屋上の端から身を乗り出すように目を凝らす。
 だが、やはり夜空には何も飛んでいない。


(いったいどこに消えたっていうんだ……!? ……ん?)


 ふと、そこへヒラヒラと、一枚の紙がコナンの足元に落ちてきた。
 その紙を拾い上げると、今夜の予告状と同じ書体で文字が綴られている。


 “
  7月14日
  横浜港から出航する
  Q(クイーン)・セリザベス号船上にて
  本物の漆黒の星を
  いただきに参上する

  怪盗キッド
 ”


 鮮やかな赤いバラの花が一輪添えられたその紙は、次なる真剣勝負を告げる犯行の予告状だった。


「こ、これは!!」


 コナンの背後から、中森警部がその予告状を強引に覗き込む。
 中森警部はその予告状をコナンからひったくるように奪うと、「総員撤収だ!」と叫び、警官たちを引き連れてバタバタと去っていった。

 ……屋上に、たった一人だけ警官を残して。


「……7月14日……Q・セリザベス号か……」


(怪盗キッド……! 次はぜってぇ、オレがその正体を暴いて捕まえてやっからな……!)


 コナンは漆黒の星(ブラックスター)のある米花博物館方面の夜空を睨みつけ、キッド逮捕を心に誓う。

 そんなとき――。


「……ボウヤ、もう遅いから送ってくよ」

「へ?」


 不意に背後から優しくかけられた声に、コナンはハッとして振り返った。
 そこに立っていたのは、若い制服警官――中森警部が“子供の保護用”にその場に残していった、一人の男。


「こんな夜遅くに、どうしてこんな場所に来たんだい? 親御さんは?」

「え? あ、あははは……ボク、今日このホテルに泊まってて夜景を見ようと思って、抜け出してきちゃった。すぐ部屋に戻りまーす……!」

「あっ、ボウヤ!?」


 とっさに宿泊客の子どもを装い、コナンは小走りで屋上から逃げ出す。
 若い警官は追ってこなかったが、ドアを閉める間際、小さく「チッ」と低く舌打ちをするような音が聞こえた気がした。

 ――ガチャン。

 塔屋の重い扉が閉まる。


(……チッ。あのガキ、最後の最後で、とぼけやがって……演技のうまいことで……)


 足音を響かせ去っていった、小さな探偵が消えたドアを睨みつけ、快斗は制服のポケットの奥で拳を握りしめ、苦々しく舌打ちを漏らした。

 そう――キッドは最初から、煙と共にこの屋上から消えてなどいない。閃光と煙の混乱に乗じ、制服警官の一人として紛れ込んでいたのだ。


(花梨のことを探る暇もありゃしねぇ。…………けど、これでハッキリしたぜ)


 あざやかに警察を手玉に取った “怪盗キッド” に気圧されるどころか、一歩も引かずにあの不敵な探偵の笑みを浮かべてみせた、江戸川コナンという小さな存在。

 花梨が命がけで隠した『何か』。世界がどれだけ不条理に書き換わろうと、絶対にブレない「真実の目」をしている、あの奇妙で小さな探偵。


(……いいだろう、試してやる。あいつが本当に、花梨の“手がかり”に辿り着けるだけの奴なのかどうか……それだけを見届けさせてもらう)


 閉じられたドアをじっと見つめて、警官の制服の帽子を少し上げ、快斗は夜空に浮かぶ白く満ちる月を見上げ、そっと手を伸ばした。


「花梨……オレは、オレの日常を過ごしながら、必ずお前を探し出してみせる。だからお前は “Fib(いつわり)” なんかじゃなく、確かな “Reality(げんじつ)” としてオレの元に戻って来るんだぜ……。今日はもう、おやすみだ。いい夢を……」


 月に向かって優しく、だけど切なそうに微笑み、快斗はその場をあとにする。

 静まり返った深夜の屋上には、冷たい月光に照らされた、一輪の白いバラの花だけが静かに残されていた。



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