白月の君といつまでも2

-- Early Summer, about 17 years old
233:邂逅の夜


◇




「米花博物館はあのあたりか……」


 杯戸シティホテルの屋上へと辿り着いたコナンは、数機のヘリが旋回する米花博物館を遠目に見ながら、持ってきた空き缶とロケット花火を仕掛けていく。


(現在0時28分……後は奴が来るのをここで待つだけ……)


 泥棒が現れたら、これに点火して爆音と閃光で警察に知らせる算段だ。
 緊迫した静寂の中、不意に――

 “ピリリ……ピリリ……”

 コナンのポケットから、イヤリング型携帯電話の着信音が鳴り響いた。


「お、博士か?」

『おお、新一君! 君のお父さんのファイルと、最近の新聞を照らし合わせたが、怪盗1412号はかなり謎に包まれた人物じゃよ……』


 調べが終わったらしい、阿笠博士からの通信だ。
 泥棒が現れる前でよかった。

 コナンは周囲への警戒を怠らないまま、阿笠の話に耳を傾ける。


『彼が最初に出没したのは、十八年前のパリだ……その十年後、忽然と姿を消し、死亡説も流れたが……さらに八年後の今、再び復活し、現在は主に日本で活動してるそうだ……』

「十八年前って事は、かなりのおっさんになってるわけか……で? どんな奴か書いてないか?」


 そういえば、年齢に関しては蘭もそんなようなことを言っていた。
 予告状のコピーを持ち込んできた日、園子から「今、若い子がハマってる、おじさんの泥棒」だと聞いた、と。


『彼を称する形容詞は数多い……「平成のルパン」「月下の奇術師」……じゃが一つだけ、最も人々に親しまれている通り名がある……』

「通り名?」

『各国の警察を、子供のように手玉にとる、怪盗1412号に興味をもった小説家が、1412の番号(ナンバー)を洒落てこう読んだのじゃ……K(ケー)・I(アイ)・D(ディー)と……』

「K(ケー)・I(アイ)・D(ディー)?」


 コナンがその名を口にした、まさにその瞬間だった。
 屋上を吹き抜ける夜風に交じって、バサ……バサバサ……と重い布が激しくはためく音が重なる。


(ん……? 風の音が変わった……?)


 音はコナンの真後ろ、背後からした。
 後ろには、屋上出入り口の塔屋と、給水塔があるだけ。

 扉が開く音はしなかった。
 では、この風を切り裂くようなバサバサという布の音はいったい――。


『そうじゃ……怪盗1412号……人呼んで……』


 阿笠の声をイヤホンでキャッチしながら、コナンは緊張に背筋を凍らせ、ゆっくりと振り返る。
 すると、巨大な満月をバックに、たった今、塔屋の天辺へと音もなく降り立った、純白の――。


『怪盗キッド!!』


 阿笠の声と、その男――怪盗キッドの着地が、完璧に重なった。

 きらめく月光を背に浴び、純白のシルクハットとマントを美しく翻すその男は、口元に不敵な笑みを浮かべてコナンを見下ろしている。


(……ビンゴ。本当に一人でいやがったな、あのボウズ……)


 モノクルの奥で、快斗は冷徹に、眼下に佇む小さな探偵を見据えていた。
 足元には、空き缶とロケット花火。警察を呼ぶための即席の仕掛けだと瞬時に見抜く。


(花梨が命を懸けてオレから隠そうとした『何か』──その答えを握っているのが、本当にこの子どもなのか……? それにしては、こいつはオレの“動き”を知りすぎている……)


 胸の奥で、花梨を失った焦燥と、この奇妙な少年への底知れない警戒心がぐるぐると渦巻く。息が詰まりそうなほどの緊張感。
 だけど、快斗はそれを完璧なポーカーフェイスの裏に隠し、喉を震わせ、『怪盗』の声を紡ぎ出した。


「よお、ボウズ……。何やってんだこんな所で……」


 強い夜風にマントを激しくはためかせながら、快斗は両手を白いズボンのポケットに突っ込んだまま声をかける。

 ところが、小さな少年――コナンは、キッドに怯えるどころか背を向け、平然としゃがみ込んだ。
 ……彼が次に出る行動は、快斗にはわかっていた。

 シュボッ。

 小さなライターの火が、ロケット花火の導火線に点火され、夜空へと勢いよく舞い上がる。
 だが、そのロケット花火、普通の花火とは明らかに違っていた。


「花火!」


 コナンの子供らしい大声とともに、打ち上げられた花火が上空で『パァン!!』と激しく弾け、まるで閃光弾のように、夜の屋上を真昼のように明るく照らし出した。


(おいおい……何なんだよその花火はよ……。どう見ても市販品じゃねーだろ。ボウズにも、オレんとこのジイちゃんの友達みたいな、妙な技術屋の知り合いでもいんのか……?)


 快斗はポーカーフェイスを保ったまま、眩い光を放つ空を平然と見上げていた。


(で……? これで応援を呼ぼうってわけか?)


 眩しそうに目を細めるコナンを見つめ、快斗は次の行動を黙って見守る。


「あ、ホラ、ヘリコプター♡ こっちに気づいたみたいだよ!」

「…………」


 コナンがあざとく指差す方向、博物館上空を旋回していた警察のヘリが、一機、猛烈なスピードでこちらに向かって機首を向けてくる。


「ボウズ……ただのガキじゃねーな……」


 以前、花梨を危機から救い出した――あの超人的な瞬発力といい、小さな違和感を察知する能力といい、警察を即座に呼び寄せる手段を冷静に実行する判断力。
 どう見ても“ただの小学生”であるはずがない。


「江戸川コナン……探偵さ……」


 コナンは眼鏡の奥の目を鋭く光らせ、不敵な笑みでそう名乗った。


「ホー……」


(探偵ねぇ……。やっぱなー……オレの嫌いな人種ってやつか……)


 この子は“工藤新一”とも深い知り合いだと言っていたし、確かに頭は狂気的にキレそうだ。
 快斗は、花梨が妙に懐いていたこの“江戸川コナン”という存在を、値踏みするようにじっと見つめた。


(どう切り出したもんかな……。今のオレ《キッド》の立場で花梨のことを探りを入れたらおかしいしな……。ひとまず、今日は顔合わせだけだな……)


 米花博物館方面から、バラバラバラとけたたましいヘリのローター音が急速に近づいてくる。


「それよりいいの? 怪盗キッドさん? 早く逃げないとヘリコプター来ちゃうよ……」

「フム……」


 コナンがヘリを指差し、余裕の笑みで逃走を促すが、快斗は至って冷静に顎に手を当て、考え込むフリをする。


(顔合わせは終わったし、そろそろいいか……)


 快斗は、静かに白いジャケットの内ポケットから無線機(トランシーバー)を取り出した。
 その様子を、コナンは「何をする気だ?」と不思議そうな顔で見つめている。

 “オホン”

 無線機を手に、小さく咳払いをした快斗は――次の瞬間、喉を震わせ、声帯を自在に操り、全く別の声を響かせた。





『あーーこちら茶木だが! ホテル屋上に怪盗キッド発見!!』


 スピーカーから響いたのは、昼間、博物館でコナンが実際に聞いた【茶木神太郎警視】の、あの威厳のある太い声そのものだった。


(なっ!?)


 度肝を抜かれるコナン。
 あまりの衝撃に、開いた口が塞がらない。


『米花、杯戸町近辺をパトロール中の全車両および! 米花町上空を飛行中の全ヘリ部隊に告ぐ……速やかに現場に直行し、怪盗キッドを拘束せよ!!』


 今ので、周囲の警察たちが一斉に動き出すだろう――そう確信し、キッドは間髪入れずに次の手に出る。


(よし、お次は――)


 驚きで目を丸くして呆然とするコナンを前に、キッドはまたしても鮮やかに声色を変えた。


『えーーワシだ! 中森だ!! 杯戸シティホテル内を警戒中の各員に告ぐ! キッドは屋上だ!! 総員ただちに突入! 奴を取り押さえろ!!』


 トランシーバーから大音量で聞こえるのは、紛れもない中森警部の怒鳴り声。
 ホテル内で警戒していた警察たちが、一斉に階段を駆け上がり始めたのだ。


(こ、こいつ機械も使わずに何人もの声色を……すごい……)


 コナンはキッドの常人離れした特殊能力に、圧倒されて動けなかった。
 すると、“ピッ”とトランシーバーを切る無機質な音が響く。

 その直後、遠くからいくつものサイレンの音が夜の静寂を切り裂いた。


「これで満足か?」


 背後に数台のヘリが迫り、サーチライトの光が屋上を捉え始めているというのに、キッドは優雅な笑みを浮かべる。


(何をしようってんだ!?)

「探偵君?」


 コナンがキッドの次の動きを読めないうちに、大型ヘリが凄まじい風を巻き起こしながらホテルを取り囲む。
 夜の闇を退ける強烈な照明の光の中で、キッドの白いマントが狂ったように舞い上がっていた。


(ゆっくり探りを入れる時間はなさそうだな……。フ、まあいい)


 まるで光の檻に閉じ込められたかのような状況だというのに、彼の唇は、なおも愉しげに弧を描いている。

 そんな時、バンッ!! と塔屋の重い鉄扉が勢いよく開け放たれた。



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