白月の君といつまでも2

-- Early Summer, about 17 years old
218:偽りの残響


◇




 一方で、月影島の事件を終え、毛利探偵事務所に戻ったコナンは、未だにあの夜の“不自然な嵐”を反芻していた。


(成実さんは助かった。……だけど、あの風は何だ? まるで意志を持って炎を食い荒らすかのように……)


 超常現象としか思えない光景。けれど、探偵としてそれを認めるわけにはいかない。
 そんな思考を、帰宅した蘭と園子の賑やかな声が遮った。


「そういえば蘭、ついこの前、花梨と話したって言ってたじゃない?」


 その名を聞いた瞬間、コナンの心臓が跳ねた。


「蘭姉ちゃん! 花梨姉ちゃんと話したの!? それって本物の花梨姉ちゃん!? いつ!?」

「コナン君? 本物ってなぁに? 失礼ね。私が花梨ちゃんの声を聞き間違うはずないでしょ」

「あ、いやぁ……その……ご、ごめん。でも教えてほしくて……」

「もう、しょうがないなぁ、なにが知りたいの?」


 ムッとする蘭を宥めながら、コナンは情報を引き出そうと食いつく。


「いつ話したの!?」

「話したのは、月影島に行く前日の夜よ。ほら」


 蘭はササッとスマホを操作し、「ねっ、間違ってないでしょ!」と通話履歴をコナンに見せつけた。


(本当に“ついこの前”じゃねーか!!)


 表示されている日付が近すぎる。
 自分の電話は通じなかったというのに、蘭の電話だけ通じた。

 それは、自分の電話が着信拒否されているのか、単に電源が落ちていただけで、たまたま蘭がかけたときに繋がっただけなのか……そのあたりは分からない。
 それでも、花梨が今も生きている可能性は高いはずだ。


「蘭姉ちゃん、その時……電話の向こう、静かだったか?」

「えっ?」

「イギリスにいるはずなんだろ? 昼間だったなら、街の音とか聞こえなかったのか?」


 コナンの鋭い問いに、蘭は記憶を辿るように眉を寄せる。


「えっと……ううん。静かっていうか……窓が開いてたみたいでね。波の音みたいなのも少し聞こえたし……それに」

「それに?」

「……カエル、鳴いてた」


 コナンの背筋に冷たい戦慄が走った。


「……! カエル……だと?」

「うん。雨上がりみたいな感じでね? ケロ……って、遠くで」


(カエルが鳴いてるわけがねぇ……。イギリスの昼間なんだろ……? おいおい、その設定で押し通す気か……情報統制が甘すぎるだろ……花梨、どこだ……いったいどこにいる……!?)


 少しでも花梨に繋がる情報を引き出すために、コナンは子どものふりのまま話に乗り、内心では一言一句を拾い上げていた。

 だが、こんな偽りの留学話など、もうたくさんだ。
 真実だけが、欲しいというのに……。

 蘭の話が進むほど、コナンの中で嫌な予感が形を持ちはじめる。


(待てよ、蘭が電話した次の日……俺たちは月影島にいた。あの島も、夜はカエルが――いや、考え過ぎか?)


 思考を巡らせるコナンに、蘭が思い出したように言った。


「そういえばね、カエルだけじゃなくて、誰かの名前も聞こえたの」

「名前?」

「うん。なんか外で男の人たちが騒いでて……」

「どんな名前?」

「さあ……覚えてないよ?」


 その名前に、何か花梨に結び付くヒントはないだろうか。
 コナンは蘭を鋭く見つめた。


「思い出せねぇか?」

「うーん……名前までは……」

「花梨に関わることなんだ、頼むよ蘭姉ちゃん!」

「え……? うーん……」


 蘭の服の袖を掴み、迫力に満ちた目でじっと見つめるコナン。
 そのあまりにも必死な様子に、蘭は腕組みをし、考え込む。


「あっ」

「?」

「しみず……だったかな?」


 ようやく思い出した蘭に、コナンの動きが止まった。


「……しみず?」

「違うかもしれないけどね?」

「……」


 コナンは黙り込む。


(清水……?)

(まさかな……)

(偶然だ)

(月影島の候補者と同じ苗字なんて、いくらでもいる)


 まさかそんなはずはない――。
 一瞬、脳裏をよぎった島と嵐の光景。


(もし本当に月影島だったなら――)

(いや、考えすぎだ)


 コナンはそのあまりにも突飛な結びつきを、一度頭を振って打ち消した。
 蘭は「シミズさんって、花梨ちゃんの学校の人かなー?」なんて笑っているが、コナンの目は笑っていない。


(あり得ねぇだろ……)

(月影島にいたなんて)

(そんな偶然、あるわけ……けど、一つだけはっきりしてるのは――)

(花梨は日本に、それも波の音が聞こえてカエルが鳴くような場所にいたっ……!)


 新一としての焦燥感と、探偵としての冷静さが火花を散らす。


(六月一日のあの火事場から彼女を連れ去り、偽りの海外生活まで演じさせている組織の連中(あいつら)……! クソッ! ぜってぇ許さねえ……!)

(けど――花梨。生きてんだな……)


 身辺整理をし、自ら姿を消した幼なじみ。
 何の因果か、自分が追っている組織に囚われてしまった。

 彼女はまだ生きている――。
 そう信じたいだけかもしれない。

 それでも、少ない手掛かりのなかで、彼女が生きていると信じるには十分だ。


「クソッ……どこにいるんだよ……!!(花梨っ!!)」


 コナンは目を閉じる。


(花梨……)


『……バイバイ、新ちゃん。元気でね』


 目を閉じると、瞼の裏に、最後に会った花梨の優しい笑顔がまだ浮かぶ。

 松田から聞いた「花梨は留学した」という話は、結局そのまま覆されていない。松田はコナンを巻き込みたくないという理由で、それを否定せずに、あの火事の日の目撃情報を教えてくれた。

 留学が嘘なのは明らかだ。
 ところが現在、花梨が“留学”――という話は、どうやら本当にそうなってしまっている。
 園子が、以前会ったことのある中森青子から花梨の話を聞いたところ、本当に留学したことになっていた。

 “黒羽に聞けば嘘だとわかる”と思ったコナンは、江古田高校まで出向いたが、快斗がずっと欠席で捕まらなかった。
 彼の自宅も電話番号も知らない。花梨の女友達の名前も顔もわからない。

 ……まるで最初から、自分の世界に「葵花梨」なんて女の子は存在しなかったかのように、すべての手がかりが綺麗に消し去られている。

 花梨に何度か電話をかけても、『おかけになった電話は、電源が入っていないため……』というアナウンスが流れるだけで繋がらない。

 あの日から、何が真実で、何が嘘なのか……花梨に関することは、霧の中を駆けているようではっきりと掴めないまま、コナンは日常に戻っていた。

 そんな中での、蘭の、“花梨と電話した”という話……。
 驚かないわけがなかった。


「コナン君……花梨ちゃんと話したかったんだね……私もあのとき以降、電話繋がらないんだよね……忙しいんだよ、きっと」


 コナンが花梨を好きだとわかっている蘭は、彼の頭を撫でながら「急すぎるよね……」と、眉を下げて宥める。


(やっぱり、たまたま繋がっただけなんだな……花梨)


 もう、スマホは取り上げられているかもしれない。

 コナンは園子を見上げ、口を開いた。


「……ねえ、園子姉ちゃん」

「何よガキンチョ」

「花梨姉ちゃんの友達が言ってた、“留学”って本当の話なの?」

「そうよ~? ホームルームのときに『担任の先生が言ってた~』って聞いたもの! まったく、別れの挨拶くらいしてくれればいいのに。見送りできなかったじゃない」

「……っ……」


 園子の話にコナンは絶句する。

 そんなはずはない。
 花梨は今、日本にいるというのに――。

 学校までもが花梨の“留学”を肯定してしまっている。
 それは“白河”による裏工作なのか、“組織”による隠蔽工作なのか……。

 今のコナンには、真実に辿り着く材料が足りていない。


「こんなことなら、もっと一緒に遊んでおくんだったわよ」

「だよね~」


 園子と蘭が、花梨と撮ったスマホ写真を見つめ、悲しげに微笑む。
 その写真は、花梨が以前、探偵事務所に遊びに来たときに撮ったものだ。

 女の子同士、身体を寄せ合って幸せそうに笑っている。
 幼なじみ三人娘の、最高の笑顔だった。

 昔見た、花梨を間に挟む構図と一緒だが、あの時の花梨は“葵”という王子様で、蘭と園子という姫の間でほんのり微笑んでいただけ。
 園子のスマホの画面に映る花梨は、弾けるような笑顔が眩しい、三人目のお姫様だ。


「お休みのときはたまに日本に戻って来るって言ってたけど……いつ帰って来るのかしらね。招待状、送っちゃったのよねー」

「なんの~?」

「なんのって、ほらっ、来月十四日の船上パーティーよ!」

「船上パーティー?」

「ええ、蘭、あんたも来なさいよ。超豪華な船上パーティーなんだから♡ 絶対楽しいわよ!」


 園子が「コレよ!」と、鞄から取り出した船上パーティーの招待状を、蘭に手渡した。

 コナンは二人の会話を、花梨がついた“優しい嘘”だと知っている。
 軽く聞き流しながら、花梨が今どうしているのか、思いを馳せた。


(花梨……絶対助けてやるからな……すまない。もう少し、耐えてくれ……)


 組織が絡んでいるとなると、花梨に辿り着くのは至難の業だ。
 ましてや、彼女の親戚――“白河家”は厄介すぎる。

 国家権力を行使でき、人智を超えた力まで持つ当主。
 頭に触れただけで、コナンの正体が新一だと見抜いた。

 松田にも「首を突っ込むのは禁止」だと釘を刺されてしまっている。
 とはいえ、松田が組織について知っている様子はなかった。
 彼は“白河”絡みの案件で捜査しているのだろう。

 だが、もし、白河が組織と裏で繋がっていたとしたら……?

 花梨の命を狙っているのは、彼女の親戚……一条稀華。
 一条家も白河家と同じく、決して表舞台に出てこない黒い噂の絶えない家だ。

 彼女が組織に拐われた理由は、恐らく――現当主と同じ力を、花梨も持っていたからだ。
 一条家と白河家で手厚い保護を受けている稀華が無理なら、警護が手薄な花梨を……と狙っていたのだろう。


(……厄介な事件だぜ……)


 けれど、諦めるつもりはない。
 いつかきっと、花梨を闇の中から光の中へ連れ戻してみせる。

 コナンは、楽しそうに船上パーティーの話題に花を咲かせる蘭と園子のそばで、ポケットの中で拳を強く握りしめ、新たに誓うのだった。



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