追憶の誕生日【完結】
-- Autumn, about 16 years old
⑧解けてはいけない謎
「……そろそろ行くか。あまり遅くなると、お前、明日寝坊しそうだしな」
「あ、もうそんな時間? 楽しい時間はあっという間だねっ♡ ごちそうさまでした♡」
会計をスマートに済ませ(もちろん、花梨には金額が見えないように!)、二人は夜景が見えるエレベーターへと乗り込んだ。
「景色、綺麗だなぁ~♡」
「……お前のほうが……」
新一は花梨の横顔を切なげに眺め、ボソッと呟く。
彼女の耳には届かなかったようで、花梨はずっと外を見ていた。
地上へ降り、レストランの外へ出ると、火照った二人の頬に夜風が触れる。
「……ふわぁ、ちょっと涼しいね」
アップにした髪のせいで、首筋に夜風をまともに受けた花梨が、小さく身震いした。
それを見た瞬間、新一は反射的に自分のジャケットを脱ぎ、彼女の細い肩にふわりと掛けた。
「っ、新ちゃん!? 寒くないの?」
「オレは平気だ。……お前、そんな薄着なんだから、風邪ひいたらどうすんだよ」
ジャケットから漂う、新一の少し強めの香りと体温。
花梨はそれをぎゅっと手で押さえ、顔を半分埋めるようにして笑った。
「ありがと♡ ……新ちゃんの匂い、落ち着くね」
「っっ! ……バーロー、変なこと言うな!」
「一生大事にする」と言った彼女。そして、自分の上着を羽織って笑う彼女。
この夜、新一が感じた“きゅうきゅう”という胸の痛みは、彼がどれだけ否定しようとも、もはや“シスコン”という言葉だけでは片付けられないほど、深く、熱いものになっていた。
……翌年の誕生日、その肩に上着を掛けるのが自分ではない別の男になるとは、今の新一には到底、想像もできないことだったけれど。
◇
タクシーを降りて、マンションへと戻ってくる。
そろそろ夢から覚める時間だ。
「……新ちゃん、今日はありがと♡」
「どういたしまして。また明日な。夜八時だっけ?」
夜風が冷たいためエントランスに入り、新一はエレベーターが来るまで待つことにした。
「うん……ごめんね、明日も呼び出しちゃって」
花梨は新一に頭を下げつつ、(蘭ちゃん、ごめんね……頼れる人、他にいなくて……)蘭にも心の中で詫びる。
「ははっ、いーよ! 荷物が届くんだろ? 放課後そのまま行くし、晩飯リクエストすっから、それで手打ちだ」
「ふふっ、助かる♡ じゃあ、お夕飯のリクエストは明日の放課後までに送っておいてね。買い物して帰るから」
「学校まで迎えに行くから、帰りに寄って行こうぜ。荷物持ってやるよ」
「新ちゃん……」
新一の優しさに、花梨の瞳が潤む。
彼は口が少しばかり悪いが、底抜けに優しい。
昔からそうだった。
喧嘩もしたけれど、彼は決して見捨てたりしない。面倒見がよくて、優しい人だった。
(ねえ、新ちゃん。蘭ちゃんが好きな癖に、どうして私にもこんなに優しくしてくれるの……? そんな新ちゃんだから、私は、あなたが大好きなんだけどね……)
自分の気持ちに疎い花梨には、“好き”という感情が恋愛なのか、家族愛なのか判断がつかない。
ただ、新一が好き――それだけは本当で、新一から蘭の名前が出ると胸がチクッとしたりもする。
この感情は恋なのだろうか……。
「上着、ありがとう……今日、ちょっと寒いから、これ……」
「ん?」
花梨は新一にジャケットを返し、首に巻いていたスカーフを取る。
察した新一が背を低くしてくれたので、彼の首にそっとかけた。
「……さんきゅ。ちょうど首元寒かったんだ。明日持ってくるな?」
「うん、風邪ひかないようにね……」
「ああ……」
新一は花梨が巻き付けたスカーフに触れて目を細める。
その瞳は優しさに満ちていて、花梨は目を見開いた。
(新ちゃん、すごく優しい目、してる……。なんだか、うれしい……ありがと、新ちゃん……)
彼からの優しさが花梨の胸を温める。
また今年も、手元に残る物を貰ってしまったけれど、それでいい気がした花梨だった。
花梨と別れ、新一は帰路につく。
夜風が冷たかったが、新一の身体は火照っていた。
「……っ、このスカーフ、花梨の匂いがする……っ、はぁ……胸が痛ぇ……オレ、病気かな……病気だな、うん」
花梨に巻かれたスカーフに顔を埋め、新一はめいっぱい彼女の匂いを吸い込む。
今日はいつもと違う香りだったが、不思議と癒された。
「……胸の痛みが治まらねぇ……これは、循環器内科でいいのか――?」
ぶつぶつと一人ごちりながら、新一は解けているはずの謎を、解けないままにして、自宅へと帰っていくのだった。
おしまい☆
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