追憶の誕生日【完結】
-- Autumn, about 16 years old
⑦まだ名前のない温度
◇
「わぁ……すごい……!」
やがて、コース料理も最後の一皿となった。
テーブルに、花火とドライアイスの煙が立ちのぼるグラスデザートの皿が運ばれてくる。
運ばれてきたのは、クリスタルのようにカットされたグラスに入った、多層仕立てのデザートだ。
一番下には、夜の海を思わせる深いブルーのバタフライピーのジュレが沈み、その上には雪のように白いココナッツのムースが重なっている。
さらにその上には、透明なシャンパンジュレ(もちろんノンアルコールだ)が敷き詰められ、仕上げに銀箔のシュガーが星屑のように散らされていた。
ドライアイスの白い煙がグラスの縁から滝のように流れ落ち、パチパチと弾ける花火の光が、ジュレの中に閉じ込められた銀箔を複雑に反射させている。
「……綺麗。なんだか、今日のドレスみたいだね、新ちゃん」
花梨がうっとりと呟く。
その瞳に映るデザートの輝きは、新一が用意した“最高の演出”だ。
瞳を一際輝かせる花梨に、新一は頬杖をつき、優しい目で花梨を見つめながら、今日のバースデーは大成功だという手応えを感じた。
「ね、新ちゃん。写真……ううん、動画、撮ってもいい?」
「いいよ。これは動画向きだろ?」
尋ねておいて、花梨の手にはすでにスマホが握られている。
新一はくくっと笑って応えた。
「ふふっ♡ わーい。明日、友達に自慢しちゃおっと♡」
「おう、自慢しろしろ。ついでにオレと行ったってことも言っとけ――」
“クラスの男子にちゃんと聞こえるようにな――”と、続けようとした新一だが、ぐっ、と言葉を飲み込んだ。
「え~、それはちょっと」
「なんだよ、そこが大事なんだろ?」
他の誰でもない、
そう思ったが、新一は言えない。
言葉にしてしまうと、何かが崩れそうで言えなかった。
「だって、それ言っちゃうと、青子ちゃんたちにツッコまれちゃうから」
「なんて?」
「……別に? 新ちゃんに迷惑かけたくないからさ。そこは黙っておくよ」
(だって、青子ちゃんたち、絶対、私と新ちゃんが付き合ってるって言い始めるもの……。新ちゃんは蘭ちゃんが好きなんだから、そんなこと他校であっても言われたくないでしょ……? それを蘭ちゃんが聞いたら傷つくに決まってる)
新一に迷惑をかけたくないし、蘭にも誤解されたくない。
花梨は、目をぱちぱちと瞬かせる新一に、にこにこと笑顔でサムズアップした。
「別に迷惑なんてかかんねぇのに」
「ウワサって怖いんだよ? 新ちゃんは有名人なんだから、私なんかとウワサになったら大変!」
「……花梨、お前……」
「私はほらっ、ただの幼なじみだしさ♡ 新ちゃんには、蘭ちゃんがいるんだもん。不安にさせちゃダメだよ」
デザートにスマホを向け、パシャパシャと写真を撮る花梨。
言い終えると、動画を撮り始めた。
「蘭は別に……っ……あ、ああ……そう、だな……」
新一の声は小さかった。
花梨の口から蘭の名前が出るたび、新一は現実に引き戻される感覚に陥る。
いつも花梨との時間は夢の中にいるようで、ふわふわと心地好くて、リラックスできた。
蘭のことも大切に思っているのは確かだ。
だけど、今日は花梨の誕生日。今、花梨の口から「蘭」の名を聞きたくはなかった。
「あ」
ドライアイスの煙が収まり、花梨はそっとスプーンをグラスに差し入れ一口。
「ン~~♡ おいしい~♪ ほっぺた落ちちゃいそう!」
「……甘い。……けど、ちょっとだけ苦ぇな」
二人が同時に口にしたデザート。その感想は、見事に正反対だった。
「うんうん、ほろにががまたいいねぇ♡ おかわりしたいくらい♡」
花梨が口元に手を添え、小さく笑う。
控えめに微笑む姿は可憐で、大人びた衣装とは裏腹に、新一の目には天使のように映っていた。
「……はあ……」
(なんで、オメーはそんなに可愛いんだよ……可愛すぎるだろ……)
妹の可愛さにやられた兄貴はこんなものなのだろうか。
ひょっとしたら、自分はシスコンなのかもしれない……と、新一は思わずため息を漏らしてしまう。
「あれ? ため息ついちゃって……。しょうがないなぁ、甘いのが苦手なら、私が食べようか?」
「バーロ。お前が食いたいだけだろ。甘いのは絶対完食する花梨さん?」
「あはっ。バレちゃった? ふふふっ♡ なーんて冗談――」
「……オレの食べかけでいいならやるよ、ほら」
新一は、スプーンでひと匙掬うと、花梨の前へ差し出した。
いつもは花梨がする給餌行動だが、今日は先に仕掛けてやる――とばかりに。
「えっ、冗談だよ!?」
「いいから、食えよ。こんなデザート滅多に食えねえんだから、食っとけ」
「あ、ありがと……なんか催促したみたいで……あー……ん」
あーんと、花梨の小さな口が開く。
彼女の桃色の唇に、視線が集中した新一の心臓は、ドクドクと音を立てた。
「……美味いか?」
「うん……おいしい……よ?」
新一に答えた花梨の頬は赤い。
それを見ただけで、新一までつられて顔が赤く染まった。
「っ、なに赤くなってんだよ」
「だ、だって……新ちゃんが、急にそういうことするから……」
「っ……お前がいつもやってることだろ? ほら、もう一口」
いつもやられっぱなしの新一だが、今日はなんだか勝った気分だ。
火照った顔をそのままに、新一はまたひと匙掬って、花梨の前に持っていく。
「そ、そうだけどぉ……私がやるのと、新ちゃんがやるのは違う気がするんだよぉ……」
「はっ、何言ってんだか」
(何だコレ、楽しいな……! 今日の花梨は大人しいぞ……! このままいけばオレの勝ち……!?)
もじもじと照れる花梨を前に、勝利を確信しかけていた新一。
勝負をしているわけではないが、花梨に振り回されていることが多い彼は、たまには花梨に同じ気持ちを味わわせてやりたかった。
デザートを食べ終え、最後にコーヒーが提供されたところで、新一は、ポケットの中でずっと温めていた小さな包みを取り出し、無造作にテーブルの上へ滑らせた。
「……ほら。これ、誕生日」
「えっ……? プレゼント……いいの? こんな素敵なレストランに連れてきてもらったのに……」
花梨が驚いて目を丸くする。
「……バーロー。……こないだ、
もちろん「ついで」なんて嘘だ。
新一は、彼女が大切にしているあのシルバーの
花梨が震える手で包みを開けると、そこには深いネイビーブルーの、手触りの良い本革製ブックカバーが入っていた。
表紙の隅には、控えめな銀色の刺繍で、彼女をイメージした白猫のシルエットが刻まれている。
「……っ、これ、すごく素敵……! 新ちゃん、私が好きな動物、覚えててくれたんだね……♡」
「っ、……そんなん、お前、いつも白猫グッズ持ってるからな。嫌でも覚えるっつーの……」
新一はそっぽを向いたが、花梨が嬉しそうにそのカバーを胸に抱きしめるのを見て、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
「ありがとう、新ちゃん……。私、これにあのしおりを挟んで、一生大事にするねっ♡」
「……だから、一生なんて、大袈裟なんだよ」
ぶっきらぼうに返しながらも、新一は確信していた。
この先も、花梨のそばには自分がいる。
誕生日だって、こうして祝ってやる。
だから――自分が贈ったこのカバーも、きっとずっと彼女のそばにある。
「……一生大事にするよ」
その言葉を噛み締めるように、花梨はネイビーのカバーを愛おしそうに指でなぞっている。
新一はそんな横顔を眺めながら、ふと思った。
――この時間が、ずっと続けばいいのに。