チョコレート・ミステイク【完結】

-- Winter, about 17 years old
チョコレート・ミステイク③







 学校が終わり、戦利品のチョコ(と紅子からの漆黒チョコ)を抱えた二人は、花梨のマンションへと戻ってきた。
 だが、近所の公園を通りかかったところで、快斗は「チッ」と舌打ちして足を止める。


「……おい花梨。あっち見ろ。厄介なのがいやがるぜ」


 快斗が指差す先、公園には、明らかに一般人とは違うオーラを放つ四人の男たちが、まるでモデルの撮影会かのように佇んでいた。
 周りでは子どもたちが遊具で遊んでいるから、違和感がありまくりである。


「あ、零お兄ちゃんたち! みんなで遊びに来てくれたのかな?」

「遊びにっつーか、包囲網だな。……おい花梨、これ以上近づくなよ? 別の道通って帰ろうぜ。あいつらの目が笑ってねー」


 快斗の予感は的中した。
 二人の姿を認めるやいなや、降谷、諸伏、松田、伊達の四人が爽やかな、けれど威圧感たっぷりの笑顔で歩み寄ってくる。


「花梨ちゃん、おかえり。今日はバレンタインだろう? 君が好きそうなショコラティエの新作を手に入れたんだ。さあ、こっちへおいで」


 降谷が極上の笑みで花梨を誘い、その背後で松田が快斗をジロリと睨みつけた。


「おい、そこのハナタレ小僧。今日はバレンタインだ。……分かってるよな? 花梨に妙な安物のチョコを食わせるんじゃねーぞ。検品なら俺たちがやってやるからよ」

「はぁ!? 安物じゃねーよ! ってか検品ならオレがもう済ませたんだよ! おい花梨、行くぞ!」


 快斗が花梨の肩を抱き寄せて守ろうとするが、諸伏が優しく、けれど確実に二人の間に割って入った。


「黒羽くん、落ち着いて。……花梨ちゃん、今年も俺たちからプレゼントだよ。……あぁ、そういえば聞いたよ? 君はまだバレンタインの『お返し』は1ヶ月後だと思っているんだよね?」


 諸伏の言葉に、花梨はこくりと頷く。


「うん、そうだよ? 零お兄ちゃんたちには、来月おいしいもの用意するね♡」


 その純粋な言葉に、警察組の四人は勝ち誇ったような笑みを浮かべ、快斗へ憐れみの視線を向けた。

 ……つまり、今日も花梨から快斗への「贈り物」はない。
 彼らはそう確信し、マウントを取ろうとしたのだ。

 ……だが。


「あ、でもね、零お兄ちゃん。……今日はね、私からみんなに渡したいものがあるの!」


 花梨が鞄から、丁寧にラッピングされた小さな小箱を取り出した。
 警察組の四人の目が一瞬で輝く。


「俺たちに!?」

「まさか……花梨ちゃんからの……!?」

「いつも守ってくれて、ありがとう。……でも、これは感謝のチョコなの。……一番大事なのは、これじゃないんだ」


 花梨はお兄ちゃんたちに「感謝」のチョコを配り終えると、残った最後の一つ――一番小さくて、けれど一番丁寧に包まれた箱を、隣にいる快斗のほうへと差し出した。


「快斗。……これはね、小泉さんに教えてもらったの。世界でただ一人の人に、捧げるんだって。……私、快斗に『呪縛』にかかってほしいな♡」

「っ…………!!!」


 その場にいた全員の時間が止まった。
 快斗の顔面は、今日一番の熱量で真っ赤に沸騰する。

 対するお兄ちゃんたちは、まるで心臓を射抜かれたかのようにその場に硬直した。


「……え、いま、花梨ちゃん……なんて……?」

「……じゅ、ば……く……?」


 松田のサングラスが地面に落ち、降谷の手に持っていた高級チョコの袋がカサリと音を立てた。
 快斗は、震える手でそのチョコを受け取ると、最強のドヤ顔でお兄ちゃんたちを振り返る。


「……聞いたか、国家権力の諸君。……こいつはオレの、完全勝利だ!!」

「「「「おのれぇぇ、黒羽快斗ぉぉぉぉ!!!」」」」


 ……その後、公園で成人男性たちがうるさいとのことで、通報が入ったが、誰も逮捕されることはなかった。




▽マンションのエレベーターにて。

快斗「おい花梨……さっきの、本気なのかよ。呪縛にかかってほしいなんて……オレ、もう一生解けねーぞ?」

花梨「ふふっ、小泉さんがね、『これを言えば彼は一生貴女の虜よ』って。……快斗、ずっと私の隣にいてくれる?♡」

快斗「……当たり前だろ。……よし、検品は中止だ。このチョコは、オレが世界で一番大切に、一口ずつ食ってやるよ」


 窓の外では、まだ公園でお兄ちゃんたちが「納得いかねえ!」「検品させろ!」と揉めている声がかすかに聞こえたけれど。
 密室の中で、快斗は花梨の額にそっと「呪縛の上書き」のキスを落とすのだった。









 ……朝作って、冷蔵庫に置いてきたチョコレートを取りに行くと快斗が帰宅し、夜七時。
 外灯の下、ベンチに座っていた小さな影が立ち上がる。


「あ、し……コナンくん! おまたせ~! どうしたの?」


 呼び出された花梨は、昼間、降谷たちのいた近所の公園にやって来た。
 少し離れたところに沖矢昴の姿を見つけ、軽く会釈をする。
 コナンが手をひらひらとさせると、彼は笑みを湛えたままどこかへ行ってしまった。

 一人で花梨の家に行ってはいけないと蘭に言われているコナン。
 だから、彼と来たのだなと花梨は納得。
 コナンからは、メッセージアプリで『名前はコナン呼びで頼むぞ』と釘を刺されている。このためだったのだと理解した。


「……これ、やるよ。蘭姉ちゃんたちと作ったやつ。花梨姉ちゃん、チョコ好きなんだろ?」


 コナンは照れくさそうに顔を背けながら、手提げ紙袋を差し出した。
 花梨はそれを受け取り、中身を見てふわりと微笑む。

 袋の中にはリボンが掛けられ、ラッピングされた透明の箱。箱の中には可愛いハート型のメッセージ入りチョコレートと、でこぼこした丸い(?)トリュフが入っていた。
 出来栄えから見て、おそらくハート型のチョコレートは蘭からで、トリュフはコナンからだろう。


(ふふっ、不格好だけど……一生懸命作ってくれたんだ。新ちゃん、こういうところ昔から変わらないなぁ)


 そういえば、コナンから甘い匂いがしている。
 正体を知っているからこそ、その「幼い姿での努力」が愛おしくてたまらない。


「わぁっ、嬉しい! ありがとう、コナンくん♡」

「……喜んでくれたなら、いいんだけどよ。あー、それと……」


 コナンは上目遣いで花梨を見つめる。


「さっき、お返しは来月だって書いたけどさ。……ボク、今すぐお返しが欲しいな。……ダメ?」


 ……確信犯的なおねだり。
 花梨は困ったように笑い、「でも、今何も持ってなくて……」と答えるが、コナンが自分の頬を指さすと、花梨は迷いなく屈み込んだ。


「はいはい、わかったよ♡」


 相手が「新一」だと分かっている花梨にとって、それはごく自然な親愛の情。
 花梨は、コナンの小さな頬に――“ちゅっ”と、優しくお返しを贈った。


「はい! これでいいかな、新……あ、コナンくん♡」

「……っ。……まぁ、妥当なとこかな。じゃあな!」


 顔を真っ赤にして走り去るコナン。
 花梨はその後ろ姿に「気をつけて帰るんだよー!」と声をかけ、上機嫌でマンションへ戻った。


「……へへ♡」


 コナンが数歩走ったところで、公園の茂みの陰から、背の高い一人の男が静かに姿を現す。
 彼がいつの間にか戻って来ていたらしい。


「――お疲れ様です、ボウヤ。無事に『任務』は完了したようですね」

「あ、昴さん……! コーヒー飲んで来るって言ってなかった!? ずっと見てたの!?」


 眼鏡の奥の瞳を細め、穏やかに微笑む沖矢昴。
 その手には、まるで最初から用意していたかのように、温かいカフェオレのカップが二つ握られていた。


「えぇ。レディへの贈り物に不備があってはいけませんから、影ながら見守らせていただきました。……それにしても、素晴らしい『お返し』をいただけたようで」

「う、うるさいな。……ほら、行くよ!」


 照れ隠しに先を急ぐコナンの背中を見送りながら、昴はふと、遠ざかる花梨の背中へと視線を向けた。
 一瞬、糸のように細められた瞼の奥で、鋭い翠眼が光った。
 そして、コートのポケットから、彼が「個人的に」用意していた小さな黒い箱を取り出す。


「……本当は私も、直接渡したかったのですがね。今の立場では、あまり目立つわけにもいかない。宅配便で送っておきますよ……(Kitty)」


 昴はそっと箱をポケットにしまい、花梨の肩にかかった鞄――通信機が仕込まれているであろう方向に、気づかれない程度の鋭い視線を向けた。
 


「……さて。どこかの『泥棒さん』が、嫉妬で夜更かししていないといいのですが」


 ……意味深な言葉を残し、コナンと昴は公園をあとにした。










 一方で、それを盗聴していた快斗は――。


「………………」


 江古田の自宅。
 快斗は、レシーバーをオフにし、手に持っていた花束をワナワナと震わせながら握りつぶした。


「あの……ッ、探偵ボウズ……っ!! 確信犯だろーが! 花梨が正体知らねーのをいいことに、子どもの特権使いやがってぇぇぇ!!」


 さらに、追い打ちをかけるようにレシーバーから聞こえてきた昴の“泥棒さん”という言葉。


「しかも……っ、最後の誰だよ、あのイケボはっ!!? どっかで聞いたことあんぞ!? ってか、なんだよ『お返しをいただけたようで』って! 嫌味か!? 100%嫌味だろ!!」


 快斗は、花梨から「呪縛」のチョコをもらって有頂天だった気分から一転。
 あまりにも強力すぎる「お兄ちゃん予備軍」たちの影に、怒りと焦燥でベッドの上をのたうち回った。

 ……快斗は知っている。
 花梨が「新一(コナン)」を特別な幼馴染として、家族のように大切に想っていることを。
 だからこそ、その“無防備な愛情”を掠め取ったコナンが許せない。


「お返しは3月だっつっただろ、花梨っ! この……こんの浮気者ぉおおおお!!!」


 直接花梨には怒鳴れない。だから今、発狂しておく。
 快斗はフルフェイスのヘルメットを叩きつけるようにかぶると、バイクに飛び乗った。


「呪縛だ! 今夜は紅子のレクチャー通り、骨の髄までオレの呪縛(愛)を刻み込んでやる……!! 待ってろよ、かぁりぃぃい~んっ!!!」


 深夜の通りに、嫉妬に狂った怪盗のエンジン音が激しく響き渡る。
 そんな嫉妬に狂った快斗が、自宅マンションに向かっているなんて、何も知らない花梨は……。


「コナンくんのチョコ、新ちゃんの味がするかなぁ♪」


 ……なんてのんきに笑いながら、快斗が来る前にとお風呂の準備を始める。

 去年、新一にもらった手作りチョコレートは盛大に吐いた。
 今年は蘭と作ったと言っていたから、食べても死ぬことはないだろう。

 蘭から贈られたチョコレートのメッセージ、『花梨ちゃんだいすき!』を読み、るんるん気分でバスルームに向かった。




▽おまけ。

盗聴器からコナンの声を聞いた快斗の脳内補完イメージ:

コナン(新一の声で再生):「ボク(オレ)、今すぐお返し(ちゅー)が欲しいな。……ダメ?(ニヤリ)」

快斗:「あのアホ探偵ェェェ!! どの口が言ってんだテメーーー!! 花梨、そいつに騙されんな! 中身はエロガキ……じゃなくて、ただの推理オタクの高校生なんだよぉぉ!!」



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