君と、夏祭りの夜
君と、夏祭りの夜・後編
◇
夏祭り当日――。
オレのバイトのシフト調整で、花梨には先に神社に行ってもらうことにした。
本当は迎えに行きたかったけど、バイトの場所から花梨の家へ迎えに行くより、現地集合のほうが合理的だって、花梨が言うからそうしたけど、この判断は間違いだったと、オレはこの後すぐに思い知らされた。
「はあ……遅くなっちまった……花梨、もう着いてる……よな?」
神社に着いたのは、約束の時間を十分ほど過ぎたころ。
あらかじめ遅刻することは連絡してあるけど……と神社の入口を見ると、人だかり(男ばかり)ができていた。
(……あの人だかり……絶対、花梨だ……!)
オレはその不自然な人だかりへ走った。
急いで駆けつけるが、その中心へたどり着く手前で、人が数人吹っ飛んでいくのを目撃した。
「!?(人が飛んでる……!! どんなトリックだよ!?)」
飛ばされた男たちを横目に、足は止めずに動かす。
そういえば、直前に「はぁあああ~~~~」と、毛利さんが技を繰り出す前の“溜め”が聞こえたような……?
そして人だかりの中央に行くと、毛利さんに守られている花梨を発見した。
(毛利さん! ってことは――と、やっぱりいやがったな、ボウズ)
フリルの半袖チュニックと短パン姿の毛利さんの後ろに、浴衣を着た花梨と――あの探偵ボウズがいやがった。
浴衣姿は毛利さんの後ろでよく見えないけど、はい、もう絶対可愛いに違いない!
「――ふう」
技を繰り出し終えて息を吐く、毛利さん。
お疲れさまです!
「ら、蘭ちゃん……?」
「大丈夫だった?」
「う、うん。ありがとう」
「花梨ちゃんが無事でよかったよ~。も~! 通りかかってよかった~!」
毛利さんは後ろを振り返ると、花梨をぎゅっと抱きしめた。めちゃくちゃ心配したらしく、肩が震えてる。
毛利さん、花梨のことめっちゃ好きだからなぁ……。
可愛い女の子二人が抱き合うのってなんかいいな……眼福――って、オレは今何を!?
……そんななか、ボウズが眉を寄せて花梨を見上げた。
「ねえ、花梨姉ちゃん。どうして一人でいたの? 一人でいたらダメだって松田刑事たちに言われてたよね? 黒羽の兄ちゃんはどうしたのさ!?」
ボウズの責めるような口調。
花梨の前じゃ馴れ馴れしい話し方するくせに、毛利さんの前だと丁寧な話し方なんだよなぁ、あいつ。
心配しているのはわかる。
けど、ボウズ。
オメーはいつも花梨に説教をしがちだよな?
……キッドにもだけど。
こいつ、本当に小学生なのか……?
「んと、待ち合わせしてて、そろそろ来ると思うんだけど……あ! 快斗!」
不意に花梨とパッと目が合った。
オレは小走りで駆けつける。
「花梨! どした? なんかあったのか?」
「黒羽君! 『どした?』じゃないわよ。花梨ちゃん、男の人たちに囲まれて、攫われるところだったんだから! 私たちが通りかかってよかった!」
花梨に尋ねたけど、答えたのは毛利さんだった。
どうやらボウズたちは、近くで起きた事件の帰りだったらしい。事件を解決した帰り道に、たまたまこの祭りを見つけて寄ったってわけか。
ったく……事件を呼ぶ体質なのか、事件のほうがあいつを呼んでるのか……。
「はあっ!? って、花梨、手首っ!!」
花梨の手首を見ると、強く掴まれた手の痕が付いている。
ヒュッと血の気が一気に引いた。
「あ、うん。ちょっと引っ張られちゃって。でも、蘭ちゃんに助けてもらったから大丈夫だよ」
花梨は「えへへ」と笑う。
「「大丈夫じゃねえっ!!」」
思わずボウズと綺麗にハモっちまって、一瞬お互いに険しい視線を交わしたものの、今はそれどころじゃねえ。
オレはすぐさま花梨の前にかがみ込み、その華奢な手首をそっと自分の手で包み込んだ。白い肌に、痛々しく残る赤い手形……胸が痛い。
「……っくそ、どこのどいつだ……! 花梨、痛むか? 痺れたりしてねーか!?」
「ううん、大丈夫だよ。蘭ちゃんがすぐに助けてくれたから……ね?」
花梨は困ったようにまた「えへへ」と可愛らしく微笑んで見せるが、オレの胸の中の怒りは収まるどころか跳ね上がる一方だ。
オレがバイトのシフト調整に手間取って、ほんの数分、到着が遅れたばかりに……!
もし毛利さんやボウズが通りかかってなかったらと思うと、背中に嫌な汗が噴き出す。
「おい、黒羽。……花梨姉ちゃんから目を離すなって言ったろ。お前が遅れるからこんなことになるんだぞ」
ジト目で睨みつけてくる探偵ボウズ。
くそっ、こいつの言う通りすぎてぐうの音も出ねえのが心底腹立つ……!
「……悪かったよ。花梨、本当にごめん」
「ううん、快斗が謝ることじゃないよ? 私が早く着きすぎちゃっただけだし……それに、快斗の紺色に合わせて浴衣着てきたの♡ どうかな……変じゃない?」
そう言って、花梨はくるりとその場で一回転してみせた。
――ッ!!!!
屋台の提灯の明かりに照らし出されたのは、白地に濃紺の花々が描かれた、清楚で上品な浴衣姿。
いつもは下ろしている柔らかい髪が軽くアップにまとめられ、細く白い首筋とうなじが露わになっている。
(……可愛すぎるだろ……ッ!!)
直前までの怒りが一瞬で吹き飛ぶほどの破壊力。
心臓が跳ね上がり、顔に一気に熱が集まるのが自分でも分かった。こんな可愛い格好で一人で立ってたら、そりゃ害虫どもが群がってくるに決まってるだろ……!
「へ、変なわけねーだろ! めちゃくちゃ似合ってる……っていうか、可愛すぎて直視できねぇよ……!」
「ふふ、よかった♡ 快斗に褒めてもらえて嬉しいな」
満足そうに微笑む花梨の横で、毛利さんが「もう~、花梨ちゃんったら本当にお人形さんみたい!」と目を輝かせ、ボウズは呆れたように「はあ……」と溜め息をついていた。
◇
結局、手首の怪我を心配した毛利さんたちの意向もあり、前半はみんなで屋台を回ることになった。
(オレの……オレの甘々夏祭りデートが……!)
心の中で血の涙を流しつつも、花梨の隣をがっちりキープし、傷ついた手首に負担をかけないよう、優しく恋人繋ぎをする。
花梨がりんご飴を美味しそうにシャリッと齧る姿を「可愛いなぁ」と眺めたり、金魚すくいに夢中になる彼女のために、プロのマジシャン顔負けの手さばきでポイを操り、大きな出目金をすくい上げれば、「快斗すごーい♡」と歓声をあげてくれたり……。
毛利さんとボウズが目を光らせているとはいえ、花梨の笑顔が見られるならこれはこれで悪くねえ。
だが――オレの狙いはここからだ。
花梨とどうにか二人きりになんねーと。
そんなとき――。
「あ、蘭ちゃん!」
屋台の混雑が一層激しくなり、不意に毛利さんに声がかかった。
同じクラスらしい女子が二人、屋台の向こうから手を振る。
「奈緒ちゃん、真奈ちゃん! 花梨ちゃん、ちょっとごめんね。クラスの子に挨拶して来るね」
「うん、いってらっしゃい」
毛利さんが女子二人の元へ向かうと、ボウズは花梨をチラッと見上げた。
「……ん? コナンくんは行かなくていいの? 蘭ちゃん、迷子になっちゃうよ?」
「っ……」
花梨はにこっと微笑む。
だが、ボウズは不安そうに眉を下げて、今度は毛利さんに視線を移し、その姿を確認すると、また花梨を見た。
毛利さんは――うん、友達と楽しそうにしてるな。
っつーか、なんだよこいつ……花梨も毛利さんもどっちも気にしてやがる……。
しまいには、「……ここで待ってろよ?」だと。
「うん、わかっ――えっ!?」
……おっと、花梨。簡単に同意すんな。
オレは花梨の肩に手を回して、自分に引き寄せた。
「おっと! ボウズ、急がねえと蘭姉ちゃんを見失っちまうぞ?」
「っ!」
花梨の肩越しに言ってやると、ボウズは苦虫を噛み潰したような顔で毛利さんのもとへ走っていった。
混み合う人の隙間から、毛利さんに駆け寄っていくボウズがわずかに見える。
ボウズはしきりにこっちを気にしているようだが、オレがついているから心配は無用だ。
そんなボウズが毛利さんへ駆け寄った、その一瞬。
……その隙を、オレは見逃さなかった。
「……花梨、ちょっとおいで」
「え? ん……っ」
花梨の腰に手を回し、人混みの合間を縫うようにして、すっと境内の裏手へと抜ける。
何が起きたか分かっていない花梨を抱きかかえるようにして、敷地内の小道を抜け、あらかじめ下調べしておいた「誰も来ない穴場スポット」――境内の小高い丘にある古い神楽殿の裏手へと彼女を連れ出した。
「ふぅ……間一髪。ボウズたちに見つかる前に逃げ出せたな」
「あ、あれ? 蘭ちゃんたちは……?」
「いいの。今はオレたちだけの時間だろ?」
壁際に花梨をそっと降ろし、逃げられないように、両手で彼女を囲い込むように壁に手をつく。
薄暗い月明かりの下、アップにされたうなじと、少し照れたように揺れる金色の瞳がオレを見つめていた。
「手首……まだ痛むか?」
「ううん、もう大丈夫。快斗がずっと手を繋いでてくれたから、全然痛くないよ」
「……バカ。強がらなくていいんだよ」
そっと彼女の傷ついた方の手首を取り、赤くなっている部分に優しく唇を落とした。
花梨が「あっ……」と小さな声を漏らし、身体をピクッと跳ねさせる。
「本当は……あいつらを全員ぶっ飛ばしてやりたかった。毛利さんがやってくれたけどさ」
「快斗……」
「お前が可愛すぎるから、他の奴らに見せるのが嫌でたまんねぇんだよ。……なあ、花梨。今夜のお前、犯罪級に可愛い」
「っ……あ、あのね……私も、快斗の浴衣姿……すごく格好いいと思ってたよ?」
照れ隠しのように俯きながら言われた言葉に、オレの理性のタガが外れそうになる。
ゆっくりと顔を近づけ、彼女の柔らかい唇に触れようとした、その瞬間――。
――ドォォォォンッ……!!!
大きな音とともに、夜空が大きな大輪の花でパーッと鮮やかに染まった。
花火大会の打ち上げが始まったのだ。
花火の光に照らされた花梨の横顔。打ち上がる色とりどりの煌めきが、彼女の金色の瞳に映り込み、まるで宝石みたいに輝いている。
「わあ……綺麗……!」
花火を見上げて無邪気に歓声をあげる花梨。
オレはその横顔を見つめながら、彼女の手を強く握り直した。
「……花梨」
「ん?」
「来年も、その次も……ずーっと一緒に花火、見ような。約束だぞ」
花梨は花火から視線を外し、オレに向かって満開の笑顔を向けた。
「うん! 快斗とずっと一緒♡ 約束ね!」
ドーン、と次の花火が夜空で弾ける音に紛れさせるように、オレは花梨の柔らかい唇をそっと塞いだ。
トロピカルアイスティーよりも、どんな甘味よりも甘い、二人だけの夏休みの味がした――。

おしまい☆