君と、夏祭りの夜

君と、夏祭りの夜・前編


 それは夏休みに入る前の、ある日の出来事だった。
 ジイちゃんの店を手伝ったときに、壁に貼ってあったポスターを見つけた。


『○○神社・夏祭り&花火大会!! 八月〇日(土)開催!!』


 最近は暑すぎて、デートも家ばっかだったから、そろそろどっか連れて行ってやりたいなと思ってたんだよな。

 ってなわけで、オレはポスターをパシャっとカメラに収めて、翌日――花梨ん家にやってきていた。


「花梨。これ行こうぜ~」

「……夏祭り?」


 いつもの二人の定位置、ソファ。
 花梨を膝の上に座らせて、オレは後ろからスマホに映った夏祭りのポスターを見せつける。


「そっ。浴衣着てさ」

「浴衣……? 私、持ってないよ?」


 花梨の頭がコテンと傾く。
 オレの位置からじゃ頭しか見えねえから、表情がわかんねえけど、たぶん今、不思議そうな顔してんだろうな。

 ……そうだった。
 確かに花梨のクローゼットには浴衣がなかった。

 なんで知ってるんだよって?
 言わせるな。彼女の生活圏は全部把握してるからだよ……!!

 ……もちろん、花梨を守るためだからな!


「えぇっ!? そうなの!? 花梨ちゃんの浴衣姿見たかったー!!」


 大袈裟に驚いてみるオレ。
 オレが、クローゼットの中身を全部知ってることは、花梨には内緒だ。

 というのも、これはあれだ。
 彼女を守るために必要な情報収集というか、なんというか……そういうことにしておいてくれ――って、誰に言い訳してんだ、オレ。


「そう? じゃあ、浴衣……買おうか?」


 オレが嘆いたからかな?
 花梨は自分のスマホを手にして、通販サイトを開いた。

 夏特集として、「浴衣フェア」なるものが開催されてる……。

 性格はおっとりしてるのに、意外と行動が素早いんだよなぁ、この子。
 そんなところも好きだ♡

 毎日好きが更新されてくんだけど、なにこれ?
 この子、オレをどこまで沼らせるつもりなんだ??


「いいのか!?」

「うん、快斗が喜んでくれるなら、うれしいし。快斗はどんなのが好きかな?」

「……っ~~!! もうっ、花梨ちゃん大好きっ!!」


 花梨が、浴衣のカタログ画面をスライドさせる中、オレは自分のスマホを目の前のテーブルに置く。
 そして、思いっきり彼女を抱きしめた。


「あっ、ちょ、私じゃなくて、浴衣の好みを聞いてるんだけど……っ」


 自分の首元に埋まるオレの顔と口づけがくすぐったいのか、花梨は身を捩る。
 そんな小さな抵抗しても、離してやらねえけどな。

 ぐりぐりっと頭を花梨の頭に擦りつけてやった。


「何でもいいよ! 花梨なら何でも似合うから!! けど、オレの浴衣、紺だから合わせてくれたら嬉しい!」

「紺かぁ~。なら、これとか?」

「あ、いいな。けど、花梨は白が似合うから、白地に紺でもいいんじゃないか?」


 二人でカタログ画面を見下ろし、オレは花梨が着た様子を想像する。
 ああ、もう、どれ着ても可愛いから迷うな。

 どれがいいかな~~って思ってたらさぁ。


「そう? じゃあ、ちょっと考えてみるね」


 花梨はそう言って、スッと立ち上がった。


「え? 今決めないの?」


 っていうか、なんでオレから離れるわけ?
 オレの両手が、花梨を追いかけるように宙を彷徨う。


「ふふっ、当日のお楽しみ~♡」


 花梨はくるっと振り向いて、スマホを顔のそばに持ってきて、ウインクした。その閉じた瞳からハートが飛んできたわ。

 どっきん!


「っ」


 ああもう、なんなのその可愛い仕草!
 キュン死するってこういうことを言うのか?

 飛んできたハートが心臓にぶっ刺さったわ……尊い。

 けど、花梨がオレの膝に戻って来ることはなかった。彼女はそのままキッチンに向かって、アイスティーを淹れ始めてる。

 オレも立ち上がって、カウンターテーブル越しに頬杖をつき、花梨を見つめた。


「のど乾いたよね~? おいしい紅茶、零お兄ちゃんから貰ったんだ~」


 今朝、あらかじめ作っておいたらしいアイスティー。
 ご丁寧にグラスまで冷やしてくれていたらしい。室温との温度差で、グラスが曇っていた。


「まつり~♪ まつり~♪」


 ご機嫌な様子で歌を口ずさむ花梨。
 彼女の歌声は、究極の癒し。

 ……本当に、眠くなるのが困るんだけどな。

 夏祭り、すげー楽しみにしてくれてるんだな……誘ってよかっ……た……。

 オレの意識はそこで途切れた。


「はーい、お待たせ♡ って、あ。快斗寝ちゃった? 快斗、立って寝るなんて器用だねぇ」

「う、うーん………?」


 花梨の甘い香りとともに身体を揺すられて、オレはカウンターに突っ伏したまま立って寝ていたことに気がついた。


「――ハッ!? 悪い、寝てた!?」

「みたい。キッドさんのお仕事と、アルバイトもしてるから疲れてるんじゃないかな? 毎日お疲れさま♡」

「あ、いや、それはそうなんだけど、花梨の歌声聴くと、眠くなるんだよな~」

「あ。ごめんね? 歌わないようにするね」


 花梨が「つい歌っちゃってた~……」と気まずそうに笑う。

 っ、なんでなんで!?
 別に花梨、なんも悪いことしてねえじゃん!!

 以前にも、その歌声でコナンたちを眠らせたことがある彼女。眠くなるのは確かだが、寝たあとすっきりするから、ただただ癒されるだけだってのに。


「いやいやいや!! そうじゃねえよ!? 歌って! いっぱい!!」

「へ? あ、うん……?」


 花梨の手を取ってお願いすると、金色の瞳がキョトンと瞬いた。

 ……やっべえ、花梨を落ち込ませるとこだった。


「オレの前で我慢とかしなくていいからな? 花梨は何でも自由にしていい。むしろ、オレが寝るときに歌ってほしいくらいだ」

「そう……? じゃあ、アイスティー飲んだらお昼寝する?」

「それ、いいな……!」


 花梨の作ったアイスティーは夏らしくトロピカルな味がした。
 降谷のおっさんからのプレゼントっつーのが気に入らねえけど、キンと冷えて美味かった。

 アイスティーを飲み終えたオレは、ぽんぽんと自分の膝を叩く花梨に誘われるまま、ソファで横になる。

 ああ……花梨ちゃんの、膝まくら……!!
 柔らかくて、いい匂い……これ、めちゃくちゃ好きだ。

 けど、花梨に負担かけてねえかな?


「っ、お、重くないか?」

「ん? 大丈夫だよ♡」

「……花梨の膝まくら最高なんだけど……」


 そっと太ももを撫でようとしてみたんだけど――。


「変なとこ触ったらやめちゃうからね?」

「……はい」


 ふんわり笑顔で注意されて、やめた。
 頭だけ触れてることだけで満足しておきますよ、花梨嬢。

 おっと、怪盗が顔を出しちまった。


「♪~♪~」


 花梨の手がオレの頭を優しく撫でて、心地よいBGMが流れる。
 こんなに癒されてていいのか、オレ……ここは天国だ。

 オレは今、天国に……いる……――。

 ……あっという間にオレの意識は天国へ。
 寝て起きたら、窓から夕日が差してた。


「起こしてくれればよかったのに」

「私も寝ちゃってて……」

「足痺れて動けてねえじゃん?」


 オレが起き上がって花梨の太ももをツンと突く。
 すると――。


「ひゃんっ!? だ、だめぇ、快斗……今、じわじわしてるんだから……!」


 花梨ちゃんってば、涙目で震えてやんの……やばい。
 すげえ、可愛い。

 いじめたい……。
 ちょっとだけ……。


「っ……あー、もう、そういう声出すなよな」


 オレはもう一度ツンツンと太ももを突いてやった。


「ど、どういうこと……? ああんっ! や、やだってば! どうしてイジワルするの~?」


 感覚が戻りきらない太ももを守るように、花梨は前屈みになって顔だけオレを見上げる。
 今にもこぼれ落ちそうな涙がオレの中の加虐心を煽った。

 だけど、このあとバイトが入ってるから名残惜しいけど、今日はここまでだ。


「ごめんごめん、花梨の反応が可愛くってつい、な?」

「ん、もう~。快斗はときどきイジワルなんだから」


 オレは花梨の涙をそっと親指で拭って、指についた雫をペロッと舐める。

 ……甘い。
 こうして、花梨の涙をたまに舐めたりするけど……塩辛いはずなのに甘く感じるのはなぜなんだろう。

 やっぱ、愛かな。
 うん、愛だな。


「っ」


 花梨の顔が火が点いたように瞬時に真っ赤に染まった。


「今日はもう帰るな」

「うん……」


 まったりお家デートはこうして終わった。



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