IF全員彼氏①:花梨閉じ込め大作戦【完結】

File.10:ジンの場合


「フン、しけた街だぜ……」


 米花町――。
 なにかと因縁のある街だ。

 幾度となくこの街に訪れる俺が狙うのは……。

 夕暮れの路地から俺は、表通りを歩く白猫の細く白い手首を掴むと、暗闇へと引きずり込んだ。


「きゃっ!?」


 白猫の声は小さく漏れただけで、周囲の誰も気づくことはなかった。
 この女には警護が付いていたはずだが、どうなってる……。


「久しぶりだな」

「……この声……ジンさんっ!」


 俺がニヤリとほくそ笑むと、白猫――花梨はぱっと明るく微笑んだ。


「お久しぶりです! 元気でしたか?」


 ……どうなってるんだ、お前の頭の中は……。
 かつて自分を拉致し、死を与えた死神との再会に笑顔を見せるとは――。


「……お前は、相変わらずのようだな……」

「へ? あ、あははは……そうですか?」


 呆れ顔で見下ろすと、花梨は頬をかいた。


「……大事ないか?」

「えっ!? っ!?」


 俺の言葉に心底驚いたように、金色の瞳が丸くなる。
 俺は花梨の顎を引っ掴み、凝視した。

 暗がりでも僅かな灯りに反射するその煌めきは、いつでも俺に“神秘”を感じさせる。


「……変わったところはねぇみたいだな……」

「な、何かあったんですか……?」

「何もねえ……」


 お前が生きていることが、組織に感づかれつつある……んなこと、言えるか。
 警告しに来たが、これじゃ俺がこいつを心配しているみたいじゃねえか。

 ただ俺は、自分の失態を隠蔽しに来ただけだ。

 あの方に求められても、こいつは制御不能。
 処分対象だが、処分もできねえ厄介者。

 だが、いつまでこいつが組織の情報を黙ったままにしているか、わかったもんじゃねえ……。

 定期的に監視はしているが――もういっそ。


「ジンさん……?」

「……来い」

「えっ」

「行くぞ」


 有無を言わさぬ力で細い手首を引く。
 花梨は戸惑いながらも、俺の大きな歩幅に必死についてくる。


「はぁっ、はぁっ……ジンさんっ、もう少しゆっくり……って、わっ!?」


 路地の奥に停めてあった愛車のポルシェ356Aの助手席に、手荒く花梨を押し込んだ。


「暴れんじゃねぇぞ。逃げたらどうなるかわかってるんだろうな?」

「あ、はい……」


 脅しをかけても、花梨は白い睫毛をゆっくりと上下させただけだった。
 急発進するポルシェの振動の中、花梨が俺を、怯えるどころか、「どこに行くんですか?」と不思議そうに金色の瞳で見つめてくる。その無防備さが、俺の苛立ちと独占欲を激しく逆撫でした。


「お前は、自分がどれほど危うい綱渡りをしているか分かってねぇようだな」


 胸ポケットから取り出した煙草に火をつけ、紫煙を車内に燻らせる。

 お前を狙っているのは組織(身内)だけじゃねぇ。
 あの小賢しいFBI(赤井)や、公安どもが、お前のその「神秘の力」を利用しようと周囲を嗅ぎ回っている。

 だったら、答えは一つだ。
 誰の手にも渡らねぇ場所に、俺の手で隠してやる。

 ……どうかしている。
 こいつを前にするといつもこうだ。

 人ならざる神の娘が、失くしたはずの俺の心の奥に隠された感情を引きずり出してきやがる。
 仄暗い闇に沈んでいる俺を、照らしてきやがって……蜘蛛の糸を垂らした釈迦のつもりか?

 その気まぐれが鬱陶しい。


「…………オイ、見てんじゃねえよ」

「あ、すみません」


 横目で助手席をうかがうと、金色の瞳がまだ俺を見ていた。
 じっと見つめてんじゃねえ……。

 らしくねえと思いつつ、俺は白い頭を乱暴に撫でた。
 ……花梨は「えへへ、ごめんなさい」と照れたように笑いやがった。

 チッ、殺されてえのか、こいつは……。
 クソッ、こいつといると調子が狂う。




◇




 連れてきたのは、組織のどのデータベースにも登録されていない、俺個人のセーフハウス。光の届かない地下室だ。


「……ジンさん、ここ、暗いですね……?」

「フン、お前にはこれで十分だ。外の光も、余計な未来も、今ここには必要ねぇ」


 部屋の重い鉄扉を閉め、内側から完璧に施錠する。
 その瞬間、花梨は「カチャリ」という絶望的な金属音を聞いたはずなのに、それでも俺のコートの裾をそっと掴んできた。


「あの……私、もうお外には帰れないんですか?」

「そうだ。お前は今日から、この闇の中で俺だけを見て生きるんだ。あの方にも、他の誰にもお前は渡さねぇ。……これは、俺の独断による『処分』だ」


 ……嘘だな。
 処分なら、その細い首を今すぐ圧し折れば済む話だ。

 それをしないのは、俺自身がこの白猫の眩しさに、とうの昔に狂わされているからに他ならねえ。

 クソ、あり得ねえだろ。
 こんなちんちくりんに。

 そうは思うのに、俺は花梨の顎を再び乱暴にすくい上げ、唇に深く口づけた。


「ん……っ、んぅ……、ジン……さ……」


 抱擁の中で、彼女の身体が熱を帯びていく。
 FBIや、あの眼鏡のガキ、バーボンがどれほど血眼になって探そうと、この漆黒の要塞(オリ)からお前を見つけ出すことはできねぇ。


「いいか、花梨。ここで大人しく、俺の愛だけを貪っていろ。……お前の未来(光)を奪ったのは、この俺だ」

「あ、愛……!? 愛、ですか!? ジンさん、私のこと愛してるの!?」

「っ……繰り返すんじゃねえ……」


 頬が、熱い……!?
 クソッ、柄にもねえこと言っちまった。

 俺は羞恥に、花梨の額を指先でトンと突いた。


「す、すみません……」


 花梨は額を擦りながら、はにかむように笑う。

 このあと、なんて言ったと思う。

 “だって、嬉しかったから……”だとよ。

 今後一生、ここから出られないというのに、バカな女だぜ……。


「ジンさん、お願いがあるんですけど……」

「なんだ」

「……私の前で煙草吸うのやめて下さい」

「なに!?」


 俺はカッとなって、花梨の胸倉を掴んだ。
 わかっていたが、こいつが怯むことはない。

 しかも。


「……だって、赤ちゃんができたら、影響が出ちゃいますよ? いいんですか――?」


 真っ直ぐに俺を見上げて、「未来のお父さん?」だと……!?


「なっ!?」


 予想だにしなかった言葉に、俺の足が無意識に一歩下がった。


「私、健康な子が産みたいです」

「………………わかった」


 クソッ!
 なにが分かっただ。

 まったく調子が狂う女だ。
 未来を奪ったと言ったそばから、未来を語ってんじゃねえ……。


「ジンさん……」

「……白猫」


 囚われているのは、目の前のこいつか、俺か。
 もはやどちらが囚われているのかわからない。

 だが、地下室の白い照明のなかで、二つの影が一つに重なった。




おしまい☆
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