IF全員彼氏①:花梨閉じ込め大作戦【完結】
File.9:風見裕也の場合・前編
その出会いは、あまりにも突然だった。
「風見、彼女が花梨。白河のお嬢様だ。例の件で一週間、彼女をゼロで保護・警護することになった」
「初めまして、よろしくお願いします」
降谷さんの隣で、彼女は丁寧にお辞儀をした。
白河のお嬢様……。
先日、メディアの報道で見かけた白河の次期当主候補・一条稀華と、確かに髪や瞳の色合いがよく似ている。
だが……何ということだろうか。目の前の彼女からは、一条稀華には感じられなかった、息を呑むような神秘性と透明感が漂っていた。
華奢で小柄な体躯。雪のように白い肌、長い睫毛に縁取られた愛くるしい大きな瞳、小さく整った鼻筋、そして桃のように艶やかな唇。白く輝く美しい髪と相まって、確かな女性らしさと可憐さを同時に纏っている。
(……可憐だ……)
これまでの人生で、彼女ほど可憐な女性を見たことがない。
守らなければならない。
公安捜査官としての使命感とは全く別の、一人の男としての本能がそう強く叫んでいた。
「……おい、風見。聞いてるのか?」
「…………」
俺は降谷さんの問いかけすら耳に入らず、吸い込まれるように花梨さんに見惚れてしまっていた。
「……あ、あの……風見さん……?」
「花梨、話しかけなくていい。……やっぱり僕が直接警護につくよ」
「え、でも、零お兄ちゃん……すっごく忙しいんじゃ……」
俺が花梨さんに見惚れていたほんの数秒の間に、降谷さんは何やら不機嫌そうに自身のスマホを高速で操作していた。
「いいんだ。元々は僕が受ける予定の仕事だったからね。……風見がいなくてもどうにかなるさ。……はぁ。風見、今メールを送った。明日までに調査して報告書を提出しろ」
ドスの効いた溜め息混じりに、降谷さんが画面をタップする。
次の瞬間、“ブブブッ!”とポケットの中のスマホが激しく震え、俺はようやく我に返った。
気がついた時には、降谷さんと花梨さんは来た道を戻り始めていた。
「……え? あっ、ま、待ってください降谷さん! 今の資料の量は……!」
慌てて追いかけた結果、俺は「降谷さんが手を空けられない時間帯の警護担当」として、彼女の傍に付くことになったのだった。
◇
警護対象とは一定の距離を保つのが鉄則だ。そのため、基本的に花梨さんと会話を交わす機会もないまま、あっという間に三日が過ぎた。
降谷さんは潜入捜査で多忙を極めており、彼の代わりに日常業務の多くを俺が引き受けている。業務と警護の兼務は、正直言って殺人的な激務だった。
花梨さんを狙う敵は、彼女が一人になった瞬間を狙ってくる。
今日は花梨さんが学校帰りに友達と買い物を楽しむというので、俺は店の前に車を停めて待機していた。
制服姿の彼女を見て、当たり前の事実を再認識する。
……そうか、彼女はまだ、現役の高校生なのだ。
それにしても、美しすぎはしないだろうか。
さっきから道行く人々が、吸い寄せられるようにチラチラと彼女の姿を振り返っていた。
「……これだけ美しければ、注目を集めるのも無理はないか」
お店のガラス越しに見える、花梨さんの溢れるような明るい笑顔。
どこかアイドルを彷彿とさせる愛くるしさがありながら、最近俺がファンになった沖野ヨーコさんともまた違う、どこか儚げな雰囲気を纏った少女……。
こうして見守るたびに彼女に見惚れてしまい、万が一の異変にすぐ気づけるだろうかと、自分が怖くなるほどだった。
「……店を出る際は、一言ご連絡を――と」
花梨さんにメッセージを送信し、俺は彼女が出てくるまでの間、降谷さんから押し付けられた膨大な資料に目を通した。この中から決定的な証拠を見つけ出さなければならない。
しばらく手元の資料に没頭していた、その時だった。
コンコン、と。
車の窓ガラスを軽やかにノックする音が響き、俺は弾かれたように顔を上げた。
そこには、陽だまりのように柔らかく温かい笑顔を浮かべ、手を振る花梨さんの姿があった。
「……あ、か、花梨さん!?」
慌ててパワーウィンドウを操作し、窓を下げる。
「お、お買い物は終了ですか!?」
「はい♡」
「あ、お友達は……」
周りを見渡すが、先ほどまで一緒だった友人たちの姿がない。
「もう先に帰りましたよ」
「っ!? な、なぜメッセージを下さらなかったんですか!!」
「だって、すぐ目の前だし、直接出てきたほうが早いかなって思って」
「すぐ乗ってください!!」
俺は即座に車を飛び出し、後部座席のドアを開けて花梨さんを滑り込ませた。
「何を考えているんですか、一人で外に立つなんて危険です!」
「ふふ、ちょっとくらい大丈夫ですよ」
「いけません! あなたが無事じゃなかったら、降谷さんと諸伏さんが……!!」
(あなたの身に何かあったら、俺の命が物理的に危ないんですよ……!!)
……という切実すぎる心の叫びは、公安の誇りにかけて口に出せなかった。
「ふふふっ。だって風見さん、私、車の前でずっと手を振ってたのに、ぜんぜん気づいてくれないんだもの」
「っ!!? す、すみません、不手際を……! 大変申し訳ありませんでした!!」
バックミラー越しに頭を下げると、花梨さんはクスクスと楽しそうに笑った。
何はともあれ、無事でよかった……。
胸を撫でおろすと同時に、ミラー越しに彼女の顔を直視できるこの時間が、たまらなく幸福に思えてしまう。
花梨さんは名家のお嬢様だというのに、気取ったところが一切なく、驚くほど穏やかで気さくな人だ。
その笑顔はあまりにも眩しく、そして何より――。
「はいっ、これ!」
弾むような明るい声と共に、俺の頬にヒヤッと冷たい感触が走った。
「っ、冷たっ!? あ、缶コーヒー……」
「そこのお店オリジナルの缶コーヒーみたいです。風見さん、ブラックでよかったですか? あと、これもどうぞ♡」
ガサガサと音がして、花梨さんから小さなビニール袋を渡された。
中を覗くと……できたてのカツサンドに、温かいおにぎりが入っている。コンビニのものではなく、先ほどのアンテナショップで購入してくれたもののようだ。
「今日、お昼ご飯食べてないですよね?」
「な、なぜそれを……!?」
「零お兄ちゃんがお昼前に、風見さんに『仕事だ』って言って、それ渡したでしょう?」
花梨さんは助手席に広げられた資料を指差し、悪戯っぽく微笑んだ。
「あ……はい……」
「ごはんはしっかり食べてくださいね。それ、食べ終わってからでいいので……セーフハウスまで送っていただけますか?」
「あ……あ、ありがとうございます! かしこまりました!」
今日の俺の行動を、彼女は一体いつ見ていたのだろうか。
――白河の神子姫。
噂では、花梨さんには人の過去や未来を視ることができる特殊な力があるらしい。
異能などという話は半信半疑だったが、もしその力が本物なら、彼女の身を狙う危険な組織が多いのも頷ける。
いや……ただ単に、降谷さんから俺のスケジュールを聞いていた可能性もある。
俺は彼女の優しさと親切心だけをありがたく受け取り、感謝を込めて缶コーヒーのプルタブを開けたのだった。