IF全員彼氏①:花梨閉じ込め大作戦【完結】

File.7:白馬探の場合


 ボクが花梨さんとお付き合いを始めるきっかけは、彼女の一言から始まった。


「ね、白馬くん。イギリスのアフタヌーンティーっておいしいの?」


 なにげないこの一言が、のちに付き合うことになる布石だったなんて、思いもしなかった。

 普段、花梨さんは、自分から話しかけてくることはほとんどないというのに。

 きっと、素朴な疑問だったんだろう。
 彼女の手に握られた雑誌の表紙に“カフェ特集”と見出しがあり、アフタヌーンティーセットの写真が写っていた。


「え?」


 まさか、花梨さんから話しかけてもらえるなんて。
 なんたる僥倖。

 今日は傘を持って来ていないが、たとえ雨に打たれようとも構わない。

 ボクは瞬時に雑誌に目をやり、素早く情報収集――。
 花梨さんが何を知りたいのか、先回りする。

 ……推理は得意だ。

 天使の柔らかい声で紡がれる疑問を、ボクが優しく解いて差し上げますよ。


「んと、ほら、お皿が三段になってて、そこにお菓子とか乗っけてるお皿あるじゃない? あれ、なんて言うんだっけ……」


 その声を聞いただけで、耳が幸福で満たされる。
 天使の讃美歌ってこんな感じなのかな。

 探偵としての鋭い観察眼で……ああ、花梨さんが聞きたいことが読めてきた。


「ああ、スリーティアーズですね。「tier(ティア)」は『層』を意味していて、上段の皿には、甘いスイーツ。中段にはスコーン。下段にサンドイッチを乗せています。下段から順に食べるのがマナーとされているんですよ」

「へぇ、そうなんだ。詳しいね。さすがイギリスにいただけあるね!」


 花梨さんが両手を合わせ、弾けるような笑顔を見せる。
 白い睫毛がふわりと揺れて瞬き、宝石のような金色の瞳の中にボクが囚われている。

 いつも光を纏っている花梨さん。
 きらきらと輝く彼女は天使そのものだ。

 なんて愛らしいのだろう……ボクは、あなたのように美しく愛らしい女性を他に知らない。

 ……いけない。
 つい、ぼうっとしてしまった。


「……フフ。そうですか? いつかこうしてあなたに聞いて頂けるかと思って覚えておいてよかった」


 ボクが微笑むと、花梨さんの頬がぽっと薔薇が咲くように紅く色付いた。

 やっぱり可憐だ――。
 ……つい、見惚れてしまう。


「っ、も、もうっ、すぐそういうこと言うんだから……」


 恥ずかしがって照れたように両手を頬に当てる花梨さん。
 その仕草も愛らしくて、愛おしい。

 見ているだけで、こんなに幸せな気持ちになるなんて……。


「フフ。花梨さん、よかったら、ボクの家で本格的なアフタヌーンティーを味わいにいらっしゃいませんか? ちょうど、良い茶葉が今朝イギリスから届いたんですよ」

「えっ、いいの?」

「もちろん。いつでもよろしいですよ。あなたの都合さえよろしければ、今日にでも」

「今日でもいいの!?」

「ええ、一緒に帰りましょう」


 いつもボクの誘いを断る彼女だったけれど、この日だけは受け入れてくれた。
 のちに、アフタヌーンティーだけが本当に目当てだったと知るのだけど、そんなものは、今となってはどうでもいいことだ。

 ボクは花梨さんをエスコートしながら、校門を出た。
 いつもなら、ばあやの迎え(車)があるところだけど――。


「白馬くん、帰りにちょっと寄りたいところがあるんだけど、そこに寄ってからでもいいかな? あ、先に帰ってもらっても構わないよ? 待ち合わせする?」

「いえ、お供しますよ」


 花梨さんが寄り道をしたいというなら、お供するしかありません。
 ボクは彼女の荷物持ちを申し出て、鞄を持たせて頂きました。

 心なしか、鞄に翼が生えているように軽い気がします。
 これは、花梨さんが天使だからなのでしょうか……。

 ……鞄に付いた白猫のキーホルダー……。
 小さな白猫が、まるで花梨さんのようで、これも愛らしいですね。

 ボクは初めて知り得た花梨さんの情報を、記憶の引き出しへと大切に収めていく。


「白馬くん」

「はい?」


 ――いけない。
 普段、触れることの許されないものに触れて、つい興奮してしまいました。

 鞄は花梨さんの分身です。
 舐め回すように見ては失礼でしたね。


「白馬くんは、なにが好き?」

「え? あ、あなたが好きです」

「えっ……」

「えっ」


 ……今、ボクはなんて……?

 ああ、もう、バレてしまいましたね。
 当分の間、言わないつもりだったのですが……。


「あっ、え……えっと……? いま、なにが好きって言ったの……?」


 あれ?
 聞き取れなかったのかな?

 もう一度聞かれてしまいました。

 ……一度口にしたのだから。
 誤魔化すなんて無粋な真似、ボクはしません。


「花梨さんが……好き、です」

「っ……」


 彼女を見下ろし真っ直ぐ伝える。
 金色の瞳が迷うように揺れた。


「……花梨さん、ボクはあなたが愛おしい。ボクと、お付き合いしてくれませんか?」

「ぁ……」

「ボクなら、あなたを、あらゆるものから守り抜いてみせます」




 ――それが、数ヶ月前のこと。

 あのとき、真っ赤になってコクコクと頷いてくれた天使(花梨さん)は、今、ボクの隣にいる。


「探、このスコーン、すっごく美味しい……♡」


 防音設備が完璧に施され、外の喧騒が一切聞こえない最高級英国車の後部座席。
 ボクのばあやが運転する車内で、花梨さんはボクが用意した特製のアフタヌーンティーボックスのスコーンを嬉しそうに頬張っている。恋人同士になってから、彼女はボクを「白馬くん」ではなく、親愛を込めて「探」と呼んでくれるようになった。
 その甘い響きだけで、ボクの心臓は正確な時を刻むのをやめてしまいそうになる。


「気に入っていただけて光栄です、花梨さん。クロテッドクリームは多めにつけるのが英国式ですよ」


 そう言って、ボクは手を伸ばし彼女の指先についたクリームを、シルクのハンカチで優しく、恭しく拭い去った。

 お付き合いを始めてからというもの、ボクの探偵としての能力は、すべて「花梨さんをいかに危険から遠ざけ、ボクのテリトリーに留めるか」の漢字(プラン)計算に費やされている。


「ねぇ、探。今日のデート、本当は街のお洒落なカフェに行く予定だったよね? どうして急に車の中でお茶することになったの?」

「フフ、お気になさらず。実は、本日の街の混雑予想と、不審者の出没データをボクのデータベースで弾き出したところ、あのカフェ周辺は非常に治安のレーティングが下がっていましてね。天使をそんな野蛮な場所に歩かせるわけにはいきません」

「そっか……。探がそこまで考えて、車の中にこんな素敵なカフェを用意してくれたんだね。ありがとう♡」


 花梨さんは、自分が「外を自由に歩く権利」を、ボクの完璧な紳士的エスコートによって優しく奪われていることに全く気づいていない。


「それから、花梨さん。明日のスケジュールですが、お外の本屋さんへ行くのは中止にしましょう。君の欲しがっていた白い猫が表紙の小説なら、すでに我が家の書庫に全巻、イギリスから取り寄せた最高級レザーのブックカバーを新調して並べてあります」

「えっ!? もうあるの!?」

「ええ。君が『本屋に行きたい』と口にした瞬間から、ボクの行動は残り29分45秒で完了していましたから。明日はボクの邸宅の庭園で、薔薇に囲まれながら一緒に読みましょう。……もちろん、ボクの膝の上で、ね?」


 ボクはそう言って、花梨さんの瞳を見つめながら、その白い小さな手の甲へ恭しく口づける。
 彼女の頬がぽっと赤く染まった。


「探って、本当に何でも先回りしちゃうんだね……。でも、探と一緒なら、お家の中だけでも全然退屈しないよ♡」


 弾けるような、無垢な笑顔。
 ボクの「動く宮殿(車)」、そして「我が家の書庫」という名の檻。

 ボクはドアに鍵をかけるような野蛮な真似はしません。
 ただ、探偵として培った観察力と、白馬家の財力を最大限に活用して、君が最も幸福でいられる環境を整えるだけ。
 君が「ここにいたい」と心から思える場所が、いつだってボクの隣になるように――。


「……花梨さん。君がボクの檻……いえ、ボクの腕の中から羽ばたいていかないよう、ボクは一生をかけて君を世界一のお姫様(プリンセス)として甘やかし続けると誓いますよ」

「探……っ、もう、すぐ恥ずかしいこと言うんだから……!」


 また赤くなる頬に、ボクはそっと、ガラス細工に触れるような優しいキスを落とした。
 ボクたちの甘い時間は、1秒の狂いもなく、永遠に続いていくようです――。




おしまい☆
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