IF全員彼氏①:花梨閉じ込め大作戦【完結】

File.6:服部平次の場合・後編


◇




「わぁ♡ てっちりやぁ……♡」


 おかんに「オレの彼女や」と花梨を紹介したら、おかんは感極まったような表情を浮かべ、オレたちを温かく迎え入れて自慢の『てっちり』を用意してくれた。
 卓上に並んだ豪華なフグ鍋を前に、花梨はパッと花が咲いたような弾ける笑顔を見せ、いただきますと胸の前で小さな手を合わせていた。

 昔と何一つ変わらへん、素直で真っ直ぐな反応。
 ホンマ、可愛いやっちゃで。オレは昔から、この花梨の弾けるような笑顔を見るのがたまらなく好きやったんや。


「たんとお食べ。花梨ちゃん、昔に比べたらだいぶ肉付きもようなったみたいやけど、もうちょっとしっかり食べなあかんで?」

「あ、はい! いただきます♡」


 おかんが手際よくてっちりを取り皿に盛りつけ、花梨の前に差し出す。花梨は金の瞳をきらきらと輝かせながら箸を手にした。


「せやせや。お前、昔もおかんの料理持たせたったのに、全然太らへんかったからな」

「……平次」


 コトッ、とオレの前にも取り皿が置かれ、おかんから重たい一睨みを喰らって、オレは慌てて「っと、すまんすまん」と頭を下げた。

 ――これは、花梨が大阪に来ることが決まってからおかんから聞いた話なんやが。

 昔、花梨はおかんに何度も手作りの料理を持たせてもろてた。オレもそれは知っとった。
 せやけど当時の花梨が、その料理を口にすることはほとんどなかった――ことまでは、おかんに話を聞くまで知らんかった。


「堪忍な~、花梨ちゃん。家の人に取り上げられとったんやろ? ……あの頃、家で直接食べさせてから帰しとったら、今みたいにもっと早う元気な顔にしてやれたのになぁ。私らが気ぃつかへんかって、ごめんな」

「静華おばちゃん……ううん、ええんです。あの頃は本当にありがとうございました。今はもう、自分の好きなものを好きなだけ食べられるようになったし。今日も、平ちゃんのお気に入りの串カツ屋さんに連れてってもらって――」


 花梨が申し訳なさそうに丁寧に頭を下げると、おかんはどこまでも愛おしそうに彼女を見つめた。


「へえ……平次の行きつけに連れてってもろたん? 美味しかったやろ」

「はい♡ とっても! ソースがすごく深みのあるお味で……あっ、このお出汁もすっごく美味しい~♪ 静華おばちゃん、天才!!」

「ふふふ、口の上手い子ぉやねぇ。遠慮せんと、いっぱい食べや~♡」


 花梨に目尻を下げて微笑んでいたおかんは、次の瞬間、すっとオレの方へ視線を移してきた。


「……平次、やるやんか」

「っ……と、当然やろっ!! オレの自慢の彼女やぞ!?」


 なんや、おかんが面白そうにニヤついとるのが気に食わんが、花梨が美味そうにてっちりを頬張っとるから、それに免じて許したるわ。

 ……ちなみにオヤジも同じ食卓についとったが、花梨と挨拶を交わして以降、どこか嬉しそうな気配を漂わせながら黙って酒を飲んどった。





◇




 ――そして、静まり返った夜。

 当然やが、オレと花梨の寝室は別々に用意されとる。
 だが、「眠くなるまで二人でおしゃべりしよう」ということになり、花梨をオレの部屋へと招き入れることになった。
 最初は昼間の出来事の延長で、互いに会えなかった期間の話やら、東京で小さくなって四苦八苦しとる工藤の話やらで大盛り上がりし、ネタが尽きる気配は全くなかった。
 オレと花梨は、不思議なくらい波長が合うんや。些細な話題ひとつでいくらでも笑い合えるから、何時間あっても時間が足りへんのや。

 せやけど、時計の針が二十三時を回ったところで――。


「……ふぁ……」


 花梨が小さな口元を押さえ、可愛らしくあくびを噛み殺した。
 そりゃそうか……。新幹線で遠く東京からやってきて、大阪城の周りを歩き回って、いまここにおるんやから。眠うなっても当然や。


「眠うなってきたか?」

「うん……みたい。でも、まだ平ちゃんとおしゃべりしたいわ……」


 そう言って、花梨は細い指先で目をこすった。その仕草すら、まるで毛づくろいする猫みたいで無性に愛くるしい。


(……くっ、オレかて、まだ一緒にいたい。全然しゃべり足らへん……!)


 明日も一緒にUSJに行く約束はある。けれど、明日の夕方には、こいつは新幹線に乗って東京へ帰ってしまうんや。
 こうして誰にも邪魔されず、二人きりでじっくり話せるのは……今この瞬間だけ。


「……なあ、花梨。一緒に寝ぇへんか?」


 胸の奥の焦燥感に突き動かされ、気づけば、その言葉が口をついて出ていた。


「へ、平ちゃん……っ!? それって……」


 その瞬間、花梨の白い肌がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。


(うわぁああああっ! しもたっ!! オレは今、何を口走ったんや!?)


 まだ、そんな……下心全開で手ぇ出すつもりなんて……!
 いや、嘘や……キ、キスくらいはしたいと思ってた……けどもっ……!!


「アッ、アホッ……変な意味ちゃうわっ! ほらっ! 昔も和葉と一緒に、オレの部屋で川の字になって寝たことあったやんか!」


 咄嗟に昔のお泊まり会の思い出を引き合いに出し、必死で弁明する。
 花梨の顔は赤いままで、小さな両手で自分の真っ赤な頬を包み込むようにしながら戸惑っていた。――なんや、そのいじらしすぎる反応は。


「っ……でも、今日は、和葉ちゃんおらへんもん。川の字には……ならへんよ……?」


 上目遣いにオレを見つめる、吸い込まれそうな金の瞳。
 ……あかん、可愛すぎて心臓が破裂しそうや。


「そうやけどっ!! ……っ、オレはただ……お前と一緒に、おりたいんや。あかんか……?」


 オレは花梨の服の裾を指先でちょこんとつまみ、縋るような思いで尋ねた。


「……ほんとうに、何もせえへん……?」

「せえへんっ!! 一階にはおかんもオヤジもおるんやぞ!? ここでそんな、お前に手ぇなんて出してみい。オレがその場で殺されるわ!」


 首を絞められ、舌を“べぇ”と出す動作をすると、花梨が目を丸くする。


「ころ……殺されるって……ぷっ! あはは、わかった。ほな、うち、客間からお布団持ってくるわ!」

「アホ、オレが運ぶわ!」


 ……そのあと、オレは客間に用意されていた花梨の布団を、おかんとオヤジに見つからんようにコソコソと自分の部屋へ運び込み、自分の布団のすぐ隣に、気持ち隙間を置いて並べて敷いた。
 布団を敷き終えると、花梨は嬉しそうにシーツの中に潜り込み、隣の布団に横たわるオレをじっと見つめてきた。


「……ふふっ、こないだの東京とは逆やね」

「……あんときは、オレの布団をお前の部屋に運んで並べたもんな」


 前回、オレが東京の花梨の家に泊まった時は、客間の布団を花梨の部屋に勝手に運んで並べて寝たんだった。
 あの時も夜遅くまで語り合って、気づけば二人でそのまま朝を迎えて……起きて焦った花梨と勢い余って唇がぶつかって、そのまま――。


「「…………」」


 同じ場面を思い出したらしく、一瞬で部屋の中に甘い沈黙が流れた。
 あの時はキス止まりやったが、めちゃくちゃ恋人同士って感じがして、ええ雰囲気やったと思い出す。

 花梨との関係は、色恋というよりは“幼馴染の延長”みたいな空気感が強くて、それも心地よくて好きや。けど……男としては、少しずつでもちゃんとした恋人同士の仲にステップアップしていきたいっちゅーかなんちゅーか……。


「……灯り、消すで」

「うん」


 フッと部屋の照明を落とすと、一気に周囲が暗闇に包まれた。
 だが、窓が開けてあったおかげで、差し込む満月の明かりが互いの顔をうっすらと照らし出していた。


「平ちゃん。明日、いっぱい歩くから早よ寝よ?」


 花梨はとろんと眠たげな瞳で、ふわっと柔らかく微笑む。
 ……あかん。そんな無防備な顔、暗闇の至近距離で見せられたら、もう堪えられへん。


「……花梨」

「ん……?」

「……キス、してもええか?」

「へっ!? ぁ、で、でも、あのっ……」

「……キス、だけやから」


 オレは布団の上に身を起こし、上から花梨を見下ろした。
 青白い月明かりに照らされた彼女の姿は、まるで女神か何かみたいに神聖で、息を呑むほど綺麗やった。


「…………ん」

「花梨……」


 花梨は胸の前で小さな手をギュッと組み、覚悟を決めたようにそっと瞼を閉じる。
 オレはコクリと喉を鳴らし、彼女の柔らかく甘い唇の上に、そっと自分の唇を重ね合わせた。

 一度では飽き足らず、角度を変えて何度も口づけを交わす。愛おしさが限界突破し、ほんの少しだけ彼女の華奢な腰に手を回した瞬間――。


「あっ……!」


 花梨の口から、小さく色っぽい吐息が漏れた。


「っ……! すまんっ!」

「っ、ううん……びっくりしただけ……っ」


 月明かりの下でもはっきりと分かるほど、花梨の頬は真っ赤に火照り、熱を帯びていた。満月を映す大きな瞳には、うっすらと涙さえ浮かんでいる。


(あかん……! これ以上触れたら、オレ、自分の理性を完全に抑えきれんくなる……!!)


 べちんっ!!!

 オレは渾身の力で、自分の頬を引っ叩いた。


「へ、平ちゃん!? 何して……!?」

「オレはっ、この先まで全部望んどる! けど今日はあかん、絶対にここで止める! 続きは次回にお預けや!」

「おあずけって……」

「もちろんっ、花梨が望まんのやったら、オレは手ぇ出さへん! 次回だってな!」


 激しい体温の上昇を抑えるように、オレはどうにか理性をフル稼働させて自分の布団へと引き返した。
 荒い息を吐くオレを見つめ、花梨はふんわりと胸の温まるような笑みを浮かべる。


「……平ちゃんって、本当にうちのこと大事にしてくれてるんやね。ありがとう」

「当たり前やろ。お前は、オレの大切な『女』なんやから。もっと自覚せえよ?」


 花梨は昔の酷い家庭環境のせいで、人から大事にされることに、まだ慣れとらん。だからこそ、オレが何度だって言葉にして叩き込んでやらなあかんのや。

 オレの言葉がちゃんと響いたのか、花梨は照れくさそうに首を縦に振った。


「うん……。なぁ、平ちゃん」

「ん?」

「……手、繋いで寝えへん? うちの部屋の時はベッドやったから出来へんかったけど、ここなら届くで?」


 布団の端から、花梨の白い手がそっと伸びてきて、暗闇の中でオレの手を探すように彷徨う。


(くっ……しゃ、しゃーないなぁ! 今、オレの手を出したるから待っとけ……!)


 内心で大パニックを起こしながら、オレは布団から手を出して、彼女の温かい手をそっと握り返した。


「……お前……そないな無自覚な誘い方、反則やぞ……」

「ん……?? なにか言った……?」


 何も知らん顔で、大きな瞳をぱちぱちさせる花梨。無垢すぎるやろ、ほんまに。


「……っ、あーあ! 一緒に寝るなんて言わんかったらよかったわ!!」

「えぇ? どうして……?」

「……はぁ……明日、USJに行くんは楽しみやけど……オレ、お前を東京に帰したないわ。……このまま部屋に鍵かけて、一生閉じ込めといたろかな」

「平ちゃん……」

「……大阪に、ずっとおったらええのに……」




◇




 ……翌日。
 オレは「花梨が東京行きの新幹線に乗り遅れるように」という秘めた野望を胸に、USJの中で最も待ち時間が長い大人気アトラクションばかりを狙って回るという、怒涛の攻略ルートを決行した。

 その結果――。


「平ちゃん! 切符、窓口で次の時間に振り替えてもらったから全然大丈夫やで♡」


 夕暮れの新大阪駅。
 花梨は振り替えてもらった新幹線のチケットを手に、満面の笑みをオレに向けていた。

 オレが「うわー、時間確認するの忘れとったわ! 新幹線、乗り遅れてもうたなぁ」とわざとらしく芝居を打ったのを、花梨なりに気遣ってくれたんやろうけど。


(くっそ~~~! 窓口でスムーズに振り替えられてもうたかーーー!!)


「……くっそ~~! 今度は絶対に、オレが東京に行ったるからな!!」


 自分の計画の甘さに悔しさが爆発し、オレは花梨の両頬を両手で挟み込むと、そのまま“ぶっちゅー!”と勢いよくキスしてやった。


「んぅ……っ! ふふ、うん! 楽しみにしてるね♡」

「おう、約束や。ほな……気ぃつけて帰れよ」

「うん……またな、平ちゃん」


 繋いだ指先が、発車ベルの無情な音と共に少しずつ離れていく。
 今回は花梨を大阪に閉じ込めることは叶わんかったけど……次回こそは、絶対に逃がさへん。

 オレは、彼女を乗せて走り去っていく新幹線が見えなくなるまで、ずっとホームで見送っとった。




おしまい☆

今回は快斗から略奪した形になっちゃいました(笑)

▽おまけ

快斗(くそう……オレの花梨ちゃんを掻っ攫っていきやがって……! 怪盗からお宝を盗むなんざ、いい度胸じゃねえか。こうなったら、次はオレが奪い返してやるぜ……!)



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