IF全員彼氏①:花梨閉じ込め大作戦【完結】
File.6:服部平次の場合・前編
オレと花梨の出会いは、まだ幼い小学生の頃にまで遡る。
当時、オレたちのクラスに転校してきた花梨は、今じゃ想像もつかんくらいにヒョロヒョロと細くて、いかにも頼りない印象の女子やった。
家の事情であんまりちゃんとご飯を食べさせてもろてへんのやと、ガキながらに気づいたオレと和葉は、気が気やなかったのをよう覚えとる。
だから給食の時間になるたび、オレは自分の分のゼリーやらパンやらを、わざとぶっきらぼうに花梨の机へ押しつけるのが日課になっとった。
『ん、これオレいらんから持って帰れや』
『えっ、でも平ちゃん……』
『ええから食え! お前、風が吹いたら飛んでってしまいそうやんけ』
そうやって、半分無理やりに食わせては、和葉と一緒に花梨が笑うのを見て安心しとった。
あの頃からオレにとって花梨は、どうしようもなく目ぇが離せへん、オレが守ってやらなあかん特別な存在やったんや。
……そんな花梨が家庭の事情で長野へ引っ越してしまい、連絡も途絶えてしもてから何年経ったんやろか。
オレが工藤のやつを訪ねて東京へ遊びに行ったとき、雑踏の中で奇跡みたいな再会を果たした。
すっかり綺麗な大人の女の子に成長しとった花梨に度肝を抜かれつつも、オレたちは弾む足取りで近くのカフェへと入り、久しぶりにお茶をすることにしたんや。
「最近どうや? 学校生活とか、なんか困ったことあらへんか?」
対面の席に座る花梨にそう水を向けると、彼女はどこか困ったような、曖昧な苦笑いを浮かべた。
さっき会うたときは誰かと標準語で喋っとったけど、オレと喋るときだけは、昔馴染みの安心感からか、花梨の口から自然と懐かしい関西弁がこぼれる。
「ん~……特にはないんやけど……」
「なんや、その歯切れの悪い言い方は。あるんかいな。ほら、隠さんとオレに言うてみ? 名探偵のオレが何でも一発で解決したるさかい」
胸を張って促すと、花梨は観念したようにバッグからスマホを取り出した。
「あ、うーん……実はな、最近クラスメイトの男の子に告白されてんけど……毎日ものすごい勢いで連絡がきとって……」
そう言って花梨がオレに見せてきたメッセージアプリの画面を見て、オレは絶句した。
そこには、同級生の男からの、ビッシリと隙間もないほどの重たい愛情メッセージが並んどったんや。
その異様な熱量を見た瞬間、胸の奥で“ドクンっ!!”と心臓が跳ね、嫌な予感に襲われた。
「なんやこれ……うわっ! また来よったぞ!?」
オレが画面を凝視している最中にも、ピロンと小気味いい通知音と共に、『今日も世界で一番好きだよ』という文字が新着で滑り込んでくる。
「お前、これ……完全にストーカーの類いとちゃうんか!?」
「ストーカー? ううん、彼はそんな怖い人とちゃうよ。ちょっと……その、人より情熱的なだけ」
スマホを覗き込む花梨の顔を見ると、困ったように苦笑しつつも、その白い頬がほんのりと桜色に染まっとるのが分かった。
その様子を見た瞬間、オレの頭の中で何かが激しく弾け飛んだ。
(あかん。あかんて、花梨……! 相手のペースに呑まれとるやないか。オレは昔からお前のことが……お前には、オレがおるやないか……!!)
胸を掻きむしられるような焦燥感に突き動かされ、オレは花梨の瞳を真っ直ぐに見据えた。
「か、花梨……。お前、ぶっちゃけそいつのこと好きなんか?」
「え? あ……うーん、嫌いやないよ? いつも親切やし……なんか、こんなに毎日真っ直ぐ好意を伝えてくれはるから、どうしたらええんか迷ってて……」
オレの見立てでは、花梨はまだ相手の男に完全に気持ちがあるわけやない。
ただ、昔からこいつは、人からの無条件の好意を受け慣れてへんのや。
こんな風に毎日情熱的に押され続けたら、そいつの懐に落ちてまうのは時間の問題やという圧倒的な危機感が、オレを突き動かした。
「………………あかん」
「ん?」
「――オレはっ、お前がずっと好きやったんや!!」
カフェの店内で、思わず声が大きくなるのも構わずに叫んでいた。周りの視線なんかどうでもええ。オレはテーブル越しに花梨の両手をガシッと包み込む。
「んなぽっと出の男に、お前を盗られたないねん……! 花梨、オレと付き合うてくれや……!!」
「へ……? 今、す、好きって……えっっ!?」
突然のオレの怒涛の告白に、花梨は完全にフリーズして目を丸くしている。
「あかんか? 東京と大阪やから、離れとる。遠距離恋愛になってまうけど……オレ、毎日絶対に電話する。寂しい思いはさせへん!」
掴んだ手のひらから、オレの必死な想いが伝わるようにギュッと握りしめた。
「へ、平ちゃん……」
ようやく状況を理解したのか、花梨の顔がみるみるうちに林檎みたいに真っ赤になっていく。
「……頼むから、そのクラスメイトの男に靡かんといてくれ。オレだけを見てほしいんや」
「っ……き、急やね……心臓止まるかと思った……」
花梨は恥ずかしそうに視線を泳がせ、テーブルの上のスマホを見つめた。オレはその画面を睨みつけながら、確信を込めて告げる。
「……そうやな、急で悪かった。けどな、今ここで言わんかったら、お前、絶対にそいつに絆されてまうやろ」
「……わ、た……うち。平ちゃんとおると、昔から一番気が楽っていうか……安心できるから、だからこんな相談したわけで……」
「ああ、わかっとる。そんなん前々からやんか。お前もオレのこと、嫌いやなかったやろ?」
「っ……と、友達としてだよ!?」
「じゃあ、恋人同士にはなられへんか? 付き合うたからって身構えんでええ、今まで通り一緒に楽しく過ごせばええねん。……ちょっと想像してみろや、オレとおる未来を」
オレの言葉に、花梨はしばらくの間、真っ赤な顔のまま真剣に考え込んでいた。
やがて、観念したようにふにゃりと愛らしく眉を下げてオレを見上げる。
「うん……平ちゃんとなら、毎日すっごく楽しそう」
「よっしゃ! ほな、決まりや! これからよろしくなっ!」
こうしてオレたちは、波乱の予感を孕みながらも、東京と大阪の遠距離恋愛という形で正式にお付き合いをスタートさせたんや。
◇
それからというもの、一度目はオレが東京へ行ってデートをし、花梨ん家にも泊まらせてもろて、恋人としての距離もぐっと縮まった。キスまではできたしな。
二度目となる今回は、花梨がはるばる大阪へと遊びに来てくれることになった。
……待ち合わせ当日。
オレは居ても立ってもいられず、花梨が乗る新幹線が到着するかなり前の時間から、大阪駅のホームへと足を運んでいた。
事前に花梨から「何号車のどの席に乗っているか」を事細かに聞き出していたオレは、名探偵の推理力をフルに活用し、彼女が新幹線のどのドアから降りてくるかを完璧に割り出して、その目の前で待ち伏せを敢行したんや。
やがて、けたたましい音と共に滑り込んできた新幹線が停車し、プシューッと扉が開く。
乗客が降りてくる中、お目当ての白い影を見つけた瞬間、オレは思わず大きな声で呼びかけた。
「花梨! こ、こっちや!」
「ん……? あ! 平ちゃん♡」
人混みの中でオレを見つけた花梨が、パッと顔を輝かせて駆け寄ってくる。
前回東京でデートしたとき、花梨は変装しとった。オレが『そんな変なカツラと眼鏡なんかやめて、素のままでおればええねん』と勧めたのを忠実に守ってくれたらしく、今日の花梨は変装を一切していない、完全な素の状態やった。
(こいつ……っ、また一段と可愛くなりおって……!!)
サラサラと揺れる綺麗なシルクの髪に、オレを映してきらきらと輝く金の瞳。
新幹線を降りて、まっすぐにオレの胸へと飛び込んでくるように駆け寄ってくるその愛らしい姿に、オレの心臓はドクンドクンと激しく脈打ち、完全に参ってもうた。
「ひ、久しぶりやのー」
「うん! 平ちゃん、元気にしとった?」
「まあな。オレを誰やと思うとんねん」
あまりの可愛さにまともに顔が見られず、オレは少し照れ隠しに首の後ろをボリボリとかきながら、わざとぶっきらぼうな口調で返事をした。
さあ、待ちに待った大阪デートの始まりや。
あのぽっと出の東京の男どもに負けんくらい、オレの地元で最高に楽しませて、完全にオレの虜にしたるからな――!
大阪駅で無事に花梨と合流したオレは、まず彼女を連れて、オレの行きつけの美味い串カツ屋でランチを堪能することにした。
気のいいおっちゃんがやってる店や。今日も混雑しとったわ。
東京のものとは一味違う本場の味に、花梨は「おいしい~♡」と金の瞳をキラキラさせて大喜びしてくれた。その無邪気な笑顔を見ているだけで、オレの腹だけやのうて、胸まで満たされていくようやった。
会計を済ませ、賑やかなおっちゃんの店を出る。人で溢れる道へ足を踏み出す寸前、オレは隣を歩く花梨の白くて細い手を、躊躇なくガシッと掴み取った。
「っ、平ちゃん……?」
「大阪の街は人が多いからな。お前、すぐどっか行ってまうし……迷子にならんようにな」
わざと前を向いたまま、ぶっきらぼうにそう言うと、掴んだ手のひらから花梨の体温がポッと上がったのが分かった。彼女は恥ずかしそうに頬を染めながらも、オレの手をきゅっと握り返してくる。
「うん……♡ ありがとう、平ちゃん」
――あかん、破壊力が凄すぎる。
心臓がバックンバックンと喧しい音を立てるのを必死に抑えながら、オレは花梨の手を引いて、最初の目的地である大阪城見学へと向かった。
◇
大阪城の雄大な天守閣を巡り、瞳をキラキラとさせる花梨とあれこれ喋りながら歩く時間は、本当にあっという間やった。
楽しい見学を終え、今夜はオレの自宅に彼女を泊める予定になっとるため(花梨とデートする言うたら、おかんのやつ、家に泊めろってうるさかったからな)、オレたちは電車で家へと向かった。
明日は朝から二人でUSJに行く約束もしとるし、楽しみがまだまだ待っとるんや。
夕暮れ時の街並みを二人で手を繋いで歩いていると、ふと、見覚えのある懐かしい景色が目に飛び込んできた。
「あ、懐かしい~! なぁ、平ちゃん、あの公園……!」
花梨がパッと顔を輝かせて指差したのは、木々が赤く染まりかけた小さな児童公園やった。
「昔、平ちゃんと和葉ちゃんと三人で、あそこにあったブランコに乗ってよく遊んだよなぁ」
「おう、懐かしいな。ブランコ漕ぎながら、どっちが遠くまで靴飛ばせるか競争したやろ。お前、いっつもへったくそで、真下にポトンと落としとったがな」
「も~。あの頃うちが履いてたの、ボロボロでサイズも合ってないお下がりの靴やったんやもん。あれで遠くに飛ばすのは無理やったって」
花梨はぷうっと頬を膨らませて抗議してくる。
その言葉に、オレは胸の奥がキュッと締め付けられるような切なさを覚えた。
そうだ、あの頃の花梨は家であんまりご飯を食べさせてもらえず、服も靴もボロボロのものを着せられていた。そんな彼女を心配して、オレと和葉でいつもお節介を焼いとったんや。
「ははは。じゃあ、今履いとるちゃんとした靴やったら、ごっつい飛ぶんちゃうか?」
「いくつになったと思てんの? もう高校生やし、さすがにやらへんわ~!」
あはは、と声を上げて笑い合う。あの頃の寂しそうな面影なんて微塵もなく、オレの隣でこうして無邪気に笑ってくれている。
それだけで、オレは胸がいっぱいになった。
そうして笑い合いながらオレの自宅付近まで歩いていくと、向こうから見覚えのあるポニーテールが歩いてくるのが見えた。
「――あれ? 嘘、花梨ちゃん……!?」
「へ? あ……和葉ちゃん……!」
買い出しの帰りだったのか、ビニール袋を下げた和葉が、オレたちの前で目を見開いて固まっていた。次の瞬間、和葉は袋を放り出しそうな勢いで花梨に駆け寄ってきた。
「うわぁ~♡ 本物や、花梨ちゃんやんか! 平次から『オレ、花梨と付き合うことになったわ』って自慢げに聞かされとったけど……ホンマやったんやな!」
「おい、自慢げとはなんや! こいつな、オレが花梨と付き合うてる言うたら『寝言は寝て言えウソつきw』って鼻で笑いよったんやぞ。わざわざスマホのツーショット写真見せて証明したのに、それでも疑いやがって」
オレがムッとして言い返すと、和葉はジロリとオレを睨みつけてから、すぐに花梨へとはじけるような笑顔を向けた。
「ごめんごめん。だってなぁ、こんな誰もが振り返るような美人が、この色黒でデリカシーのない平次なんかと付き合うとは思わへんやん? 絶対に平次が幻覚でも見てるんやと思うとってん」
「おい和葉、お前オレの幼馴染のくせにひどい言われようやな!?」
ギャーギャーと言い合いを始めたオレたちの様子を見ながら、花梨は口元を押さえて“くすくす”と楽しそうに鈴を転がすような声で笑い出した。
「ふふっ、二人とも、全然変わってへんなぁ……」
夕暮れの柔らかな光に照らされながら、愛おしそうに目を細めて微笑む花梨。
その瞬間、オレと和葉の言葉がピタッと止まった。
あまりの可憐さに、オレも和葉も一瞬言葉を失う。気づけば二人して、頬をぽっと赤らめてもうとった。
花梨の美少女オーラは男のオレだけやのうて、同性の和葉すらも一瞬でノックアウトしてまうらしい。
「っ、もぉ~花梨ちゃん!! 昔も色白で可愛かったけど、ちょっと可愛くなりすぎやろ!? もしかして、東京の学校でもめっちゃモテてんとちゃうの!?」
和葉が自分の顔の熱を誤魔化すように、花梨の両肩を掴んでブンブンと揺さぶる。
「え? あ……全然! そんなことないよ!?」
和葉に詰め寄られ、花梨は大きな金の瞳をパチクリとさせて困惑しとる。
無理もない。普段の花梨は、例の変装(不自然なカツラとダサい黒縁眼鏡)で自分の美貌を完全に隠しとるからな。そのせいで学校では変人扱いされて遠巻きにされとるらしい。
……まあ、花梨に告白してきおった男だけは、その変装の裏の本質を見抜いて毎日狂ったようにメッセージを送ってきとるわけやが、それは今は考えんとこう。
「え~、絶対ウソやわ! だって、花梨ちゃんがこっちの小学校におったときも、周りの男子たち、花梨ちゃんにいたずらしまくっとったやん!」
「そうやったっけ……? うち、男子たちに追いかけ回されたり、教科書とか私物を隠されたりして、意地悪された記憶しかないねんけど……」
和葉と花梨の会話を聞きながら、オレは当時の光景を静かに思い出していた。
(……アホ、それはな、花梨。お前の気を引きたくて、男子全員が必死になってやっとった暴挙や)
当時の花梨は、確かにガリガリに痩せとった。けれど、その頃から顔立ちだけはフランスの人形みたいにずば抜けて可愛かったから、男子たちの間での隠れ人気は凄まじいものがあったんや。
ただ、衣服がいつもボロボロでサイズも合っていなかったり、保護者の育児放棄のせいで時折お風呂に何日も入れず、身なりも整えられへん時期があった。
だから、普通の男子たちは「どう声をかけていいか分からん」と遠巻きに様子を窺うしかできんかった。
それで、どうにかして花梨の気を引きたいと思ったアホなガキどもが、“ちょっかいを出す”という最悪の手段に走ってまっとったのが真相や。
「……そうやねん、花梨ちゃん。男の子ってなぁ……好きな子にどう接したらええか分からんで、変な方向に暴走するアホがおるんよ。ほんまアホやろ? 当時は私と平次で『そんな嫌がらせみたいなことしとったら、花梨ちゃんに嫌われるで!』って、裏で男子どもをボコボコにして諫めとったんやから」
和葉が呆れたようにため息をつく。オレも「せやせや」と深く頷いた。
当時は花梨に意地悪する奴らを、オレと和葉が片っ端から成敗しとった記憶がある。
「そ、そうなんや……知らんかった……」
まさか当時の意地悪がすべて自分への「歪んだ好意」だったとは夢にも思っていなかった花梨は、大きな目を丸くして、どこか戸惑ったような苦笑いを浮かべていた。
そんな無防備でピュアな花梨を見つめながら、オレは繋いだ手のひらに、さっきよりも少しだけギュッと力を込めた。
あの頃、お前を遠巻きに見て意地悪することしかできんかった有象無象の男子どもや、今東京でお前に群がっとるぽっと出の男どもとは違う。
オレは昔からお前を近くで守ってきたし、これからも――誰にもお前を渡しはせえへん。
心の中でそう強く誓いながら、和葉に別れを告げ、愛しい彼女を連れて、自宅の門をくぐったのだった。