IF全員彼氏①:花梨閉じ込め大作戦【完結】
File.5:諸伏景光の場合
あの日は、忘れない。
花梨ちゃん――いや、花梨が俺に告白してくれた日。
……それは四か月前のことだった。
花梨は、たまに料理を習いに俺のところへ来る。
その日もそうだった。
いつものように駅で待ち合わせをして、スーパーで材料を調達してセーフハウスへ。
俺は毎回、ちょっとしたデートだなと思って、花梨が来る日を楽しみにしてた。
だけど、その日は違ったんだ。
待ち合わせの場所で挨拶を交わしたときから、花梨はなんだか俯いていて。
セーフハウスに着いたときも、いつもなら、来てすぐに料理の準備に取り掛かるのに、花梨はエプロンを着けなかった。
「ヒロお兄ちゃん……」
花梨がエプロンを手に持ったまま、俺の傍にやってきた。
手にしている真っ白なフリルのエプロンは、愛らしい彼女にぴったりで、俺がプレゼントしたものだ。
毎回「可愛い」と伝えているけど、今日はどうしたんだろうか。
早く、言わせて欲しいんだけどな。
「ん? どうかした?」
「えっと、私ね……実は……」
花梨は何か言いかけて俯いてしまった。
うん……なんだか、深刻そうだ。
君にそんな顔、させているのは誰だ?
「何か……あった? いいよ、ゆっくり話して。今、お茶淹れる」
花梨は何度も俺を見上げては、躊躇って、俯く。
何か……伝えたいことがあるのはわかった。
まさか組織の奴らに見つかって――!?
なんて、すごく焦った。
「あ……いい香り……落ち着く……」
「ブレンドハーブティーだよ。深刻そうな顔してるから、ゆっくり飲んで」
「あ、ありがとう……おいし♡」
俺の淹れたハーブティーに、花梨の頬がほんのり赤く色付く。
……よかった。
顔が青白かったから少し心配だったんだ。
外が寒かったから、身体が強張っていたのかな。
温かいハーブティーで、少しほっとしたみたいだった。
部屋の中にハーブティーの香りが優しく浸透した頃、花梨が口を開いた。
「んと……ヒロお兄ちゃん、わ、たしね……」
「うん……」
「私……ヒロお兄ちゃんのこと……好きになっちゃったみたいなの……」
「うん………………え?」
一瞬、自分の耳を疑った。
組織の暗号を解読するときだって、こんなに脳細胞がフリーズしたことはない。
目の前で、花梨は真っ赤になってハーブティーのカップを両手で握りしめている。
『好きになっちゃったみたい』……って、それは、俺がいつも花梨に向けていた「可愛い妹への想い」ではなく、男と女の――?
「っ、ヒロお兄ちゃん……困る、よね……? 妹みたいに思ってただろうし……あ、忘れて! 今の無しっ……!」
恥ずかしさに耐えかねて、鞄を掴んで逃げ出そうとする花梨の手首を、俺の身体は無意識に、けれど完璧な力加減で捕らえていた。
「逃がさないよ、花梨」
我ながら、聞いたこともないような低い声が出た。
困るわけがない。俺だって、君が他の男に声をかけられるたびに、笑顔の裏でどれだけその男を排除しようか考えていたか、分かりゃしないんだから。
「俺もだよ。ずっと、君が好きだった」
そう言って優しく抱きしめると、花梨は信じられないといった顔で、でも本当に嬉しそうに俺の胸に顔を埋めて泣いた。
――それが、四か月前のこと。
付き合い始めてから、俺の生活のすべては「花梨をどうやって安全に、俺だけの世界に引き留めるか」に費やされることになった。
例えば、今日のように。
「ヒロさん、これ、すっごく美味しい! お店のケーキみたい♡」
セーフハウスのリビングで、花梨は嬉しそうに、俺の作ったイチゴのタルトを頬張っている。
付き合い出してから、彼女は俺を「ヒロお兄ちゃん」ではなく「ヒロさん」と呼ぶようになった。その響きだけで、俺の胸は幸福で満たされる。
「よかった。花梨が前に『あの駅前のカフェの限定タルトが食べたいな』って言ってたから、再現してみたんだ」
「わざわざ並んで買ってきてくれたの?」
「ううん、自分で作ったんだよ。だって、あのカフェの周辺は最近、変な男のスカウトが出没するって風見から……あ、警察のニュースで聞いてね。危ないから、俺が作った方が安全だろ?」
「そっか……ヒロさん、私のために作ってくれたんだね。嬉しい!」
花梨は、自分が「駅前のカフェに行く自由」を優しく奪われたことに、これっぽっちも気づいていない。ただ、俺の愛の深さに目をキラキラさせて喜んでいる。
「あ、そうだ。ヒロさん、明日は久しぶりに街の大きな本屋さんに行こうと思ってて。欲しい小説があるの」
「本? どんなやつだい?」
「えっとね、白い猫のシルエットが表紙に描かれてる……」
「ああ、それならもう、そこの本棚にあるよ」
「えっ!?」
花梨が驚いて振り返った本棚には、彼女が欲しがっていた小説が、すでに全巻、きれいに並べられている。もちろん、俺が特注した“銀のブックマーク”も添えて。
「花梨が読みたがってたから、昨日仕事帰りに全部揃えておいたんだ。重い本を女の子に持たせるわけにはいかないからね。明日もお家で、俺と一緒に読もうか。君の好きなココアも淹れるよ」
「わぁ……! ヒロさん、超能力者みたい! ありがとう、お家で一緒に読む♡」
……可愛い笑顔。
お外に出る理由を、俺はまた一つ、優しく消去することに成功した。
零なら、力ずくで花梨を部屋に閉じ込めようとして彼女を困惑させるんだろうけど、俺はそんな乱暴な真似はしない。
花梨が「お外に行きたい」と思う理由を、すべてこの部屋の中で、俺の手で、完璧に満たしてあげればいいだけだ。
スマホのGPSも生きているし、鍵だってかかっていない。
だけど君は、自分の意志で、笑顔で、この俺の腕の中に引きこもってくれている。
「ねぇ、ヒロさん、お膝に乗ってもいい……?」
「ふふ、おいで、花梨。……本当に、君は可愛いなぁ」
真っ白なフリルのエプロンを着た我が家の白猫を膝に抱き上げ、俺はそっとその額にキスをした。
お外は怖いものがたくさんあるからね。
一生、この優しい天国の中で、俺に甘やかされていればいいんだよ――。
おしまい☆